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ホグズミード行きの日は、明るい、風の強い朝で始まった。私とネビルは、少し遅めの朝食のあと、フィルチのチェックをパスして石段を下り外に出る。陽射しは明るくとも冷え込む日だった。
お昼近くまで適当に街をぶらついたあと、私たちは大通りを歩いて、郵便局を通り過ぎ、横道に入った。その道の行き止まりには、小さな宿屋が建っている。ドアの上に張り出した錆び付いた腕木に、木でできたボロボロの看板がかかっていた。
「『ホッグズ・ヘッド』って初めて行くよ」
「僕も──あれ、どうしたんだろう」
『ホッグズ・ヘッド』入口あたりにかたまっているペンギンの群れのような人集りを見てネビルが訝しんだ。妙なことに、こんなに木枯らしが寒いのに誰一人として中に入ろうとしない。
人集りは、知ってる顔と知らない顔が半分ずつくらいだった。アーニーとハンナだ、なんて呑気に見ていた私は、ある一人を見て咄嗟にでかけた悲鳴をなんとか押し殺す。そっと背の高いネビルを盾のようにして姿を隠した。
「なにして──」
「シーッ!」
ネビルに、慌てて指でジェスチャーをした。彼はわけが分からないという顔をしながらも口を閉じる。連れのお友達とのおしゃべりに夢中でチョウは私には気付いていない。ホッと胸を撫で下ろした。まあパブ行ったらどうせバレるんだけどさ。チョウの近くにセドリックはいないのを見るところ、彼に引き摺られる被害者は彼女じゃないらしい。じゃあ誰なんだろ。てかセドリック自体いないし。今日って忘れてるのかな。
それからルーナの姿もあった。今日は萎びたピクルスのような耳飾りをしている。集団から少し離れたところで、うっとり目を閉じて鼻歌を歌っているルーナを、ネビルは不思議そうに眺めていた。
しかしどうして誰も動かないんだろう。恐らくここにいる全員がハリーのために集まったに違いないんだから、さっさと入ればいいのに。寒いし。まさか今日に限って店が混んでるのだろうか。ネビルと顔を見合わせて、中を見てみようかと前の方へ向かう。ドアの一番近くでは、ディーンがこそこそと中を覗き込んでいた。
「なにしてるの?」
「いやなんか、入りづらくてさ」
私の問いにディーンは気まずそうに頬をかく。私もドアについている、一度も磨かれたことがなさそうな小さいガラス窓から店の中を覗いた。
率直に言って、ホッグズ・ヘッドはかなり寂れた店だった。人がいなければ廃屋と間違えてもおかしくないほどの廃れ具合。中は薄暗く、灯りは古びた木のテーブルに置かれたちびた蝋燭のみ。カウンターでは背の高いバーテンの老人が黙々と一心不乱にボロ布でコップを拭いていた。なにそれ儀式? もっとようく目を凝らせば、奥の方のテーブルにハリーたち三人が座っているのが辛うじて見える。
ああうん、たしかに入りにくい気持ちも分かる。
そうディーンを振り返ると、彼の背後から薄黄色の頭がちらちらと見え隠れしていることに気付く。私の視線に気付いたディーンはちょっとニヤッとしてからさっと横に体を避けた。突然壁を失い、姿を晒すことになった彼女は「あっ」と小さく声を上げる。
「ラベンダーも来たんだ」
「……悪いの?」
「ううん、嬉しい」
笑って素直な感想を伝えれば、ラベンダーはゆっくり瞬きをした。「ほら、言ったでしょ」パーバティがくすくす笑う。
「エレナは全然気にしてないわよって」
「ほら、早く言っちまえよ」
ディーンがラベンダーの背中をばしりと叩いて押した。彼女はその反動で私のほうへとふらりと倒れ込むように近付いてくる。
ラベンダーは俯きながら自身の胸の辺りをぎゅうっと強く掴んだ。やがてすう、と息を吸って、「この前」と震えが混じった声で話し出す。
「あの、夜に。私、あなたに酷いことを」
「うん」
「あんなこと、思ってないの。本当に本当よ」
「分かってるよ」
言いながら、手を伸ばして固く握り締められた拳に添えた。びくりと震えたあと、真っ赤になった瞳がそっと持ち上げられ、視線が合う。ラベンダーは小さく一歩踏み出して、恐る恐る距離を詰めて、ちいさな声で「ごめんなさい」と囁いた。
「ううん、私もごめん」
「私、あなたたちを信じるわ。……本当は信じたくないことだけど、占い学ってこういう時のためにあるものだし、それに──軟弱者って思われたまんまなのも癪だから」
「根に持ってるなぁ」
でもこのくらい強気なほうがラベンダーらしい。
私が笑うと、ラベンダーも遠慮がちに目を細める。その目尻に滲んだ涙を指で拭って、彼女の頭を抱え込んだ。
私の肩口に大人しく収まったラベンダーの頭をよーしよしと撫でながら、彼女の後ろに控えていた二人を見る。ディーンもパーバティも幼い子を見守るみたいな生暖かい目をしていた。ラベンダー、末っ子感あるもんね。なんかほっとけない気持ちになるの、分かるなぁ。
「シェーマスは?」
「あいつはまだ無理かな」
