24
様々な情報が行き交い、戦況が刻一刻と変化している今の状況。
そして敵の目的、指揮官の素性、異能や拠点が掴めていない現状。
加えて、何故か自分がこの件から遠ざけられている事実。
下手に動かない方が良いのは確かである。
組織と戦う際、戦力よりも情報量が戦況を左右する事がある。
数人規模の小さな組織であっても、相手の情報を知り尽くしていれば、そしてその対応スキルが高ければ、数百人規模の組織を潰す事が出来る。
だから今の状況を見れば、私は下手な事をしない方が良い。
但し、逆を言えば
”下手に動きさえしなければ”状況を変えられる。
(マフィア管轄下全ての監視カメラ、構成員の無線の音声、本部の機密情報のデータベースを見れば色々分かる筈)
ナマエは自身の執務室のパソコンから、本部のデータベースにハッキングをかけていた。
一般的な情報であれば本部内にあるどのパソコンからも閲覧出来るが、機密事項については二重、三重にロックがかけられており、決められたパソコンからのみアクセス出来る事になっている。
普段であれば堂々と幹部のみが使用出来る情報保管室を使う所だが、今は任務も無く大人しく待機している様、太宰を含め周囲に印象付ける事が必要なのである。その為、執務室から情報を探っていた。
(今私に必要なのは正確な現在の情報。最低でも他の幹部と同じ位の情報は入れないと話にならない)
機密事項やデータベースのロックの仕組みを熟知している彼女にとって、痕跡を残さずに情報を盗む事は容易い事だった。
加えて、過去にポートマフィアと抗争になった組織を全て洗い、欧州を中心に海外の裏社会についても調べ上げ、何とかミミックについての情報を得ようとしていた。
「……今でも引っかかるのよね」
(坂口安吾の捜索を、何故作之助に頼んだのか)
(しかも、ミミックなんていう厄介な組織の影が見えても尚、作之助を外そうとしない)
ナマエにはこの二点がどうしても腑に落ちなかった。
(…首領の考えを読む事は私には出来ないけど、無視は出来ないわね)
胸の奥に不安要素を残しつつ、ナマエはパソコンに向かい続けた。
路地裏でミミックの兵と交戦してから数日。
俺は手掛かりを求めて横浜の街を彷徨った。
これぞという何かに出会う事は出来なかったが、様々な事を考える時間が長くなり、結果一つの憶測に辿り着いた。
坂口安吾はミミックのスパイだ。
そう考えると全ての筋は通る。
(否、そんな筈は無い)
あの太宰やナマエ、そして首領を騙し続ける等想定し難い。
目の前のカレーライスを睨んでいたせいか、店主が顔を覗き込み声を掛けてきた。
「織田作ちゃん、難しい顔してるねぇ。便秘かい?」
そこで意識を現実に向ける。
俺は今馴染みの洋食屋に来ていた。
二年前の龍頭抗争で行き場を失った五人の子供達の面倒を見てもらっている、目の前の店主には何かと世話になっていた。
「考え事だ」
カレーを一口食べながら、俺は答えた。
「カレーの味はどうだい?」
「いつも通りだ」
週に三回このカレーを食べる事は俺の中で習慣になっていた。
仕事柄、薬物中毒になる人間は嫌になる程見ているが、もしかしてこんな気分になりながら溺れていくのだろうか、と頭の隅で考えた。
「子供たちの様子はどうだ?」
「いつも通りだよ。二階に居るから、顔を出してやってよ」
店主の言葉に従い、カレーを食べ終えた後に二階の居住スペースへと向かう。
階段を登り、廊下を進んだ所にある扉を開けると、子供達の姿が見えた。
「元気か」
声を掛けるが、誰も顔を上げず其々が好きな事をしていた。
「親爺さんに迷惑かけて無いか、」
そう云いかけて、顔の横の高さにあった二段ベッドの上の段から小さな影が動いたのに気付いたが反応が遅れ、その小さな影に羽交い締めにされる。
するとそれを合図に残りの四人が一気に俺の身体目掛けて突進し、バランスを崩しとうとう後ろに倒れ込んでしまった。
「どぉーだァ織田作!参ったか!!」
最初に仕掛けてきた幸介が俺に跨り、してやったりという表情で見下ろしてきた。
子供騙しのマフィアの真似事とはいえ、チームプレーとしては中々だ。
しかし、やられっぱなしはマフィアの掟に背く事になる。
「…本物のマフィアの恐ろしさを教えてやる必要があるな」
ここは大人として世の厳しさを教えてやらねばならない。
子供達を身体から一気に離し起き上がると、近くにあったタオルや布を巻きつけ、子供達が驚く間も与えずに五人を捕獲した。
「参ったか」
「参らない!」
「ならば、マフィア流の拷問といこう」
未だ諦めていない様子の幸介に、俺は最後の詰めに入ろうとした。
が、
