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本部に入った知らせを聞き、マフィア上層部は驚きと混乱で機能していないと云っても過言では無い状態に陥っていた。



ポートマフィア幹部である太宰治の失踪、


そして

一条ナマエの死亡。




この予期せぬ事態に、首領である森鴎外をはじめ他の幹部数名が緊急招集されていた。






未だ収拾のつかない上の階から離れ、地下にある遺体安置室の前に佇む男がいる。


冷たいその扉を開けるのは初めてでは無い。
しかし、こんなにも重く感じた事は無かった。



錆びた音を立て開かれた扉の向こうに、一人の遺体が横たわっていた。


一歩、また一歩と近付く。

顔が見える距離まで近付くと、男は目を閉じたまま動かない彼女に向け、静かに声を発した。




「…満ち足りた顔しやがって、」



穏やかな表情で目を閉じたナマエに、中原はそっと触れる。

傷や汚れはあるものの、透明感のあるその肌は正に彼女のものだった。




額、瞼、頬、唇。



いつもなら優しいその手付きに反応し、すり寄っていたナマエ。


だが今はその瞼が開く事も無く、小さな唇が動き中原の名を呼ぶ事も無い。




ただ、ただ、どこまでも冷たいその感覚だけが彼女の存在を表していた。




「ナマエ」



雨で濡れた髪に触れ、その名を呼ぶ。


最後に彼女に触れたのは、首領の執務室で彼女を押さえつけたあの時。

その時の姿が、感覚が、今でも鮮明に思い出す。



生きていた彼女との関わりが、よりにもよってあんな最後になるとは。

中原の胸は、様々な感情で溢れかえっていた。





「ナマエ」




応える者は誰もいない。


中原の声だけが静かに吸い込まれていった。





(私は深海魚のようなものだから)




いつか、ナマエが云った言葉が脳裏をよぎる。




(深海でしか生きられないあの魚のように、私も闇でしか生きられない)




そうだ。

その言葉を聞いて、俺は一緒に生きると決めた。



闇の中でアイツが迷わないように、俺が一緒に生きてやると。




(それなのに、俺は)






「…ナマエ、」




(お前は最期、何を思っていた?)




その言葉を声に出す事は無く、中原はナマエの身体を抱き寄せた。

いつも伝わってきた温もりも彼女の香りも、今は何も感じない。




彼女の存在を身体に刻みつける様に、中原はナマエを抱き締め続けた。
































「中原様」




安置室から出た中原を待っていたかのように、一人の部下が声を掛ける。




「一条様の遺体の側に置かれていた銃について判った事がいくつか」
「何だ」
「…あれは一条様が愛用されていたものとは別のものと判明しました。そして、一条様と別の指紋が検出されました」
「その人間の特定は」
「はい、それが…」



「太宰様のものでした」




部下のその言葉に、中原は歩みを止めた。




「指紋の付き方や形状から、恐らく…一条様を撃ったのは…、」
「…気に入らねェ」



吐き捨てるように呟いた中原の声に、部下は首を傾げた。

そして再び歩き始めた中原の後を追いかける。



「探せ」
「は…ッ?」
「探すんだよ。太宰の奴を俺の前に連れて来い」





「野郎は俺が殺してやる」










未だ、降りやまぬ雨。



それはまるで、深海魚が流した涙のように、
静かに街を濡らし続けた。















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