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「覚えたな? というより覚えてるな? 思い出したな? よし」

 矢継ぎ早に自己完結すると、私が言葉の内容を飲み込むのも待たずに紙を奪って車から降りた。アンブルを抱えて慌てて追いかける。車をでるなり、目の前にずいっとトランクを突き出された。

 片手で受け取り、叔父さんが車になにやら魔法をかけているのを横目に今伝えられたことを咀嚼する。『不死鳥の騎士団の本部はロンドン グリモールド・プレイス十二番地』──……。


 気が付くと、目の前の家が私たちが立つ場所を中心にそれぞれ左右へとじわじわ動き始めていた。不自然にスペースが開かれ、本来ならば裏の壁が見えるはずの場所には、新たなに現れた、周りとなんの変哲もない相変わらずなぼろっちさの家が当然の顔をして並んでいる。アハ体験した気分だ。脳トレ的な。

「ここが、あの女のハウスね……」
「バカなこと言ってないで行くぞ」
「はぁい」

 右手を胸元に、左手を腰に当て、傷んだ扉や薄汚れた壁を見据えて仁王立ちをして貫禄たっぷりに言った。が、無慈悲にもばっさり切られてしまった。
 明るいときに見るのは初めてだから全然気付かなかったよね。そして明るいと浮き彫りになる治安の悪さ。ここってこれでも一等地ってやつなのかな。土地の価値ってよく分かんないな。


 せかせかと歩く叔父さんに続いてすり減った石段を上がった。叔父さんが杖で扉を一回叩くと、カチカチと金属が連続して鳴ったあと鎖が動く音がする。扉は壊れたバイオリンのような音を立てながらゆっくり開いた。

 玄関に入るなり目の覚めるような明るい光が私たちを包み込む。張り替えられたばかりのように綺麗な壁紙、蛇の装飾が施されているピカピカに磨かれたシャンデリアやふかふかのカーペット。

「……ここどこ?」
「さっき読んだだろうが?」

 そうなんだけどもと口篭る。
 目に映るこの家の様子は、一歩踏み入れたその瞬間からもう既に私が知ってる──“観た”ことのある場所とはかなり違っていた。

 あれおかしいな、扉を開くまではイメージ通り、“観た”通りだったんだけど……。想像していたような陰気な雰囲気なんて影も形も見つからない。あれれと首を捻る。叔父さんはなんでそんな普通なの?
 ホールの一番奥の扉がパッと開く。にっこり笑うシリウスと、その後ろから──

「ルーピン先生!」
「やあ、エレナ。元気だったかい?」
「エドガー、アーサーたちももうすぐ来るそうだ。そうしたら夕食にしよう」
「ああ、クリーチャーの食事は格別に美味いから楽しみだ」
「ふん……あれの唯一の取り柄と言っていいだろうな──ああ、噂をすればだ」

 パタパタと慌ただしい足音にシリウスがうんざりした顔で言う。扉の入口に息を切らした小さな屋敷しもべ妖精が現れた。手前の入り口が開くと、パイの焼けるこうばしい香りがホールに流れ込んでくる。

「お久しぶりでございます、旦那様。姪御様もようこそいらっしゃいませ」

 そう言って深々お辞儀するクリーチャーの首には、ひしゃげた金のロケットがぶら下がっていた。







『彼らの運命は迂闊に変えるべきじゃない。必要な死なんだ』


『二人に関して私は手助けしない。私はあいつらが“死ぬべきときに死ねるように”するつもりだ』



「──なんて言ってたのはどこのエドガー・ワイアットさんでしたっけ?!」
「知らん知らん知らん」
「知らんことないでしょうが!」

 だってこんな真似できるのは私か叔父さんしかいないはずだ。このロケットを今の時点で分霊箱だと判断して破壊するようなことができるのは。

 宛てがわれた部屋に入ってすぐ詰問する。とぼけるなと怒る私に、叔父さんは慌てて扉に向かって呪文──恐らく防音の呪文──をかけた。

「身も蓋もないこと言うけどこんなんもうほとんど一巻丸ごとショートカットだよ! なにが『変えるつもりはない』?! どの口?!」
「た、たまたまなんだ! 去年シリウスを勧誘しに行った時ついでに掃除手伝ったらたまたま見つけてしまって! それが明らかに闇の魔術が詰め込まれた一品だったものだから、その──ほら、一応闇祓いだし」
「で、壊したの? 壊しちゃったの? そりゃクリーチャーも懐くよお辞儀もしてくれるよ旦那様とか言ってくれるよ!」

