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それから二週間経っても、相変わらず『闇の魔術に対する防衛術』は音楽室の壁の穴を数えている方がマシなくらいに楽しくなかった。しかしどれだけアンブリッジの授業がつまらなくとも、私たちにはDA集会がある。そのことが私たちの気持ちをずっと楽に、また明るいものにさせていた。
図書室からの帰り、いつもは混んでいる中庭のベンチが空いていた。連日風の唸りと土砂降りが続いていた最近では随分とご無沙汰な穏やかで澄み切った青空に、せっかくだからと足が動く。ベンチの端っこに腰掛けて膝の上に本を開いた。
「なに読んでるんだ?」
しばらく本に集中していると、右後ろから声がかかった。声の方に首を回せば、私の座っているベンチと背中合わせに設置された反対側のベンチに、ドラコが座っていた。彼も本を開いている。
「『毎日三分! 一ヶ月で無言呪文完全マスター』。そっちは?」
「『東洋の解毒剤』」
「ああ、課題の……。そこ読みづらいでしょ。こっち座れば?」
ドラコの座っている位置は、ちょうど大きな木の影の中にすっぽり収まっている。そんな薄暗さでまともに字が読めるわけない。目が悪くなっちゃうよ。彼は横目で一瞬だけ私を見た。瞬きとともに視線を本へと戻し、「開いてるだけで読んでない」と言う。
読んでるふりなんて、どうしてそんなこと。理由を聞きかけるが、話しているところを誰かに見られないためかとおくれて気付く。私も顔の向きを元に戻した。背中合わせで会話なんて、なんかスパイの秘密取引みたい。ごっこ遊びをしている気分になって、小さな笑いが浮かんだ。
「無言呪文なんてまだ授業でやらないだろ?」
「できるようになって損はないかなって」
「よくやるな」
呆れた声だ。その評価、ハーマイオニーのほうが断然該当すると思う。つい最近N・E・W・Tレベルを見せつけられたばかりだ。ポケットの中におさまる偽ガリオン金貨を服の上から撫でる。
「ドラコはできるようになりたい呪文とかないの? なんか勉強したいやつとか」
「考えたことないな。でももし勉強するなら──そうだな、やっぱり強力な呪いとか」
「……そういえば最近スリザリン生から呪われることが多いんだけど」
「お前がか?!」
「いや、クィディッチチームの人たちが」
『呪い』という単語で思い出したことを口にすれば、やにわに私の方を向いた気配がする。そちらを見ないまま早とちりを正すと、ドラコは「なんだ」と気が抜けた声をだした。
「『なんだ』じゃないよ、アリシア大変だったんだから」
「そっちだってやってるだろ」
「先に手を出すからじゃん」
「そういえばいくつか報告が上がっていて、なんて言ったか──たしか『気絶キャンディ』だとか、『鼻血ヌルヌル・ヌガー』だとか」
「……えっ」
「少なくない数の寮生が、学期が始まってからずーっと、それらの被害にあってるんだが」
冷ややかな声色に口を噤んだ。悲しいことに、聞き覚えがありすぎた。私はスポンサーで、なんなら最近は企画会議にも参加している始末だったからだ。
販売意欲が高いのは大変結構。株主として誇らしいです、さすが。でも売る相手は選んでほしい……スリザリンにまで売りつけるなんて──いや、わざとか。あの双子、不良品の処分がしたかっただけに違いない。ていうかザリン生も普段うちらのこと敵視してるくせになんで素直に買っちゃうかな。しかも『ずーっと』って言った? 双子は不良品掴ませすぎだしザリンたちも騙されすぎじゃん。どんだけピュア? もはや名誉モニターだよ、いっそ報酬払うべき?
双子の節操のなさとライバル寮の思わぬ純粋さに頭を抱えていれば、ふっと笑う音がした。どうやら本気で怒ってたわけじゃないらしい。
「そっち、今年はウィーズリーが入ったらしいな」
「ウッドが卒業しちゃったからね。スリザリンも新しい人いれてるんでしょ?」
「ああ、何人か──クラッブとゴイルとかな」
意外な人選だ。驚いてついドラコのほうを見てしまった。彼は肩を竦めて「気持ちは分かる」と息を吐いた。その様子からドラコが頼んだわけではないと分かる。
「へえ、あの二人ってクィディッチ好きだったんだ」
「いや、多分クィディッチというか……ポジションで選んだんじゃないか?」
ドラコが言うには、彼らはビーターの座についたのだと。ビーターは暴れ鉄球を敵選手に向けてかっ飛ばすのが仕事のはずだ。それがやりたくて志願したの? なにそれこわ……と思ったがうちのも同じような理由な気がした。まああの双子はクィディッチ自体もちゃんと好きですしおすし。
「うまいの?」
「……まあ、パワーだけはある」
ドラコが言葉を選びながら言った。その口ぶりから、他の面──コントロールとか飛ぶのとか──はまあまあなんだなと察する。選手になるくらいだから人並み以上ではあるんだろうけど。
「今日も練習?」
「いや、モンタギューに──新しいキャプテンだ──『今日は絶対に飛ぶな』と言われた」
なるほどと頷く。根を詰めすぎて明日の試合に支障がでたら困るもんね。いいキャップじゃん、ホワイト運営だ。けれどドラコは不満げだった。「こんなに晴れてるのに」未練を隠さない声に息を吐くような笑みがもれる。彼をそっと窺えば、少し上へ傾いた横顔はじっと空を見つめていた。本当に飛ぶのが好きなんだなぁ。
「(……クィディッチ選手になるの、もう諦めちゃったのかな)」
