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パッと見完全に死んでいた分、祝賀会の豪華絢爛さもひとしおで。
宴は三日三晩──まではいかずとも、明け方まで続いた。
優勝のお祝いなんて字面が華々しいだけで、やることは普段のバカ騒ぎと一緒だ。ただ今回はいつもよりちょっと度が過ぎていた。もちろんここでいう“ちょっと”は“かなり”の意です。
明け方にもなれば、談話室は死屍累々の酷い有り様に成り果てていた。食べ物やゴミが散乱した中で寮生たちがゾンビのように転がり寝息を立てるこの状況……マクゴナガル先生が見たら失神してしまう。一人につき百点の減点もありえる。
それはまずいと、生き残った僅かなメンバーで少しでもなんとかしようと片付けていく。
「瓶はこっちに置いといてくれ、売るから」
「はーい」
抜け目ないジョージの指示に素直に返事をする。いくらになるんだろ、これだけあればギリ一ガリオンいかないかな。そうバタービールの空き瓶をまとめながらなんとなく足を確認する。清潔感のある白い包帯はもう見る影もなく、黄色く変色していた。全身から漂う甘ったるい香りについ顔を顰める。
「(シャワー浴びにいきたい)」
予想はしてたことだけど、私とハリーはバタービールをしこたまかけられてベトベトにされてしまった。ていうか絶対私のほうが多かったんだよね、かけられる量。あんまりひどいから一度タイムアウトとろうとしたけど聞く耳を持ってもらえなかった。それどころか、「心配させた罰だ」とハリーをはじめとした同級生からさらに浴びせかけられる始末。容赦のよの字もなかった。地上で溺れ死ぬかと思うくらいに。
ネビルでさえ、バタービールの嵐に襲われる私をアルカイックスマイルで見守るだけで一度も止めてくれなかったし。もしかしてちょっと怒ってる? 心配かけたから? ごめんて、ちょっと前世の自分を看取ってきただけなの。
「あなたがあんな状態で帰ってきても、ネビル、泣かなかったのよ」
「そうなの?」
ゴミをまとめ終わったハーマイオニーがよいしょとクッションに座る。暖炉の前で大きい体を丸めて眠るネビルを見つめて静かに言った。
「私が見たときは泣いてたけど」
「あれが初めて。それまではずっと何も言わないで、ただ手を握って待ってたんだから」
「……そっか」
「……あっそういえばね、エレナのおかげであの女を捕まえられたの!」
「あの女?」
「あのいやらしい新聞記者のリータ・スキーターよ! あなた、アイツが虫って知ってたのね」
ハーマイオニーは嬉しそうにはしゃぎながら、しかし声をひそめて話すという器用なことをした。それはもちろん知ってたけど……え、なんの話? これに関しては助言も匂わせも、一切覚えがない。
「『窓』って教えてくれたじゃない?」
「うん、窓空いてるから倒れたら危ないし閉めたほうがいいって言ったね」
「……いいえ、『窓』としか言われてないわ」
「えっ」
おかしいな、そう言ったつもりだったんだけど……まあ疲れてたからあの時。すれ違っててもしょうがない。結果捕まえられたんだしよかったよかった。
ハーマイオニーは「ま、あなたのおかげなのは変わらないわよね」と言って眠そうに欠伸をこぼした。
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まるで死んだように戻ってきた私だったが、生徒の誰ひとりその詳細を聞いてくることはなかった。ダンブルドアが課題の翌朝に「代表選手に質問しないように」と全員に話してくれたらしい。そのおかげでちらちらヒソヒソ遠巻きで噂されるだけで済んでいた。話しかけられないならそれでいい。物言いたげな視線にも、蜘蛛が移動しているときのようなシャワシャワ囁く声にも、この一年ですっかり慣れっこだ。
そんなわけで、私は残った一ヶ月を平和に終わらせた。
トランクとアンブルの納まった籠を持ち、ネビルとホグズミード駅まで私たちを運ぶ馬車を待つ。
そういえばセストラルが見えるようになってるのって、前世の自分を本当に看取った扱いになってるってことかな。言葉のアヤだったんだけど……でも見えなかった頃との違いといったらそれくらいだからきっとそうなんだろう。でもこの場合ってハリーはどうなるんだろう?
