30



織田を止める事が出来なかった太宰は、彼を救出するべく部隊の編成の許可を貰う為にポートマフィア首領、森鴎外の執務室を訪れていた。

しかし、それを許さない森の圧力により、太宰は部屋の主である森と対峙する事になった。



夕暮れの西日に照らされ、執務室は赤一色に染まる。
まるで鮮血の様に赤い色が、二人の顔を照らしていた。



「ずっと、考えていました」


太宰が静かに口を開く。


「マフィアとミミックと、黒の特殊部隊。否、この場合は異能特務課と云うべきですね。この三組織を巡る対立は誰が操っていたのか。…この大胆かつ精緻な絵を描いたのは首領、貴方だ」

「その黒い封筒にはそれだけの価値がある」



太宰は森の手元にある封筒を指し、言葉を続ける。



「ポートマフィアがどれだけ強大な力を持っていようとも、政府機関である異能特務課の機嫌を損ね、弾圧される可能性に常に怯えていなければならない」



ゆっくりと歩み寄り、封筒を手にする太宰。

否定も肯定もせず、森は静かに笑みを浮かべていた。




「だから貴方はミミックを潰す対価として、この証書を発行させる取引を持ちかけた。異能組織として活動を許可すこの証書、」


「___異能開業許可証を」



太宰が封筒から取りだした物は、流麗な字で政府の印鑑が押された一枚の証書だった。




「首領、彼等の密入国を影で手助けしたのは貴方だ。貴方は異能特務課を焦らせ、重い腰を上げさせる為にわざと敵対組織を横浜に招いた」
「…そう。そのお蔭でこの異能開業許可証が手に入り、事実上政府から非合法活動は認可され、厄介な乱暴者は織田君が命を賭して排除してくれている。大金星だよ。なのに君は、何をそんなに怒っているのかね?」



太宰に顔を向け、至極不思議そうに尋ねる森に対し、太宰は声を低くして答えた。



「…織田作が養っていた孤児達の存在を、ミミックにリークしたのは貴方だ。織田作を、ミミックの指揮官に唯一抗しうる異能力者として、敵にぶつける為に。そして、」

「ナマエをこの件に関わらせなかったのも、彼女が首領の考えに気付き阻止する事を恐れたからだ」



森に視線を向け、太宰は続けた。



「彼女なら、必ずこの事実にいち早く気付いたでしょう。そして織田作を守る為に必ず動く。織田作と彼女に関係性を知っている貴方は、それを防ぐ為に幹部でありながら彼女を遠ざけ、この時期に異例の海外出張を命じた」
「…一条君は組織にとってとても大事な存在だ。何かあってからでは遅いからね」



太宰は理解していた。
森鴎外という人物も、心理も、計画の理論性も。ポートマフィアとはそういう性質なのだ。論理的には森が正しく、自分が間違っている。


太宰は踵を返し、出入り口の扉へ向かい歩きだした。



「太宰君」


低い声に呼び止められ、足を止める。



「君は此処に居なさい。…それとも、」



森の言葉を合図に、部下の男たちが一斉に太宰に銃口を向けた。



「彼の元に行く、合理的な理由でもあるのかね?」
「…云いたい事が二つあります。首領」



太宰は前を見据えたまま、静かに口を開いた。


「貴方は私を撃たない。部下に撃たせる事もしない」
「如何して、そう思うね?」
「利益が無いからです」
「君にも、私の静止を振り切って彼の元に行く利益など、無いと思うが?」
「それが二つ目です、首領」


「確かに利益はありません。…私が行く理由は一つです」



振り返り、太宰は目を細めて森を見た。
其の表情は緊迫したこの状況には相応しくない位の、穏やかな顔だった。




「彼が友達だからですよ」








































































クヌギの雑木林が繁茂する林道を抜けると、その洋館は見えた。

外の見張りの兵士を、洋館の入り口で待機していた兵士を、玄関ホール、広間にいた兵士達を、織田は片端から始末していった。
其の姿に、普段のマフィア下級構成員の面影は無く、ただ一つの目的の為に動いていた。



「う…」



床に倒れた兵士の一人が呻き声を上げる。

織田は近付くと感情の無い声で問いかけた。



「とどめは居るか?」
「…嗚呼、……頼む…」
「何か云い残す事はあるか」
「…有難う…、戦ってくれて…、…司令官は、この先だ…彼も……救ってやってくれ、この、地獄から……」
「ああ、分かっている」


銃口を兵士の額に向け、織田は静かに応えた。



「…あの、…女は……隣の…部屋だ…」
「…女?」
「まだ…生きて……、」



其処で息絶えた兵士は瞳を閉じ、動かなくなった。

織田は兵士の言葉に疑問を持ち、考えを巡らせた。




"明らかに連中はあの場所で誰かと交戦した"



