22
◆◆◆
会合の記念すべき第一回が行われたのは、雹のように強くて荒々しい豪雨が降り頻る天気の悪い日だった。こういう日ばかりはさすがにクィディッチの練習もお休みになるらしい。雷が降ってても試合は延期にならないのに……。なんか釈然としない。
七時半を少し過ぎた頃、私たち──シェーマスを除いた五年生五人とジニー ──は、グリフィンドールの談話室を抜けて、フィルチやミセス・ノリスに見つからないようにこっそりと八階に向かった。
「本当にここで合ってるのかなぁ?」
ディーンが疑うように何の変哲もない石壁をじろじろ見る。ハリーは「八階の『バカのバーナバス』がトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側」としか言ってくれなかった。三十人近くに急いで情報を共有しなきゃならないからそんな暇はなかったんだろう。仕方ないね。それより可哀想なバーナバス……トロールにバレエを教えたかっただけなのにバカ呼ばわり……。
バーナバスを同情していると、ジニーが「見て!」と興奮した声を上げた。絵から目を離して壁の方を向く。なにもなかったはずの石壁から、すうっとピカピカに磨き上げられた扉が浮き出てきていた。
ジニーが真鍮の取っ手に手を伸ばし、扉を引いて開け、中に入る。広々とした部屋は、揺らめく松明に照らされていた。壁際には木の本棚が並び、椅子の代わりに大きな絹のクッションがいくつも床に置かれている。本棚近くのクッションではハーマイオニーが腰を下ろして分厚い本を熱心に読みふけっていた。
「オワーァ、ここはいったいなんだい?」
「ここは『あったりなかったり部屋』とか『必要の部屋』とかって呼ばれてて──」
きょろきょろと部屋を見回して感服するディーンにハリーは説明しはじめた。
私は部屋の奥の棚まで歩いて、収められている道具を眺めた。うーん、どれがなんだかさっぱり分からない。こういうの、あんまり“観た”ことはなかったからな。
細々したものを触れないように気を付けながら観察していく。ああ、この鏡は分かる。『敵鏡』ってやつでしょう。ひび割れ一つない鏡の中には、ぼやぼやした影のような姿が複数うごめいていた。
八時になって部屋のクッションが揃ったメンバーで全部埋まると、ハリーは扉に近付き鍵を閉めた。カシャッという小気味よい大きな音に、みんながハリーへと注目する。
「えー、ここが練習用に僕たちが見つけた場所です。それで、みんなは──えー──ここでいいと思ったみたいだし」
「すてきだわ!」
チョウの言葉にほかの何人かも同意した。フレッドが「変だなあ」としかめっ面で部屋を眺め回す。
「俺たち、一度ここで、フィルチから隠れたことがある。ジョージ、覚えてるか? だけど、その時は単なる箒置き場だったぜ」
「えーと、僕、最初に僕たちがやらなければならないのは何かを、ずっと考えていたんだけど、それで──あー……なんだい、ハーマイオニー?」
話の途中で、ハリーは授業中のようにピンと手を挙げているハーマイオニーに気付いた。
「リーダーを選出すべきだと思います」
「ハリーがリーダーよ」
チョウが『どうかしてるんじゃない』という眼差しでハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは怯まず「そうよ」と答える。
「でもちゃんと投票すべきだと思うの。それで正式になるし、ハリーに権限が与えられるもの。じゃ──ハリーが私たちのリーダーになるべきだと思う人?」
スミスみたいな人用の対抗策でもあるんだろうな。案の定、スミスは手を挙げるとき不承不承気味だった。
「えー──うん、ありがとう。それじゃ──なんだよ、ハーマイオニー、まだ何か?」
「名前をつけるべきだと思います。そうすればチームの団結精神も強くなるし、一体感が高まると思わない?」
ハーマイオニーは生き生きとして答える。
「反アンブリッジ同盟ってつけられない?」
「私それ大好き、賛成」
期待を込めて発言したアンジェリーナについにこにこして言ってしまう。彼女は私をみてにっこりした。いいよね、反アンブリッジ同盟。
「『魔法省はみんなまぬけ』、MMMはどうだ?」
「私、考えてたんだけど」
ハーマイオニーがフレッドと、ついでに先程悪ノリした私を睨んだ。
「私たちの目的が分からないような名前がいいと思う。この集会の外でも安全に名前を呼べるように」
「防衛協会は? 英語の頭文字を取ってDA」
それなら私たちが何を話してるか分からないわ、とチョウが提案する。ジニーも「DAっていうのはいいわね」と頷いた。
「でも、ダンブルドア軍団の頭文字でDAね。だって、魔法省が一番怖いのはダンブルドア軍団でしょ?」
「じゃ、DAに賛成の人?」