彼の様子を見ようとして玄関ホールを見回せば、少し離れたところでハリーたちがいるのが見えた。至っていつも通りな感じだしセストラルが見えてるわけじゃなさそう。普通に談笑してる。そんな彼らにフラーが彼らに話しかけようとしていた。私も挨拶したかったな。手くらい振る時間あるといいけど……。
なんて思っていれば肩を叩かれる。振り向いた途端眩しいプラチナブロンドが目を焼いた。
「ライアン」
「遅くなっちゃったけど、優勝おめでとう」
「ありがとう!」
わざわざ言いに来てくれたことが嬉しくて、素直に感謝を伝える。彼は少し悩んでから躊躇いつつ「ビズしてもいい?」と聞いた。なんのことだろう。疑問がそのまま顔に出ていたのか、「頬と頬を合わせるフランス式挨拶のこと」と教えてくれる。へえ、そんなのあるんだ。頬と頬を。いまいち想像つかないけど、挨拶というならお願いしたい。
「いいよ」
「本当? じゃあ──」
指先で支えるように軽く顎を掴まれる。顔が近付いてきたと思ったらほっぺが重なり、耳元で小さなリップ音がした。え、これ私もなにかしたほうがいいの? 戸惑っている間に右、左と二回ずつスムーズに繰り返されすぐに終わってしまった。少し顔を離した彼は満足そうに微笑んでいた。
「またいつか」
「あ、はい……」
「……大丈夫?」
ライアンさんは短く囁いて芝生を横切っていく。呆然とする私にネビルが気遣わしげに声をかけた。だいじょばない、びっくりした。
「わたーしともしてくださーい!」
「え、フラー、わ、」
いつの間にやってきていたのか、フラーが私の頭を掴んで引き寄せた。テンポよく左右の頬に一回ずつ同じことをする。
「あなた、最後まで勇敢でーした!」
「……ありがと、フラーも。また会おうね」
そう言うと、フラーは向日葵のような笑顔を咲かせる。太陽の光で輝く髪を波打たせ、彼女は校庭の向こう側、ボーバトンの馬車まで急いでいった。
「エレナ? 乗らないの?」
ネビルの声で前を見れば、目の前にはすでに馬車がドアを開けて私が乗り込むのを待っていた。慌てて荷物を詰め込んで席に座ってドアを閉める直前、遠くからこちらを見つめている人がいたことに気付く。
窓から体を半分突き出して手を振ると、クラムはぎこちなく笑って手を振り返してくれた。
列車に乗り、すぐに手近なコンパートメントを見つけると、私はすぐに通路へとUターンした。
叔父さんが文句を垂れていたようにこの学校は恐ろしく広い。
本気でかくれんぼしたら見つけてもらえず最後は忘れられてしまう、なんて事案もきっとザラだ。この学校のゴーストのうち何人かはそうなんじゃないかと私は密かに疑っている。
「こんにちはレベッカさん!」
だから確実に捕まえるなら、手っ取り早いのはこのホグワーツ特急だ。
「……」
「無視はよくないと思います」
ホグワーツ特急の通路はとても広いとはいえない。なので私のそこそこな長さの足でも通行止めにはじゅうぶん使える。通せんぼされたレベッカさんは、とてつもなく嫌そうにしながら腕を組んでこちらへ体を向けた。
「なんの用、髪飾りなら返してやったでしょ」
「その返し方に物申したくて。枕元にあんな乱雑にさぁ……サンタさん気取るならもっとちゃんと包装してくださいよ」
「サンタ? 私、そんなつもりなかったわよ」
「ジョークジョーク。ていうかどっちかっていうと皮肉ね」
むしろあなたお得意のやつなんだけど。突然ド天然かましてきたなぁ。
戦慄していれば、レベッカさんは疑わしいという顔つきで「まさか聞いてないの?」と言った。訳が分からず首を傾げると、彼女はもどかしそうに口を動かす。
