22
織田と別れた後、ナマエは足早にマフィア本部へと戻った。
長い廊下を歩き、目的の人物が居るであろう執務室の前に立つと、ノックもそこそこに室内へ足を踏み入れる。
「太宰、入るわよ」
「やあナマエ。返事も待たずに入室とは珍しく急いでいるみたいだね。そんなに私に会いたかったのかい?」
「ふざけてないで今の状況を教えて。ミミックの事、何処まで掴んでるの」
「嗚呼、織田作に聞いたかい」
デスクの上に広げられた資料に視線を落とし、太宰は椅子を回転させながら答えた。
「結論から云うと、彼等は海外の犯罪組織だった」
「犯罪組織…?」
太宰から発せられた言葉に、ナマエは眉をひそめる。
「かつては欧州で鳴らした異能犯罪組織だったらしい。実は今日、彼等とやり合ったんだ」
「!?聞いてない!」
「敢えて織田作は云わなかったんだろう。情報が少ない上に、やり合った時はまだ未確定な部分が多かったからね」
「……で、どうだったの?」
「敵ながら、中々良い連中だったよ。もう少しで私も連れて行ってくれる所だった」
実に嬉しそうに語る太宰の顔を見つめながら、ナマエは更に眉間に皺が寄るのを感じた。
この様な彼の悪い癖が戦場で出る度に、部下達が肝を冷やし寿命を縮めている等、知るよしも無いのだろうとナマエは内心ため息を吐いた。
知っていたとしても、太宰にとっては何ら問題は無いのかもしれないが。
「…それで、」
「ん?」
「坂口安吾との関係は?」
核心に迫るナマエの言葉に、ようやく太宰の視線が彼女に向けられる。
「…安吾との関係性はまだ何とも云えない。あらゆる事を想定出来るし、あらゆる事を否定出来る。ただ、安吾の部屋から彼等がエンブレムのように持ち歩いている旧式拳銃が発見されたのは確かだ」
「……」
「そう怖い顔しないでくれ給えよ。私も裏で色々調べているし、やられっぱなしじゃあマフィアの掟に背く事になる。其れなりの対策は考えているよ」
「やられっぱなし…という事は、坂口安吾の件の他に何か損害があったっていうことよね」
「あ」
しまった、とわざとらしく口元に手を当てる太宰だったが、直ぐ降参したように両手を上げる。
「まあナマエに隠していても直ぐにバレるだろうから教えておくよ。…港の武器庫が襲われた」
「港の武器庫って真逆、」
「そう、最高保管室の一つさ。で、恐らく其れもミミックの連中によるものだ」
「…あの武器庫の警備は更に厳重の筈でしょう。そのミミックって軍隊か何かで攻めて来たの?」
「否、監視映像から見るにごく少人数で構成されていた。見た目は確かに兵に近い装いだったけれどね」
「つまり、それ程練度が高いという訳ね…。見張りにスパイが居た可能性は?」
「全員殺されたよ」
その太宰の言葉が室内に響き、沈黙が訪れる。
ナマエは口元に手を当て険しい表情で一点を見つめていた。
「さっきから引っかかるんだけど」
呟くようにナマエが口を開いた。
「坂口安吾の失踪、武器庫襲撃、ミミックの存在」
「…何一つ私に情報が入ってきていないのは何故?」
視線を向けると、表情の読めない太宰と目が合った。
特別幹部であるナマエはマフィアの参謀的役割もこなしている。
今回こそ彼女の力が必要とされる案件だが、ここ数日は本部待機が続き、事の詳細どころか知らせすらナマエの耳には入っていなかったのだ。
ナマエの云わんとする事を察したのか、太宰は小さく溜め息をもらし、背もたれに体重を乗せながら静かに口を開いた。
「其れに関しては私も分からない。ただ首領の命令で今回の情報をナマエに流さないよう云われているのが正直な話だ」
「何よそれ、私は必要無いっていう事?」
「そうじゃない。…これはあくまで私の予想だけど、首領は何か別の事を考えている気がする」
「別の事?」
「恐らくね」
太宰の考えが間違っているとは思えなかったが、納得は出来ずナマエは黙り込んだ。
自分の知らない所で何か大きな陰謀が蠢いている。しかも、大事な人を巻き込んで。
様々な感情が頭の中を駆け巡り、頭痛すら感じ始めたナマエは備え付けの革張りのソファに腰を下ろし、そのままゆっくりと身体を倒し横になった。
「除け者にされた子どもの気持ち、今なら分かる気がする…」
「随分と可愛い例えだけれど、ナマエも用心した方が良い。ポートマフィアに正面切って喧嘩を吹っかける程の度胸と実力のある連中だからね。何が起きてもおかしくは無いよ」
「何が起きても、ね」
その言葉が何を指しているのか、
広い天井を見上げながらナマエは考える。
坂口安吾がミミックのスパイなのか
逆に誰かに嵌められているのか
マフィア内のスパイが何らかの目的でミミックを誘い込んでいるのか
太宰の云う様に、あらゆる可能性はある。
そして自分をこの件から遠ざける首領の狙いも定かではないこの状況。
(下手に動かない方が良いのかもしれない)
「…暫く大人しくしている事にする」
「それが賢明だね」
それに、と太宰は椅子から立ち上がりソファに近付くとナマエの顔を覗き込む。
「…なに」
「体調、崩れてきているんじゃないかい?何時もより目が潤んでいる」
「え、」
そう云いナマエを抱き起こすと、今度は太宰がソファに座りナマエを膝の上に乗せた。
「ちょ、っと太宰、」
「誰も来ないよ。鍵もかけてある」
「…よく分かったわね。自分でも気がつかなかった」
「ふふ、ナマエの事なら何でも分かるさ」
「私は治の事…何も知らない」
「そうかい?色々知ってると思うけどなぁ」
話しながらもナマエの背に手を添え、首筋から耳、頬に唇を寄せる太宰。
身をよじり肩を揺らすナマエだったが、太宰の肩に手を置き、与えられる刺激を受け入れていた。
「…ナマエ、」
熱を含んだ太宰の瞳に吸い込まれる様に、ナマエは目を逸らせず、ただじっと見つめる。
頬に手を添えられ、太宰に唇を塞がれるとナマエは一気に身体の内の炎が落ち着くのを感じた。
「ん、…ふ、」
「ナマエ…」
身体の調子は戻った筈なのに、シャツの中に忍び込んだ太宰の手の感覚に侵され、ナマエは再び身体が熱を帯びているのを感じていた。
先程まで自分の中でぶつかり合っていた様々な感情が、今は目の前の男に集中している。
その事実に今はただ縋り付き、心の何処かに残る不安を消し去って欲しいと、熱に浮かされた頭の片隅でナマエは願った。
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