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◆◆◆
ことの収束はあっという間で、眠って起きたときには粗方が片付いていた。一番大事なときに寝こけてた無能は私です。陳謝である。
「シレンシオが効いたんだろうな」
「まじで?」
波乱の翌日。
詳しい話を聞くために──といってもすでにハリーがほとんど話したらしいけど──医務室を訪れた叔父さんとダンブルドアは頷く。医務室には私一人だ。ハリーはとっくに寮に帰っていた。両親は朝早くに叔父さんが送ってくれたらしい。お母さんは相当ゴネてたらしくて、後のことを思うと今年も家帰るのが怖い。
「スペルを唱えて杖を振るだけでどんな呪文でも完璧に使える──なんてわけないだろ? そんなんなら誰だってダンブルドアレベルの化け物になってるさ」
「何か言ったかの」
「いんやなにも。とにかく、アバダ ケタブラはそう易々と使える呪いなんかじゃない。相応の実力とそれに伴う覚悟が必要だ」
「ピーターの呪いは、声がだせなくなったことへの焦り、傍らにヴォルデモートが控えていることへの恐怖──それから、君に対するなんらかの感情が重なった結果、君を短時間の昏睡に陥らせるに留まったのじゃろう」
「なんらかのって……」
「それは儂にも分からぬ。分かるのはピーターと君のみじゃ」
さっぱり分からないです先生。
なにはともあれ、ピーターは『あの質問攻めしてきたうるせえガキを殺せるぜゲヘヘ』って気持ちにはならなかったってことらしい。
……ああでも、ピーターってもしかして死の呪いを使ったことなかったんじゃ? マグル大量殺戮のときだって爆発被害によるものだし。スパイ活動中も情報収集が主だったろうから過激な活動には参加してなさそうだし。
「(それなら失敗したっておかしくはないかも)」
密告も爆破事故もまあ大概直接だけど、それでも人に杖突きつけて、ってやるのは初めてというなら納得だ。なるほど、殺人素人童て、なんでもないです。
不埒な思考を飛ばすように「そういえば」と咳払いをする。今回の件で一番驚いたことがあったんだ。
「シリウスってただのバイトじゃなかったんだね」
「バイトって……いやまあ社会復帰の足がかり的なな。そう思われててもおかしくはないが。でもそれ絶対あいつには言うなよ」
「言わない、言えない」
「ムーディが襲われた騒動のすぐにエドガーからでた提案での。『見張りをつけたほうがいい』と」
ムーディを見張っていたシリウスは彼が地下から頻繁になにかをくすねていることにすぐ気付いたらしい。それから自室のトランクになにかを隠していることにも。さすが悪戯仕掛け人。鼻が利いたのはどれも覚えがあるからだろうな。
「トランクの件はともかく、地下といえばセブルスの城だろう? だからシリウスのやつ、かなり長いことそれを誰にも言わなくてな。が、結局それを暴いたのはセブルスだったんだ」
シリウスがなにか怪しい。加えて最近自分のポリジュース薬の材料がちょろまかされている。……あいつか!
と、スネイプ先生は見事な推理で歯茎剥き出しにしてシリウスに掴みかかったという。叔父さんはそのときのことを思い出したのか「喧嘩を止めるのに苦労した」と疲れた目をした。さすが犬猿の同期。こちらも相手の疚しい挙動には敏感だね。
「そんなわけで、早い段階で本物のムーディは見つけてたしクラウチJrの正体も見破ってたんだが……こちらが気付いていることがバレたら逃げられると思ってな。真の目的が分かるまで泳がせていたってわけだ」
「有耶無耶のまま確保したとて無意味だからのう」
保護したり代役を立ててしまえば「魔法の目」で勘づかれる。だからムーディをトランクから移動させることはできなかった。
その代わり、シリウスがクラウチJrの隙を見てはムーディに暖かい食事や薬、また痩せこけ不健康に見えるような薬をムーディに渡す。さらにスネイプ先生からポリジュース薬が効かなくなるような代用品を受け取ってこっそりクラウチJrの戸棚にしのばせたりする……うわそう考えるとシリウスの仕事量えげつな。それはピチピチの女子生徒とアオハルしたくもなる。許す。私が許す許さないの問題じゃないのは分かってるけどとにかく許した。
「本当によくやってくれたよ、バレたら全てが終わる危険な仕事だった」
「……あ、そういえばクラウチsってどうなったの?」
穏やかな空間に、窓から入り込んだ薫風が若葉のかおりを運んでくる。私はふと気になっていたことを尋ねた。
