26
「説明が欲しいな」
目の前に横たわる三人の兵士を見下ろし発した太宰の言葉が、ポートマフィア本部地下にある特別収監房に響く。
抑揚の無い声色が心臓に響き、部下の男達は身体が氷のように冷えていくのを感じていた。
「カジノを襲撃したミミックの尖兵を、計画通り昏倒性のガスで捕らえ、ここに運びました」
背広姿の男が黒眼鏡を押し上げなら答える。
「ここで拷問し、仲間の情報を吐かせる手筈でした。奥歯に仕込んだ自決用の毒薬も取り外しました」
「それは知ってるよ。全て私の計画通りだからね。…聞きたいのはその先だ」
太宰に言葉を遮られると一層背筋を伸ばし、部下の男は歯切れ悪く言葉を続けた。
「そ、想像よりも早く兵士の一人が目を覚ましました。手枷を嵌める前に我々から銃を奪い、恐らくは口封じの為に仲間の兵士を射殺し、我々にも襲いかかってきました」
「それを僕が遮断した」
部下の男の言葉を引き継ぎ、黒衣の外套を身に纏った少年が口を開いた。
「何か問題でも?」
太宰に近付きながら、少年 芥川龍之介は言葉を続ける。
その様を、ナマエは入り口近くの階段の上から見下ろしていた。
大掛かりな罠を張り、漸く捕らえたミミックの兵士。
これで敵の本拠地、目的、指揮官の名前や素性。様々な情報を聞き出せると予想していた。
(…アレはもう手遅れね)
血溜まりの中に倒れる兵士達を見ながら、ナマエは短く息を吐いた。
太宰の計画が潰れ、これで情報源を失ってしまったからだ。
「…成る程ね。いや、何も無いよ」
やけに大きく響く太宰の声に、視線を其方に向ける。
太宰の雰囲気から何かを察知したナマエは眉間に皺を寄せた。
「不撓不屈の恐るべき敵兵士を倒し、仲間を守った訳だね芥川君。…全くもって素晴らしい」
温厚な人間程、怒らせると怖いとよく云うが、常識が当てはまらない太宰であっても例外では無い。
発せられる言葉の裏側にある太宰の真意をひしひしと感じ、ナマエは心の中で芥川の身を案じていた。
「君のその異能で無ければ、その様な強力な敵兵士を一撃の元に倒す事など出来なかったろう。流石は、私の部下だ」
振り返り芥川に向き合う太宰。
小さく溜息を吐きながら言葉を続けた。
「お陰で捕らえた敵は全員、死亡だ。罠を張ってまで苦労して生け捕りにした兵士を、ね。…此れで手掛かりは無くなった」
「一人でも生き残っていれば、本拠地、目的、指揮官の素性、名前…。そして組織を統率する異能力。貴重な情報を聞き出せただろうに」
太宰の云わんとする事を理解しているナマエは、ただ静かに二人のやり取りを見守っていた。
「情報などと、」
太宰の言葉に反論する様に、芥川が口を開いた。
「連中如き僕が纏めて、」
そこで芥川の声が途絶える。
否、太宰の拳によって中断させられた。
太宰が振り上げた拳は芥川の顔面に直撃し、鈍い音を立てて芥川の身体を吹き飛ばした。
受け身を取り、体勢を維持する芥川だが不意をつかれた衝撃にやられ、直ぐには起き上がれなかった。
「きっと君は、私が云い訳を求めている様に見えたのだろう」
「誤解させて悪かったね」
靴音を鳴らし、太宰はゆっくりと歩み寄る。
そして近くに居た部下の一人から銃を借りると弾倉に弾が装填されている事を確認し、血を吐いて呻く芥川に向き直った。
「私の友人に、孤児を個人的に扶養している男が居てね。嗚呼、それとそれに付き合う物好きな女も居る」
その言葉が指す人物に心当たりのあるナマエは、物好きは余計、と声には出さずに思っていた。
場にそぐわぬのんびりとした口調で太宰は更に続ける。
「貧民街で君を拾ったのが織田作かナマエだったら、きっと君を見捨てず辛抱強く教え導いただろう。それが”正しさ”だ」
「けど私は、その正しさの方から嫌われた男だ」
ゆっくりと右手に握られた拳銃を持ち上げる太宰。
そんな太宰の様子を見て、ナマエは静かに腰元のホルスターに手を伸ばし、愛用の拳銃を握りしめた。
「そう云う男はね、使えない部下をこうするんだ」
言葉が終わると同時に太宰は容赦なく引き金を引いた。
芥川に照準が合わせられたそれをいとも簡単に撃つ太宰に、部下の男達は息を飲む。
三発の銃声、三発の閃光、三発分の空薬莢がその場に転がり、澄んだ音を立てた。
「へえ、やれば出来るじゃあないか」
「…ッ、くっ…」
弾丸は芥川の異能により、ぎりぎりの所で止められていた。
無理な異能の使用による反動で、芥川は苦痛の表情を浮かべ、額には汗が滲んでいた。
「何度も教えただろう?哀れな捕虜を切り裂くだけが君の力の凡てじゃあ無い。そうやって、防御にも使える筈だって」
「これ迄…一度も成功させた事は無かった…ッ、」
「でも今こうして成功した。目出度いねえ」
「くッ…!」
「…次しくじったら、」
太宰の言葉に、芥川は何かを云い返そうとするが、見上げた先の太宰の表情が余りにも冷たく、息を飲んだ。
