28
カジノ視察と武器の買い付けという、特別幹部にとっては簡単すぎる任務は、単独任務として動く事になりナマエは一人で空港に向かっていた。
車を走らせていると、携帯電話に着信が入り車を路肩に停めて電話を手に取る。
「一条です」
「こんな時にイタリア旅行とは良いご身分だねえナマエ」
「…旅行じゃないけど」
やけに明るい声で嫌味を云ってくる太宰に、ナマエは頭を押さえながら答える。
「私の意思じゃない事位、分かるでしょう?」
「首領もまた大胆な事をしたものだよ。しかし、行くなら私に一言云ってくれても良かったんじゃないかい?」
「だって治、昨日の夜から連絡つかなかったじゃない。執務室にも居なかったし」
何処に行ってたの?というナマエの質問に、珍しく太宰が間を作った。
昨夜は坂口安吾の捜索に出た織田が、何者かの襲撃を受け治療室に運ばれた為、太宰はその対応に追われていた。
しかし、この事実をナマエは知らない。
ナマエに無駄な心配をかけたくない、という織田の要望と、織田が負傷したと聞いた時のナマエの反応を予想した太宰の判断により、敢えて知らせずにいた。
幸い、織田の身体に問題は無く直ぐに目を覚ました事もあり、このままやり過ごそうとしていたが、思わぬナマエからの質問に太宰は一瞬返答に時間を作ってしまった。
「治?」
「嫌だなぁナマエ、そんなに私の夜の生活が気になるのかい?私の様な色男に其れを聞くのは野暮というものだよ」
「………」
「と、まぁ冗談はさて置き。もう空港へ向かっているんだろう?」
「え、うん。現地に着いたら連絡するね」
「分かった。向こうの男には気をつけるんだよ、特にホテルマンには」
「…分かって、ます…」
「ふふ。…ナマエ、」
「うん?」
柔らかい声で、太宰は囁くように言葉を続けた。
「帰って来る頃にはきっと全て片付いているよ。だから向こうで無茶はしないで安心して戻っておいで」
「…悔しいけどお見通しなのね」
「君の事ならね。帰って来たら織田作とまた飲みに行こう」
「うん」
じゃあ、またねと云うナマエの言葉で通話は終了する。
携帯電話を仕舞い、窓から見える海を見ながらナマエはある事を思い付いた。
(そうだ、折角だからあの子達の様子を見ながらお土産のリクエストを聞いていこう)
現在地を確認すると、洋食屋は程よく近い距離である。
一人であるが故の自由、多少の寄り道は問題ないと、通い慣れた洋食屋へ車を走らせた。
店に着き、駐車場に停められた車を見て今日は随分と客の入りが早いな、とナマエは思った。
車を降りると、何時ものように店の扉を開ける。
「おじさん、お早う…っ!?」
店内の様子を見てナマエは絶句した。
壊れたテーブル、椅子
荒らされた厨房
散乱した食器や調理道具
変わり果てた姿の店主
目の前の状況を瞬時に理解したナマエは、太腿のベルトに仕込んだ銃を素早く抜き店を飛び出した。
イタリアへは今回も観光客を装って潜入する予定であった為、今日のナマエの服装はシンプルなワンピースとそれに合わせたパンプスである。何でこんな時に、とナマエは心の中で舌打ちをした。
(おじさん、ごめんね)
一見しただけで、店主が既に事切れているのが分かった。
本来であれば早くあの場所から運び出し、適切な処理をしてやりたい所だが、今は他にやるべき事がある。
子ども達が生きている可能性が残ってる。
(お願い、無事でいて、)
ナマエが階段を上ると同時に、子ども部屋から悲鳴が聞こえてきた。
扉を蹴破り室内に入ると、一回の店舗と同じように子ども部屋も荒らされているのが目に入った。
其処には、何時も居る筈の子ども達は居なかったが、唯一、咲楽が男に担がれていた。
その顔がひどく腫れていたのは、子ども達を拘束している人間によって負わされたものだと直ぐに理解した。
敵は一人。
出で立ちからして、例のミミックの兵士であるとナマエは判断した。
「お、お姉ちゃ…!!」
咲楽同様、ミミックの兵士も驚いていたが、反応する前にナマエの放った弾丸が兵士の胸を貫く。
その衝撃で腕の拘束が緩み、咲楽が床に滑り落ちる。あまりの恐怖で立てないのか、その場に座り込み泣き出した。
「咲楽…!大丈夫!?」
「おねえ、ちゃん…っ」
「一体何が…、他の皆は!?」
「わ、わかんな…、みんなっ連れて行かれ…っ」
「…兎に角、此処から逃げ…!?」
「お姉ちゃん!!!」
泣きじゃくる咲楽に夢中になっていたナマエは、倒れた兵士の腕が動いていた事に気付かなかった。
心臓を打ち抜いた人間が起き上がる筈は無いと、過信した事が油断に繋がってしまった。
「っ…!!」
首筋に激痛が走り咄嗟に身体を引くが、兵士の力が予想よりも強く、中々距離を離せない。
兵士の腹部を蹴り飛ばし、今度は頭を打ち抜く。そこで漸く、兵士の動きが完全に止まった。
「っつ…!」
「おねえちゃん…!大丈夫…!?」
「…だ、いじょうぶ。何でも無い」
首筋を押さえ、兵士の右手を見ると一本の注射器が握られていた。
(薬…?)
