明日、私は結婚する
夏休みに入ると、おそ松は毎日のように私の家に遊びに来た。ゲームをしたり、お菓子を食べたり、時に宿題を進めた。
「あーあ、疲れた」
黙々と宿題を進めていた私と違い、おそ松はすぐに限界が来てしまったようで、大きく息を吐いて無遠慮に寝転んだ。
「飽きるの早すぎ、まだ今日のノルマ半分もいってないじゃん」
「だってつまんないんだもん。ね、名前ちゃんちょっとだけゲームしようよぉ」
眉を下げて甘えるような声のおそ松に、私は困り果てた。こいつのこの仕草に逆らえないのだ。
「で、でもこれ終わらせないと後からが大変だよ」
「そんなの明日で良いじゃん」
明日、何気なく零したその言葉にどうしようもない喜びを覚える。明日もおそ松は当たり前のようにここに来てくれるのだ。それがとても嬉しい。つい緩んでしまった頬を見られないように机に目を落とした。
「どしたの」
「……何でもない。ゲームして良いよ」
これでおそ松の注意が私から逸れてくれれば良いのだが、そんな都合良くいく訳がなかった。おそ松は、この狭い部屋の中でゆっくり私に近付いた。
「な、なに」
さすがに机に齧りついている訳にもいかずおそ松に目線を送ると、くっと口角が上がっていた。しかし何も言葉を発しない。途端に心拍数が上がり、唇が震える。おそ松の考えていることが分からない。
「なにか、言って」
「んー?可愛いなと思って」
「えっ、なにが」
「分かんない?」
くすりと笑って、私の頬に手を添えた。少しくすぐったくて身じろぎする。
「こーら、逃げんな」
「だって…、おそ松、なんかこわいよ」
「大丈夫、怖くない怖くない」
そのままゆっくりと顔が近づいてきて、思わず目を閉じると、額にあたたかな感触が走った。
「ほーら、怖くなかったでしょ」
なんで額にキスなんてしたのか問い質したいのに、言葉が出てこない。ただ目の前で茶化しながらも微かに耳が赤く染まっているこの男に見惚れてしまっている。
「おそ松のアホ…」
やっと口から出せた言葉は、とても弱々しい罵倒だった。
「アホって何だよー!」
「じゃあバカ」
「じゃあって…お前ね、もっと他に言うことないわけ?」
「特にない」
「ふっ、ふふ、お前のそういうとこほんと最高だわ」
いつもの悪戯っ子のような笑みに戻ったおそ松に、心なしかほっとする。しかし同時に寂しさが募った。
「おそ松…」
「なあにぃ?」
「……何でもない」
いつの間にか胸に燻っていた思いを、吐き出してしまいそうになった。それをどうにか飲み下し、必死に笑顔を取り繕う。
「じゃあな、また明日」
「うん、またね」
軽い足取りで家路に着くおそ松を、私はぼんやりと眺めていた。どうしてあんなに機嫌が良いのかは分からないが、一つだけ確かなことがある。おそ松が輝いて見える。見間違いかと思い目を凝らすが、やはりどう見たって輝いている。これはもう、認めざるを得ない。
「私、おそ松が好きなんだ…」
夕暮れ時、私の言葉が風に溶けていった。
(見つけてしまった宝物)
2017.12.3