太宰の言葉が頭をよぎる。



確かに、子供部屋には争った形跡があった。しかし、銃痕や血痕ばかりが残り肝心の死体や怪我を負った人間等、室内や店の周辺から見つからなかった。



(つまり、誰かが運んだという事か)

(しかし、連中に対抗できる人間なんて、)



そこで織田はある人物を思い浮かべた。

死んだ兵士が最後に残した言葉通りであれば、その人物は"女"。



織田が知る中で、その実力を持っている人物は一人だけだった。




「…っ、ナマエ……!!」



奥の扉を蹴破り急いで中に入ると、其処には鎖で拘束されたナマエが倒れていた。

心臓が一気に締め付けられる感覚に陥り、織田は一瞬呼吸をするのを忘れてしまった。



「ナマエ!しっかりしろ…!ナマエ!!」


抱き起こし呼吸と脈拍を確認する。
かろうじて息はあり、気絶しているだけの様子だった。



「おいナマエっ、しっかりしろ!」
「…う、」
「!ナマエ…!わかるか!?」
「…さ、くのすけ…」



ゆっくりと瞼が開き、目の前の人物を認識するナマエ。

それが織田であると理解すると、急激に意識がはっきりとした。



「作之助…!ご、めんなさい…咲楽が、子供達が、…間に、合わなかった…!」
「…矢張りあの場所で奴らと戦ったのはお前だったのか」
「もっと早くっ…気付けば…!ごめん、ごめんなさい…!」
「ナマエが謝る事じゃない。…お前が無事で良かった」
「…異能が、使えないの…、奴らに薬を打たれて、炎が出せない」
「異能が…?」



織田がナマエの身体を見ると、確かに何時もなら直ぐに癒えるような傷も残っていた。


「しかし、お前の身体に作用する物なんて存在しないんじゃ、」
「…出所は分からない。でも、現に身体に変化は起きてる」
「……」
「だから自力でこの鎖を切れないの、作之助、銃でこれを撃ち抜いて!」


「あの男は…私が、殺す」



そう云ったナマエの目は殺気で燃えていた。

それを見た織田は、静かに口を開いた。




「ナマエ、一つ教えてくれ」
「…え?」
「あの時、お前を見つけたのが俺で良かったと思うか?」
「?当たり前じゃない…何を、」
「良いから」


「教えてくれ」



突然の織田の質問に、ナマエは困惑した表情を浮かべた。



あの時___研究施設で唯一生き残ったナマエを見つけ、保護したのは織田であった。
織田に保護されたナマエはそのままポートマフィアに加入し、現在に至っている。

何故こんな時に聞くのか、疑問ではあったがナマエは織田を見つめ答えた。



「…あの時、私は生き残ってしまった、死ねなかったの。家族を殺して神社を焼いて、私には生きていく意味が見つけられなかった。でも、作之助が云ってくれたのよ」



”俺を生きる理由にすれば良い”




「作之助が、私に生きる理由をくれたの」




ナマエの言葉に、織田は静かに目を閉じた。



(自分があの子供達を拾わなければ、もう少し生きていられたのでは無いか)

(あんな無残な死に方をしなくても済んだのでは無いか)


そんな思いがずっと胸を占めていたが、同じように自分が手を差し伸べた存在であるナマエの言葉で、ほんの僅かだが、救われた気がしていた。




「…そうか」



そしてナマエの身体を静かに壁に寄りかからせると、そのまま立ち上がった。



「…作之助?」
「ナマエ、悪いがもう暫く辛抱してくれ」
「何云ってるの!私も一緒に…!」
「お前を巻き込む訳にはいかない」
「!?嫌よ!だって作之助…!行ったら、」
「分かってる」
「っ…!!」




(嗚呼、作之助は自分の未来を分かってる)




分かっていても、進むのだろう。





「嫌、だ…」



ポツリ、とナマエの声がその場に響いた。





(でも、それでも)




「嫌だ、作之助」




(私は貴方に生きて欲しい)






「行かないで…!!」






お願いだから、

子供達の仇は私が取るから、



お願い、側で生きて






「俺もあの時お前を見つけて良かったと思う」




そう云い残し、織田は歩き出した。



その後ろ姿は、何時か見た夢を同じ背中だった。





「…の、すけ、」



唇が震え、上手く声にならなかった。



「さくの…すけ、…作之助、」





止まらぬ背中に、ナマエは何度も叫び続けた。







「作之助っ!!!」




ナマエの叫びは広間に木霊し、静かに吸い込まれる。


その声が織田に届く事は無かった。




しおりを挟む
[*前] | [♯次]



ALICE+