「クラウチJrには当然アズカバンにおかえりいただいたさ。クラウチシニアは意識が戻り次第事情聴取して、その後執行猶予付きで懲役何年か、ってところだろうな」
「投獄されちゃうんだ」
「当たり前だろう。脱獄の手引きをした上十年以上そのことを隠していたんだから。本来なら執行猶予なんていらないくらいだ……最後の最後で自白しようとしたことで救われたな」
叔父さんは「あの男らしい上手いやり方だ」と鼻を鳴らした。シニアのことも相当嫌いみたい。まあそれはそうよ、仇の親で脱獄の元凶だもの。私も今は好きじゃない。ダンブルドアが咎めるように名前を呼んだが叔父さんは珍しく強気で意に返さなかった。
「……というかこの学校、この広さでエスカレーターもエレベーターもないのはなんなんだ? 校長室から全部屋直通とかにできないのか?」
「するわけなかろう」
「ていうかセキュリティ的にどうなのそれ」
「ぐ……ならせめて「姿現わし」申請許可制とかにしてくれ。移動が面倒でかなわん」
「この学校の中でどうしても「姿現わし」がしたいというのなら、君が校長になることじゃな」
強気のまま自身の要望を宣う叔父さんに、ダンブルドアはいつになくぴしゃりとした調子で言った。「無茶言うな」と言いながら、叔父さんは何食わぬ顔でお見舞い品の百味ビーンズを開け、流れるように箱をダンブルドアに差し出す。同時に一粒口にいれ、二人揃って嘔吐くように顔を歪めた。
「カバの汗味だ……」
「石鹸じゃ……」
楽しそうだね。ところでそれ私のなんだけど。
叔父さんはなにを勘違いしたのか、嗄れた顔で私にも取り口を差し向けてきた。ほしかったわけじゃないと思いながらも手を入れる。新緑色、てことはメロンかな。
「そういえばな、お前の名前をゴブレットにいれたやつなんだが……レベッカ・スミルノフって分かるか? スリザリン六年の」
「分かる分かる……えっまさかあの人がやったの?」
「うむ。本来ならいくら優秀な生徒であろうとゴブレットとの魔法契約に介入できるはずもないのじゃが──彼女が特別優秀な学生であったのに加え、あのときはクラウチJrによる「錯乱の呪文」がかけられたままだったからのう……」
「草……」
偶然に偶然が重なってミラクルヒットしてしまったと? ウケる、草しか生えない。思わず呆然と呟けば「お、草味だったか」なんて言われた。そういう意味じゃないよ。草味でしたけども。
「それで、エレナは彼女をどうしたい?」
「……実は、私──」
叔父さんたちが話し終え、退席してすぐに私も医務室から退去の準備を始める。足の怪我も一晩でほぼほぼ完治したし。
ちょうど着替え終わったころ、セドリックがやってきた。その手には青い花とお菓子が抱えられている。
「やあエレナ! もう大丈夫そうなの?」
「うん。ね、ちょっと座ってよ──」
笑顔でそう言いながら手にしたものを渡される。セドリックに椅子をすすめながら、私はベッドに座りなおして課題のことを話し始める。さすがに死の呪い云々はいえないけど、聞いておいてほしかった。
蜘蛛の群れの話やシレンシオの話──あなたのおかげで生き延びて、あなたのおかげで優勝しました、ということを。
「……そんなわけだから、近いうちに悪戯好きの双子からプレゼントが届くはずなので覚悟しておいて」
「なにを覚悟? 爆発でもするの?」
もしかしたら爆発しちゃうかもしれない、セドリックの頭が。嬉しすぎて。きっとクィディッチに詳しい人が選んだクィディッチ用品は相当使えるはずだから。喜びで爆発する覚悟の準備をしておいてください。
優勝賞金の使い道、というか受け渡し先はハリーと既に相談済だった。その中からちょこっとお願いすると決めている。
「半年間ありがとね、コーチ」
クィディッチ・ピッチはすっかり片付けられ、元の姿に戻ったらしい。セドリックもこれからチームメンバーと飛びにいくんだと。しばらく話した後、セドリックはほとんどスキップしながら医務室から飛び出していった。うっきうきですね。
静寂に馴染みきった医務室で、突然ばさりとなにかが落ちた音がした。見舞いのお菓子を持ったまま反射で振り返る。
医務室の入口に立ち尽くすその人は、目をまん丸と見開いて口を薄く開き、お手本のような唖然とした表情をしていた。そんな彼の足元には白い花が散らばっている。
私がなにか発する前に、彼はサッと背を向けて瞬く間にその場から消え去った。持ち上げていた荷物をベッドに放り、慌てて追いかける。あ、足はや! クィディッチ選手は地上でも素早く動けなきゃいけないって決まりでもあるの?
