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 トレローニー先生がアンブリッジをファッションチェックするとしたらどうなるんだろう。

 あれこれ想定しかけてやめた。ファッション性があまりにも違いすぎる。これは完全に偏見だけど『俗世!』って発狂しそうだよね、トレローニー先生。

「さあ、こんにちは!」

 クラス全員が席につくと、アンブリッジは挨拶した。バラつく返事に彼女はチッチッと舌を鳴らす。

「それではいけませんねえ。みなさん、どうぞこんなふうに。『こんにちは、アンブリッジ先生』。もう一度いきますよ、はい、こんにちは、みなさん!」
「こんにちは、アンブリッジ先生」

 みんなが声を揃えて言うと、アンブリッジは満足そうにニンマリする。ナーサリースクール、もしくは軍隊みたい。
 彼女は私たちに杖をしまわせ、代わりに羽根ペンをだすようにと指示した。空気が沈む。杖を使わない授業が面白かった例はないからだ。
 アンブリッジはハンドバッグから異常に短い杖を取り出す。ああいいね、そのくらいの短さなら持ち運びもしやすいだろうな。
 彼女が杖で黒板を強く叩くと、文字が浮き出た。

【闇の魔術に対する防衛術 基本に返れ】

「この学科のこれまでの授業は、かなり乱れてバラバラでしたね。先生がしょっちゅう変わって、しかもその先生方の多くが魔法省指導要領に従っていなかったようです」

 それ私たちに言われても困るよ。ダンブルドアに言ってほしい。

「みなさんは魔法省がO・W・L学年に期待するレベルをはるかに下回っています──しかしご安心なさい。こうした問題はこれから是正されます」

 そう言ってまた黒板を叩いた。最初の文字が消え、今度は『授業の目的』という題目から始まる文章が現れる。書き写せという指示に、教室中が羽根ペンを走らせる音でいっぱいになった。


一. 防衛術の基礎となる倫理を理解すること
二. 防衛術が合法的に行使される状況認識を学習すること
三. 防衛術の行使を実践的な枠組みに当て嵌めること


 羊皮紙に綴った文章を心の中で読み上げていく。二個目ってハリーに対する嫌味なのかな。

「みなさんはウィルバート・スリンクハードの『防衛術の理論』を持っていますか?」
「(買わされたからそりゃあね)」

 私が内心で嫌味を飛ばしていれば、何人かがボソボソ「持ってます」と言った。偉いなみんな。しかしアンブリッジは揃わない声が気に食わなかったらしい。再びチッチッと舌を鳴らした。は? 返事してもらえるだけありがたく思ってほしい。だめだどうもガラが悪くなっちゃうな……。
 彼女は「もう一度やりましょうね」と笑顔を深める。

「わたくしが質問したら『はい、アンブリッジ先生』または『いいえ、アンブリッジ先生』ですよ──それではみなさん、ウィルバート・スリンクハードの『防衛術の理論』を持っていますか?」
「はい、アンブリッジ先生」
「よろしい。では五ページを開いてください。『第一章 初心者の基礎』。おしゃべりはしないこと」

 あちこちからパラパラとページを捲る音が聞こえる。この人、本当に今年一年本を読ませるだけのつもりなのかな。それ職務放棄とちゃいますか。それ給料泥棒なんとちゃいますか。まあアンブリッジ抜き打ち百問クイズとかされないだけマシか。

「(お、はじまった)」

 欠伸したついでに顔を上げると、前の方の席に座るハーマイオニーが無言で手を挙げているのが見えた。アンブリッジはというと不自然にハーマイオニーのほうだけを見ないようにしている。『めんどくさい生徒がいるな』というアンブリッジの心の声が聞こえてくるようだ。
 さらに数分経ち、クラスの大半が『初心者の基礎』を読むのをやめてハーマイオニーの奇行を見つめることに専念しだしたころ、アンブリッジはようやくハーマイオニーの存在を無視する訳にはいかないと判断した。

「この章について、何か聞きたかったの?」
「この章についてではありません。授業の目的に質問があります」
「あなたのお名前は?」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
「さあ、ミス・グレンジャー。ちゃんと全部読めば、授業の目的ははっきりしていると思いますよ」

 わざとらしく優しい声にひっそりと笑う。分かってないなこの女は。ハーマイオニーが読んでないわけがないじゃないか。
 ハーマイオニーは案の定、間髪入れずに「読みました」と切り返した。

「でも分かりません。防衛呪文を“使うこと”に関しては何も書いてありません」
「防衛呪文を“使う”?」

 ハーマイオニーのぶっきらぼうな声にアンブリッジは鼻につく笑い声を混ぜて繰り返した。

「まあ、まあ、ミス・グレンジャー。このクラスで、あなたが防衛呪文を使う必要があるような状況が起ころうとは、考えられませんけど? まさか授業中に襲われるなんて思ってはいないでしょう?」
「魔法を使わないの?」
「わたくしのクラスで発言したい生徒は、手を挙げること。ミスター──?」
「ウィーズリー」

