23



いつか見た、古いフィルムが再生される感覚。



霞みがかった映像の中、唯一見えたのは

何時も見ている広い背中だった。
























「…、ん…」



微睡んだ意識のまま、数回瞬きをしながらナマエはゆっくり身体を起こした。

腰に回された隣の男の腕をほどき、軽く肩を揺すりながら声を掛ける。



「治、起きて」


未だ目を閉じている太宰の反応が無い事に溜め息を吐き、再度肩を叩いた。


「ねえ治、起きて。もうすぐ会議の時間じゃないの?」
「……ん〜、…もう朝かい…?」
「そう、六時十二分」
「うーん……むにゃむにゃ、」
「ちょっと、」


わざとらしい寝息を立てながら、太宰はナマエの腹部に腕を巻き付け、大きめのシャツから出ている太腿に顔を乗せる。
そのまま再び眠りにつこうとする太宰にナマエは呆れたような目をしながらも、強く拒否出来ない自分がいるのも事実であり、無意識のうちに右手が癖のある髪を撫でていた。

しかし、記憶が正しければあと一時間もしない内に太宰は対ミミック戦に備えた会議に召集される筈である。
一筋縄ではベッドから起き上がらない彼の目を覚ます為、ナマエは奥の手を使う事にした。



「治」


名前を呼びながら自然に太宰の腕を外し、仰向けにすると素早く身体の上に跨る。

目をぱちくりとさせている太宰の顔を覗き込み、顔に手を添え頬に口付けるとその流れで耳元に口を近付け



「お願い、起きて」


リップノイズを響かせながら耳朶に口付けをし、駄目押しに甘く吐息をかけた。

すると効果覿面といった様子で太宰はカッと目を開き、勢いをつけて今度はナマエを組み敷いた。



「昨日のじゃあ足りなかったかい?仕方がないなぁ、それなら続きを」
「する訳無いでしょう」
「あ痛!」


さり気なくシャツのボタンを外し太腿を撫で上げていた腕を掴み、そのままベッドから引きずり下ろすと、ナマエもそのままベッドから立ち上がる。



「もう目は覚めた?私用があるから先に行くわね」
「…非道い…弄んだ上に投げ飛ばすなんて…。ナマエの魔性さを見せつけられた男の気持ちが初めて分かったよ…」
「一応マフィアの特別幹部ですからね」



身支度を済ませ執務室を出ようとするナマエ。
しかし太宰に声を掛けられ足を止めた。



「ナマエ」
「何?」
「中也に溜まった書類を届けてくれるかい?」



太宰の言葉にナマエはピクリと身体を揺らした。


「…何で分かったの?中也の所に行く事」
「云っただろう、ナマエの事なら何でも分かるって。嗚呼それと、」
「っ、ん」



ナマエに近付き素早く唇を重ねると、太宰は目を細め笑みを浮かべた。



「おはようナマエ」


窓から差し込む朝日が太宰の整った顔立ちを際立たせ、ナマエは妙に気恥ずかしくなり逃げるように太宰の執務室を後にした。



















「中也、起きてる?」
「おお、入っていいぞ」


控えめにノックをしながら中原の治療室の扉越しに声を掛けると、すんなり入室を促されナマエは静かに室内へ足を進める。



「体調はどう…って、起きて平気なの?」
「んな何時までも寝てられるかよ。身体が鈍って仕方ねぇ」
「ふふ、でも安心した」



ベッド横の椅子に座り、太宰から預かった書類を中原に差し出す。
その束の厚みが視界に入ると同時に、中原の眉間には深い皺が入った。


「此れ、治から預かってきた書類」
「…おい、何だこのえげつない量は」
「事務処理も立派な仕事だって云ってたわよ。自分はやらないくせに」
「嫌がらせか」
「嫌がらせね」



大きな溜め息を吐きながらも、資料の一つを手に取り目を通す中原。
まだ至る所に包帯が巻かれ、点滴も繋がっているものの、少しずつ何時もの中原に戻ってきているのを実感し、ナマエは笑みを浮かべた。


「何か変わった事はあったか?」


目線を資料に向けたまま口を開く中原。
中原にとっては何気ない問い掛けだが、今のナマエにとっては答えを迷うものだった。



組織情報員の失踪
ミミック

そして昨日、太宰についた一つの嘘



それらが一瞬の間にナマエの脳内を駆け巡ったが、表情には出さずに口を開いた。


「ううん、私が一週間本部待機な位だもの。横浜は平和らしいわ」
「一週間待機ィ?何かやらかしたのかお前」
「なにもしてないわよ。首領から逃げてたエリス様を匿った位で」
「してんじゃねえか」



暫く他愛もない話や任務の引き継ぎについて話していると、部下が換えの包帯やガーゼを運んで来た。
それを受け取るとナマエは中原の腕に巻かれた包帯の交換を始める。


「…痛そう」


ポツリと呟いたナマエの声が室内に響く。


「ねぇ中也、」
「謝んじゃねェぞ」
「…まだ何も云ってないけど」
「お前の面見りゃ分かる」


ゆっくり資料から顔を上げると、中原は呆れたような表情をしていた。



「お前も同じような怪我したんだろうが」
「私は直ぐ治るし…」
「治るのは早くても痛覚はあんだろ」
「そうだけど、」


あの時は怪我の痛み等感じなかった。
怪我の痛みよりも、中原を失ってしまうかもしれない恐ろしさから胸が張り裂けてしまうように痛んでいた事を、ナマエはぼんやり思い返した。

今でも血塗れになった中原を思い出すと背筋が凍るような感覚に襲われる。




「別にお前の為に負った怪我じゃねぇよ。いい加減切り替えろ、らしくも無ぇ」
「…う、ん」



納得してないような表情のナマエだったが、中原は無視して目線を資料に戻す。
そんな中原の様子を見て、ナマエも話を続ける事を止め、巻き終わった包帯の残りや処置道具を片付け始めた。



「じゃあそろそろ行くね。まだ無理しないようにしてよ?」
「この量を片付けるのがだいぶ無理あるけどな」
「ふふっ、後で手伝いにくるね」



治療道具をトレーに戻し立ち上がるナマエ。



「ナマエ」
「ん?」


呼び止められ後ろを振り返ると、探るような目をした中原と視線が交わる。



「お前、嘘吐いてるだろ」



中原の鋭い視線に射抜かれ、ナマエは息を飲む。
一瞬の間を空けてなるべく冷静を装い口を開いた。


「どうして?」
「誤魔化すのが下手なんだよ。特別幹部がそれで良いのかァ?」
「……私そんなに分かりやすいのかなぁ」



先程の太宰とのやり取りを思い出し、自信無くなってきた、とナマエは肩を落とした。

そんなナマエを見て中原は口角を上げる。
仕事中の彼女であれば絶対に無いことだが、自分の前では感情を押し殺せずに居る事に優越感を感じていた。



「何だか知らねえが、お前こそ無理するなよ」
「…たぶん?」
「オイ」
「冗談よ。…落ち着いたら話すね」
「…嗚呼」


自分を理解し、追求も止める事もせず見送ってくれる中原に感謝しながら、ナマエは治療室を後にした。





”暫く大人しくする事にする”


(ごめんなさい、治)

(貴方にも嘘を吐いてる)



「でも、後で後悔はしたくないの」


窓の外を見ると澄み渡る青い空。


今朝の夢を思い出しながら、ナマエは廊下を歩き始めた。




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