薬であれば心配は無い、と考えたが、何時もと違う変化を感じた。
あらゆる薬物・毒に対する抗体を持っているナマエだが、何故か身体の動きが鈍くなっているような感覚を覚えた。
「…まず、此処から離れるわよ」
「う、ん…。他のみんな、は?」
「作之助に連絡して、救援を、呼ぶから。それから、」
「……ねぇ、おねえちゃん…」
「これ、なに?」
咲楽が指さした物を見て、ナマエは目を見開く。
指の先にあるもの、それはナマエが良く知る物だった。
咲楽の首には、
小型の時限爆弾が巻き付けられていた。
(嘘、でしょう)
ナマエは一気に身体の血の気が引いていくのを感じた。
そして首元のランプが赤く点滅し、起爆寸前の警告音が鳴り響く。
「咲楽っ!!!」
頭で考えるよりも先にナマエの身体は動いた。
手を伸ばした先に居る咲楽に触れると、力強く抱きしめる。
起爆を知らせる無機質な音と同時に、爆音と閃光、血飛沫が室内を満たした。
爆発の煙に混じり、焦げた何かの匂いが充満する。
壁や床には血が飛び散り、床には血溜まりが出来ていた。
「片付けろ」
ミミックの兵士が数人、室内へと足を踏み入れる。
兵を束ねる司令官、ジイドの指示により既に死亡していた兵士の運び出しを始めた。
そしてジイドは折り重なるように倒れている二人を見下ろした。
「…馬鹿な娘だ」
死ぬと分かっている子供と心中するなど。
「多少予定は変わったが問題は無い。子供と共に運び出せ」
倒れているナマエも動かそうと、兵士の一人が腕に触れたその時、
「っ!?」
突然起き上がったナマエが、兵士の頭を撃ち抜いた。
それだけで攻撃は終わらず、倒れた兵士から左手で銃を奪うと、腕を交差させ右前方と左後方に居た兵士二人にも発砲。
即死には至らなかったが、そのまま倒れ込み動きは止まる。
そしてナマエはジイドに向けて銃口を構えた。
「…大したものだ。話には聞いていたが、本当にその状態で立ち上がるとは」
爆発により、ナマエの腹部からはおびただしい量の血が流れ続けていた。
更には腕や首、額にも深い傷を負い、生きている事自体が不思議な状態であった。
「その目、我々の望みを叶えてくれる力は有しているようだが、」
「…どうやら今は本能でしか動いていない様だな」
ジイドの問いかけにナマエが答える事は無かった。
殺気に満ち溢れた鋭い瞳、その目に光は宿っておらず、ただ闘争本能でのみ身体が反応している様子であった。
やがて身体が限界を迎えたのか、ナマエは意識を失いその場に倒れ込む。
同時に、後方に控えていた部下の兵士が倒れたナマエの頭に銃口を向けた。
「止めろ」
ジイドの声に反応し、兵士は静かに銃を離した。
「…しかし司令官、」
「殺してしまえば”計画が変わる”。そのままアジトへ運べ」
ピクリとも動かないナマエだが、先程の様な事を防ぐ為、ナマエの両手両足を鎖で拘束し担ぎ上げる。
僅かに息はあるが、何時死んでもおかしくは無い状態だった。
ジイドは地図を取り出し、アジトがある場所に血で印を付けると、ナイフで子供用ベッドに突き刺した。
「さあサクノスケ、此れで乃公を理解出来るか」
他の四人を閉じ込めた車と見張りを駐車場に残し、ジイドとナマエを担いだ兵士はアジトへと向かった。
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