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私を見て声を上げたのは気の強そうな、顎のとがった男の子。背後にはガタイの大きな二人の男の子を引き連れている。彼らは狭い通路でお互い窮屈そうに身を捩っていた。前の男の子が突然立ち止まったことで後ろの二人はつっかえてしまい、寸でのところで先頭の子を突き飛ばしてしまうところだった。
それぞれが呆然と、あるいは困惑している彼らをよそに、私はずっと会いたかった彼らに会えてもう感無量で声を詰まらせていた。ハリーポッターのキャラはあの吐き気を催す邪悪ピンクなガーゴイル女を除いて基本みんな大好きだ。それに、特にドラコ・マルフォイは作品の中で1番好きな人だった。最推し。是非お近付きになりたい。仲良くしてほしい。あわよくば友達になりたい。
「どうして──」
「……え? ごめんなさい、今なにか言った?」
黙っているとマルフォイが小さく呟いた。クラッブとゴイルは訝しげな顔でそんな彼を見て顔を見合わせた。私としたことが推しの言葉を聞き逃すなんて……。あれ、そういえばさっきも『なんで』とか言ってたような気がする。なんの話だろう。まさかこの一瞬でマグル生まれと看破されてしまったとか? なんてこったい。既に制服姿だというのにマグル臭さが隠し切れてなかったのだろうか。別に隠すつもりもなかったけど……あれこれ最初から詰んでない?
「だから、どうしてお前がここに居るんだと……大体、お前──」
「エレナ? 何をしているの?」
マルフォイがなにかを言う前に、さらに彼の背後から私を呼ぶ声がする。クラッブとゴイルという壁に阻まれて姿は見えないが、この鈴が転がるような可愛らしい声は恐らくハーマイオニーだろう。マルフォイの話も気になるが、呼ばれたからには馳せ参じないわけにはいかない。なにより初対面で『お前マグルだろ出てけよ』と言われるのは流石にメンタルにくる。
「ごめんなさい、ちょっと通してね」
「おい、待て!」
マルフォイの横を通りクラッブとゴイルを強めに押して隙間を作る。二人は苦しそうな呻き声をあげた。ごめん、悪気はないんだ。ただちょっと邪魔なだけなの……通路が狭くて……。
二つの壁を乗り越え現れた私に、ハーマイオニーは背後の三人を一度見て、不思議そうに首を傾げた。
「知り合い?」
「ううん、違うよ」
「そう。ところでトレバー探しはどうなったの?」
「……えへっ」
一方的に知ってるだけじゃ知り合いとは言えないよね。少しだけ寂しい気持ちになりながらも首を振って否定する。トレバーは……もういいよ、諦めよ……ハグリッドがあとで見つけてくれるから……。
「──くそ……!」
背後から悔しそうな声が聞こえた気がした。
結局トレバーは諦めることになった。すっかりしょげ返っているネビルを私達の車両へ引っ張り、慰めていればあっという間にホグズミード駅へ着いた。外は夜の帳が落ちて濃紺に染まっている。ローブを着ててもかなり冷え、私はひんやりとした空気に身をぶるりとふるわせた。外に出ながらハーマイオニーが思い出したように話し出す。
「そういえばさっきハリー・ポッターに会ったのよ」
「へえ。友達になれそうだった?」
「そうね……まあ思ってたより普通の人だったわ。それより、あなた全然驚かないのね?」
「マグル生まれなもんでいまいち偉大さが分からなくて」
「全く、仕方ないわね……あのね──」
私の余計な一言のせいでハーマイオニーによる『ハリー・ポッターとは』という講座が開設された。うーん、詳しいなあ。そして長い。止まらないな……。とんだ薮蛇をしてしまった。
そんな講義も「イッチ年生はこっちだ!」というクセの強い独特な呼び声によって中断される。ハーマイオニーはスタスタと早足で先頭の方へと歩いて行った。急いで追い掛けようと私も歩く速度を早める。
「ぅわあ!」
「ネビル? 大丈夫?」
「大丈、アイタッ!」
「……大丈夫じゃなさそうだね」
突然視界の端から消え去ったネビルに驚いて声を上げる。ぬかるんだ地面に足を取られてしまったようだ。その上、足をくじいたのか痛そうな声を上げた。手をだせばネビルは申し訳なさそうに礼を言った。頼りないかもしれないがないよりましだろう。二人でのろのろと列の最後尾をついて行く。
唐突に前から声が沸き起こる。なんだなんだと歩いて行けばその理由はすぐに分かった。底の見えない深い湖の向こう岸には高い山々と荘厳な城が堂々と並んでいる。
「U〇J……」
「何か言った?」
「なんでもない」
「四人ずつボートに乗って!」
私達が乗り込むと、ハグリッドは大きな声でボートに進行を指示する。大量のボートが黒い墨汁のような湖面をするすると一斉に滑っていく。
湖や城に魅せられていたせいか、乗船中は静かなものだった。どことなく緊張感を孕んだ沈黙に包まれたまま地下の船着場に到着する。ハグリッドは空になったボートの中を忘れ物がないかと一つ一つ確認していた。
「これ、おまえさんのヒキガエルかい?」
「トレバー!」
ハグリッドが掲げたカエルを目にしたネビルはタッと走っていく。えっ足は大丈夫なの? ネビルはどうやら嬉しさのあまり足の痛さを忘れているようだった。愛しのペットに頬擦りしている。呆れ半分に彼を見ているとクイクイッとローブの裾を引かれた。その方向に視線を向ければそこには少し怒ったような顔で腰に手を当てるハーマイオニーが立っていた。
「あなた、今までどこに行ってたの?」
「最後尾にいたよ」
「ちゃんと着いてきてよ、びっくりしちゃったじゃない」
拗ねたような物言いに頬がだらしなく緩む。顔の筋肉をでろでろに溶かしたような私の顔にハーマイオニーはもう! とそっぽを向いた。きゃわたにえん……。
巨大な城の扉が開かれると、背の高い女性が現れる。少し遠くて見づらいが、あの堂々とした立ち振る舞い、きっとマクゴナガル先生に違いない。彼女はハグリッドと言葉を交わし、引率の任を交代する。そして私達をホール脇の空き部屋へと案内した。
「エレナ、斜め後ろの彼」
「え?」
「ハリーよ、ハリー・ポッター!」
ヒソヒソと教えられ、思わず後ろを見るとちょうどハリーと目が合ってしまった。咄嗟にへらっと笑って手を振れば彼もぎこちなく手を振り返してくれる。しかし視線が額へと動いたのを彼は気付いてしまったことだろう。いやほら、せっかくだし見ておきたいじゃん……野次馬でごめん……。
「ホグワーツ入学おめでとう」
マクゴナガル先生が厳かに語り出す。寮について一通り話し終えると私達に「できるだけ身なりを整えておきなさい」と言葉を締め括って待機を命じた。あ、そうだ、ネクタイ直してもらおう。
「ねえハーマイオニー、」
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ、ペトリフィカストタルス、アロホモラ……」
……忙しそうだ。邪魔しちゃ悪いよね。もう潔くネクタイは諦めることにしよう。どうせセーターでほとんど隠れてしまうんだしそんな問題ないだろう。
そんなことを考えているとマクゴナガル先生が戻ってくる。彼女のキリリと吊りあがった瞳が私の歪なネクタイを見留めた気がした。
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