あちこちから、いいぞ、いいぞと笑い声がした。ハーマイオニーの声で再び手が挙がる。ハリーをリーダーと決めたときとは違い、全員の手は挙がらなかった。それでも大多数で可決となり、ハーマイオニーはやっと手を膝の上に下ろす。
「それじゃ、練習しようか? 僕が考えたのは、まず最初にやるべきなのは『エクスペリアームス』。『武装解除術』だ。かなり基本的な呪文だっていうことは知っている。だけど本当に役に立つ──」
「おい、おい、頼むよ」
ザカリアス・スミスが腕組みをし、あきれたように目を天井に向けた。ハリー、さっきからずっと話を遮られてるな……。
「『例のあの人』に対して『エクスペリアームス』が僕たちを守ってくれると思うのかい?」
「僕がやつに対してこれを使った。六月に、この呪文が僕の命を救った」
落ち着き払って言うハリーに、スミスがぽかんとする。「これじゃきみには程度が低すぎると思うなら、出ていっていい」と続けられてしまえば、スミスはもうなにも言えなかった。
「オーケー、それじゃ、全員、二人ずつ組になって練習しよう」
その指令に、みんながサッと立ち上がり、組になった。私はペアになったネビルと少し距離をとる。誰もあぶれることなく纏まったのを見て、ハリーが「よーし」と声を張った。
「三つ数えて、それからだ──いーち、にー、さん──」
突然部屋中が武装解除術の叫びでいっぱいになった。いくつもの杖が宙を舞う。だれかの当たりそこねた呪文が本棚に当たり、何冊もの本が散らばった。
「──エクスペリアームス!」
ネビルと私はじりじり睨み合っていたが、私が一瞬間に合わず、杖が手から離れた。私の杖はネビルの頭上を超え、くるくると飛んでいこうとする。ちょうど近くにいたハリーが空中で呼び寄せした。彼は杖の持ち手を私へと向けて渡しながら首を傾げる。
「この呪文苦手?」
「ん、まあ……」
苦手なのはこの呪文に限らないけど。なにせまだ無言呪文で成功したものはない。そんなことは知らないハリーから、「もう一度やってみて」と言われ、私たちは再び杖を向け合う。
「……、……」
「エクス──」
その瞬間、杖に触れる指先がじわりと熱を持つ。何故か得た『いける』という不思議な確信に、私は呪文を心の中で唱えた。ネビルの手から杖が弾け、あらぬ方向へと飛んでいく。
「できた!」
初めて成功した! 両手をあげて喜ぶ。飛んでった方向はあれだけど、発動した! そこらを飛び跳ねて回りたいくらい嬉しい。ネビルが「やったね!」と手を構えたので手を振りかぶった。パン、と爽快なハイタッチの音が鳴る。そんな私たちをよそに、ハリーが再び呼び寄せて今度はネビルに杖を返した。彼は顔を顰めてこちらを見ている。
「なにしてるの?」
「武装解除術」
「そういうことじゃなくて」
じっとり睨むハリーからは、『誰が無言でやれっつったよ』という圧を感じた。明後日の方向をみながらすっとぼける。だって自主練してねってコーチに言われてたから……。
とりあえずハリーはみんなの出来栄えをひと通り確認してくると言った。
「確認が終わったら次は助言して回るから手伝ってよね」
「……はい」
少ししてから、部屋の中心でハリーがホイッスルを強く吹く。
「オーケー、なかなか悪くなかったと思う。でも間違いなく改善の余地があるね。もう一度やろう」
「じゃ、私も行くね……あ、ネビルは完璧だったからもう少し早く杖振っても問題ないと思うよ」
頑張ってね、とささやかなアドバイスをし、ロンとハーマイオニーに私の代わりをお願いする。はーあ、やだな。スミス辺りには『なんでこいつが?』って顔されそう。やだから近寄らんとこ。
「エクスペリアーミウス! ちがう、エクスペリメリウス!──だめだ、この呪文ってこんなに難しかったか?」
「滑舌の問題じゃない? アメンボ赤いなアセンディオ、はい十回どうぞ」
「きみ、ネビル以外には冷たくない?」
「そんなことないよ」
手始めに、と一番近くでラベンダーと組んでいたディーンに助言をして、私は端から部屋を回った。
基本的というだけあって武装解除術に複雑な動きは必要ない。手首を軽く振るだけのシンプルな動作で充分の呪文だ。
それなのにアーニー・マクミランは杖を不必要に派手に振り回していた。なにその動き。ペガサ〇流星拳? あっそれともぷいきゅあかな? アーニーはぷいきゅあだったらしい。そっか……。
「その動きしてる間に五発は呪い入るよ」
まあそれはそれとして、と端的に事実を告げる。死喰い人たちが変身シーン待っててくれるタイプの悪役か分からないからね。私の考えだと多分かなり望み薄だと思う。アーニーの顔がおでこからじわじわと赤くなった。次に見たときには、アーニーの動きは必要最小限のものに留まっていた。
◆◆◆
- 122 -
←前 次→