16


ナマエが眠るベッドの横に座り、太宰は脳内で考えを巡らせていた。
何時もの彼女の体調不良にしては様子がおかしく、発熱の症状が無い。本当にただの貧血なのか、
其れとも、


「首領には報告してきたぞ」

医務室に入室してきた中原に目を向け、太宰は小さく頷いた。

「じゃあ私は任務に行くけど、ナマエの事は頼んだよ」
「手前に云われるまでもねぇよ」
「…中也」
「あ?」


交わった視線の奥にある太宰の目を見て、中原は眉間に皺を寄せた。


「今回のナマエの体調の変化は何時ものとは違う気がする」
「違う?」
「私が触れてもナマエの体調が戻らない」


その一言に、中原は目を見開いた。


「…如何いう事だ」
「分からない。何時もなら、私の異能でナマエの異能の内部暴走を止められる。直ぐに体調にも変化が出るんだ。でも、」


太宰が視線を眠っているナマエに向ける。次いで中原も彼女を見つめる。

まだ、目を覚まさないナマエを。


「もしかすると、ナマエの____」


太宰の言葉を遮り、扉をノックする音が響く。
反射的に身体が反応する二人だが、一呼吸置いた後に入室を促した。


「失礼致します。中原様、首領より伝令です」
「あァ?伝令?」


部屋に入って来たのは、先日北原の世話をしていた女性構成員だった。
その手には一つの封筒が握られており、中原に差し出す。


「次の任務についての事だそうです」
「そうか、」


封筒を受け取ろうと手を出した中原。
その手が女性構成員の指先に触れた途端、パチ、と小さな静電気のような音が鳴る。


「申し訳ありません!」
「いや、問題ねぇよこの位」
「…昔から静電気を溜めやすい体質らしくて、よくなるんです。本当にすみません」
「嗚呼、いるよねぇ静電気が起きやすい人って」
「そう、ですね…。では、失礼致します」


そう云い足早に医務室を去る彼女を、太宰は意味深な表情で見つめていた。


「…ん、」
「!…ナマエ、大丈夫か」
「中也…?」
「目が覚めたかい?だいぶ落ち着いたみたいだね、顔色も良くなってる」
「……ああ、またやっちゃった…」


数回瞬きをしながら、自分が医務室で寝ている理由を思い出し額に手を当てるナマエ。
先程とは見違える程回復したナマエの様子を見て、太宰と中原も安堵した。


「ナマエも目覚めた事だし、姐さんにどやされる前に行こうかな」
「…ごめんね、私のせいで」
「気にする事は無いさ。ああ、そうだ中也」
「何だよ」
「首領にナマエを帰して良いと云われても、私が戻るまで本部から出ないでよ」
「はぁ?んだよ其れ」
「良いから。分かった?」


太宰の有無を云わさぬ雰囲気に、思わず言葉を飲み込んだ中原は渋々と云った様子で了承する。
その返事に太宰は満足そうに微笑み、医務室を後にした。



「…何なんだアレは」
「さぁ…?治の事だから何か考えがあるんじゃない?」
「ケッ、唐変木の考えなんざ分かるかよ」
「ふふ。ねぇ中也、書類整理位しても構わないでしょう?」
「……寝てろっつってもお前は聞かねぇだろうなァ」


はぁ、と大きな溜息を吐き、中原は医務室の扉に手を掛けた。


「首領にお前の意識が戻ったのを知らせるのとついでに云ってくる。但し、俺の執務室で仕事しろよ」
「え、姐様の執務室じゃ駄目?」
「手前…何で今此処に寝てんのかもう一回考えろ阿呆」


怒ったような呆れたような表情を浮かべながら中原は医務室から出て行く。

過保護だなぁ、と呟いたナマエの声は静かに布団の中に吸い込まれた。















太宰と尾崎が本部に帰還したのは日が沈んだ後、中原とナマエの仕事がひと段落ついた頃だった。

尾崎は帰還と同時にナマエの元へ直行し、本当に体調が回復しているか事細かに確認し、中原にも無理はさせていないかしつこく問いただしていた。
結局、そんな尾崎に解放され三人が本部を出たのはすっかり夜が更けた時間だった。



「やっと解放されたぜ、ったく…」
「任務中もナマエの話で持ちきりだったよ。まあそのお陰で任務もはかどったのだけどね」
「…お疲れ様」


中原の車に乗り込み、ナマエのマンションへ移動する。



(…ああ、まただ)



