19


会議室の扉が静かに開き、重い音が静まり返った部屋に響いた。

盗聴器が仕掛けられてから上役以外立ち入り禁止になっているその部屋に進入した人物は音を立てずに進む。
そして絵画が飾られていた壁の前で立ち止まった。




「やあ、待ってたよ」


その場にそぐわない明るい声が聞こえ、同時に部屋の明かりが灯されるとその人物は肩を揺らす。

ゆっくりと振り返ると、壁に寄りかかるように立つ太宰が居た。


「探し物は…此れかな?」
「!」


太宰の手にある物を見て目を見開く。

そして全てを悟ったのか、静かに口を開いた。



「…流石ですね、何時から気付いていたんですか?」
「うーん、今回は色々と振り回されたけどね。初めは北原君を探っていたんだけど…彼はあくまで実行犯。裏で糸を引いていたのは矢張り君だったか、」

「片山アキ」


太宰は目の前に立つ人物に目を向ける。

其処に居たのは北原の身の回りの世話をしていた女性構成員だった。



「本当に…嫌な人ですね貴方は」
「わあ、かつて横浜の裏社会を牛耳っていた中国系マフィア最後の長に褒めてもらえるなんて光栄だねえ」



その言葉に、片山の眉が上がったのを見て太宰は更に口角を上げた。


「…其処まで掴んでいて、何故野放しに?」
「一応、私も組織の中の人間だからね。首領の判断が最優先さ」
「ふ…、横浜の闇と云われる貴方がその様な事で止まる筈が無いでしょう」



冷酷な表情を浮かべ、太宰に向き直る片山。
その手には拳銃が握られ、太宰に向けられていた。
予想していたかのように、太宰も彼女に拳銃を突き付けると二人を取り巻く空気が一気に凍りついた。



「毒をもって毒を制す、とは良く云ったものですね。私をも利用していたのではないのですか」
「へえ、流石に馬鹿では無いみたいだね」
「…最初に私だと気付いたのは貴方ですか?」
「まあ、ね。初めは北原君だと思ったけど、彼がナマエの執務室で怪我をした時から共犯者がいるのは気付いたさ」


互いに拳銃は下ろさず、淡々と話し続ける。
口は動かしながらも、一瞬でも気を抜けば殺される、そう脳が理解していた。



「自作自演、とも考えたけど、彼の怪我の具合を見ると明らかに他の人間に負わされた傷だった。それに、あの時彼は嘘を吐いた」
「嘘?」
「彼は”部屋の中に入ろうとした時に何者かに襲われた”と云っていた。しかし彼が倒れていたのは部屋の奥。一度廊下で殴られてから運ばれたとしても、血痕が残る筈だが其れも無し」
「…頭を殴られたのなら、彼の記憶違いという事も可能性としてあるのでは?」
「勿論其れも考えたさ。私はあらゆる事を想定して物事を見るからね。ただ、君達二人を犯人と考える理由があと三つ程ある」


太宰は自分の顔の横に手のひらをかざし、指を折りながらゆったりと説明した。



「一つ目、ナマエの任務でのイレギュラーが続いた事。此れはナマエが関わっていた案件だが、同時に北原君も関わった案件ばかりだ。大方、任務の前後に単独で動いて問題を起こしたのだろう」


片山は否定も肯定もせず、ただ黙って太宰の話を聞いていた。



「二つ目、この会議室に隠されていた盗聴器。普段裏方の仕事をしている君なら、清掃と偽り此処に仕掛ける事は容易だ。そしてあの盗聴器は、昔中国系マフィアが使っていた型にそっくりだったよ。今は鑑識班が保存しているけど、君、直接確認しに行ったんだろう。そこでこの部品が無い事に気付いて今此処に居る。違うかい?」
「……」


太宰の手に握られていた部品は動力源となる部品だった。


「既に鑑識班に回された盗聴器の中にある小型電池はダミー。此れ、上手く日本製の物にカモフラージュされてるけど、本当は中国の裏社会でしか出回っていない超高性能の物だ。中国との繋がりが深い君なら容易く手に入れられるだろうね。本当に、手が込んでいるよ。こんな事が無ければ幹部にだってなれただろうに、いや実に勿体無い」


わざとらしく型をすくめ話す太宰に、片山は表情を変えず目の前の男を見つめる。




「そして三つ目」


「君、異能力者だろう」




核心に迫るその言葉に、緊張感が走る。

依然、片山は口を閉ざしたままだった。



「ナマエのマンションに仕掛けられていた爆弾。あの短期間で誰がどうやってあの場所、部屋を特定したのかが謎だったけど、君が医務室で中也に触れたあの時の音。あれは静電気なんかじゃない、君の異能によるものだ。私の予想だと、触れた相手の記憶を見る事が出来るとか、そういった類のものじゃないかな」


