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 アンブリッジの部屋を出て、静かな廊下を歩く。きっともう深夜に近いだろう。罰則のためとはいえあの人もマメだよね。残業代でてるのかな。ホグワーツってそこのところどうなんだろう。サビ残なら頭が下がるところだ。
 廊下を少し進むと、タペストリーの裏からにゅっと手が伸びてきて、私の腕を掴んで隠れ扉へと引っ張りこんだ。中の通路にいたのはジョージだ。

「フレッドは?」
「あいつはリーと談話室で実演販売中。な、それより!」

 彼は目を期待で爛々とさせて「どうだった?」と聞いてくる。私はニッと歯をみせて笑った。

「完璧! 全く痛くなかったし、あの女も全然気付かなかった」

 ワッとジョージが顔を綻ばせて片手を上げる。暗い通路でパチンという音が響いた。

「なになに……『今後は立場を弁えます』だって? あの陰険ババア!」
「ダンブルドアの演説遮る人に言われたくないよねぇ」

 ボヤきながら右袖を捲り、手首と肘の真ん中あたりに爪を立てる。カリカリしていればやがて皮膚の一部がぺろりと剥がれた。そこに手を突っ込み、ゴムのような感触の皮膚を掴んで指先の方へぐいっと一気に引っ張る。分厚い皮が脱げると、ずっと覆われていた腕がスースーした。現れた手の甲には傷一つない。

「痛みは? どこか赤くなってないか? 痒みは? デキモノはないな? どこかにものすごく長い毛が生えてたり?」
「なんにも問題ないよ。強いて言うなら少し蒸れるだけ」
「ならヨシ、そのくらいなら可愛いすぎるってもんだ。これでやっと販売にもっていけるぜ」

 ジョージはゴム手袋のような腕の抜け殻を持って上機嫌にひらひらさせた。反対の手でガリオン金貨大の紫色をした軟膏用ボトルを弄んでいる。あれこそが私が学期初めに彼らに提案した新商品、対罰則用アイテムだった。ちなみに名前はまだない。双子とリーが『アンブリッジ皮膚炎クリーム』って名付けようとしているのを必死に阻止してるところだ。

「しかし記念すべき実地使用者第一号がエレナとはな。聞いたときは面白そうだからってノッただけだったけど……それがこんな形で役に立つなんて! まさかこうなるって分かってたのか?」
「そんなわけないでしょ。夏にクリーチャーから『かさぶた粉』貰ったし、なにかに使えないかなって思ってただけ」

 とか言って、効果は完全にアンブリッジの呪い防御に全振りしてるから来年以降の需要はないかもしれない。皮膚が剥がれたー、っていう驚かしグッズ程度にはなるかな。
 しかし発案者として開発に協力させてもらってたんだけどこれが大変のなんのって。最初の頃なんてかさぶたはもちろん蕁麻疹やらおできやらひどかった。本物の皮膚まで剥がれちゃったときはともかく、腕から剥がれなくなったときは人生終わったと思ったよね。それが今ではヒリつきすらないんだから、試行錯誤したこの三ヶ月弱を思うと感慨深い。双子はこれを何年もやってたんだよね、尊敬しちゃう。
 

 ふわ、と欠伸をしながらジョージが「帰ろうぜ」と寮に向かって歩き出した。横に並んで何気なく話しかける。

「レベッカの言ってた『借り』ってなんのこと?」

 隣を歩いていたジョージがいきなりコケて視界からフレームアウトした。舞い上がった埃に口元を覆う。すごい大きな音だ、ひやっとする。ミセス・ノリス来そうだけど大丈夫かな。

「ちょっと、なにしてるの」
「エレナが急に変なこというからだろ!」
「別に変なことは言ってないけど」

 二人の知り合いとして普通の疑問だと思う。それを変だと思うのはジョージに疚しい気持ちがあるからなんじゃん? しれっとそんなようなことを言うと、ジョージは立ち上がって服を叩きながら恨めしそうにこちらを睨む。「知らないよ」とぶすくれた顔で呟いて、さっさと歩きだした。さっきより歩調が早かった。置いていかれないように私も早足で追いかける。

「知らないって」
「本当に知らない。……なにせ、心当たりがありすぎる」

 苦虫を噛み潰したような顔で付け加えられ、「うわ……」と頬が引き攣る。好きな子に意地悪しちゃう系なのは前のポンコツっぷりから分かってたけど、さすがに拗らせすぎでしょ。

「でも多分あれだ、去年のクリスマス」
「なにかしたの?」
「ドレス燃やした」
「さ、最悪……」

 あのダンスパーティーで、ドレスを。いくらなんでもそれはちょっと。ドン引きしてしまって自然と顔が歪んだ。ジョージは「わざとじゃない」と口を尖らせる。

「たまたまぶつかって、落ちた俺の杖から飛んだ火花が少し点火しただけだ」
「ああ、じゃあ事故なんだ」
「……そのあと『パートナーにも捨てられたお前にはそれがお似合いだ』とかは、まあ、言ったけど」
「本当に最悪……」

 それならまあ……となりかけた気持ちを一瞬で上塗りされた。変わらないよ最悪じゃん。よく呪われてないね。私はいっそ感心しながらそう零したが、ジョージは「そんなことされるわけない」と自信満々に鼻を鳴らした。

