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 ハリーVSアンブリッジVSダーク〇イの怒鳴り合い試合のニュースはホグワーツでも異例の速さで伝わっていた。夕時の大広間ではいつも以上のヒソヒソちらちらがハリーを襲う。それに耐えきれなくなった彼は、ロンとハーマイオニーとともに食事もそこそこに寮へと戻っていった。
 行き場のなくなった視線の集まる先は、一つしかない。もう一人の当事者、つまり私だ。

「──そうだ、ハリー・ポッターだけじゃない。エレナ・ワイアット! あいつまで死喰い人がどうとか言ったらしいよ……」
「ばかばかしい……」
「やっぱりあいつもおかしくなってるんだ……」
「……僕たちも上行こうか」

 ネビルはそう言ってたった今よそったばかりのチキンを押し退け、フォークを置いた。いいのかと目で問えば、立ち上がりながら頷かれる。私は残っていたオニオンスープを飲み干し、ネビルにならって立ち上がった。

「ごめん、明日から離れて食事する?」
「そんなことしたらもう魔法生物飼育学手伝ってあげないよ」
「あっそれに関しては明日ぜひ見ててほしい」

 不思議そうなネビルに、得意満面で笑う。明日の午後が楽しみだ。

「合言葉は?」
「ミンビュラス・ミンブルトニア」

 ネビルがすらすら答え、肖像画がぱっくり開く。穴をよじ登って談話室に入ると、そこにはハリー、ロン、ハーマイオニーしかいなかった。暖炉近くの椅子に腰掛けていた彼らはパッと一斉に私たちを見る。ロンとハーマイオニーはあからさまに安心した顔をして息を吐いた。

「なんだ、エレナとネビルか」
「なんだとはなによ」
「噛み付くなよ、よかったって意味さ──」
「どうしてきみはなにも言わないんだ?」

 急にハリーが私を見て立ち上がり、強い調子で訊いてくる。大声ではないけれど、威圧するような迫力のある声だった。こちらを見据える深緑の瞳からは『よかった』と思われてるようには見えない。むしろ仄暗い怒りをひしひしと感じる。

「言うってなにを?」
「真実をさ! 嘘つき扱いされて悔しくないのか?」
「うーん……」

 別に……。というのが正直な感想だった。
 誹謗中傷は無視に限る。デマに踊らされるような人達のためにいちいち心を割くのって時間の無駄じゃない? でもこんなこと言ったって、今のハリーは納得してくれなさそうだ。
 ハリーはイライラと頭をぐしゃぐしゃにした。

「僕は嘘なんかついてない、それなのに疑われるなんて──」
「ムカつく気持ちは分かるけど──」
「エレナには分からない!」

 突然の大声につい肩が跳ねる。ハリーの両脇に座っていたロンとハーマイオニーもなぜか同時に立ち上がった。二人とも驚いた顔でハリーと私を見ている。
 私もびっくりした。だっていきなり沸騰するんだもん。今年のハリーは瞬間湯沸かし器なんだったの忘れてたよ。いやたしかに今のは上から目線でウザい言い方だったかもしれない。どうすればハリーの癇に障らないよう宥められるかな。最適解を模索して黙り込んでいると、「そうだ」とハリーが呟いた。

「その場にいたとはいえ、きみはずっと意識がなかった。つまり、結局なんにも見てない。だから分からないんだ」
「ハリー?」
「……本当はきみもヴォルデモートの復活なんか、僕のいうことなんか信じて──」
「エレナに当たるなよ、ハリー」

 ネビルはスッと私とハリーの間に割り込みむと、これまでになく静かな声音で言った。私からはネビルの背中しか見えなくなる。

「別に当たってなんか──」
「当たってる。それに怒鳴る必要はなかったはずだ」

 ネビルは相変わらず落ち着いた声だったけれど、今や談話室にはピリピリとした緊張感が漂っていた。

 ど、どうしてこんなことに……というかこれはよくないんじゃないか? 突然の険悪な空気にはらはらする。ネビルの背中から少しズレて様子を確認しようとすると、ロンハーと目が合った。二人も私と同じようにまずいという顔をしている。なんか暴走しはじめそうな親友たちを前に、私たちの行動は早かった。