ネビルがもう一人の同級生を探してひょこっと背伸びして後ろの列を見回した。結構グラついてる様子を見かけるけど、彼はさすがにまだ無理だったらしい。「残念」という私の呟きに、ディーンは「まったくだよ」と口を尖らせる。しょうがない奴だよというような調子だった。あっちはあっちで末っ子感あるよね。
ネビルは少しがっかりとしながらも、「それじゃ、」と言ってドアノブを掴んだ。
「開けるよ」
掴んだまま後ろの集団を振り返り、大きな声で宣言する。みんなのボソボソとした同意の声に、彼はゆっくりと店のドアを開いた。
がやがやと入って来た私たちに、ハリーがあんぐりと口を開ける。嬉しそうなハーマイオニーと目が合ったので二人でにっこり笑顔を交わした。
みんなで椅子を回していると、フレッドがバー・カウンターに行き、集まった人数を素早く目で数えた。
「やあ。じゃあ……バタービールを二十六本──」
「ごめん、遅れた!」
突然パブのドアが開き、ドア口につけられた重たいベルの音とともに場違いなほど爽やかな声がパブに響く。みんなが一斉にドアを見た。セドリックだ。
「色々手間取っちゃって──ほら、早く入りなよ」
セドリックは前半は申し訳なさそうにみんなに向かって謝った。けれど後半はぞんざいな口調で後ろにいた人物へと声をかける。腕を掴まれてみんなの前に引っ張りだされた彼女の姿にみんながどよめきだす。当の私も呆気に取られて言葉を失っていた。だってこのレジスタンス会合に、セドリックによって引き摺られてくる被害者がまさか“あなた”だなんて、そんなの誰も思わないでしょ。
そんな異様な空気の中、フレッドだけは愉快そうに口笛を吹く。
「さっきの訂正。バタービール、二十八本で」
セドリックの隣には、スリザリンの首席であるレベッカ・スミルノフが、不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いて立っていた。
「乾杯だ。みんな、金出せよ。これ全部払う金貨は持ち合わせちゃいないからな」
バタービールを配るフレッドの軽口にも、誰も反応しない。予想外の人物の登場ショックが抜け切っていないまま、みんなは無言で小銭を用意しだした。
ハーマイオニーと再び目が合う。困惑しきった顔をしていた。『知ってたの?』という眼差しにぶんぶん顔を横に振る。知らん知らん知るわけない。
周りの反応を見るに、レベッカは結構有名人らしい。でもそれは『首席だから』というだけでもなさそうだった。家の噂とやらのせいだろう。闇のなんちゃら。実情はそうでもないらしいのに一人歩きしまくってるのね。ちゃんと管理しなよレベッカ。
「(あとは“スリザリン”だからかな……)」
三十人以上いるが、ここにスリザリンの生徒は一人もいなかった。当たり前だ。スリザリンとアンブリッジはとてもうまくやっているようだし、そんな彼らをハーマイオニーもロンも誘うわけがない。そんな意味でもこの中でレベッカの存在はイレギュラーすぎた。
椅子が足りなくなってしまったのか、レベッカは部屋の隅で壁に寄りかかって立っている。彼女は四方からちらちら向けられる視線を須らく無視して、澄まし顔でバタービールの瓶を煽った。一瞬だけ眉がぴくりと動く。美味しくなかったんだ。分かりやすい様子が面白くて一人でちょっと和む。が、笑っているのがバレてしまい睨まれた。なんでや。だってそっちが一人漫才してるから! 笑うでしょあんなの。
「……エレナ、あの人と仲良いの?」
納得いかないとむくれていると、ネビルが若干眉根を寄せて訊ねてきた。言いたいことを我慢しているのか、口をもごもごさせている。なにが言いたいのかなんとなく思い当たり、私は「あー……」と零して言葉を探した。
ネビル、というかあの日医務室にいた面々。
彼らはゴブレットの真実を当然ながら知っていた。彼らにも最初は例の嘘で誤魔化そうかなと思ったけどやめた。ネビルに隠してもなんかバレそうだし、ハリーたちならやたらめったら吹聴することもないだろうし。
つまりネビルは──ドラコ関連で疎まれていたとはさすがに知らないけど──レベッカが一度私を陥れようとしたことを知っている。だから色々思うところがあるのだろう。
「大丈夫だよ。そんなに悪い人じゃないから」
「でも──」
「友達なの。だから大丈夫」
きっぱり断言して、うそじゃないよ、と目を合わせる。ネビルは真意を見定めるように私の瞳を凝視した。暫くそうしてから、彼は渋々といったのを隠さずに「分かった」と息を吐いた。いまいちまだ腑に落ちてなさそう。本当に大丈夫だからあんまり心配しなくてもいいのに。ネビルってこんなに心配症だったっけ。
「(昔とは立場が逆転しちゃったなあ)」
今回だけに限らず、最近よくそう思う。ネビルったら大きくなって……。あとで飴ちゃんあげようね。
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