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私の罰則は三日間続いた。もちろん『アンブリッジ皮膚炎クリーム』──という名称はまだ認めてないけどいい名前も思い付かないので便宜的にそう呼ぶとして──のおかげで痛くも痒くもない。ただあんまり楽々やってると怪しまれるので、私はたまに思わず零れたというような小さなため息を吐きながら、書き取りをこなした。
「さて、この言葉の意味がよく理解できましたね?」
三日目の夜、アンブリッジは私の手の甲を丹念に調べ終えるとニンマリする。それから私の返事を待たず、「それじゃ、もう一度聞いてあげますからね」と前置きをした。
「あなたは誰の死を見たの?」
「小さい頃交通事故の現場に居合わせたことがあるだけです。全然知らない人ですよ」
それまだ言ってたんだと内心呆れながら答える。大して興味があるわけでもないだろうに、執念深いなあ。嘘とほんとを半々にして伝える。あのときはあれだけ渋ったくせに、と彼女は内容のつまらなさに不服そうな表情を浮かべた。
「一時期はボガートがトラックになるくらい怖かったんですよ」
「ああそう……じゃあもう帰ってよろしい」
アンブリッジは素っ気なく言い放ち、自分のテーブルへと戻った。無理やり答えさせておいてなにその態度……。この人の幼稚さとどまるところを知らないな。
私は鞄を持って部屋を出ていこうとした。しかしドアノブに手をかけ、少し考えてから振り返る。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんです?」
アンブリッジは冷たく答えた。彼女はなにかをずっと熱心に書き込んでいる。レポートの採点とかだろうか。私は合わない視線を気にせず、言葉を重ねた。
「アンブリッジ先生の怖いものはなんですか? 先生のボガートは、いったいなにになるんですか?」
ガリガリ音を立てていた羽根ペンがピタリと止まる。アンブリッジは紙を見つめたまま固まった。
「あっ嫌なら答えて下さらなくて結構ですよ。ただちょっと気になっただけなので」
明るく付け加える。それでもアンブリッジは何も言わず、顔を上げることすらしなかった。瞬き一つもしない。
「私……失礼しますね」
沈黙の中、おどおどとした声を意識してだす。私は今度こそドアノブを下げて扉を開いた。
恐怖の対象なんてものを連想させられて気分がよくなるはずない。この質問は無神経さへの報復とこの三日間の腹いせだ。でもこの程度、あなたの罰則に較べたらささやかで可愛いものなはずだ。そうでしょ、先生。
「おやすみなさい、アンブリッジ先生」
罰則は終わり。仕返しもしてやった。それなのに、思っていたほどの爽快感はなかった。むしろ、聞かなきゃよかったなとさえ。どうにも割り切れない中途半端な感情が私の胸を占めていた。きっと部屋を出る直前の光景がよくなかったんだろう。
広い部屋に大きな机。そこにぽつんと座るアンブリッジ。ドアの外から眺めた彼女はいやに小さく見えた。
部屋一面を取り囲む甘ったるいピンク。
枯れることのない花々。
幼く無邪気な子猫たちの飾り絵。
掛け時計ひとつない空間。
あの部屋は本当に彼女にとって『城』なのだろうか。私は、あの部屋から“少女であること”に固執しているだけというような印象を受けた。怖くなるほど幼少期にしがみついてるみたいだ。部屋のどこをとっても、それが病的なまでにひしひしと伝わってくる気がする。むろん『趣味』と言われたらそれまでだけど。
それにこれはドアの外から見て初めて気付いたことだけど、あの部屋の中でアンブリッジは異色だ。生地や柄を合わせて一見溶け込んだように見えても、少し離れて見ればすぐに分かる。子供っぽい風景の中で大人の彼女はどうしても浮いていて、取り残されていた。
もしあの人の怖いものがそういった過去への後悔とかなら──……。
「(……だめだ、可哀想になってきた)」
気持ちが傾きそうになる自分を必死に諌める。
だってあのアンブリッジがこんな小娘のたった一言だけで石のようになってしまうなんて思わないでしょ。なにを思い浮かべてあんなに怯えていたのか、いったいなにが……。
そこまで考えそうになってまたいかんいかんと頭を振る。なにもかもが想像でしかないのに同情なんていくらアンブリッジが相手だろうと失礼だ。なにより私がしたくない。
私はドローレス・アンブリッジをなにも知らない。知っている彼女はいつだって『敵』だった。だから家族も友達もボガートも過去も、どうして今のようになってしまったのかも、一つだって知らない。でも知らなくていい。敵のままでいいんだ。敵でいなくちゃ。
「(余計な質問しちゃったなー……)」
ロックハートのときはこんなこと考えなかったのに。まああの人はまるきり悪い人ってわけでもなかったしここまで敵視はしてなかったからっていうのもあるかもしれない。……いや、そもそもあんま関わらないまま石になってサヨナラしたからか。あのときは深堀する暇がなかっただけね。でもこんな揺らぎそうになるなら今回も考えないほうがよかったな。
「(しっかりしよ)」
気持ちを切り替えるようにふーっと息を長く吐きながら腕に手をかけて腕の抜け殻を脱ぎ捨てる。とりあえずこれは燃やしちゃおう。証拠隠滅には火。やはり火、火は全てを解決する。火力こそ全て。
「インセンディオ」
三日間お疲れ様でした。