「だから、……あんたの名前をゴブレットにいれたのが誰かってこと」
「あっそれ。聞いたよ、レベッカさんでしょ」
「……知っててよく話しかけられるわね」
「頭空っぽなんで」
いつだかの言葉を拝借すれば舌打ちされた。ガラ悪い。……でもいつもよりずっと大人しい。言葉にトゲが感じられない気がする。
「……もしかして、気にしてたりするんですか?」
「……」
嘘でしょという気持ちを込めて聞けば、彼女は無言でついと顔を背けた。肯定の無言に仰天する。しかもなんと、あまつさえ小声で「悪いとは思ってるわよ」なんて言われてひっくり返りそうになった。嘘でしょこの人がこんな殊勝な態度を……?! ポリジュース薬で中の人違ったりしない? こわ、鳥肌立ってきた。腕を摩る。
「熱でもあるの? 疲れてる? 眠り薬でも調合、──……あっだからあのとき寝不足だったの? 罪悪感で?」
「うるさい」
「うっそマジじゃん。結構小心者……というかそうだ、真面目なんだった。わざわざ宣戦布告しにくるくらいだし」
「黙りなさい」
「同着優勝でもちゃんと優勝判定してくれて髪飾り返してくれたもんね? 律儀〜そういうとこ好き!」
「分かった、黙らせる」
とうとう杖を出された。レベッカさんの額には青筋が浮かび上がっている。でも沸点低いこの人にしてはかなり耐えたほうだ。
「バチ切れてるくらいがちょうどいいですよあなたは」
「は?」
「私、ゴブレットに名前入れられたことなんて全然気にしてないから」
だからあなたも、変に落ち込まなくていい。
レベッカさんは目を見開いてぱちぱちと瞬きを繰り返す。冷たく澄ました態度が崩れて年相応な子どもさが覗いた。けれどすぐに持ち直してぎゅっと睨みつけてくる。
「嘘よ、恨んでることくらい分かるわ」
「恨むって……意外と卑屈だなぁ、それが本当のあなたなんです?」
「余計なお世話よ」
「たしかに色々覚悟はしたし大変なことも多かったけど──まあ結構、楽しかったし」
一時期は死んじゃうのかって思ってメンがばっちばちにヘラったけど、今はこうしてちゃんと生きてるし。それになんだかんだいって最後の課題以外は楽しかったし。最後の課題は正直あまり思い入れがない。なぜか微妙なボガートと蜘蛛以外遭遇してないから。
「結果オーライの万々歳なんで、恨む要素はないです!」
「……死にかけてたくせに」
「それはそれ、しょうがない。そういうこともある」
「あるわけないでしょ」
「ああもう、そんなに気にするなら友達になります? ほら、友達同士なら悪ふざけの範疇だし」
「冗談でしょ? 絶対無理」
「いや、『なる』以外選択肢ないですよ。だって……、……ダンブルドアにも、もうそう言っちゃったから……」
「……はあ?!」
一拍遅れて理解した彼女がありえないというふうに叫んだ。「よりにもよって?!」とヒステリックに再確認され、重々しく頷いた。そうよりにもよってあのアルバス・ダンブルドアに、だ。
「『実は私あの人と友達で、ゴブレットに名前入れてってお願いしちゃったんです』って」
「ば、ば……馬鹿なの?!」
「てへ……だ、だって本当に感謝してたし、色々と」
楽しかったというのもそうだけど、なにより今回の──今年のセドリックについては本当に助かったのだ。最初に想定してためちゃくちゃな案より私がセドリックの代わりになるほうがずっと確実だったし。それに『私が代表選手になる』なんて盲点というか、自分じゃでてこない発想だった。
彼女の行動なしでは今の未来はなかった。
そういう意味で彼女は立派な協力者であり、私は立派な共犯者だと思う。