 ロンが手を挙げながら名乗ったが、アンブリッジはニッコリ微笑んだだけでロンに背を向けた。ハリーとハーマイオニーがすぐに手を挙げる。
 
「ミス・グレンジャー、何かほかに聞きたいの?」
「はい。『闇の魔術に対する防衛術』の真の狙いはまちがいなく防衛呪文の練習をすることではありませんか?」
「ミス・グレンジャー、あなたは、魔法省の訓練を受けた教育専門家ですか?」

 優しい作り声に聞かれたハーマイオニーが「いいえ、でも──」と答えかけたが、アンブリッジは「それなら」と遮った。

「残念ながら、あなたには、授業の『真の狙い』を決める資格はありませんね。あなたよりもっと年上の、もっと賢い魔法使いたちが、新しい指導要領を決めたのです。あなた方が防衛呪文について学ぶのは、安全で危険のない方法で──」
「そんなの、なんの役に立つ? もし僕たちが襲われるとしたら、そんな方法──」
「挙手、ミスター・ポッター!」

 ハリーの拳が宙を突く。アンブリッジは無視したが、今度はぽつぽつとハリーたち以外の手も挙がった。数ある手の中で、ディーンがあてられる。

「ディーン・トーマスです。ええと、ハリーの言うとおりでしょう? もし僕たちが襲われるとしたら『危険のない方法』なんかじゃない」
「もう一度言いましょう。このクラスで襲われると思うのですか?」
「いいえ、でも──」
「この学校のやり方を否定したくはありませんが──しかし、あなた方は、これまで、大変無責任な魔法使いたちにさらされてきました。非常に無責任な──言うまでもなく」

 ピンク女は耐えきれないというように、意地悪くフフッと笑った。

「非常に危険な半獣もいました」
「ルーピン先生のことを言ってるなら、いままでで最高の先生だった──」
「挙手、ミスター・トーマス!」

 さっきしたじゃんとみんな思っただろう。まだディーンのターンだったでしょ絶対。

「みなさんは年齢にふさわしくない複雑で不適切な呪文を──しかも命取りになりかねない呪文を──教えられてきました。恐怖にかられ、一日おきに闇の襲撃を受けるのではないかと信じ込むように──」
「そんなことありません。私たちはただ──」
「手が挙がってません、ミス・グレンジャー! ──それに加え、わたくしの前任者は違法な呪文をみなさんの前でやって見せたばかりか、実際みなさんに呪文をかけましたね」
「でもあの先生は狂っていたと、あとでわかったでしょう? だけど、ずいぶん色々教えてくれた──」
「手が挙がっていません、ミスター・トーマス!」

 そろそろ統率がとれなくなってきたな。フロア大熱狂だ。完全に他人事で眺める。本はもうとっくに閉じていた。

「さて、試験に合格するためには、理論的な知識で充分足りるというのが魔法省の見解です。それで、あなたのお名前は?」
「パーバティ・パチルです──それじゃ『闇の魔術に対する防衛術』のO・W・Lには実技はないんですか? 実際に反対呪文とかやって見せなくてもいいんですか?」
「理論を充分に勉強すれば、呪文をかけられないということはあり得ません」
「それまで一度も練習しなくても?」

 パーバティは信じられないという顔をした。「初めて呪文を使うのが試験場だとおっしゃるんですか?」みんなの総意を代弁する。

「繰り返します。理論を充分に勉強すれば──」
「それで、理論は現実世界でどんな役に立つんですか?」
「ここは学校です、ミスター・ポッター。現実世界ではありません」

 アンブリッジは初めてハリーにまともに取り合った。

「それじゃ、外の世界で待ち受けているものに対して準備しなくていいんですか?」
「外の世界で待ち受けているもの? あなた方のような子どもを、誰が襲うと思っているの?」

 アンブリッジがぞっとするような甘ったるい声をだす。ハリーが「そうですねえ」と嘘くさく考え込んだ。

「もしかしたら、ヴォルデモート卿?」

 白熱していたフロアが突然冷水をぶちまけられたかのように冷たく静まり返った。ラベンダーがキャッと悲鳴をあげ、私のほうを窺い見る。

「グリフィンドール十点減点です、ミスター・ポッター。いくつかはっきりさせておきましょう」

 アンブリッジが立ち上がり、教壇の上に両手をついて身を乗り出す。照明の加減で落ちた影はアンブリッジの笑顔をより邪悪にみせた。

「みなさんは、ある闇の魔法使いが戻ってきたという話を聞かされてきました。死から蘇ったと。ですがこれは“うそ”です」
「うそじゃない! 僕は見た、僕はあいつと戦ったんだ!」
「罰則です、ミスター・ポッター!」

 勝ち誇った顔を隠さずに言った。「明日の夕方、五時。私の部屋で」とうっそり笑う。

「何度でも言いましょう、これは“うそ”なのです。魔法省は、みなさんに闇の魔法使いの危険はないと保証します。まだ心配なら、授業時間外に、遠慮なくわたくしに話をしにきてください」