「まあまあまあ! 私は別に気にしてない……というかあんまりよくない言い方しちゃったのも事実だし!」
「そんなこと──」
「ハリーもちょっと、その──カッとなっちゃっただけよね? それで思ってもないことを……そうでしょ?」
「僕はただ──」
「ちょっと深呼吸しよ、ね?」
「一回落ち着きましょうよ」

 早口で喋りながら、今度は私とハーマイオニーがネビルとハリーの間に割り込んだ。私たちは強引に言葉を重ねて遮り、話を無理やり終結させようとする。
 ロンは、まかり間違っても殴り合いなどおっぱじめないようにという危惧からか、ハリーの腕を固く掴んでいた。かくいう私もネビルの腕をしっかり掴んでいる。

「びっくりしただけだから。気にしてないからほんと」
「……それなら、いいけど」

 私が気にしてないと繰り返したから多少の溜飲は下がったようだが、それでもネビルはまだちょっと不満そうにしていた。大丈夫だって。ありがとね。

 今年のハリーは怒るのが仕事──じゃないけど仕事みたいなものだから、怒鳴っていても「お、やってんな」くらいの気持ちだ。いきなりだとびっくりはするけど……でも本当に気にしていない。だからこんな風に庇われるなんて夢にも思ってなかった。先程のネビルを思い出して、場違いとは分かりつつもちょっとニコニコしてしまう。私の親友がこんなに優しくて頼もしい。つられたのかネビルも少し相好を崩してくれた。


 ナイスファインプレーのおかげでひとまず落ち着いた──落ち着いたのかなこれ。ハリーとネビルはまだ若干睨み合ってる気がするけど……めんどくさいからもう気のせいってことにしとこう──ので、私はニヤケ面をんん、という咳払いで拭い去り、改めてハリーに向き合った。

「たしかに、ハリーの気持ちは私には分からない。ハリーの言う通り見てなかったから。適当なこと言ってごめん。……でもヴォルデモートの復活は本当に信じてるよ」
「……なら、どうして……」
「周りになにも言わないのかって? そんなの、どうでもいいからだよ──復活がどうでもいいわけじゃないから怒らないで──つまり、本当に信じてほしい人達には信じてもらえてるから、それで充分だなって」

 ネビルの手を握り、振ってみせる。ハリーはまだ納得できないという顔付きだ。

「ハリーは嘘をついてないんだから信じてもらえるのが当然って思ってるみたいだけど──」
「当たり前だろ!」
「いちいち怒んないでってば。その“当たり前”のことを、今は魔法界中が信じてないんだよ。そんな中で親友が当たり前に信じてくれるなんて、とってもすごいことじゃない?」

 とうとうハリーは口を噤んだ。当たり前が当たり前じゃない世の中なんだから、当たり前を当たり前と思わず大事にするべき……あれなんか当たり前がゲシュタルト崩壊してきた。これだけ当たり前連呼してたら当たり前か。


 頭の中をごちゃごちゃにしながらも、私は一番大事なことだけはちゃんとたしかめようと話し続けた。

「それともハリーは親友二人からの信頼なんてどうでもいいの?」

 ハリーはロンとハーマイオニーを交互に見て、「そんなことは」というようなことをもごもご言った。尻すぼみで私たちのほうにはよく聞こえなかったけれど、真隣にいた彼らにはしっかり聞こえたらしい。ハリーの親友お二人は、仕方ないなやれやれという風にしている。けれどその頬はほんのり紅潮していて嬉しそうだった。ハリーの顔も赤くなっている。こっちは照れというより恥からかな。


 冷静になってきたのか、ハリーは深く息を吐いた。小さな「ごめん」という声に張り詰めていた空気が穏やかになる。

「いいよ別に。とにかく有象無象には言わせとけばいいんだから。最後に笑うのはだれかな」
「エレナ、悪役みたい」

 くくくと暗黒微笑を浮かべればネビルに怖々とそう言われた。暖炉の明かりがいい仕事をしてくれたらしい。計画通りだぜ。そんな私にハーマイオニーはやれやれと笑い、ハリーもぎこちないながらも頬を緩める。その横でロンが「なんだよ」とちょっと呆れながら私を見た。