「待っ、ドラ、──ッ……!」
息の合間に呼びかけても一向に答えてくれない。必死で走り続けたが開かれていくばかりの距離に、私はとうとう廊下の真ん中で蹲った。包帯でぐるぐる巻きにされた仰々しい見た目の片足を抱えて座る。包帯の巻目を数えていれば、ちょうど十になったころ上から落ちる影に覆われた。
「……大丈夫か、っ──?!」
差し出されていた白い手に片手をのせた。私はそのまま立ち上がらせてもらう──のではなく、座り込んだまま両手で挟むように掴み直して力の限り自分のほうへと引っ張る。完全に油断していた彼は私の前に倒れこんで尻餅をついた。自分でいうのもなんだが、こういうところはスリザリン生っぽいと思うんだよね私って。目的のためなら手段を選ばない、みたいなとこ。
「捕まえた」
「だっ騙したのか……!」
「ドラコは優しいね」
そもそも痛いなんて一言も言ってない。
にっこりすれば、ドラコは悔しそうに歯噛みしたあと、視線を床へ向けて「離せ」と言った。
「離しても逃げないなら離すけど」
「……」
念の為確認したら黙ってしまった。え、逃げるつもりなのか。素直……。感心するとともに心に霧がかかった気分になる。
「どうして逃げるの?」
返事はない。そして相変わらず目も合わない。至近距離でじっと見つめていれば目蓋が膨れて重そうに垂れているのに気付いた。まるで一晩中泣きじゃくったみたいに。
「──復活したって、知ってるの?」
「っ!」
ぼかして聞いたがそれでもじゅうぶん意図は伝わったらしく、包み込んだ手の中がビクッと震えた。それを知っている、ということは私があの場で死んでいたのも知っているということになる。お父上から手紙かなにかで聞いたのだろう。まだ一日も経ってないのに、あっちの陣営も報連相なかなかしっかりしてる。
「(つまり、じゃあ──)」
彼の震えが伝染したかように私の両手までカタカタ動き出したので、つい包む手に力が入った。
「もう、一緒にいてくれないの?」
「……それはお前のほうだろ」
「え?」
「だって、そうだろ? 僕たちはあちら側だ。──お前だって、もう一緒になんていたくないんじゃないか?」
「なに、言って」
ドラコはやっぱり私を見ないまま、自嘲気味に吐き捨てた。
「……あの方がお戻りになったと、昨晩父上から手紙をうけた。そこには、お前のことなどたったの一言も綴られていなかった」
「え……まあ多分、そのときには私倒れてたからね」
「そうじゃない。……つまり、そういう存在ってことだ。お前──マグル生まれは」
ドラコの空いてる片手が地面に爪を立てた。
『殺した』と言う必要もない、殺されて当然の存在。彼らにとっての私たちはどうやらそんな程度の、そんなものらしい。なるほど、手紙で聞いたのかなとか思ってたけど自惚れちゃってたな。
「分かっただろ。僕の親は、僕らの陣営はそういう人間の集まりなんだよ」
「でもドラコはもう違うでしょう」
「……今はまだマシなだけだ。将来的にはきっとそうなるに決まってる」
否定はされなかった。まだ拒絶はされてるけれど。ドラコは「これはただの始まりに過ぎない」と言ってさらに俯く。光を吸い込んだプラチナブロンドがさらさらと流れ顔を隠した。
「これから始まる──戻ってくるんだ、闇の時代が。……昨日の時点でお前はあんなに傷付いていたのに、こんなのはただの序章なんだ」
彼は気持ちを落ち着けようと深呼吸したが、吐き出す息が震えていた。ドラコが「離してくれ」と掠れた声で繰り返した。
「エレナを傷つけたのは──これから傷つけるのは僕たちなんだ」
それは到底『僕たち』なんて思っているような声音ではない。少なくとも私には『自分だ』と泣き叫んでいるように聞こえた。
ずるいなぁ、こういうときばかり名前で呼ぶの。
意図してかは知らないけど、普段は『お前』ばっかりなのに。
「(ずるくてひどい)」
私が忘れたときでさえ、ドラコは諦めないでいてくれた。消えた道をまた繋いでくれた。
それなのに、私には道が別れたくらいで諦めろっていうんだ。
「僕にはお前の隣に並ぶ資格はない。だからもう──」
「やだ」
「……は?」
「い、や、だ。って言ってるの。資格とか、なにそれ。誰が決めたの?」
聞き分けのない子どものように屁理屈を捏ねる私に、ドラコは苛立ったようにぐしゃりと前髪を掻き乱した。「お前な」と勢いよく顔を上げられて、しまったと思う。取り繕う暇もなく無様に晒された私の顔に、ドラコは驚いた表情を浮かべた。
「お前、泣いて……」
「ない。全く微塵も誓って泣いてない」
やっと目が合ったのに彼の顔はボヤけてはっきりしなくて、もうほんとタイミング悪いなあ。眦から生暖かい水が静かに頬を伝った。口喧嘩のときに泣く女……地雷すぎる。黒歴史確定だ。いや泣いてないけどね。
私の否定にドラコが困ったように眉を八の字にした。なにその顔、初めて見た。彼は片手でポケットをまさぐって白いハンカチで私の顔をそっと拭いだす。え、ありがと……でも喧嘩中によくこんなこと……ていうかこれって喧嘩なんだっけ……?
