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 私に対する警戒心をまるっと解いた彼女は本をトランクへしまい込んだ。本の代わりに車内販売で買ったお菓子の山を膝に乗せながら、むつかしい顔で内緒話をするように小声で話す。

「寮の組分け方法は試験のようなものよ、きっと。だから私、入学が決まってからはずっと勉強してたの。教科書に載ってる大抵の呪文はできるようになったと思うわ」
「すごい、なにかやってみせて!」
「いいわよ、例えば──ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
 
 ハーマイオニーは自前の大きな杖を取り出した。蛙チョコの箱をぷかぷかと宙に浮かせてみせる。ぱちぱちと拍手を送れば、彼女は「当然よ」と胸を張った。
 知識を披露する相手ができたことが嬉しいのか、ハーマイオニーの口は止まらなかった。嬉々として語る彼女に一瞬悩む。組分けは帽子で決まるよって教えてあげた方がいいのかな? でも叔父さんからもセドリックからも聞いてないしな……私も知らないってことにしとこう。そう自分の中で結論づけて再び彼女の話に耳を傾けることに専念する。
 
「エレナは? なにか勉強してないの?」
「私は全然、あー……練習中のものなら、一つだけあるよ」
「まあ、なんの呪文?」
「守護霊の呪文っていうんだけど」
 
 私の言葉を聞き届けた途端、ハーマイオニーは難しい顔をした。顎に手を当て、記憶を探るように顔を顰めている。そしてすぐに確かめるように口を開いた。
 
「それって、吸魂鬼を追い払うすごく難しい呪文じゃなかった? たしかアズカバンの看守の」
「そうだよ。まだ全然上手くいかなくって」
「当たり前よ! まだ子供だし、魔法の基礎すら知らないのにそんなの出来るわけないわ。どうしてそんな無謀なことをしようとしたの?」
「叔父さんが教えてくれるっていうから……」
「ちょっと待って。あなた、マグルなのよね?」
「あ、叔父さんは魔法使いで闇祓いなんだって。私もついこの前知ったことなんだけどね」
 
 再度難しい顔をされる。もしかして私は彼女の地雷を踏んでばっかりなのかもしれないと少し不安になった。基礎も学ばずそんな真似するなんて、楽するなんて、と軽蔑されてしまったのだろうか? せっかく友達になれたと思ったのに。また友達がいなくなってしまうのかと思うと胸が締め付けられて苦しくなった。
 
 ……“また”? またって、一体、
 
「エレナ」
「は、はい!」
「闇祓いってどんな仕事をするか知ってるの? その叔父さんは他にどんな魔法を使ってた? 私魔法省の仕事ってすっごく興味があって───」
「ちょっ、ちょっと待って! ……怒ってないの?」
「なぜ私が怒るの?」
「だって、そりゃあ……」
 
 怒涛の勢いで話し始めたハーマイオニーをなんとか止める。私の問いにきょとんと目を丸くさせた彼女にさっき考えたことをぼそぼそと伝えれば、彼女は呆れたようにため息を吐いた。そして毅然とした態度できっぱりと言い放つ。
 
「もちろん基礎から学ぶべきだとは思うけど、でも数ある魔法の中からそれがやりたいと思って選んだんでしょう? そういうのも大事なことだと思うわ」
「ハーマイオニー……大好き……」
「突然なぁに? おかしな人ね……それよりあなたの叔父さんの話をしましょう!」
 
 思わず零れた心の声にハーマイオニーはぽぽっと目元を染めてきゅっと眉を吊り上げた。照れてるようだ。可愛い。話題を変えたいのか、声を張り上げる。そんな彼女を微笑ましく思いながら、あまり多くは分からないけど、と前置きをして口を動かした。
 
 
 
 
 それは車内販売で買ったお菓子をあらかた片付けたときのことだった。百味ビーンズで度胸試しをしようと提案すれば一考の余地もなしにすげなく断られた直後のことでもある。
 
「ねえ、僕のヒキガエル見なかった?」
 
 私達のコンパートメントをノックもなしに開いた男の子は半泣きでそう尋ねた。いきなり扉を開けられたことで、不快そうに顔を顰めていたハーマイオニーだったがその様子をみてすぐに表情を心配そうなものへと変える。やっぱり優しい子だ。
 
「見てないわ。名前は?」
「トレバー……あっこれはカエルの名前で……僕はネビル・ロングボトムなんだけど」
 
 ネビルは「見てないかぁ……」と続けながら肩をこれ以上ないってくらいさげて落ち込んでいる。そんなネビルに、ハーマイオニーは立ち上がって彼の背を優しく摩った。
 
「大丈夫よネビル。私達が一緒に探してあげるわ」
「えっいいの? ほんとう?」
「ええ。……でも先に着替えてもいいかしら?」
「うん、うん! もちろんだよ! ありがとう!」
 
 ネビルは鼻をズズっと啜ってから、下手くそな笑みを浮かべる。そして先に行ってると元気よく言って部屋をあとにした。テキパキと自分の着替えを取り出す彼女をぼーっと見ながら疑問をぶつける。
 
「着替えるの?」
「だってもう五時間近く走ってるんだから、きっともうすぐ着くはずよ」
「ふーん……」
 
 なんにも分からないので曖昧に返事をする。へえ、そうなんだ。しかし言われてみれば窓の外の景色は確かに変わってきている。それにハーマイオニーが言うんだから間違いないだろう。そう考えて彼女に倣いトランクから制服を取り出した。
 
「じゃあ先に行ってるわね。ああ、エレナは念の為ネビルが来た方を探してあげてちょうだい」
「えっ……あー、うん、オッケー」
 
 ハーマイオニーは手早く着替えを済ませると仕上げに黒いローブを羽織った。そして私に指示を出してさっさとコンパートメントを出ていってしまった。
 
 ……残念、三人組が会うところ見たかったな。
 
 
 
 ネクタイを結ぶのに思いのほか手間取ってしまった。もうハーマイオニーが出て行ってから随分と経ってしまっている。これ以上触っていても仕方ないと、未だ違和感のある首元をモゾモゾといじりながら通路にでた。あとでハーマイオニーにやり直してもらおう。扉をしっかり閉めて、と。さて、トレバーはどこに……
 
 
「──なんで、お前が」
 

 聞こえた声に振り返る。斜陽で鮮やかな朱色に染めあげられた通路には、金髪の男の子が目を見開いて立っていた。
 
 

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