「その言い方、なんだかんだ言ってエレナも少しは気にしてるんじゃないか」
「……、……さて、宿題やらなきゃ。あっハーマイオニー、魔法史のノートちょっとだけ見せてくれない?」
「逃げたな」

 ロンにしてはなかなか的を射た、鋭い指摘だった。


###


 全ての教科が授業の難易度を数段一気に上げ、宿題を去年の倍だし、分かりやすく学年末にあるO・W・Lの影をチラつかせてきた。

「みなさんが覚えておかなければならないのは」

 小さなフリットウィック先生は机越しに生徒を見るために、いつものように積み上げた本の上にちょこんと乗って話した。

「この試験が、これから何年にもわたって、みなさんの将来に影響するということです。まだみなさんが真剣に将来の仕事を考えたことがないなら、いまこそその時です」

 先生はそう言って、その後一時間私たちに「呼び寄せ呪文」の復習をさせた。これは間違いなくO・W・Lに出るという言葉に生徒間でいくつもの視線がサッと飛び交う。フリットウィック先生は比較的にそんなたくさん宿題をだすタイプではない。けど、この感じ……。私たちの予想した通り、先生は授業の締めくくりにこれまでにないくらい大量の宿題をだした。

「次は『変身術』だ。マクゴナガルも絶対山ほど宿題をだすよ……」
「……ねえ、将来のこととか、なにか決めてる?」

 呪文学の教室をでながら、私はネビルに聞いた。ネビルは将来薬草学の教師になるはずだ。それっていつから決めてたんだろう。もうこのときから志してたのかな。そう思ったが、ネビルは「なんにも」と首を横に振る。

「ばあちゃんは父さんみたいに立派なことをしろっていうんだけど」
「つまり『闇祓い』ってこと?」
「うん、多分……」

 ネビルは自信がなさそうだった。そんな彼になんて言葉をかけるべきか迷う。
 ネビルの成績はそんなにひどいものじゃない。どの教科も一般レベルだし、魔法薬学もきっと原作に比べたらずっといいだろう。スネイプ先生からのいびりだって最近ではほとんど見なくなった。完全になくなったわけではないけど……。


 原作でネビルは──まあ、若干の落ちこぼれキャラで通っていた。だが今の彼は決してそんなことはない。
 だから、ネビルが本気でなろうと思えばきっと『闇祓い』にもなれるはずだ。

 でもそれを伝えていいのだろうか。ネビルは妥協で薬草学の教師になったわけじゃない。それこそなりたくてなったはずなのに。もしここで私が迂闊なことを言えば──そう思うと何を言っていいのか分からなくなってしまう。

「エレナは? 学校を出てなにかしたいことあるの?」
「学校を……出る……?」
「なにその顔。そうだよ、僕たちいつかは卒業して学校を出るんだよ」

 宇宙猫顔でポカンとする私に、ネビルはちょっと呆れてそう言った。すぐに「って僕がいえたことじゃないけど」と慌てて付け足す。

「卒業……私が?」
「どうして疑問形なのさ。エレナの成績なら心配することなんてないだろ?」

 成績、成績はまあまあ。そこは問題ない。でもそうじゃない。私がいまこんなにうつけをさらしているのはまた別の問題だ。
 卒業後の自分の姿なんて、一度も考えたことなかった。
 
「(だって、そのとき生きてるかも──)」
「エレナ?」
「あ……ううん、なんでもない」

 名前を呼ばれて飛ばしていた意識を戻す。どこか探るような目をしている彼に、にっこりと笑顔を向けた。

「卒業とか実感がわかなくて。まあ色々考えておくよ」
「……ほんとうに?」
「もちろん。それより急ごうか、もうチャイム鳴っちゃいそうだし」

 そう言って私は、彼の後ろへと回って、その背中を押した。よりにもよって寮監の授業で遅刻かますわけにはいかないからね。
 

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