窓の外の風景を見ながら、再び訪れたデジャビュのような感覚にナマエは軽い頭痛を感じた。

その感覚を振り払うように、ナマエは大きく深呼吸をする。



「ナマエ、もう食事は済ませたかい?」
「え?……そういえばまだ、かも」
「じゃあちょうどいい。またナマエの手料理が食べたいなあと思ったのだけど」
「ええ、今から?」
「駄目かい?」
「…良いけど、材料もそんなに無いし大したもの作れないよ?」
「問題無いさ。メインはコレだからね」


そう云った太宰の手には酒と思われる瓶が握られており、ナマエは苦笑いを浮かべた。


「成る程、それで残ってろって云ったのね」
「オイ、ワインもあるんだろうな」
「勿論」
「じゃあ良い」
「中也の執務室に隠してる秘蔵のワインを持って来たよ」
「アァ!?手前…!いつの間に!!」
「ほら危ない危ない、ちゃんと前見て運転してくれ給えよ」
「…チッ!今度弁償しろよコラ」
「多分ね」


太宰と中原の攻防を後部座席から見ながら、ナマエは小さく笑った。

楽しい筈なのに、マンションが近付くにつれ心臓が高鳴るのを抑えられず、胸に手を当て息を吐く。



「着いたぞ」


中原の声で車が停まった事に気付き、顔を上げるとマンション近くの駐車場に停まったのを確認する。

収まる気配の無い頭痛に、気のせいだと自分に言い聞かせながらナマエは車を降りた。



エントランスを通り、マンションの中に入る三人。
丁度エレベーターに乗り込もうとした時、太宰の携帯電話が鳴り響いた。


「うわあ…凄く嫌な予感」
「五月蝿えから早く出ろよ」
「ハイハイ。…私だけど、…嗚呼姐さん」


どうやら電話の相手は尾崎のようだった。


「うん、うん。……えぇー…それ私も必要?…はぁ、分かった分かった。今から戻れば良いんでしょう」


げんなりした面持ちで電話を切ると、腰に手を当て盛大な溜息を吐く太宰。



「残念ながらお呼び出しだ。少し本部に戻るよ」
「何かあったの?」
「否、大した問題じゃあないよ。と云う事で中也、車貸して」
「…傷付けんじゃねぇぞ」


中原から車のキーを受け取った太宰は、くるりと背を向けその場を後にする。

ナマエと中原はそのままエレベーターで三階に上がると、ナマエの部屋へ向かう。
しかし、部屋へ足を進めるにつれて頭痛が酷くなり、警鐘のように頭の中で響くのをナマエは感じていた。

思わず前を歩く中原の外套を掴み、歩みを止める。


「…如何した、」
「……分からない」
「はあ?」
「分からない。…けど、」

「何か、嫌な感じがする」



そう口にしたナマエの顔色が今朝と同じ様に悪くなっている事に気付き、中原はナマエの頭に手を置いた。


「まだ本調子じゃねえんだろ?とりあえず部屋で休めよ」
「……うん」


ナマエの手に握られていた部屋の鍵を中原が持ち、扉の鍵穴に差し込む。

その光景を見て、ナマエは足が震えるのを抑えられず中原に手を伸ばした。



駄目

開けちゃ駄目、




「ちゅうや、」


ナマエの声は中原に届く前にかき消された。



オレンジ色の閃光が見えたと同時に、身体に激痛が走りナマエは言葉を失う。

爆風でいとも簡単に吹き飛んだ身体は、壁に叩きつけられ一瞬呼吸すらままならない状態だった。







「…っ、う、…ゲホッ」


少しの間意識を失いかけた身体は思う様に動かず、空気を一気に吸うと肺が悲鳴を上げ咳き込んだ。


(爆、発…?)


正常に働かない脳で必死に何が起きたのかを考えるナマエだったが、ふと壁やコンクリートでは無い感触に触れられている事に気付き、目を見開いた。




目の前には自分を守るかのように覆い被さる中原の姿。



正に今朝の夢で見た、


血塗れでピクリとも動かない中原の姿だった。





「…中、也?」


状況を上手く飲み込めず、乾いた口から発せられる声は予想以上にか細いものだった。

しかし声を出さずにはいられない。

全く反応を示さない中原が消えてしまいそうな感覚に、ナマエは何度も何度も声を振り絞った。



「ちゅうや、中也…げほっ、けほっ、……中也、」



何時も名前を呼べば直ぐに返事をしてくれる存在が、温かい腕で抱き締めてくれる腕が、全く動かない。

その状況に、ナマエは恐怖を感じて声が震えた。



「中也、中也…!」




じわりと廊下に広がる血が自分のものか中原のものなのか、ナマエは考える事も出来ず、
ただただ中原の名前を呼び続けた。




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