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「イタリア、ですか」
呼び出された最上階の執務室。
目の前の人物に目を向けたまま、ナマエはかろうじて出た自分の声が意外にも冷静だった事に胸を撫で下ろした。
「そう、イタリアだ。向こうにうちの組織の傘下グループが経営しているカジノがある。其処の視察と武器の買い付けの任務を君に任せたい」
「…お言葉を返すようですが、それは準幹部構成員の仕事では?」
「何時もはそうなのだけれどねえ、今は別件の任務で皆手が離せないんだよ」
至極困ったような表情を浮かべる人物を見やり、ナマエは静かに目を細める。
ポートマフィア首領、森鴎外。
森の云う別件とは云わずもがなミミックの事である。
難易度は決して高く無い任務をわざわざナマエに割り当てる等、普段ならば有り得ない人選だが、ナマエは瞬時に頭の中にある仮説を立てた。
首領は私がミミックについて動いている事に気付いてる。
(国外に飛ばして無理矢理にでもミミックから遠ざけたい、という事ね)
気付いていて、敢えて止める事もしない。
でも、ミミックの件には決して私を関わらせない。
言葉には出さないが、短いやり取りの中で互いの腹の中を探り合っているような気持ち悪さをナマエは感じていた。
「ナマエイタリアに行くの?わたしも行きたい!!」
張り詰めていた空気を壊すように、高い声が室内に響いた。
「こんにちは、エリス様」
「ジェラートが食べたいの!わたしも一緒に付いて行く!」
「あああエリスちゃん、一条君はね、仕事で行くのであってね、」
「別にいいでしょうリンタロウ?」
「いや、しかしね…!」
「良いではありませんか、首領」
腰元に抱き着くエリスの頭に手を置き、ナマエは微笑む。
「”私が一緒であれは”問題無いと思いますが」
その笑みが氷のように冷たく、表情が物語る言葉の裏の意味を感じて森も警戒の表情を浮かべる。
”其方がその気ならば”
”此方も手段は選びませんよ”
目には目を、牽制には牽制を。
一筋縄ではいかないナマエに、森は口角を上げた。
「ただエリス様、今はイタリアの裏社会が荒れていると聞きます。私の任務も多少荒々しくなるかもしれません」
「でもナマエが居れば平気でしょう?」
「そうですね。しかし折角のジェラートが味気ない物になってしまっては大変です。今回はご容赦を」
「ええ〜!」
「ジェラートはお土産として調達してきます。味は何がよろしいですか?」
「……バニラとストロベリー」
「畏まりました。チョコレートとクリームチーズも加えておきますね」
膝をつき目線をエリスと同じ高さにすると、ナマエは諭すようにエリスの肩に手を置く。
頬を膨らませながら人形の様に綺麗な顔を歪めていたエリスだったが、最後はナマエの言葉に渋々頷いた。
納得はしていないようだったが、引き下がってくれたエリスに笑みを浮かべ、ナマエは脳内で考えを巡らせた。
(海外に飛んで、見えないことに所から探るのも良いのかもしれない)
「其の任務、承知致しました」
ゆっくりと立ち上がり、ナマエは森に向き直る。
「明朝には出立します」
「と云う事で明日から暫くイタリアに行ってくる」
「また随分と急だな」
「人手が足りないらしいけど。…もしかしてエリス様を匿ってた事、まだ根に持ってるのかしら」
「そいつァ一生忘れて貰えねぇだろうな」
首領の執務室を出てそのまま、ナマエは中原の居る治療室へと向かった。
中原から預かった書類に目を通しながら、ナマエは大きく溜息を吐いた。
「嫌だなぁ…イタリアに良い思い出無いのよね」
「前に熱烈なお前のファンが居たな。確か現地のホテルマンだったか?イタリアの男なんてそんなもんだろ」
「いくら愛情表現が豊かな国でも、部屋にまで押しかけるのは如何なものかと思うけど」
「ハッ、んな事もあったなァ」
「笑い事じゃない」
思い出したように笑う中原にナマエはジトリとした目を向ける。
以前中原、太宰とイタリアに任務で赴いた際、手配していた現地のホテルマンがナマエに一目惚れをし、熱烈に迫られた事があった。
当時三人は観光客を装っていた為、無理に振り払う事も出来ず適当にあしらっていたが、夜にナマエの部屋まで乗り込んで来た。流石にこの時は太宰が隠し持っていた睡眠薬を嗅がせ事無きを得たが、ナマエにとっては屈強な敵と対峙した時よりも恐ろしい体験となってしまった。
「其処まで時間のかかる任務じゃねえだろ。とっとと終わらせて帰って来れば良いだろうが」
「そうだけど…」
「そんなに心配なら、」
手招きする中原に従い立ち上がると、手首を掴まれ上半身をベッドに倒される。
ついこの前まで寝たきりの怪我人だった男に、真逆此処までの力があるとは思っていなかったナマエは目を大きく見開き中原を見上げた。
「男の痕でも付けて行くかァ?」
ニヤリと笑う中原と目が合うと、掴まれた手首がやけに熱い事に気付く。
そしてその熱が頬に集中する前に、ナマエは空いていた手で包帯の巻かれている中原の腹部を叩いた。
「そういうのはコレ、治してから云いなさい
よね」
「っ!?痛ッ…てェ!ナマエ、てめっ」
「ふふ、…ちゅうや、」
「ああ…?」
寝転んだまま中原の首に腕を回し、唇を重ねる。
まだ痛む傷口を押さえ非難の目を向けていた中原だったが、直ぐに柔らかいものへと変わった。
静かに離れたソレは、中原が再び重ね深いものへと変わっていく。
甘い吐息を閉じ込め、角度を変えて深く深く交わる。
暫くして唇が離れる。余韻に浸りながら、中原は壊れ物を扱うように優しくナマエの顔の輪郭をなぞった。
「じゃあ行ってくるね」
ふわりと微笑み、頬に添えられた中原の手に自分の手の平を重ねる。
気を付けろよ、という中原の声で送られナマエは部屋を後にした。
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