まあいいや、ともかく人はあんまり悔しいと涙が勝手にでてくるらしい。怒りや悲しみを軽々飛び越えていて、今ややり切れない気持ちでいっぱいだった。鼻を啜って気力で声を震わせないように声を出す。
「全部私たち次第なんだよ。だって私たちの話なんだから。周りとか将来とか資格とか……そうじゃなくて、今この瞬間の私とドラコがどうしたいかを考えようよ」
「僕とエレナが……」
「そう。私──私はドラコと一緒にいたい」
これさえ否定されたら、もう本当にだめなんだろうな。
そんな考えが頭を過ってつい声が上擦ってしまった。そのことに気付いているのかいないのか、ドラコは目を泳がせて口を二、三度震えさせる。長いこと葛藤した末、観念したというように肩と頭を下げて、それはもう深い息を吐いた。
「……僕だって一緒にいたいさ」
「それなら、」
「でもそれと同じだけ、これ以上傷つけたくなかったんだ」
「傷つくなんて、……、……過去形?」
「ああ」
引っかかる言い方に聞き返してしまった。いけない、揚げ杖かしら今の。いちいち細かく突っかかるの、私のだめなところだよな。そう思ったけれど、ドラコは思いのほかあっさりと肯定を落とした。
再び顔を上げた彼は、人差し指で濡れた私の目元を柔く撫ぜて、僅かな憂いをのせて瞳を細める。触れ方と、その視線の淡さに擽ったくて身動ぎした。意識せずに小さく肩が跳ね、一瞬目を逸らしてしまう。おずおず視線を戻したときには、もうドラコは仕方ないという顔で微笑んでいた。
「だって、それで泣くなら本末転倒だしな」
「や、別に泣いては……でも、それってつまり──いいの?」
「いいもなにも、お前が離してくれそうにないんじゃないか」
ドラコは私に両方の手で握りしめられたままの手を、見せつけるように顔の高さまで楽々持ち上げて振った。その動きに目を見開く。
どうして今の今まで気付かなかったんだろう。彼はこんな拘束、簡単に振り解けてしまえるということに。
──『いいもなにも、お前が離さないんじゃないか……』
「……もしかして、あの時もほんとは解けたの?」
「ん? というかお前、この髪飾り……」
「え、ああうん、見つかったというか返してもらったというか……」
つい呟いたが、聞こえなかったらしく、ドラコは小さく首を傾げた。それよりも、と空いてる手で纏められた髪先をつまみあげる。ずっと気になっていたのか、彼は見覚えのありまくってるであろうオーロラ色の花弁をじっと見つめた。私の返答に、「やっぱり失くしてたのか」と呆れ半分詰り半分の瞳を向ける。だから失くしたんじゃなくてお宅の監督生様が──もういいや。
「大事なお守りとかいうなら、もう失くすなよ」
「大丈夫だよ」
ドラコが立ち上がる。掴んでいた手を引かれ、私も立てと催促された。
立ち上がりながらやけにはっきり、そしてにこにこと断言する私に、ドラコは怪訝そうに眉を顰める。私は手を離して大きく数歩下がった。
心配しないで。
もう失くさないし、忘れない。
「失くしてたものなら、もう全部思い出したから」
「思い──……は、それって──おい、待て!」
言い放った直後に、彼の反応も見ず医務室に走っていく。ちょっとしたらすぐに追い掛けてくる「お前足は!」という声に笑ってしまった。そうだね、こんな大袈裟なの見たら勘違いしちゃうよね。
「平気! もう捻挫程度だから!」
「捻挫で走るなバカ!」
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