3



 そういえば。
 先程叔父さんが挙げた助ける人物の名前に、大事な二人の名前が抜けていた。気にしすぎかもしれないけどと思いながら確認のため口を開く。

「ねえ、ダンブルドアとスネイプ先生のことなんだけど」
「ああ……まさかあの二人まで助けたいなんて言わないよな?」
「……もちろん、そのつもりだよ」
「冗談だろ?」

 あえて抜いていたらしい。彼は信じられないというように大きく目をかっびらいた。こっちも同じ気持ちだ。思わぬ行き違いに、お互い眼光鋭く睨み合う。

「結末は絶対に変えちゃいけない。それは分かってるよな?」
「ハリーがヴォルデモートを倒すことでしょ」
「ああ。そこを崩さないためには、変えていいことと変えてはならないことがある。例えば代表選手はセドリック以外でも構わないが、ハリーの血を使ってヴォルデモートが復活するのは阻止してはならない。例えばシリウスを守るのはいいが、予言を割るために神秘部の戦いは起こさねばならない──とかな」
「分かってる、私にだって区別くらい──」
「ついてないな。お前、去年クラウチJrが闇の印打ち上げるの阻止しようとしていただろう。もしあの場でやつを見つけてしまっていたらなにもかもがご破算になるところだったんだぞ」

 やっぱりそれもバレてた。じろりと睨まれたので顔を逸らす。あれはただの短慮で気の迷いだもん……だが同じ轍はもう踏まない。ちゃんと先のことも考えて動かなければならないということは、この一年できっちり理解した。

「……でもそれを言うなら叔父さんだって昔引き摺りだそうとしたって」
「…………ダンブルドアが死なねばセブルスはヴォルデモートの信頼を勝ち取れない。それにニワトコの杖の所有権問題は最後の一騎打ちにも大きく関わってくる」
「(誤魔化したな)」
「分霊箱はハリー自身含め残り“五つ”。四つまでは流れの通り壊せるだろうが、ハリーが真実をセブルスから伝えられない限り、ハリーの中の魂は永遠に壊されることはない──そうなれば、ハリーはもうヴォルデモートを打ち倒せない」

 はっきりと断言された。打ち倒せないって八巻の話だろうか。叔父さん、結構知ってるらしい。でもあの時はセドリックが闇堕ちしてるのが原因だしだいぶ状況違うと思うんだけどな。

「スネイプ先生かダンブルドア、普通に教えてくれたりしないかなぁ」
「もしかするかもしれんが……可能性は低いだろうな。とにかく、彼らの運命は迂闊に変えるべきじゃない。必要な死なんだ」
「……必要のない死なんて存在しないよ」
「影響のないと言い換えればいいのか?」
「影響のない死も存在しない!」

 そもそも私は影響のあるなしで助けたいんじゃない。
 きっぱりそう言い切れば、少しの沈黙のあと叔父さんが「いいか?」と言って視線をこちらへ送ってくる。言い含めるような調子のわりに厳しい声だ。

「あの日、あの状況、あの瞬間がベストなんだ。あの期を逃せばもはやヴォルデモートを滅ぼすことは不可能かもしれない」
「……そんなの分からないよ。今私が生きているように、ヴォルデモートのあれそれもうまくいくかもしれないじゃん」
「約束された運命より不確定な奇跡に縋るのか?」

 ああ、そういえばバグマンさんが言ってたな。『アイツは賭けにもノッてこない』って。特になんも考えないで適当に『堅実だから』とか返した気がするが、奇しくもその通りだなと今更痛感した。叔父さんって公私の切り替えがすごく上手いな。あ、クラウチ関連は除いて。

「分かった」
「それならよかった──」
「二人のことは私が一人でなんとかする。叔父さんの手は借りない」
「……そういう問題じゃないんだが?」
「たしかに『この世界』は私たちの『物語』じゃなかった──でもそれはもうずっと前の話だよ」

 そう、どれだけ一線引いて傍観者になろうとも、どれだけ幕を隔てた観客に徹しようとも。残念ながら私たちはとっくの昔に当事者になってしまっている。クラウチのことで激昂する叔父さんがそれを理解していないはずがない。その身をもって痛いくらいに分からされてるんだから。

「この世に生まれた時点で『流れを変えない』なんて不可能なことくらい、分かってるでしょ?」
「……いやな言い方をするな」

 たしかに生まれて来なければ、と思っているかもしれない人間に投げる言葉ではなかった。でもこう言うのが一番納得してくれるだろうと思って。

「奇跡なんて全てが終わったあとにやっと知覚できるだけで、本質はただの『必然』なんだから」

 必然に縋るなんてそんなおかしな話はない。奇跡なんてこれから作っていくものだ。私の生きているこの『奇跡』を起こしたのが紛れもない『私自身』だということが、すでにその証明として足りるだろう。

「……だとしても、二人に関して私は手助けしない。私はあいつらが“死ぬべきときに死ねるように”するつもりだ」
「一人でなんとかしてみせる」
「出来うる限りエレナの目指す道を阻むが」
「それでもいいよ、頑張るから」

 私も叔父さんもそれきり口を噤んだ。我慢比べのようなどこか落ち着かない沈黙がしばらく続く。重たい空気に音を上げたのは叔父さんだった。「まったく」と臍を曲げたような声音で独り言ちる。