杖を振れば、スカスカの腕は灰も残らず燃え尽きた。まっさらな手の甲を満足げに眺める。明日以降に傷がなくても別に問題はないでしょ。なんてったってホグワーツにはマダム・ポンフリーがいるんだから、言い訳なんてどうとでもできる。
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十二月はますます深い雪を連れて訪れた。季節は目まぐるしく変わっていく。それなのに私たち五年生は九月から何一つ変わらない宿題の量にずっとあくせくしていた。
「ロンもハーマイオニーも大変だよね、監督生の仕事」
「ね、ロンはクィディッチの練習もあるし」
「さっきなんてピーブズに金モールで首締められてたぜ」
「『締められてたぜ』じゃないでしょ。助けてあげなよ」
それ死ぬやつ。非難してもディーンはどこ吹く風で、可笑しそうになにかを首に巻く仕草までしてみせた。パーバティは呆れ顔で、ラベンダーはクスクスしている。ほんとご苦労さまだ。
監督生という役職は本当に仕事が多いらしく、城の飾り付けやフィルチと廊下の見回りをしたりと、彼らは息をつく暇さえなさそうだった。たまに見かけるドラコも同様になにかと忙しそうにしている。
「ところでエレナ、さっきからそれなにしてるの?」
魔法史のレポートの片手間に時折杖を動かしていればとうとう突っ込まれた。宙で蠢く灰色のもじゃもじゃした塊をネビルは訝しげに羽根ペンでちょんと触った。安心してよ、『臭液』はでないからさ。……見た目は似てるかもだけど、ミンブルドアに。
「しもべ妖精の帽子編んでるんだよ」
「帽、子……?」
「帽子ですけど」
ネビルの疑問の声に帽子と固く言い張りはしたけど、実際これが帽子になり損ねた可哀想な毛糸であるのは分かってる。私はいったいなにをしてるんだろう……。量産されていく毛玉の山が虚しい。家庭科系の魔法って繊細さが求められるから苦手なんだよね。
「ついにエレナもSPEW勢力に屈したか」
「屈してません。臨時で頼まれてるだけです」
ついさっき、見回りに向かう直前のハーマイオニーに捕まってしまったのが悪夢の始まりだ。オーナイトメア・ビフォア・クリスマス。だってあまりの悲壮感と圧と勢いに押されて断りきれなかったんだもん……。少しの間ならいいかなって引き受けてしまって、それでこの有様ですよ。魂に根付いてるジャパニーズ気質が恨めしい。この作った帽子(もどき)たちは全てドビーの手に渡るとハリーがこっそり教えてくれたが、それはそれで申し訳ないな……。
「帽子っていうより毛糸の合成獣ってほうが正しいわよね、それ」
「ほんと、どうしたらそんな……あ、エレナ今編み間違えたわよ」
「おいおいあんまりいじめてやるなよ、毛玉を」
いじめられてるのは果たして本当に毛玉なのだろうか。今この場で一番可哀想なのって誰だと思う? ディーンはニヤニヤしながら毛糸の一つを洗濯されてない靴下を触るように摘み上げた。
「才能だよな、いっそ。そういう仕事に就いたらどうだ?」
「シェーマス! ディーンにグレイプヴァイン・ストレッチ!」
「え?!」
みんなぼろくそ言ってさぁ! いきなり頼まれたにしては頑張ってるほうだと思いますけど?! 辛抱ならんとシェーマスを召喚する。談話室の片隅でちらちらこちらを窺っていたシェーマスは戸惑いながらもきっちりディーンにグレイプヴァイン・ストレッチ──要するに卍固め──をキメた。「なんで僕だけなんだよ!」綺麗な卍型になったディーンが叫んでいる。恨むなら去年シェーマスにプロレス技を叩き込んだ自分を恨むことだね。
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休暇前最後のDAも無事に終わった。明後日にもなればクリスマス休暇がくる。今年、私はホグワーツに残るつもりだった。
アンブリッジがいるからか、今年残留希望の名簿に名前を書いた人はかなり少ない。だから「悪戯しかけ放題だね」なんて、同じく残留組のハリーとつい数日前まで企んでいた。というのに、ハリーってば直前になって「ロンの家に遊びに行くんだ」って言ってきた! なんだその申し訳ないと思いつつも喜びが隠しきれないという顔は。この裏切り者! ハリーなんてクラッカー鳴らして七面鳥つついてケーキ囲んで楽しいクリスマスを過ごしちゃえばいいんだ。私はその間に必要の部屋魔改造しちゃうんだから。ネビル、あのサボテン貸してくれないかな。
今世初めてのひとりぼっちのクリスマス。でも落ち込むことばかりじゃない。だって今年のクリスマスはドラコに堂々と──もちろんご両親に見つからない前提の堂々だけど──プレゼントを贈れるんだ。喜んでもらえると嬉しいけど。
「ワイアット、起きなさい。起きるのです」
「……マクゴナガル先生?」
そんなふくふくとした気持ちで眠りついたはずだったのに、切羽詰まった寮監の声に意識を持ち上げた。オレンジ色のランタンの灯りでも寝起きにはキツく、少し目を眇める。ぼやけていた視界がだんだんはっきりしてくると、タータンチェックのガウンを着たマクゴナガル先生が見えた。部屋の入口近くではジニーが泣きそうな顔をしている。
とても普通じゃない様子の二人に、私はそっと体を起こす。マクゴナガル先生は「落ち着いて聞きなさい」と声を潜めて言った。
「ウィーズリーのお父様とあなたの叔父様が襲われたところを、ポッターが目撃しました」
声が出せなかったのは、きっと落ち着いていたからなんて理由じゃなかったはずだ。
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