「二回殴って、五発撃つ」
いいな、と氷よりも冷たく、何処までも低い声が、その場に居た全員の心臓を凍らせる様だった。
そして太宰の細められた視線の圧力に負け、芥川は言葉を失う。
「…それと、”彼女”に礼を云うべきだよ。芥川君」
その言葉と同時に、後方からヒール特有の高い靴音が聞こえ、部下の男達は振り返る。
今まで存在に気付かなかった男達は、ナマエの姿を確認すると、驚き騒然となる。
後ろを向こうと身体を動かした事で、芥川はそこで漸く気が付いた。
太宰が放った弾丸は三発。
しかし自分の目の前に落ちている弾丸は二発。
”一発分の弾丸が足りなかった。”
「ナマエ、如何云う心算だい?」
「…部下の躾も結構だけど、今は別にする事があるでしょう」
ナマエの手に握られた拳銃を見た瞬間、芥川は全てを理解した。
羅生門による防御が限界を迎えた事で途切れ、身体を貫く寸前だった三発目の弾丸は、”ナマエの放った弾丸により弾き飛ばされたのだ。”
人間離れしたその技に、芥川は思わず息を飲んだ。
「…君のそういう所、本当に織田作に似てきたね」
「あら、最高の褒め言葉だわ」
はぁ、と太宰は大きい溜息を吐く。
そして部下に兵士の死体を調べる様指示を出し、運び出しを始める部下と共に収監房を出て行った。
すれ違いざま、太宰と視線が交わるが、互い
に言葉は発さなかった。
静まり返った収監房の中、ナマエはただ芥川を見下ろしていた。
芥川もまた、異様なこの空間の中身動きが取れずにいた。
未だ軋む身体と、無理な異能の使い方をしたせいで体力、精神力共にすり減った状態ではあるが、乱れていた呼吸も落ち着いてきている。立ち上がりこの場を去る余力はあるのだが、目の前に佇む彼女が気になり、身体が動こうとしなかった。
すると、漸くナマエが動き無意識に芥川の身体がピクリと反応する。
ゆっくりとした足取りで芥川の側に近付くと、静かに膝を下ろした。
「…太宰はああ云っていたけれど」
云いながら、芥川の着ているシャツの胸元からスカーフを抜き取る。
「私は貴方を拾ったのが太宰で良かったと思ってる」
抜き取ったスカーフで、ナマエは血で汚れた芥川の口元を拭き始めた。
普段ならば自分に近付き手を伸ばした時点で、相手を羅生門で引き裂いてしまう様な荒々しさを持つ芥川だが、今はただ黙ってナマエの行動を受け入れていた。
傷のせいもあるが、太宰と同様に彼女から発せられる得体の知れないプレッシャーを感じ、頭よりも先に身体が反応してしまっているのだ。
彼女に逆らってはいけない、と。
「芥川。力で制する事が出来る物にも限度がある。状況によっては戦力よりも情報量が戦況を左右する事があるのよ」
「………」
「貴方の異能力は理解してる。そしてそれに頼る気持ちも分かる。でもね、組織として機能しない力はどれだけ強大であっても無駄でしか無い」
血を拭ったスカーフを今度は右手に巻き始めるナマエ。
先程の太宰の拳で吹き飛んだ際、気付かぬ内に右手に傷を負い、患部から血が滲んでいた。
「組織で生きる人間は力に頼った時点で死ぬ。目の前に見える事が全てじゃない。…やり方は歪んでるけど、太宰はそれを伝えたかったのだと思う」
スカーフを巻き終えるとナマエは立ち上がり視線を芥川に向ける。
「太宰に教えられたからこそ得た力があるでしょう?今はまだ分からないだろうけど、その力の全てを使いこなせるようになった時、きっと意味が分かるわ」
そう云うと、芥川の横を通り出口へ向かい歩き出すナマエ。
その後ろ姿を見ながら、今度は芥川が静かに声を発した。
「…もしも、」
その声に、ナマエは振り返らずに立ち止まる。
「あの時、僕を拾ったのが…一条さん、貴方だったならば」
何か変わっていたのだろうか、
最後の言葉は声にならなかったが、ナマエの背中に届いたようだった。
先程太宰が云っていた言葉を用いるのには抵抗があったが、芥川は問わずにはいられなかった。
女でありながら、横浜の裏社会を牛耳るポートマフィアの特別幹部に君臨するナマエの実力は芥川も十分理解していた。
自分と同様、戦闘に特化した異能力、加えて体術や先程の様な人間離れした銃の腕を持つナマエは、マフィア内で太宰と並び自分を認めて欲しいと思う人物の一人であった。
そんな彼女ともし、あの夜に出会っていたのであれば。
貧民街から自分を連れ出したのが彼女だったのなら。
そう、芥川は純粋に考えていた。
「それは無いわ」
言葉の後にゆっくりと振り返ったナマエの表情は、笑顔である筈なのに太宰よりも冷たい顔をしていた。
「…あの夜出会ったのが私だったら、」
「貴方の事を想って殺してる」
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