「ワイアット家の女はどうしてこう頑ななんだ」
「……それってお祖母さんのこと?」
「お前の母さん含めだよ」

 やや嫌味たらしく言われたけれど、悪い気はしない。
 それどころか、ちょっと誇らしい気持ちにさえなった。




 叔父さんは疲れたため息を吐いたあと、ふと思い出したように「そんなお前の母さんなんだが」と切り出した。

「もう絶対にホグワーツなんかには通わせないと息巻いてたぞ」
「まあ予想はしてた」
「杖も教科書も魔法界に関するものは全て取り上げると」
「待ってそれは予想外なんだけど」

 なにをしれっと軽く言ってくれてんの? 死活問題でしょ、それ。シリウスがどうのとか言ってる場合じゃなくなるじゃん。猛烈に家に帰りたくなくなってきた。

「このまま帰ればお前はヘレンに軟禁されるだろうな」
「軟っ……マグルの学校に通わされるとかじゃなく?」
「家からなんて出してもらえないだろうなぁ」

 すごく呑気な口調だ。いや、ちょっ……ほんとに車止めてくんないかな。降ろしてほしい。いっそ転がりでようかと外を見る。車はすでに高速に乗っていた。この中へ飛び出せば大怪我をするのは目に見えている。いるけど最終手段として考えておこう。だってこのままドナドナされたら堪らない。

「お前に残された選択肢は二つだ。一つはこのまま大人しく家に帰り母親に軟禁される。そしてもう一つは──」

 叔父さんは再びバックミラー越しに私を見た。ダンブルドアより僅かに暗い青い瞳がかち合う。

「ヘレンの記憶から『魔法界』に関する記憶を改竄する」
「……それって、つまりお母さんの中から私の記憶を消すってこと?」
「そうじゃない。『エレナはホグワーツじゃなく、他国の“普通の”学校へ留学に行っている』ということにするんだ」
「叔父さんのことは……」
「前と同じ、『海外出張の多い夫の兄』」

 すごい強硬手段を提示された。魔法使い、こういうとこなのでは? 何がとは言わないが。どんどん田舎くささを増していく窓の景色を眺め、悩みながら口を開ける。

「お母さんを説得するっていう選択肢は……」
「ない。もうこの二つに一つなんだよ。でないとヘレンのやつ、お前と心中しかねんぞ」
「ちょっと、滅多なこと言わないでよ」

 あんまりな言い分に睨んでも叔父さんは何処吹く風だ。私も『やりかねないな』なんて思っちゃったけど……。

「そもそも私の家で叔父さんが魔法使ったら私が魔法省に怒られるじゃん」
「なにを──ああ、言ってなかったか? あそこは私の休暇中の住所として登録してあるから、私が休みの日は魔法の反応がでても問題はないことになってるんだ」

 初耳学なんですが。叔父さんは「だからお前守護霊見せてくれなかったのか」と得心がいったと頷く。いやだとしても見せないよ、学校の規則なんだから。叔父さんのいるところにダンブルドアありなんだし尚更だ。

「じゃあ今日は休みなんだ」
「休みというか、まあ休職中だな」
「えっ干された?」
「干されとらんわ、まだな。今年は騎士団のほうが忙しくなりそうだから健康上の都合で一年の休みをもらってる」

 一年も休めるんだと感心していると、「普通は無理だがキングズリーに無茶を通してもらった」と付け加えられる。お疲れ様ですキングズリーさん……。叔父さんはさらに「留学ならもっと簡単に休みとれたんだが、留学先への口裏合わせとか面倒極まりないし」とボヤいた。そんな理由で……。なんとなくだけど、その場合でも苦労するのはやっぱりキングズリーさんな気がする。

「まあ私はこれで結構古株だから、だいたいのことはゴリ押しでなんとかなる。卒業したらコネでいい部署に配属させてやろうか?」
「それ、職権乱用じゃない?」
「権力は濫用するものだし規則は抜け穴を探して付き合うものだ」
「わりと本気で見習いたくない大人だな」

 最低だった。堂々と言うことじゃない。うわ、という気持ちを隠さず瞳に込めれば「ジョークジョーク!」と慌てられた。どれがボケ? 分かりづらいよ。もしや私もこんな感じなのか、いつも。転生人(てんせいんちゅ)ジョークは分かりづらい。肝に銘じました。今後は気を付けよう。

「部署を選んで配属なんてできないさ。人事には伝手もないし」
「あ、それがジョークだったのね……で、お母さんの話だけど」

 伝手があればできるみたいな言い方だけど、それは勘繰りすぎだろう。一旦置いておくことにして、すっかり逸れた話題を本題へと引き戻す。いくつか確認したいことがあった。

「変えた記憶って元に戻せるんだよね?」
「ああ、消すわけじゃなく一部を上書きするだけだからな。任意のタイミングで呪文を解けば元通りだ」
「後遺症とかは」
「ない──と、言いたいんだが悪い、断言はできない。知ってる範囲ではないはずなんだが……少なくとも身体に異常をきたすことはない、と思う」

 叔父さんが申し訳ないという風に顔を曇らせる。『知ってる範囲』ね。このことはあとで聞いてみよう。

「分かった、とりあえずはそれでじゅうぶんだよ。……でも、やるならお父さんの記憶もやって」
「ウィリアムもか?」
「ほら、お父さんって愛妻家だし」

 実の兄が最愛の妻の頭をいじくるなんて知ったら、きっとものすごく怒るだろうし、それと同じだけ、悲しくなってしまうだろうから。


 それに、片方だけが娘の死を背負わなきゃいけないなんてそんなひどい話はない。

 そんな思いは口に出さず、心にしまいこんだ。
 

- 103 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME