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 部屋の中を半周ほどした頃合で、隅のほうの一角だけ人が極端に少ないことに気付く。あのスペースだけ不自然なほどがらっがらだ。なんでだろという疑問は、広いスペースを贅沢に占領している二人が誰だか分かればすぐに解けた。

「……なにしてんの、あの首席二人は」

 生徒たちから避けられたスペースでは、ハッフルパフとスリザリンの首席同士がペアになって練習していた。それはいい。なにがだめなのかって、ずっと無言で呪文がぴゅんぴゅん飛び交っていることだ。打ってるやつ、あれ絶対武装解除じゃないでしょ。無言なのをいいことにすごい勝手やってるよあの二人。動き的に周りへ被害が及ばないように配慮しているっぽいが、いやそんな気遣いできるなら最初から決闘もどきなことしないでほしい。


 白い目で見ていれば、「なあ」と呼びかけられる。振り返るとやけにニヤついた顔のフレッドが立っていた。彼は、周りからの注目にも気付かず呪文をばしばし打ちまくっている困った二人組をくいっと顎でしゃくる。

「あれ、“教育上”非常によろしくないと思わないか?」
「うん、まあ、そうね……」

 フレッドの口から『教育上よくない』なんて言葉がでるのはちゃんちゃらおかしいけど、たしかにあれは彼の言う通り、非常によろしくないだろう。
 双方の表情は『日頃の鬱憤を晴らす』と言わんばかりに、それぞれ鬼気迫るものがあった。なにより周りがひどく怯えている。この二人ほんとになに? 二人だけの空間(物理)つくるのやめな?

 しみじみとドン引きしながら肯定すると、彼は気楽に「だよな」と相槌を打った。

「おーい、セド!」

 フレッドはセドリックを親しげに呼んだ。セドリックもレベッカも睨み合っていたのをやめてこっちを見る。無言呪文の嵐が止まり、周辺の生徒たちがあからさまにホッと息を吐いた。

「こっち来て俺と組んでくれないか? ジョージとなんてお互い手の内が分かりきってるから、練習にならなくてさ」
「は?! 何言ってるんだよ!」
「(うわ、せめて逆にすればいいのに)」

 突拍子もないフレッドの提案に、ジョージが声を荒らげた。そりゃそうだろうね。ジョージはレベッカを嫌ってるらしいし。まさかフレッドはそのこと知らないのかな。
 思惑がなんであれ、一見至極真っ当なことを頼み込まれてセドリックが断るはずがない。「僕は別に構わないけど」と、セドリックは不思議そうにしながらフレッドのほうへ歩いていく。

「んじゃ、お前はあっちだな、相棒」
「おい、いい加減に、っ──!」

 フレッドが機嫌よくジョージの背中を強く叩いてレベッカの方へと押し飛ばす。ビーターの本領を遺憾なく発揮した一撃の音がした。不意をつかれたらしいジョージは、数歩足踏みをしてレベッカのすぐ目の前でなんとか踏みとどまった。
 ジョージがバッとこちらを振り向いた。その顔にギョッとする。え、大丈夫? ガチギレしてないあれ。歯軋りがこっちまで聞こえてきそう……フレッドはそんな怒りもどこ吹く風という様子でひらひらと手を振った。やってる場合か? ジョージまで呪い使いはじめたら困るんだけど。

「別に誰でもいいわ。さっさとやりましょう」

 レベッカはそう言って数歩離れて距離をとると、杖を構えてジョージに向き直った。けれど肝心の彼は一向に動き出そうとしない。硬直したままのジョージに、レベッカは訝しげにちょっと眉を上げる。

「僕がジョージと組んだ方がいいんじゃないか?」

 硬直状態の二人を見て、セドリックが言った。その案にうーんと唸る。たしかにペアを変えたほうがいいというのには賛成だ。

「もっと引き離したほうが……なんなら私がレベッカと組んで、ジョージはネビルと──」
「おいおい二人とも、冗談だろ?」
「……なにが?」

 フレッドが「信じらんないぜ!」と大袈裟に驚愕した。しょうがないなという素振りで、私とセドリックの肩に腕を回して引き寄せる。彼はひそひそ話をするように声を潜めた。

「ジョージをよく見てみろよ」

 見るもなにも、私たちの方からはもう後ろ姿しか見えない。唯一見えているうなじは、まだ怒りで真っ赤になっていて──……あれ、レベッカ、まだなにも言ってないのに怒ってるのおかしくない? 嫌いな相手とはいえ初手から怒り心頭なのって、おかしいんじゃない? 親の仇とかならまだ納得できるけど、そんなこと有り得ないし。