 優しく聞こえるように話しているつもりだろうが、どちらかと言えばバカにされているように感じる喋り方だった。私たちのこと、本当に五歳児だと思ってそう。

「闇の魔法使い復活など、たわいのないうそでみなさんを脅かす者がいたら、わたくしに知らせてください。わたくしはみなさんを助けるためにいるのです。みなさんのお友達なのですから」

 すごい、伏線回収だ! 『お友達』ってこういう名目だったんだ。はいはいなるほどね。じゃあラベンダーは新しいオトモダチに昨夜のこと知らせにいくのかな、と思って彼女を見遣る。ちょうど目が合ったがすぐに逸らされた。

 ハリーが音を立てて立ち上がった。まだやるのかとみんなが恐れ半分感心半分に彼を見る。

「それでは、先生は、エレナ・ワイアットがひとりで勝手に死にかけたというんですね?」
「(えっ私?!)」

 急に巻き込まれた。驚いてハリーを二度見する。なんで? どうしてそんなことするの? クラスの視線がハリーとアンブリッジ、それから私と三点に集中する。げえ、アンブリッジとも目が合ってしまった。

「彼女の件は競技中に起きた事故です。それ以外のなんでもありません」
「違う、死喰い人に──ピーター・ペティグリューにやられたんだ。お前たちが取り逃がしたあの犯罪者に!」

 アンブリッジの表情がすんとごっそり抜け落ちる、ハリーはハリーで激昂し体を震わせていた。ド修羅場だな。「エレナ!」うおあああなに? え、私ですか? ハリーの大声に三分されていた視線が一気に私へ集まってくる。

「きみを攻撃したのはピーターだ、そうだろ?」
「え──あっうん、そう、そうです」
「……ミスター・ポッター、いい子だから、こっちへいらっしゃい」

 吃りながらの肯定に、アンブリッジは一瞬目を細める。しかし何も言わずに私からは視線を外し、甘ったるい女の子のような声でハリーを呼びつけた。彼は椅子を脇に蹴飛ばし、大股で先生の机のほうに歩いていく。
 アンブリッジはハンドバッグからピンクの羊皮紙をひと巻取り出し、机に広げ、羽根ペンでなにかを書きはじめる。一分ほどで書き終え、羊皮紙を丸めるとハリーが開封できないように封をした。

「さ、これをマクゴナガル先生の所へ持っていらっしゃいね」

 ハリーは奪うように手紙を受け取り、教室を出て行く。アンブリッジはシンとするみんなの顔を作り笑いでぐるりと見回した。

「さて、それではみなさんどうぞ続きを読んでください。五ページ、『初心者の基礎』」




 チャイムが鳴る。永遠にも思えるくらい長い授業だった。教室をでる列に並ぼうとすると、甲高い声が私を呼び止める。

「ミス・ワイアット、こちらへいらっしゃい」
「(……ですよね〜)」

 ネビルが不安げに私を見つめる。そんな彼の背中を押して教室から先に出てもらう。そりゃ来るよね。なんなら私も罰則かな。そう身構えて教壇まで向かう。アンブリッジは人の良さそうな笑みを浮かべた。

「なんでしょうか、アンブリッジ先生」
「叔父様はお元気?」
「……あっはい、元気なんじゃないですか」

 ああ、いつものね。拍子抜けした。脱力して投げやりに答える。はいはいやたら顔の広い叔父。アンブリッジとまで交友あるんだ。見境ないな。アンブリッジは「それはよかった!」と少女のようにはしゃいだ。

「健康上の理由で長期休暇をとっていると聞いているのだけど」
「あっっっとぉ、回復、回復してきてるんじゃないですかね、多分。最後にもらった手紙では穴という穴から血が吹き出してるって書いてましたけどぉ」

 いやほんとによく知らないんですけどぉ。
 失態を取り繕うためにペラペラと舌を回す。ほーんとに馬鹿で学習しない口だ。気を抜いたらほんとすぐね。余計なことばっかり。もう二度と喋るな。

「あら、そうなの?」
「はいほんとに。さっきの『元気』は三途の川から生還できたかな? って意味の『元気』です」
「ほんとうに? それほどなにか危険なことをしているのかしら?」
「いや、いや、そうじゃなくてあの──持病なんですよ、そういう。発作みたいな」

 思い付いたことすぐ喋るのやめたいな。もっと私は考えてから話すくせをつけたほうがいい。思慮が足りない、本当に。
 アンブリッジは「まあ、知らなかったわ」と目を丸くさせる。でしょうね。知ってるはずないよ。

「彼、今どこにいるのかとか、休暇はなにをするのかとかなんにも教えてくださらないから、わたくし心配で……」

 白々しさを指摘する余裕もない。ごめんなさい叔父さん姪が大バカで。そうだよねいくら叔父さんでも仲いいわけないよねファッジ一派の代表格で純血主義の人間となんて。

「あの、もう行っていいでしょうか」
「ええ、いいですよ」

 アンブリッジは朗らかに私を解放した。足早に扉に向かう私の背中から、歌うような声がかかる。

「エドガーからなにか連絡があれば、是非教えてくださいね」

 変に思われない限界を攻める速さで扉を閉めた。


 聞こえない聞こえない。私はなにも聞いてません。
 

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