29



黒煙が登る空を見上げ、織田はただ静かに立ち竦んでいた。
周囲には消防、警察関係者の他に野次馬が多く集まり騒然となっていたが、織田の耳には何の音も入って来ない。

あと少し、手が届かなかった存在。
守るべきものが消えてしまった事実。


ただそれだけが脳内をぐるぐると駆け巡っていた。



「織田作」


自分を呼ぶ声に身体が反応し、其方に顔を向ける。
其処には真っ直ぐ此方を見つめる太宰が一人、立っていた。


「君が何を考えているか分かるよ。けど止めるんだ。そんな事をしても、」
「そんな事をしても子供達は戻って来ない?」


太宰の言葉を遮り、織田はやけに冷静に答える。

そんな織田に、太宰は言葉に詰まる。
しかし彼を行かせてはならない、という思いから再び口を開いた。


「連中はまだ余力を残してる。そして奴らの居場所は___」
「連中の居場所ならもう判っている。招待状が来たからな」
「…聞いてくれ。先程首領が秘密の会合に出席したらしい。相手は異能特務課。この一件にはまだ何か裏がある」
「何か、など無いよ太宰」


云いながら、織田は太宰の横を通り抜けようと歩き始める。




「もう、凡て終わった」



そう静かに口にした織田の声は初めて聞く声だった。



「織田作、おかしな云い方を許して欲しい。でも聞いてくれ。何かに頼るんだ。何でも良い、この後に起こる、何か良い事に期待するんだ。それはきっとある筈なんだ」



そう口にした、太宰の縋るような声もまた、初めて聞く声だった。



「それに、君も子供部屋の様子を見ただろう。明らかに連中はあの場所で"誰か"と交戦した。銃痕に、子供達のものでは無い血痕、不自然な事が多いんだ」


依然意思が変わらない様子の織田に、太宰は続けた。



「…ねえ織田作、私が何故ポートマフィアに入ったか分かるかい?」

「其処に何かあると期待したからだよ」



織田の方に向き直り、太宰は続ける。



「暴力や死、本能に欲望、そういうむきだしの感情の近い所に居れば、人間の本質に触れる事が出来る。そうすれば何か___」


そこで太宰は言葉を切る。

そして再び、静かに口を開いた。





「何か、生きる意味が見つかると思ったんだ」




そう口にした太宰の表情を見た織田は、昔の記憶の中にある別の人物に似ていると感じた。



(そうだ、初めて会った時の、)


(研究所で見つけた時のナマエの表情に似ている)




それを声に出す事はせず、織田は口を開く。




「…俺は小説家になりたかった」



織田のその言葉に、太宰は何も答えずただ彼の顔を見つめた。



「再び人を殺したら、その資格が無くなると思った。だから殺しを止めた」
「織田作、」
「だが、それも終わりだ」
「行くなっ、織田作!」



伸ばした太宰の手は届かず、虚しく空を切る。

雷鳴が轟き、嫌に心臓を震わせた。





「俺の望みは、ただ一つだ」




そう言葉を残し、織田は歩き始めた。



「っ、織田作!!」



其の背中に、太宰は縋るようなに声を震わせる。





しかし、織田が振り返る事は無かった。

















































見慣れぬ洋館の広間。


其処で二人の男が銃を構えている。




同時に放たれた弾丸は互いの身体を貫き、男と男は倒れた。


片方の男の顔が見えると同時に、ナマエはその名前を叫ぶが、声は出なかった。




(作之助、)










「…っ、」


急激に脳が覚醒し、ナマエは瞼を開く。

そして視界に入った光景に息を飲んだ。



(何処…?私、どうして、)



必死に記憶を手繰り寄せると、ジャラリと重い金属音が耳に入り身動きを止める。

手足が拘束されている事に気付いたのと同時に、悪夢のような瞬間がフラッシュバックした。



(咲楽…!)



異能力の炎を出し、鎖を焼き切ろうとするが身体の異変を感じ、ナマエは目を見開いた。




「…な、んで」



(異能が、使えない…?)