 御屋敷がこんなに綺麗で素晴らしいのはこの一年彼が全力を尽くしたからだろう。そして彼がこんなにも献身的な働きを見せたのは、叔父さんがクリーチャーにとって最愛であるレギュラス様の最後の命令──『ロケットを壊せ』を成し遂げたからだろう。

「ちが、違うんだ! 忘れてただけだ! 壊すまで完全に分霊箱ってやつを忘れてて!」
「わすれ──こんな大事なことを?!」
「し、仕方ないだろう? 最後に読んだのだってもう何十年以上前のことか……クラウチの真実を覚えていたことだって褒めてほしいくらいだ」

 叔父さんはむっつりとして、ついに開き直った。しかしすぐに「ああそうだ!」と顔を輝かせて私を見る。いいことを思いついたという声音だ。

「エレナ、お前メモしてただろう」
「それも知ってたんだ」
「あんな大事なものを開いたまま寝こける方がどうかしてると思うが──まあいい、アレ、私にも見せてくれないか?」
「……えっ」
「なんだ?」
「メモ……や、あの、あれはちょっと」

 多分、純粋に思い出したいだけなんだろう。ダンブルドアとスネイプ先生は置いておくにしてもその他の人は手を組んで助けようって話だし。だから情報共有を求められるのは、なんらおかしい話ではない。
 おかしい話ではないと理解した上で、私がこんなに否定的な態度をみせているのはやんごとなき事情があるからだった。本当は全然やんごとなきことない事情なんだけども。

「別に字が汚いとかあやふやなとこがある、とかなら気にしないぞ。そもそも私は詳しく覚えてないんだからな」
「う、ん……ええと……」

 判然としない私の様子に、叔父さんは訝しげに眉をひそめた。慰めるような言葉をかけてくれるけど、むしろそんな理由だったらどんなによかったことか……。
 私はとうとう観念して重い口を開いた。誤魔化そうとも思ったけどもう正直に吐いてしまおう。この、やんごとなくない事情を──やけくそになった短絡思考の馬鹿がしでかしたことを。

「……見せれないの」
「だから、私は気にしないと──」
「そうじゃなくて、その……もうないから」
「は?」
「……燃やしちゃった、から」
「……は?」
「えへっ……」

 雅に笑って誤魔化そうとしたが良心が咎めてできなかった。まだ理解が及んでいないという視線から逃げるように、顔がどんどん俯きそっぽを向いていく。

「もや、……えっ?」
「いやあのほら、もう死ぬんだ私って思っちゃったからその、見られちゃまずいものは消さなきゃと思って、だから──」

 代表選手と決まった夜に、インセンディオりました。

 叔父さんがゆっくりと両手で顔を覆う。今日何度目かの沈黙が訪れる。個人的に、これまでで一番居心地が悪かった。
 暫くして、顔を覆っていた叔父さんがようやく「どうして」と短く呟いた。聞き返すと勢いよく手を外していっそ泣くんじゃないかというくらいに顔を歪めて私を見た。

「どうしてそう変な方向にばかり思い切りがいいんだ?!」
「うわ、叔父さんってほんとに転生してるんだね……」

 懐かしい台詞に率直な感想が口からまろびでる。今本当に同類なんだって認識できた。ある種の感動を覚えていれば、「今はそれどころじゃないだろ」と睨まれて口を噤む。

「くそ、くそ……ジェミニオしとくんだった……!」
「いや人のもの勝手に……まあその通りなんだけどさぁ……だってまさか私が選ばれるなんて思わないじゃん! だからびっくりしちゃって、つい」
「ついでやることじゃないだろ」

