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 見送りの人達と別れ、汽車に乗り込んだ私たちは人の視線を掻い潜り掻い潜りで最後尾の車両まで歩いた。 ハリーとジニー、それから汽車内で合流したネビルと、雑誌を逆さまにして読む不思議な女の子がいるコンパートメントで、やっとひと心地つけたと息を吐く。


 汽車の通路ではハリーだけではなく私までじろじろ見られていた。
 私があの日倒れていたのは、実は気が狂ったハリーに呪いをかけられたせいだ、とかそんなデマがこの夏中で出回っていたせいだ。ファッキン日刊予言者新聞。

「そんな記事のとおりだとしたら、今私とハリーがこうして仲良く一緒にいるのはおかしいでしょうが」

 冷静になればおかしいなんてことすぐ分かるでしょうに。だからなんで新聞を鵜呑みにしちゃうの? マスコミはマスゴミなんだよ知らないの? どうしてそんな素直なの? 感受性ベイビーなの? いやだったらダンブルドアが夏休み直前に発表した『ヴォルデモート復活』のほうを信じればいいじゃんか。

 ルーナ・ラブグッド──ジニーが名前を教えてくれた。当然知ってたけど──が同席を許してくれて助かったと心底思う。下手したら物陰でこそこそ立っていなければならなかったかもしれない。

「『エレナ・ワイアットは記憶または人格を弄られているのかもしれない』とかも書かれてたよ」
「ハ、ハ、ハ、ね……」

 ほら、とネビルが今日の朝刊を手渡してくる。一応ハリーに襲われた被害者として書いてはいるからマイルドではあるが、要約すれば私の頭もどうかしているということが書かれている。一面を一通り目でさらって新聞をハリーに回した。

「まあ私も異常者に仕立てあげたほうがやりやすいだろうね」
「心強いよ、異常者仲間がいて」
「あんたたち、異常者なんかじゃないよ」

 ハリーの皮肉っぽい声を、突然夢見るようなふわふわした声が遮る。声の主を探してハリーとネビルがきょろ、と首を動かした。
 声の主、ルーナは逆さの雑誌を膝におろし、ぱっちりした目で私とハリーをいやにぎょろぎょろ見る。

「あんた、ハリー・ポッターだ。それからあんたはエレナ・ワイアット」
「ああ、知ってるけど」

 ハリーが投げやりに答えるのも気にせず、ルーナは私たちを見つめ続けた。交互に見られているはずなのになぜかずっと見られている気分になる。きっと今ハリーも、この瞬きを全然しない瞳に見つめられる座りの悪さを味わってるに違いない。彼女の絹のように艶めく髪の毛がさらりと流れる。

「あたしは信じてるもン。『名前を言ってはいけないあの人』が戻ってきたんだって」
「アー……そう。それは、どうも」
「うん、だからあんたら、あたしと同じくらいまともだよ」
「ありがとう、ルーナ」

 彼女が杖を左耳に挟んでいるせいか、はたまたバタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスのせいなのか。ハリーは分かりやすく反応に困っていた。視線を泳がせたすえに素っ気ない返事をする。
 それに便乗して私がお礼を言うと、ルーナはちょっと面白そうに私をじろじろ見てきた。彼女はそれ以上何も言わず、再び逆さの雑誌を読み始める。可愛いぶん、このやや風変わりな言動が目立つんだろうな。



 汽車が走りはじめてからだいぶ経つと、窓の外には不安定な天気の下にのどかな田園風景が広がりはじめていた。

「誕生日になにもらったと思う?」
「また『思い出し玉』?」

 ハリーにちがうよと返しながら、ネビルは鞄をしばらくゴソゴソと漁る。やがてじゃーん、と嬉しそうに小さな灰色のサボテンのような鉢植えを取り出した。表面には棘ではなくおできのようなものがついている。

「ミンビュラス・ミンブルトニア!」
「なんて?」
「ミンビュラス・ミンブルトニアだよ──これ、とってもとっても貴重なんだ。ホグワーツの温室にもないかもしれない。僕、スプラウト先生に早く見せたくて」

 なに? ダンブルドア?
 ややこしい名前のサボテンは、芽の生えかけたジャガイモがいくつも積み重なったような些か不気味な見た目をしていた。しかもなんと恐ろしいこと脈打っているのがはっきり見てとれる。
 とても可愛いらしい見た目とはいえないそれを、ネビルはうっとりと見つめた。「繁殖させられるかどうか、僕、やってみる」うんうん、なんにせよやりたいことがあるのはいいことだと思う。親友が楽しそうで嬉しい。用途とか素晴らしさはまだちょっとよく分からないけど。

「これ──あの──役に立つの?」
「いっぱい! びっくりするような防衛機能を持ってるんだ。ほら、ちょっとトレバー持ってて……」

 室内みんなの意見を代表して質問するハリーに、ネビルは得意げになって、ハリーにトレバーを預けると、鞄から羽根ペンを取り出した。意気揚々とサボテンを目の高さまで掲げるその光景に、なんとなく記憶持ちとしての勘が警告音を鳴らす。ネビルがサボテンを羽根ペンでつついた瞬間、私は反射的に素早く杖を振った。

「プロテゴ! ……うっわ、これは──」
「ルーナ窓開けて!」

 つついた途端、植物のおできというおできから、どろりとした暗緑色の臭い液体がどっと噴出する。盾の呪文が問題なく発動したおかげで、私とジニーとルーナは液体を浴びずにすんだけれど私たちの一角を除けばどこもかしこも深緑のベタベタがこびりついていてひどい状況だった。それにものすごい悪臭が充満している。ツンと鼻を刺す食べ物がすえたような酸っぱい臭いに噎せ返った。窓際に座っていたルーナが窓を開けると、新鮮な空気が流れ込んできて、やっと呼吸ができるようになる。

 一瞬で凄惨たる現場となったコンパートメントを、鼻を抑えながらしげしげ眺めた。それから目の前の二人を見て、私はあっと叫ぶ。

「うわごめん! 私そんなつもりじゃ──」
「いや、僕もこんなになるなんて思ってなくて……でも、心配しないで。『臭液』は毒じゃないから」
「(毒よりひどい匂いだけどね)」

 盾で跳ね返された臭液は、余すことなくネビルとハリーにべっとりと降りかかってしまっていた。
 ネビルはベチャベチャになったコンパートメントに申し訳ないという顔をしながらも臭液を興味深そうに調べはじめる。ハリーはというと、口に入った大量の臭液を咳き込みながら吐き出していた。

「ハンカチ──あ、こういうときほど魔法か──」
「こんにちは! ハ、リー……あ、あー……悪いときに来てしまったかしら?」

 右往左往していると、コンパートメントの扉が開く。見回り終わりのハーマイオニーたちかと思えば、そこに立っていたのはチョウ・チャンとその友達だった。彼女の溌剌とした挨拶も、状況を理解するとともに尻すぼみになっていく。ハリーはどろっとした臭液の間から僅かに見えていた肌を赤くさせた。

「あ……やあ」
「あ、あの……私、挨拶しようと思っただけだから……じゃ、またね」

 うわあ最悪だ。私がプロテゴさえしなければ半分の被害で済んだのに、今のハリーはほとんど全身臭液塗れだった。ごめん、いやほんとにごめん……チョウもタイミングの悪さを察したのか、口ごもると頬をほんのり染めて戸を閉めて行ってしまった。

「……」
「(ん?)」

 なんか一瞬去り際にチョウがこっち睨んでたような気がする。気のせいかな……いや気のせいじゃないはず。彼女の黒い目はたしかに私を捉えていた。

「(……そもそもセドリックと付き合ってるはずのチョウがどうしてハリーに挨拶を……?)」
「気にしないで。ほら、簡単に取れるわ──スコージファイ!」

 目に見えて落ち込むハリーに、ジニーが慰めるように二人を清めて臭液を消していく。なら私は服とシートの清掃しようかな。

 私はしばらくの間、テルジオとエバネスコを交互に唱えるだけの人形になった。しかしそんなふうに淡々と作業を行っていても、チョウの不可解な態度の理由は分からずじまいで。

「(……今度セドリックに聞いてみよ)」

 もしそれで『エレナのことあんまり好きじゃないらしいよ』って濁して言われたらどうしよ。しばらく寝込んじゃおうかな。
 

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