何時もと違う感覚に動揺し、額に嫌な汗が滲む。

混乱のせいで周囲へ向けていた意識が薄れ、歩み寄る人物の存在にナマエは気付かなかった。




「無駄だ」
「!…っ、貴方」



見上げた先に居た男が視界に入ると、ナマエは調べたデータにあった写真の男と同じだと気付いた。




(ミミックの司令官、ジイド)



途端に警戒と威嚇の目を向けるナマエと視線が交わると、ジイドは不敵な笑みを浮かべた。



「この状況でまだそんな目が出来るか。噂通りの女だな」
「…他の子供達はどうした」
「我々の望みを叶える為の犠牲になってもらった」
「幼い子供を殺す事が叶えるべき望み?かつて国の英雄と称された男も今では貧民街の腐った連中よりも汚れた血が流れているようね」
「…ほう、こんな小さい島国のマフィアの情報網も捨てたものでは無いらしいな」



鋭い目でジイドを睨み上げ、ナマエは低い声で続けた。




「くだらない犯罪組織に堕ちた貴方達が何をしようと勝手だけど、手を出してしまったものの重さに後悔するといい。私は必ず貴方を殺す。その首を掻き切って腐った血を全て洗い流してやるわ」
「日本のマフィアには勿体無い位の気骨だな。しかし、”その状態で”何が出来る?その、異能の使えない身体で」
「!」


その言葉にナマエは眉間に皺を寄せた。




(矢張り、あの時何か仕込まれたのか)

(でもだとすると、)


異能が発動しない原因が、子供部屋で交戦した兵士に打たれた薬によるものだという結論になる。

そんな筈は無い、とナマエは必死に自分に言い聞かせ冷静を装った。




「私の身体に何を、」
「一時的に異能を抑えるモノを投与した。身体に影響は残らない薬だ、問題は無い」
「…デタラメ云わないで。私の身体に合う薬なんて何処にも、」
「身体の傷は癒えているか?」
「!?」



意識を取り戻してから目を向けていなかったが、爆発によって負った傷が未だ癒えていない事に漸く気付いた。

深手の傷以外であれば何時もなら傷が塞がりかけている傷も、痛みは感じないもののそのまま残っている。



(治癒力も抑えられているという事…?)


しかし、ナマエはまだ信じられずにいた。

かつて、横浜研究所で異能力開発の被検体としてありとあらゆる事を調べられたナマエ。
研究所が無くなった今、ナマエの身体についてのデータや記録はポートマフィアのみ、厳密には森鴎外が唯一保有している。

異能力者の中でも異例尽くしの存在であるナマエの身体に作用する薬を独自に作る等、ナマエには信じられなかった。




「そんな筈、私の身体の事を調べたとでも云うの…?」
「其れはお前が知る事では無い」



自分の身体に起きている異変を受け止めずにはいられない状況になり、ナマエは見えない恐怖を感じていた。




「…何が、目的なの」
「幽霊は何も望まない。望むのは自らの魂の消滅のみ」
「魂の、消滅…?」
「我々の魂を解き放つ者を探しに来た」


「そして、其れは漸く見つかった」




混乱した脳を必死に動かし、ジイドの言葉の意味を考える。



ナマエが調べた結果、ジイドの異能力は予知能力に近いものだと分かっていた。

そして其の異能は勿論の事、彼自身の戦闘能力は兵士の比では無い。
彼の言葉で、理由は定かでは無いが、戦場に死に場所を求めている事は理解出来たが、能力が高いが故に望みを叶えてくれる人間が居なかったのだろう。



(でも漸く見つかったって事は、)





其処で、ナマエはある人物を思い浮かべた。




ジイドに対抗出来る能力を有する人物を。



(ま、さか)



ポートマフィアに抗争を仕掛けた理由も、
子供達を殺した理由も、

一つの糸で繋がった。




「…乃公と部下達は死に値する場所を求め、死霊のように世界を彷徨った」



ジイドが静かに口を開いた。




「あの男は我々の望みを叶えてくれる唯一の存在だ」
「作之助を誘き出す為に子供達を殺したの!?彼に何をする心算…!!」
「…お前もそれだけの力を有しているが、其れは”計画外”だ」
「計画…!?その前に私が殺したら済む話でしょう…!望み通りに、っ…!??」



鎖を引きちぎる勢いで立とうとするナマエに向け、ジイドは銃を向け弾丸を放つ。

太腿を貫かれた衝撃と激痛により、ナマエは再び床に倒れた。





「もうじきサクノスケが此処に来る。其れ迄は大人しくして貰う」
「…っ、く、…」



ナマエに一度視線を向けた後、何も云わずに部屋から立ち去った。


床に這い蹲りながら、ナマエは己の非力さを呪った。




(作之助、)


子供達に手を出された以上、彼は必ず此処に来るだろう。



「…お、さむ」



(お願い、どうか)

(夢で見た光景が現実にならないように、)




太宰が織田を止めてくれる事を、痛みで薄れゆく意識の中でナマエは願った。




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