 ついで敵宅半壊させた叔父さんに較べたら断然可愛いものでしょ。そうは思うが、形勢が悪いのは重々承知しているので無駄口は叩かない。

「じゃこれでチャラにしよ、お互い。ね。……ていうか、これ、ダンブルドア死なないんじゃ」
「は?」
「だってもうロケット探しに行く必要ないし変な薬飲まずに済むわけじゃん。元気なダンブルドアなら死喰い人なんて瞬殺でしょ」
「いや、だが──……、まあいいか」

 いいんだ。あれだけ拒絶していたわりになぜかあっさり受け入れている。もうどうしようもないから? そっか。叔父さんが元凶だもんね! 
 にっこにこの私を見て、叔父さんはいやにとぼけた顔をしていた。
 

###

 しかしまさか、私が『不死鳥の騎士団本部』にいるとは。二年前の私に教えてあげたい。絶対信じないだろうが。

「ねー、ルーピン先生」
「ねー……?」
「なんでもないでーす。そういえば夕食のデザートはチョコレートアイスらしいですよ」

 ここで生活することはや一ヶ月。私とハーマイオニーはルーピン先生の親切な申し出により、地下厨房に繋がる部屋にある長テーブルで宿題を教わっていた。ハーマイオニーは私が来た数日後にここにやって来ている。

 一段落ついたので休憩がてら話を振ってみたが微妙な顔をされる。先生はちょっと物言いたげにしながらも「楽しみだね」と笑ってくれた。優しい。

「ベリーソースはつくのか?」
「さあ……見てきます?」
「いや──作ってるな」

 魔法の目がぐるりと回り厨房のほうを見た。ムーディ先生は満足げに鼻を鳴らすと義足をコツコツ鳴らしてテーブルから離れていく。意外なことに、もう一人の先生も甘いものが嫌いじゃないらしい。やだかわいい、キュンとしちゃう。

「私、手伝いにいこうかしら──」
「クソッ、ママが扉に『邪魔よけ』ゥオッと、やあリーマス!」
「やあフレッド。イタズラもほどほどにね」

 ハーマイオニーが調理音を奏でる厨房を見ながら立ち上がりかけた。彼女の声を、乱暴に扉を開く音が遮る。怒りながら厨房に入ってきたフレッドだったが、ルーピン先生を見るなり話を見事に急カーブさせた。爽やかに笑うフレッドにルーピン先生も同じく爽やかに微笑んでしっかり釘を刺した。


 本部は人の出入りが激しかった。集まった人達は常に部屋に篭ってなにかを話し合っている。食事の時間が来て部屋からでてきても、彼らは難しい顔でヒソヒソしていた。

 それが気に食わないのは会話から締め出され除け者にされる未成年及び学生たちだった。


 フレッドを先頭に厨房に入ってきた学生メンバーを見て、なにかを察したのかルーピン先生が静かに席を立つ。「続きはまた後日」と言って厨房から出ていった。

 扉が閉まったその瞬間、フレッドは貼り付けていた笑顔をさっと消しさる。「おかしいよな」不機嫌な顔で閉まったばかりの扉を睨んだ。

「俺たち、成人してるんだぜ」
「まったくもってその通りだ、兄弟」

 ジョージが渋い顔で重々しく頷いた。けれどすぐにニヤニヤと「ロニー坊やはともかくな」と小突く。ロンは嫌そうにそれを虫を払う仕草で追い払った。

「それよりハリーだよ。ずっとイライラしてるのが手紙からでも伝わってきてる──」
「どうしてなにも教えちゃいけないのかしら? ハリーは当事者なのに」
「同じ当事者でもエレナは夏休み始まってすぐに来てたわよね」
「当事者っていってもほとんど意識なかったけどね」

 バンッと突然大きな音を立てて厨房の扉が開かれた。みんなが飛び上がる。ついさっき出ていったはずのルーピン先生が顔を真っ青にさせて立っていた。急いで降りてきたのか呼吸が荒い。ゼェゼェという息の合間に「ハ、ハリーが」と言うのがなんとか聞き取れた。ハーマイオニーがそんな先生を引っ張って自分の席に座らせる。

「ハリーがなに──」
「ハリーが……吸魂鬼に襲われた」

 そろそろだと思ってたけど、今日だったんだ。よーし、今年も頑張ろ!

 温度が一気に下がる空気の中、私はそんなことを考えた。
 

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