だから彼女一人だけが責められる謂れはないはずだ。
「(けどバレてそうだよねぇ……)」
笑いながら『まさかほんとにやるとは思ってなくて知らなかったですあはは』と捲し立ててはみたが、あの二人の怪しむ目ったら。全く信じてない眼差しだった。こういうのは押し通したもん勝ちだと思って頑張ったけど。信憑性高めたいからレベッカさんにも話を合わせてもらいたいんだよね。
レベッカさんはハッとした顔で「じゃあ」と私を見た。
「私が退学処分どころか減点すらなく、キッチン手伝いの罰則なんかを一ヶ月やるだけで許されたのは──」
「私が片棒担いだから、ですね」
そんなことしてたんだ。大変そう。ちなみに私はハグリッドの手伝いをさせられていた。主に動物たちへの餌やりを。
最初はひどい罰則だと絶望したし、ダンブルドアもきっと私の体質を知った上で課したんだろう。『嘘ですと白状するなら今だぞ』という温情……温情か? よく考えたら脅しだねこれ。
脅しに屈せずやってみて、これがまあなんとおどろき、どうやら私のあの変な体質はきれいさっぱりなくなったらしいのだ。なぜかは分からないけど喜ばしすぎる。快挙、拍手! だってどの動物に近付いたって、牙を剥き出されるようなことも腕に爪を立てられることも尻尾で顔を叩き回されることもない。もちろん親の仇のごとく逃げ出されることも。信頼しきった瞳で見上げてくれる金色のちっちゃな赤ちゃんユニコーン、あまりにも可愛すぎて自分の脳みそ溶けちゃったんじゃないかと思った。掌にまだすり寄ってきてくれたときの感触が残ってる気がする。
相当不審者な顔つきになっていたのか、気が付くとドン引きした表情で見られていた。そのガチっぽい反応やめて、何も言われないのが一番傷つく。パン、と一つ手を鳴らし仮想ユニコーンを頭から追い出して空気を無理やり変える。
「とにかく、友達だからそんなに気にしなくていいですよってことで!」
「……お人好しもそこまでくれば病気ね」
「お人好しかなぁ……」
性根がねじ曲がってるわね、くらい言われるかと思ってた。だって嫌いな相手と友達にならなきゃいけないのに。
「ていうかうちの母がすみません。叩かれたんですよね、怪我とかしませんでしたか?」
「平気よ。それにあれが当然の反応だわ……あなたのお父様は善い人ね」
「ワイアット家随一の良心なんで。……ところで私も一発だけいい?」
「……お好きに──」
「ジョークジョーク!」
驚くほど大人しく目を瞑られ言い出しっぺのくせに慌てる。薄々思ってたけどこの人ってバカがつくほど真面目ちゃんなのかもしれない。めちゃくちゃ面白い。でも冗談には気を付けなきゃな……。
私の様子を訝しみながらも、彼女は腕時計を見て「見回りの時間だわ」と呟いた。
「そういえばレベッカさんって監督生なんでしたね、ガラ悪すぎて忘れてたけど」
「ねえ、その中途半端な敬語いい加減鬱陶しいんだけど。やめてくれない」
「中途半端って……でも敬称つけてるとどうしてもなっちゃうっていうか」
「じゃあ外せばいいでしょ」
「それは……友達だからってこと?」
「馬鹿言わないで」
ツンとそう言い捨てると、彼女は数歩歩いてから振り返る。黒髪をたおやかに靡かせた彼女は、いつも以上の不遜さをもって笑った。
「恋敵でもないエレナなんか、もうどうでもいいからよ」
勝気に口角を上げたレベッカは、憑き物が落ちたような、そんなスッキリした顔をしていた。
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