18


首領に呼び出された太宰は執務室へと繋がる絨毯の上を音も立てずに歩いていた。

扉の前に立つ見張りの男を手で制し、数回のノックをした後に自分の名を告げ入室する。
部屋の中には首領である森鴎外が革張りのソファに腰掛けていた。



「嗚呼、忙しいのに悪かったね」


笑みを浮かべ太宰を迎える。

目の前のソファを指差し太宰に座るよう促すが、本人はそのまま話を続けた。


「いえ。…用件は、」
「…一条君の件、そろそろ動けそうかね?」


読めない表情で問う森に、太宰も眉一つ動かさず冷静に答える。



「そうですね。許可を貰えるなら直ぐにでも」
「そうか、うん。よし許可しよう」
「…わかりました」


話が終わると直ぐに踵を返し、部屋から出ようとする太宰。
しかし、その背中に森は声を掛けた。


「それと、もう一つ良いかい」
「何ですか」



「一条君の事で変わった事は無かったかね」



その一言で太宰は彼女が発したある言葉を思い浮かべた。



”中也が怪我する夢”

”夢で見た光景が続いて、正夢にしては続くからおかしいと思って”



一瞬の間を置いてから、太宰は静かに口を開いた。




「…いえ、何も」


太宰の返答に、森は特に追求する事も無く何時ものように声を発した。


「…成る程、ご苦労だったね」
「失礼します」



後ろを振り返らず、太宰は執務室を後にする。
扉が閉まる音が嫌に響き、脳まで震えるのを太宰は感じていた。



































瞼の裏がやけに明るいのを感じ、ゆっくりと瞬きをする。

何故か重く感じる自分の瞼に違和感を感じながら、視界に入った天井が見慣れたものでは無い事に、中原は疑問を抱いた。


目だけを動かし、周りを確認するとゆっくりと意識が覚醒するのを感じた。
しかし、何故此処に自分が寝ているのか、全身が重いのか分からず短く息を吐いた。
ふと自分の左側に人の気配を感じ、顔を向けるとベッドに突っ伏す人物を見つける。



(ナマエ、)



名前を呼ぼうとするが、上手く声が出ない。

張り付いた喉の奥が乾きを訴え、数回咳き込む。
その振動に反応し、突っ伏していたナマエが頭を上げ、視線が重なった。


少し顔色の悪い彼女は表情が固まり、信じられないものを見るように目を見開いた。




「……ちゅう、や?」


小さい唇から発せられた声はか細く、若干の震えを含んでいたが、彼女の声が脳や心臓に響き、今度こそ中原はしっかりと目を開いた。



「中也、中也…?」
「…う、ゲホッ…、ナマエ…」
「中也!!」


急に立ち上がった事でナマエが座っていた椅子が倒れたが、本人はそんな事に構わず中原の顔を覗き込む。

夢で無い事を確認すると、焦りを抑えられず続けて声を掛けた。



「中也…分かる?喋れる?」
「…お、う。ゲホッ、悪い、水あるか?」
「うん、」


側に置いてあった水差しで中也の口に水を流し込むと、ゆっくりと飲み込み中原は大きく深呼吸をした。


「あー…此処医務室だよな。俺、何で」
「…覚えてない?私のマンションで爆発に巻き込まれたの」
「マンション…」


爆発、と呟いた瞬間中原は目を見開き起き上がろうとする。
が、身体が悲鳴を上げベッドに逆戻りをした。



「…っ、痛ぇっ…!!」
「中也、ちょ、何してるの!」
「ナマエお前…っ、怪我は!」
「…え?」
「怪我!無事、だったのか!?」



痛みのせいで額に汗を浮かべながら問う中原。

彼が発した言葉の意味を理解するのに少し時間がかかったナマエだが、呟くように口を開いた。



「…丸三日も昏睡状態だったのよ、まずは自分の事が先でしょう」
「あ?んな事はどうでも…」
「どうでもよくない!!」


突然叫んだナマエに中原はたじろぐ。

そして彼女の表情が目に映ると言葉を失った。




「…なんで、」



溢れそうな涙で瞳が揺れ、切ないような悲しいような、そんな顔をしていた。



「何で私なんか庇ったの」



ナマエの口から紡がれる言葉は震えていた。


「私は簡単には死なないの、中也も分かってるでしょう…?どんな思いで待ってたか、わかる?…私なんか庇ったって意味無いのに何で、」
「巫山戯んなよ」



低い中原の声に、今度はナマエが言葉を止めた。



「意味無い?巫山戯んな。手前の価値を勝手に決めつけてんじゃねえ。俺の行動は俺が決める。それに文句を言われる筋合いは無ェよ」



つい先程まで生死を彷徨っていたとは思えない程の怒気を放つ中原に、ナマエは押し黙る。
立っている自分に対し、中原はベッドに寝ている。目線も身体も、自分の方が上の筈なのに、何故か強い圧力を感じていた。


静かになるナマエを見て中原は息を吐き、近くに来るように手招きをした。
ナマエは素直に従い、中原の側に寄りベッドの横に膝をつく。




「一緒に生きるっつっただろ。自己犠牲なんて考えいい加減捨てろ。それにお前を見捨てて助かったとしても、その後俺が太宰に殺される」
「……でも、本当に、心配した」



素直に頷かない事に眉をひそめながらも、ナマエの性格を理解している中原は言及せず彼女の頭を撫でる。

そのまま引き寄せる唇を重ねる。
数回合わせた唇をゆっくり離すと、ナマエはまた眉を下げ泣きそうな顔をしていた。



「本当に…中也が死んだのかと思って、怖かった」
「…死なねぇよ、こんな手のかかる女置いてくたばってられるか」
「…それは中也も同じでしょう」



そう云うとナマエは立ち上がり、中原に繋がる点滴を確認する。




「とりあえず、中也の目が覚めた事伝えてくる。云っておくけど、絶対安静よ」
「動きたくても動けねえよ」



左腕だけを上げて見送る中原を振り返り、ナマエは苦笑しながらも静かに医務室を後にする。


見張りの男に首領への伝達を頼み、ナマエは廊下を足早に進んだ。

歩きながら携帯電話を取り出し、ある人物の番号に電話をかける。
三コール目で出た相手の声を聞き、静かに口を開いた。




「私だけど、」


「…お願いがあるの」




そう口にしたナマエはどこまでも冷たい目をしていた。




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