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車が懐かしい我が家の前に止まるなり、玄関からお母さんが飛び出してきた。窓からずっと見てたんだろう。ドア口にはなんともいえない表情をしたお父さんがぽつんと立っている。
「ここで待ってろ」
ずんずん近付いてくるお母さんが車に辿り着くより先に、叔父さんは素早く車から降りた。目を吊り上げて怒った様子で叫ぶお母さんを宥めながら家の中へと押し戻していく。二人の姿が家の中へと消える直前、車へ向かって届くはずもないのにお母さんがこちらへと手が伸ばしているのが見えた。
ドア口に立ち竦んだままのお父さんは、叔父さんとお母さんがいる方と私がいる方を見比べて、どうすればいいのかと逡巡している。お父さんは、少し寂しそうな笑顔をして私に向かって小さく手を振ると、叔父さんたちの後を追っていった。
靴を脱いで、シートの上で体育座りをする。心臓がドキドキとうるさい。静かな車内では、些細なはずの心音も私を包み込む爆音のように感じる。
気を紛らわせようとアンブルの籠を開けた。チョンチョンと小さく飛び跳ねながら籠からでてきたアンブルを、指の背で撫でる。
「もうこの家に配達することはないかもね」
せっかく上手になったのに。
こぼれた声は存外悲しい響きをしていた。気持ち良さそうにうっとり目を瞑っていたアンブルが急に頭を持ち上げる。名前の通りに美しいつぶらな琥珀が私をじっと見つめた。アンブルは指の関節を甘噛みして、これまでになく静かに鳴いた。そんな声もだせたのね、あなた。
アンブルと戯れていれば、コンコンと窓を叩く音がする。にっこりとしたお母さんとお父さんが私を見ていた。その後ろには叔父さんもいる。終わったことを察して窓を下げた。
「夏はエドガーのお友達の別荘で過ごすんだってね?」
「──うん、そうなの」
「一年ぶりなんだから少しはゆっくりしていけばいいのに」
お母さんそう言いながら、拗ねたように口を尖らせる。怒ってもいないし悲しそうでもない。こんなお茶目で普通なお母さん、久しぶりに見た。
「来年は家族で旅行でも行こうか、ノルウェー辺りとかどうだい?」
「……そうだね、楽しみにしてるよ」
「今年も手紙送ってちょうだいね」
その言葉に、アンブルが『任せろ』と言うように誇らしく胸を張って高らかに鳴いた。お母さんとお父さんは目をぱちくりさせる。
「そういえばエレナってどうしてフクロウ飼ってるんだっけ」
「もちろんフクロウが好きだからだよ」
「そうだったかしら……」
「──じゃあ、もうそろそろ行くぞ。車を出すから少し離れてろ」
お母さんが不思議そうに首を傾げたタイミングで、運転席の叔父さんが声をかける。「久しぶりなのに」と不貞腐れるお母さんを、困り笑顔のお父さんが車から引き離す。
「それじゃエレナ、よい夏休みを!」
「気を付けて過ごすのよ!」
動き出した車にそう言いながら、二人は大きく手を振る。二人は小粒くらいの大きさになってもまだ私たちを見送っていた。
気が付けば、走り始めてもうだいぶ経っている。おかしいな、さっきまであんなに時間の進みが遅かったのに。気を使ってくれたのか、叔父さんはずっと無言だった。
感傷に浸るのはこれくらいにしよう。気持ちの切り替えも兼ねて「叔父さんさぁ」と口を開く。
「こういうことするの初めてじゃないでしょ」
「まあこれで闇祓いだからな。うっかり居合わせてしまったマグルにも似たようなことはしてきたさ」
「言い方変えるね。お母さんたちの記憶変えるの初めてじゃないでしょ」
「……なんで分かった?」
半分カマだったけどやはりビンゴだった。叔父さんが困惑顔をしているのが見える。ふふん、娘──それから姪としての勘だ。
違和感なら前からあった。
まず、お父さんは基本なんでも私たちに話してくれる。幼少期の恥ずかしい思い出すら、聞いてなくても照れ臭そうにしながら教えてくれる。そんな人が、『身内に魔法使いがいる』なんてビックニュースを実の妻にすら伝えていないなんて、そんな妙なことはない。
それに加えて、お父さんはとても正直な人だから。もし隠していたなら、ちゃんとその理由も含めて教えてくれるはずなんだ。
「あとは、叔父さんの設定がやけに作り慣れてる感じがしたから」