にっこりと笑みを浮かべ、太宰は続ける。


「さあ、私の推理はこんな感じだけど。何か間違いはあったかな?」
「……いえ、」


固く閉ざされた片山の口がようやく開き、静かに話し始めた。



「貴方の云う通り、私は触れた人間の記憶を覗き見る事ができる異能を持っています」


太宰に全てを云い当てられた彼女から動揺は感じられず、銃を握り直し前を見据える彼女の目からは未だ殺気が溢れ出ていた。


「成る程、中也の記憶からナマエのマンションを特定し、後は中国系マフィアの手下を動かした訳か」
「そうですね。中原さんが重症を負ったのは想定外でしたけど」
「…其れで、目的は何だい。北原君のように君までナマエのストーカーでは無いだろう」
「……ストーカー…?」


太宰の言葉に反応し、一気に彼女の表情は冷たいものに変わる。



「北原は…サクは、あの女に騙されていただけ」


そう呟く片山の表情は、憎しみに満たされていた。



「私は生まれた時からずっとサクを守ってきました。横浜で根を張っていた中国系マフィアを女の私が継いだのも、サクを守る為。…あの子が闇に染まらなくて良いように」


なのに、と冷ややかな声で彼女は続ける。


「マフィアになる道を絶って守ってきたサクが、交渉に出向いたあの女に会ってしまった。あの女に誑かされたサクはポートマフィアに入ると云い出してしまった。…だから、」
「だから君も一緒に入ったのかい?マフィアがマフィアを欺くなんて無謀な真似をしてまで。泣ける位の愛情だねえ。…嗚呼、家族愛と云った方が正しいのかな?」


「片山アキ…否、北原アキと呼んだ方が良いかな。君、北原君の双子の姉だそうだね」



太宰の一言で片山は目を見開く。

そして拳銃のトリガーに手をかけた。



「…私達の関係を知られたのならもう生かしておけません。いくら貴方でも、心臓を撃ち抜けば死んでくれるでしょう?」
「私を撃った所で、此処から抜け出せるとでも?」
「心配には及びません。逃げ果せる等最初から考えておりませんから」


殺気を込めた目を太宰に向け、片山は照準を合わせる。
太宰も片山の額に銃口を向けた。




「貴方を殺して、私も死ぬ」




片山が発した言葉が室内に響く。

太宰は反応せずに黙っていた。


「私が死ねばあの子に火の粉は届かない。マフィアに情報が漏れる事も無い。…あの女をこの手で殺せなかった事は心残りですが」
「…本当に、素晴らしい人材だったよ。君」



片山が引き金に指をかけた瞬間、扉の奥に待機していた太宰の部下が突入した。

突然の事に片山は反応出来ず、腕を撃たれ拳銃を弾き飛ばされる。同時に部下数名に取り押さえられ、身動きが取れなくなった。
床に這い蹲る片山の前にしゃがみ込み、太宰はゆったりした口調で話しかける。



「私と心中してくれるなんて素晴らしい誘いだけど、生憎もう相手は決まってるのだよね」
「……」
「ナマエは君が手を出していい人間じゃあない。悪いけど、楽に死なせてはあげられないなぁ」
「…ふ、ふふふ」


突如笑い出した目の前の女に、部下達は眉をひそめる。
太宰は変わらず笑みを浮かべていた。



「…矢張り貴方も私と同じだ。一人の人間に心酔する余り、人生を狂わせる」
「へえ、君狂ってる自覚あったのかい」
「私にはあの子以外何もいらない。私が狂ってあの子を守れるなら本望。…貴方も既に堕ちているでしょう、あの女に」


薄ら笑みを浮かべ太宰を見上げながら、片山は続けた。



「邪魔な物は切り捨てる、貴方はそういう人間。ならば私についての情報が入った時点で即刻処分した筈。…しかし、貴方はそうしなかった」


「あの女が苦しむ事を知っていながら、"あえて止めなかった"。違いますか?」



一瞬にしてその場に緊張感が走る。

片山の発した言葉を聞き、部下達も身動きが取れずにいた。



「…だとしたら何だと云うんだい?」
「!」


太宰が静かに口を開く。



「ナマエが苦しんで堕ちてしまえば私無しでは生きていけなくなる。そうすれば私とナマエの約束は果たされるのさ」
「……狂ってる、」
「非道い云い方だなぁ。ある意味では君達の計画に協力していたんだ。感謝して欲しい位だよ」



そう云うと太宰は立ち上がり、部下に合図し、連れて行くよう指示を出す。

部下の男達が横を通り過ぎる間際に、再び声を掛けた。



「嗚呼そうだ、君達。私、"おしゃべりな奴"は嫌いなんだよねぇ」



意味、分かる?と冷徹な表情を浮かべる太宰に、部下達は冷や汗が噴き出すのを感じた。


”今此処で聞いた話は他言無用。他人に漏らせば即処分”



言葉の裏に隠された意味を理解した男達は短く返事をしながら足早に会議室を後にする。

扉が閉まる瞬間、太宰は片山の後ろ姿に囁くように声を掛けた。




「安心しなよ。君の大切な弟君も、今頃きっと先に待っているさ」




「…君達が逝くべき処、でね」




そう呟いた太宰の表情は暗く冷たいものだった。




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