 ということは、あの『赤色』の感情って怒りじゃなくて──

「……まじ?」
「大まじ」
「うそだろ?!」

 セドリックが仰天して「あのジョージがスミルノフを!?」と声をあげた。そんなセドリックの口をフレッドが慌てて抑える。私たちはもしかして聞こえてしまったのでは、と危惧して咄嗟に二人へと視線を戻した。見る限り、その心配はなさそうだった。レベッカは全然聞いてないし、ジョージは相変わらず一切の身動ぎもしていない。


 私たちはジョージに気付かれないようにこそこそと二人の近くへと移動した。もちろんレベッカにはモロバレだったけど位置的に仕方ない。怪訝そうな顔をしかけた彼女に向けて、空中に『気にしないで』と文字を浮かべる。目を細められた。『あいつまた変なことしてんな』って思われてそう。つら。でもそれより今はレベッカとジョージだ。

 レベッカは私たちを見なかったことにすると、立ち尽くしているジョージに痺れを切らして声をかけた。

「ちょっとウィーズリー。立ったまま寝てるのかしら?」
「──う、るさいな、今やるところだった。お前みたいなオトコ女に言われなくても分かってるさ」
「はあ?」

 はあ?
 声を出してよかったなら、恐らくここには四人分の『はあ?』が聞こえていたはずだろう。お宅の片割れはいったい何を言ってるんですか? 非難を込めて目で問いかけると、フレッドは真剣に『ちょっとよく分かりません』の顔をした。

「その──なんだい、その頭。まるで男みたいだぜ。そりゃ前のも変だったけどさ。今だって変わらずダサいし、おかしいったらありゃしないぜ!」
「……あ、そう。あなたになに思われようがどうでもいいけど」

 まじでどうでもよさそうだった。完全“無”の顔のレベッカに、こんなに脈ナシなことってあるんだ、と逆に感嘆する。セドリックはというと、今にもジョージに飛びかかりそうなフレッドを、彼が着ているセーターを掴んで必死に止めていた。

「ああ、もしかしてとうとう“誰かさん”に失恋でもしたのかい?」
「……関係ないでしょ」

 三人で顔を見合わせる。きっとこの“誰かさん”の正体が分かっているのは私くらいのはずだ。しかしだれがどう聞いても、これは簡単に触れてはいけない類の話題だった。極めつけはレベッカの声の硬さ。砕けないタイプのダイヤモンドくらい硬いのを、ジョージ以外のみんなが気付いていた。
 満場一致で『もうやめときなよ』というもはやほとんど懇願に近いアドバイスをジョージへ送る。三本の視線を背中にぐっさり突き刺したつもりなのに、ミリも気付いてもらえなかった。骨は拾ってあげようね。いや残らないだろ。それもそっか。南無三……。三人の間にそんな諦めモードが漂った。

「報われないのは目に見えてたってのに、随分悪足掻いてたよな、きみ。やっと現実を受け止め──」

 レベッカからブチッという音が聴こえた、気がする。それと同時にジョージの声が途中で途切れた。レベッカが鋭くつくように杖を振ったからだ。

「そういえば忘れてたわ」

 不必要なほどによく回る口を見事黙らせたレベッカは、片手に杖をパシリと叩きつけた。杖先から青い火花がぱちぱち弾ける。彼女は突然声がでなくなり慌てふためくジョージを、冷ややかに眺めた。

「あんたには借りがあるんだった」
「──、──!」
「ちょうどいいから、返してあげる」


 レベッカが優秀なことは胸のバッジを見れば一目瞭然のことだ。けれど彼女はただのミス・ホグワーツなんかではない。“特別”優秀な魔女なのだ。いくら先の呪文が解けてなかったとはいえ、ゴブレットを完璧に錯乱させてルールを変えた上、確実に私を選ぶように仕向けてしまうくらいに。あっ余談だけどその優秀さがおうちの噂に拍車をかけてるらしいです、かしこ。


 とにかく。そんなウルトラハイパーつよつよ優秀な彼女がブチギレた今、この動揺しきったジョージがそんな易々と太刀打ちできるわけもなく。あっという間に、床へと転がされるのも必然だった。


 無様に倒れているジョージをチラ見して、フレッドが「まあ」と軽い調子を意識して言った。片割れがみせたあまりのポンコツっぷりに、笑えばいいのか憐れめばいいのか決めかねている顔だ。

「全面的にジョージが悪いな」

 私とセドリックは異議なしと無言で頷いた。
 

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