「あいつ、俺のこと眼中にないから」
「あっ……そ、そっか」

 どうでもよさそうな顔のレベッカが脳裏に浮かぶ。たしかに彼女はあれがデフォだ。ドラコに関してのみ熱くなりがちなだけで、基本的にはドライでクールな人だと思う。そっか……眼中にない……思い返せばDAのときも、レベッカ、ジョージに何言われようが大体は興味無しって感じだった。ジョージの自虐するような珍しい声音にちょっと謝りたくなるような気持ちになる。言わせてごめん。「でもさすがにあの日はキレてたけどな」なんで嬉しそうにしてるの。やっぱ今の謝罪取り消しで。

「(DAのときもクリスマスのときもやっぱりドラコ関連でバチ切れてるな……)」
「エレナはどうしてあいつと知り合い……というか仲が良いんだ?」
「えっと……まあ、いろいろと? あの……ほら、私セドリックと仲良かったから、その流れで?」

 ドラコのことを勝手に言うわけにも、とでっちあげる。ゴブレットのことも教えられないし。ジョージは胡乱げに私を見た。

「セドリックとあいつが普通に話してるのも変だと思うけど……ああ、監督生同士だったからか?」
「多分そんな感じだと思う」

 適当に肯定すればジョージはけっ、と短くやさぐれた声をあげた。セドリックをやけに敵視してるのもしかしなくてもクィディッチのことだけじゃないらしい。安心してよ、彼はレベッカの好みじゃないらしいから。

「……そういえばレベッカって金髪が好きらしいんだけど」

 拗らせすぎ……と引いてはいるけど、応援する気持ちがないわけじゃない。ポンコツ加減さえなんとかなればジョージはとてもいい人だし──ポンコツ加減さえなんとかなればの話だけど。なんとかなればね。なるのかな。ならない気がするけど、まあそれはそれとして──結構レベッカとも相性いいんじゃないかと思うし……同寮のよしみとしてそうアドバイスのつもりで教える。

 ジョージはちょっと目を見開いて私を見て、不自然に二回瞬きをした。それから軽く息を吐き、ついと視線を逸らした。

「知ってるよ」

 ジョージは静かに、ぽつりと落とした。予想外の返しに私は目を見張ってジョージを見上げる。

「うんざりするほど知ってる」

 ジョージは抑揚のない口調で繰り返し、薄く笑った。遠くを見るような目をしていた。

「(……もしかしてドラコのことも知ってる?)」

 この様子、知ってるんじゃないの? この前の茶化しから『好きな人がいた』ってこと自体は知ってるんだろうなとは思ってたけど、まさか誰かまでも知ってたなんて……。え、私すごい余計なことを言っちゃったじゃん。落ち込みとも、萎れてるとも違う、いつになく大人しい様子のジョージに冷や汗が流れる。……あれ、つまりジョージってレベッカの想い人を知った上であんだけ煽って怒らせてたの? そうでないと眼中にないから? こ、拗らせすぎ……!

「あー……あっそうだ、他の心当たりってなに? なにしでかしたの?」
「……一年の時、教科書を借りた」

 お節介な失態を取り消すため。そして予想以上の拗らせ度合いに気付かなかったふりをするために。私は話題を変えようと無理に明るく問いかけた。
 すると返ってきたのは変な意味の『借り』ではなく至って普通な『借り』の話。当時のことを思い出しているのか、ジョージの目が柔らかく細められる。先程まで彼が纏っていたらしくないほどの儚さは一瞬で払拭されて、私はホッとした。

「最初の魔法薬学のときだったんだけど、俺の教科書、中古のやつだったせいでちょうどその日使うページが破かれてて。フレッドもリーも班を別にされちまったし、周りはスリザリン生ばっかだし。どうしようかって思ってたら隣にいたあいつが貸してくれたんだ」
「それ、レベッカはどうしたの?」
「それがあいつ、教科書丸暗記してたらしくてさ。これ、入学して二日の話だぜ。信じられるか?」

 信じられる。いるもの、同寮同部屋の同級生に。でもまさかレベッカもハーマイオニータイプだったなんて思わなかった。「変なやつだよ」ジョージが小馬鹿にしたようにせせら笑う。顔付きに反して、その声は優しいものだった。

「スリザリンのくせにグリフィンドールに親切するなんてさ。おかしいだろ?」
「いい人だよね、レベッカ」
「……さあ。どうせ貴族様の気紛れだろ。似たようなことは数回あったけどな」
「それなのにジョージはドレス燃やしたんだ……」
「だからそれは事故だって」

 軽口を叩き合いながら思考は別へと飛ばす。

 レベッカはいつからドラコが好きだったんだろう。マルフォイ家と昔から交流があったならもうずっと小さい頃──私が会う前から好きだったのだろうか。
 それこそ、私が本当に知らないドラコ・マルフォイを彼女は知っているかもしれなくて。

 そう思うと喉奥がきゅっと狭まるような。または胸の奥が締め付けられるような、そんな感覚に襲われた。……いやうそ。気の迷い、じゃなくて気の所為だ。

「あいつ、あれで自分のこと完璧主義者だと思ってるんだよな。結構ドジなくせに。二年のときなんて──」
「……ジョージさぁ」

 そんなことより、さっきからずっと楽しそうに話しているジョージに対し言いたいことが一つある。

「もっと素直になったらいいのに」

 とりあえず、名前で呼ぶところからはじめてみたらどうですかね。

 また首まで真っ赤になったジョージに、半ば揶揄う気持ちでそんな提案をした。
 

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