「へぇ、作之助の拷問なんて興味深いわね」
突然凛とした声が室内に響き、後ろを振り返ろうとするが、足を払われ瞬きをする間も無く四肢の自由を奪われる。
「はい、一本とった」
そして天井をバックに覗き込む彼女は、拳銃の形を作った指を俺の額に押し付け、満面の笑みを浮かべていた。
「すげェ!すげーよナマエ!!」
「ナマエお姉ちゃんかっこいい!」
「ふふ、仇はとったよ」
「…ナマエ、そろそろ退いてくれ」
「あ、ごめんね」
俺から離れたナマエは子供達を解放し、ハイタッチをして勝利を喜んでいた。
今のは反則勝ちというのか、そもそも勝利と呼べるのか怪しい所ではあるが、子供達とナマエの笑顔を見ていたら勝敗はどうでも良く感じてしまった。
「じゃあまた来るからな」
「次も仕留めるからなッ!」
「…楽しみにしている」
「みんな元気でね」
「ナマエお姉ちゃんバイバイ」
子供に手を振りながら扉を閉めるナマエ。
今日はいつに無く機嫌が良さそうだった。
「いつ来たんだ?正直気が付かなかった」
「作之助が来る前からよ。おじさんに頼んで、私が来てるのを内緒にしてもらったの」
「何故だ?」
「だってあの子達、”どうしても織田作に勝ちたいー!”って云うから」
ベッドの奥に隠れてたの、と子供っぽく笑うナマエに、自然と自分の頬も緩むのを感じていた。
俺が孤児の面倒を見ていると知ってから、ナマエも色々と世話をしてくれるようになり、この場所にも何度も通っていた。
子供好きな事もあってか、ナマエは面倒見が良く、子供達もすぐに懐いた。五人の中で唯一の女である桜楽は姉が出来たように喜んでいた。
他の四人もナマエがマフィアの特別幹部であり、先程の様な実力を持っていると知ると更に好意を抱いたようだった。正直な所、マフィアなんていう人間に憧れる事が良いのかは分からないが、ナマエの人間性そのものに惹かれているのは確かだ。
「久しぶりになっちゃったけど、みんな大きくなったね」
「生意気加減も成長しているがな」
「良い事よ。元気な証拠じゃ、」
「…?ナマエ?」
階段を下り、再び店の入り口の扉を開けた途端、ナマエは口を閉ざし固まった。
声を掛けるが真っ青な表情である一点を見つめ、俺の上着のコートを必死に掴んでいる。
「ナマエ、どうした?」
「辛っ!辛いよおじさん!これ隠し味に溶岩でも入ってるの?」
ナマエにもう一度声を掛けたと同時に、店内から聞き覚えのある声が聞こえた。
再びナマエを見ると、どうやら目線の先はあの男のようである。
(…なる程、大体の見当はついた)
「子供達はどうだった?」
「いつも通りだ」
店主の問いに答えると、カウンターでカレーを食べていた男、太宰が口を開いた。
「二年前の龍頭抗争で親を亡くした子供達かい?決して殺さず、出世に興味が無く、孤児を養うマフィア、織田作之助。変わってるねえ。ポートマフィアの中で一番変わってるよ」
それと、とようやく太宰が此方に顔を向ける。
と同時に俺の背中に必死にしがみつくナマエがビクリと体を震わせるのを感じた。
「実に不思議だなあ。特別幹部ともあろうナマエがこんな所で食事かい?嗚呼…いや、確か今日は本部待機になっている筈なのだけれど、」
「何で此処に居るのかな?ナマエ」
にこり、と表面上は笑っているものの、あの顔をしている時の太宰の怖さを知っているナマエはいよいよ震え出し、頑なに背後から出ようとしなかった。
きっと太宰の事である。ナマエが居る事など知っていたのだろうが、敢えて今存在を知らせナマエが恐怖のどん底に落ちるように仕向けているに違いない。
そしてナマエも、太宰には知られないように出てきた分、予期せぬ遭遇に罪悪感と恐怖心がこみ上げパニックを起こしているのだろう。
こういった場面や二人の喧嘩は飽きる程見てきたが、最近ではそれに至ったおおよその原因を予測できるまでになってしまった。
「………」
「………」
絶対零度の笑みを浮かべる太宰と子兎のように震えるナマエ。
店内を包む異様な空気を消し去ったのは意外な人物だった。
「おいおい兄ちゃん。何だか知らないけどあんまりナマエちゃんをいじめないでやってよ。あの子達の家族みたいなもんなんだ」
店主の言葉に、太宰は目をぱちくりとさせる。
太宰の纏う空気が少し変わった事に気付き、ようやくナマエが少し顔を出した。
「…今日来たのは例の件か」
「え?嗚呼、うん。織田作に色々報告をと思ってね。あれから色々分かったよ、特に敵について」
そう話す太宰の声を聞き、ナマエも顔を覗かせ俺を見上げた。
「…私もね、作之助に伝えたい事があって来たの」
しおりを挟む
[*前] | [♯次]
ALICE+