「ま、なんであれ勝ってやるさ。今度こそな」
「頑張ってね、観に行くよ」
「僕が明日戦うのはグリフィンドールとだぞ。スリザリンの応援なんてしていいのか?」
「スリザリンじゃなくてドラコを応援してるんだよ」
「……一緒だろ、それ」
ちょっと意地悪く揶揄う声にしれっと返せば、腑に落ちないというように零された。結果だけ見ればそうかもしれない。でも気持ち的には全然違うのに。まあ勝負事だしどうしても綺麗事になっちゃうよね、残念。せめてこっちは信じてもらえるといいな、と口を開く。
「あんまり怪我しないでね」
「……善処はする」
そう言いつつも、その声にはあまり自信がなさそうだった。素直な言葉に苦笑する。なにせ一年ぶりのクィディッチ。試合が始まる前から呪い合戦で潰し合いが起こるくらいだ。熱くなりすぎるなというほうが無茶なのかもしれない。なんなら怪我してやるくらいの気持ちで臨まねば負けちゃうのかも。うーん、ほんと、程々に頑張ってね、両チームとも……。
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競技場は、先日の過ごしやすさが嘘のように冷えきっていた。凍りついた芝生は歩くたびにパリパリと音を立てる。一面に薄い雲を敷き詰めた空は真珠のような白さだった。「悪くないぞ」ディーンが手に息を吐いて暖めながら言う。
「これなら視界はいいはずだ。めちゃくちゃ寒いけど」
「そうだね、めちゃくちゃ寒いけど」
ハリーなら手がかじかんで取り逃がすなんてことするまい。観客席のグリフィンドール生はそう信じきっていた。
「ウワ、ルーナきみ、なんで──?」
「あたし、グリフィンドールを応援してるんだ。クィディッチって別にそんな好きじゃないけど……」
「はっきり言うなぁ……」
遅れて席へやってきたネビルがぎょっとした。屈託なく答えるルーナに尊敬を込めて呟くと、彼女は「嫌いでもないよ。興味がないだけ」ともっとはっきり言った。こういうとこが好きなんだよね。しびあこだな〜。
私たちの席周辺は若干周りから距離を取られていて座りやすい。多分彼女が被ってる帽子のおかげだ。ルーナは実物大の獅子の頭の形をした帽子を被っていた。……ネビルがぎょっとしたのってもしかしたらこれのせいかもしれない。
それにしてもあの帽子あったかそう、貸してくれないかな。もの欲しげに見られていることに気付いたルーナは、にこっとして帽子に手を伸ばし、杖で軽く叩いた。獅子頭がカッと口を開け、本物顔負けに吠える。飛び上がる周囲を気にせずルーナはにこにこ嬉しそうだった。無邪気な彼女に向けていいね、と親指を立てておく。素敵な機能だ。でもあの帽子を借りるのは諦めることにします。
「でも楽しみだな。あたし、クィディッチの試合でこんなにワクワクしてるの初めて」
「……いい試合になるといいね」
スリザリン生がつけていたバッジ──『ウィーズリーこそ我が王者』を忘れようと努力しながら返す。今のところ、不安しかない。
けれど残念ながら、こういう不安な予感こそ的中してしまうのがお約束というものだった。
試合はグリフィンドールの勝ち。ロンがスリザリンのセンスゼロな歌に上がってシュートを数回許してしまったが、ハリーがドラコより先にスニッチを掴むことが出来たから。でも問題はそのあとで。
クラッブとゴイルが負けた腹いせにハリーとフレッド達の家族をバカにしたのだ。ただでさえクラッブは終了のホイッスルが鳴った後にハリーに向けてブラッジャーを叩き込んでいる。ハリーやフレッドが彼らに殴り掛かるのに、そう迷う時間は必要なかった。
その結果、ハリーとフレッド、それから殴り掛かろうとしていたジョージまでもがクィディッチの終身禁止を言い渡された。ジョージはアンジェリーナたちが必死で止めてたから殴らなかったのにも関わらずだ。試合終了後にブラッジャーを放ったクラッブと、彼と一緒になって挑発したゴイルなんてたった一週間書き取りの罰則をするだけなのに。誰がこんな横暴をしたかなんて、わざわざ言うまでもない。ほんと、人の嫌がることさせたら右にでるやつはいないねあのガマ。
たった一夜にしてシーカーもビーターもいなくなってしまった。
夜遅く、そんな談話室には、勝利の余韻なんて毛ほどもなく、誰も彼もが絶望的な顔をしていた。
「(すっかり忘れてたなぁ……)」
私はもののに見事に今回の件をきれいさっぱり忘れていた。ハリーたちがスリザリンチームに殴り掛かるのを観客席から呆然と見て、そこでやっと思い出したのだ。
でもたしか、原作ではドラコ・マルフォイがロンをコケにした歌を作り、彼らの家族を罵っていたはずだ。ドラコはそのどれも行ってないと思う、多分。殴られてもいないし……まあ歌は、正直分からないけれど。そこはドラコを信じるしかない。作ってないよね、ね? 今度聞いてみるか……。
── 『変えていいことと変えてはならないことがある』
夏に言われた叔父さんの言葉を思い出す。今回の件はどっちだったのかな。なんて、今更思っても全ては終わってしまった後だ。もう遅い。
せめてこのあと、無事にハグリッドを出迎えられますように。
『いますぐ塔から飛び降りてしまいたい』というような虚ろな顔のハリーに、そんなことを祈った。
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