「……そこまで考えられるのにどうしてセブルスたちのことは納得してくれないんだ」
「それとこれとは全然違う話でしょーが。……やっぱりクラウチの件があったから変えたの?」
「ん、まあ、それもあるが……」
叔父さんは歯切れ悪く、気まずそうに受け答える。「お前の件もあったからなぁ」と呟かれた。
「私?」
「うん、クラウチ母が死んだのとほぼ同日くらいにエレナが死にかけてな」
「えっ……まさかうちに死喰い人が──」
「いや違う違う、そんなんじゃなくて。当時流行ってた魔法玩具の『一度膨らませたら絶対に萎まない風船』を飲み込んで窒息しかけたんだよ」
なにしてんの私?? いや赤ちゃんだからしょうがないよね、赤ちゃんだから……。
「もちろんすぐに助けたから大事にはならなかったんだが、当然ヘレンは魔法が大嫌いになってしまって。もういい機会だと思って魔法に関する記憶を全部あやふやにしたんだ」
「……それで、お父さんも魔法が嫌いになっちゃったから、叔父さんが魔法使いってこともなかったことにしたの?」
「いいや、そんなことはなかったさ。ウィリアムは良い奴だから、家族の否定は絶対にしないよ。だが、ほら──分かるだろ?」
もどかしそうに言われても。お父さんが良い人なのは紛うことなき事実だし異論を挟む余地はない。けれど、それが記憶を変えることとどう繋がるのか。むしろ、それならいじらなくてもよかったんじゃと思うけど。
「……あいつだけが娘の瀕死状態を覚えたままというのも、酷だと思って」
「……私、将来禿げるのかな」
ごにょごにょと小声で告げられた内容に納得する。私と叔父さんは思いのほか考え方が似ているらしい。照れ隠しにも似た皮肉っぽい発言は、「どうしてそうなる」と呆れられてしまった。
「だから本当はお前の入学も反対だったんだぞ。ダンブルドアに叱られたから仕方なく説明に向かって、ウィリアムの魔法だけ解いたが」
「そっか……、……いやうそでしょ、ノリノリだったじゃん」
話の流れのせいでしんみりしかけたが、ちょっと待てと止める。絶対私より嬉しそうだったしニッコニコだった。どう見ても渋々派遣された人の顔ではなかった。仕方なくとか、何を言ってる。
叔父さんはまた煮え切らない態度であー、だの言ってグズグズしだす。しかし私が諦めないことを悟るとやがて「まあな!」と開き直って声を張り上げた。
「また家族と魔法界のことを話せると思ったら、その……なっ!」
「……ああ、そう」
やけくそのような声色のなっ、でゴリ押しされる。まあいいや。これ以上の追及はやめてあげよう。
つまるところ、叔父さんも人の子だったというわけだ。今まで寂しかったんだろう。
「(そうじゃなきゃ、あんな『如何にも』なお土産送らないよね)」
あれらは『気付いてくれ』のサインだったのかもしれない。本人は自覚してなさそうだから言わないでおいてあげるけど。今浮かべてるあのバツが悪そうな顔からして、当時相当有頂天になって舞い上がっていた自覚くらいはあるようだし。
「ちなみにな、その風船を贈ったのは──私経由ではあるが──ダンブルドアでな……」
「あ、あー……」
お母さんのダンブルドアへの不信感ってまさか……。叔父さんは「思い出してるのかとヒヤヒヤしたよ」とから笑いした。魔法すら敵わない母親の本能、強すぎる。
「ところで叔父さんの友達の別荘ってなに?」
「正確には別荘じゃないんだが──ああ、もう着いたよ」
「……とっても治安がいいみたいだね?」
車が止まる。窓から外を窺えば、古びたアパートが壁のように圧をかけて立ち並んでいた。あちこちに散在しているゴミ袋や、汚れた曇りガラスの半分がひび割れているのを眺めながら皮肉る。割れ窓理論のモデルケースにここまでピッタリな場所はないだろうと思った。随分素敵なお友達を紹介してもらえるらしい。
「なにを寝ぼけたこと──見てわかるだろ?」
「え?」
「声に出すなよ」
叔父さんは、エンジンを切りながら四つ折りにされた紙切れを投げて寄こす。
そこには、細長い文字で『不死鳥の騎士団の本部はロンドン グリモールド・プレイス十二番地に存在する』と書かれていた。
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