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私と作之助の出会いは六年前。
当時、私は横浜総合開発研究所に居た。
表向きは環境省に認可されたバイオエネルギーを研究対象とした施設。しかし、地下に作られた研究所は政府に隠れ異能力を研究、そして開発して人工的に異能力者を創り出す”異能力研究所”だった。
七歳になったその日から、私はその牢獄のモルモットとして生きていた。否、研究員達によって”生かされていた”。
眞神の巫女の血を受け継ぎ、小さい頃から神通力を有する人間として研究所に目を付けられていた私は、研究所にとって決して死なせてはならない存在。
故に他の被験体の人間達とは違い、丁重に扱われていた。
私と同じ様に、血の繋がった姉達も幽閉されていたが、姉達は眞神の血を受け継いではいなかった為に、ただの実験材料として隔離されていた。
"君は選ばれた存在だ"
"その血にはどんな物にも代えられない価値がある"
"いずれ、人類の母になるだろう"
"才能がある人間には、責任がある"
何度も、何度も言い聞かされた言葉。
どれも私にとっては牢獄に繋ぎとめられる枷であり、呪いだった。
十歳になった日、眞神神社の守り神である空狐の加護を受けている事が幸いしたのか、実験によって作られた異能力を活性化させる細胞が私の身体に適合し、人体発火現象が起きた。
空狐の加護により、私は傷を負う事は無かったが、周囲に居た研究員数名が焼死。その死を、上層部の人間達は喜んだ。
黒に染まった人間達の笑顔を、私は一生忘れないだろう。
(私の力で、人が、死んだ、のに)
(如何して、喜ぶ?)
その時、悪魔の囁きが聞こえた。
"彼等は死そのものが、彼等にとっての価値だったのだ"
"君は多くの犠牲の上に生きていく事になる"
それからの毎日は正に地獄だった。
異能を強化させる為に開発された薬を毎日投与され、余りの激痛に失神する事もあった。
その薬の副作用なのか、私の身体専用に作られたもの以外の薬は一切効かなくなった。
異能力以外の戦闘力を向上させる為に、様々な訓練を受けた。
私と同じ様に被験体として捕らわれていた人間を何人も殺させられた。
私の代わりに姉達は薬の実験体にされ、殺された。
私の血を受け継ぐ人間を作る為、研究員に犯された事もあった。
そして十五歳になったその日、研究所を破壊した。
当時実験場に居た人間は全て死んだ。
記録上では、異能力の暴走として記されているが、私にはこの時の記憶がはっきりと残っている。
私は、私の意思で研究所の人間を殺した。
そして、当時研究所について調査していたポートマフィアが施設が破壊された事を知り、視察に訪れる。
この時初めて、私は作之助と出会った。
生存者の確認をしていた作之助が私を見つけ、声を掛けた。
「此処の人間か?怪我は、」
「……ころして、」
「…何?」
「私が全て殺した。だから私を殺して」
まだ少女と呼ばれるのが相応しい年齢だった私の言葉に、作之助は何も答えずただじっと私を見つめていた。
「…俺がお前を殺して、何が変わる?」
「私の様な人間を作ってはいけない、から」
「その服装からして、お前は研究員では無いようだが」
「…実験体」
「!」
「私は眞神の巫女。この血をこの世から消さなきゃいけないの。だから、」
早く、私を殺して
作之助が持っていた銃に視線を向け、私は作之助に近付いた。
「……お前は、何の為に生きてきた?」
「…何の為?」
「そうだ。今まで、何の為に、生きてきた?」
「……自分を、」
「自分を?」
「自分を……殺すため、」
「自分を終わらせる方法を見つける為に生きてきた」
私の発した言葉に、作之助は目を細めた。
「…でも、もうこの研究所にその方法は存在しない。だから、貴方に終わらせて欲しい」
「……」
「貴方、ポートマフィアの人間でしょう?」
「…何故分かる?」
「そんな夢を、見たから。マフィアの人間なら、一人殺した所で何も問題無、」
「生憎、俺は殺しをしない」
「…殺さない?」
「嗚呼」
「……マフィア、なのに?」
「そうだ」
「…変な人ね」
「よく云われる」
作之助の殺さない主義を聞き、私はきっと変な顔をしていただろう。
マフィアなのに人を殺さないという事に対する驚きと、
私は死ねないのかという絶望、
其れ等の感情が入り混じった、そんな表情だったと思う。
「お前を殺す事は出来ないが、」
「…?」
「お前を生かす事は出来る」
そう云って、作之助は膝を付き私の両手を握った。
その手は大きくてゴツゴツしていたけれど、とても温かい手だった。
「俺の為に生きてくれ」
「……え、?」
「お前のその血と力で、俺を守って生きて欲しい」
「俺を、生きる理由にすれば良い」
その言葉に、私は大きく目を見開いた。
出会って間もない、しかも大勢の人間を殺した私に、何を云っているのだろうと、その言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。
でも、何故か首を横に振る事が出来なかった。
作之助の真っ直ぐな目、
両手を包む温もり、
優しい声、其れ等全てが私の中の何かに響いた。
そうして間も無く、私はポートマフィアに入った。
とはいえ、私は存在そのものが爆弾のようなもの。
経歴といい、異能力といい、ただ組織に加わる事は到底無理な話であった。
そこで、私は首領とある契約を交わした。
"研究所を作り出した人間を探してくれるなら、私の身体の情報を差し出す"
研究員の他に、私にはまだ殺さなければならない人間が居る。
研究所を作り出した人間は研究員とは別に存在している事を私は知っていた。
その人間を見つけ出してくれる事を条件に、私は自分の身体についての情報を売った。死ぬ事が出来ない以上、当時の私にはその人間を見つけ出す事が何よりも重要な目的だった。
私の身体は、研究員が云っていたように何にも代えられない価値がある。
首領は喜んでこの条件を飲んでくれた。
存在が特殊であり、何より組織の中での重要機密となっていた私は暫くの間隔離され、組織の中での生きる術を叩き込まれた。
ポートマフィアに入って直ぐは中々会う事が出来なかった作之助と漸く再会出来たのは、私が準幹部になった頃だった。
「あ、」
「久しぶりだな、元気か?」
「え、…あ、うん」
「準幹部になったらしいな」
「…階級なんて、いらなかったけどね」
「組織の中では無駄な階級なんて無いさ。…ところで、」
「?」
「今から時間はあるか?」
連れられて入ったのは路地裏の小さなバー。
私の昇進祝いを兼ねて、其処で初めて作之助に酒の飲み方を教えてもらった。
その日から、私は色々な事を作之助に教えてもらった。
組織について、銃の扱いついて、横浜の街について。
マフィアでありながら、人を殺さない信念を持つ作之助を、多くの人間を殺してきた私は理解出来ない事が多かったけれど、付き合いが長くなるにつれて、彼の生き方を尊敬するまでに至った。
芯を曲げず、ただ自分の夢の為に生きる。そんな作之助は、私にとって無くてはならない存在になった。
研究所で過ごした数年間で冷たく凍った私の精神を、作之助が溶かしてくれた。
「本当にナマエは織田作が好きだねぇ」
私と作之助が飲んでいる所に混ざるようになった治が、ポツリと言葉をこぼした。
「まるで兄妹だ。否、それ以上か。真逆君、織田作に恋でもしているの?」
「は…?」
「おい太宰、冗談はよせ。家族愛みたいなものだ」
治に云われて自分でもはっとした。
初めて出会ったあの日、作之助の言葉を拒まなかった理由。
「恋…してたかも」
「は、」
「え?」
私の言葉に、質問してきた治まで目を真ん丸にして驚いた表情をしていた。
「え、は?ちょ、ナマエ…本当に?」
「おいおい、大の大人をおちょくるなよナマエ」
「だって本当の事だもの」
「……本当か?」
「うん、初恋ね」
「初恋って、…お前なぁ、」
「ふ、ふふふ、冗談よ冗談!」
私の言葉に、作之助と治は一斉に大きなため息を吐いた。
「確かに、初めて会った日は作之助に不思議な感情を抱いたけど、あれはきっと違うものだと思う」
「…そ、そうか」
「それに初恋は実らないって云うじゃない?」
「いや、それは初恋を認めるって事にならないかい?」
「あ、確かにそうね」
暫く間が空き、三人顔を見合わせて笑った。
「まぁ、でも」
作之助が口を開いた。
「俺にとってお前が大切なのは変わらないよ」
そう云い、私の頭を撫でる。
その手は、あの日と同じように温かいものだった。
そしてこれからも、その手で私を包んでくれる、
そう、信じていた。
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