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 談話室には先に起こされていたフレッドとジョージがいた。二人ともショックを受けている様子で、口を固く結んでいる。きっと私達も同じような顔なんだろう。

「ハリー──いったいどうしたの?」

 マクゴナガル先生に連れて来られた校長室に入るなり、ジニーがすぐさま尋ねる。ハリーとロンは部屋の真ん中で硬そうな木の椅子に真っ白い顔をして座っていた。

「マクゴナガル先生は、あなたがパパとエドガーの怪我するところを見たっておっしゃるの──」
「二人は不死鳥の騎士団の任務中に怪我をなさったのじゃ」

 ハリーが答えるより先にダンブルドアが言った。「二人は、もう聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運び込まれておる」と続ける。ダンブルドアの青い目が私を捉えた。

「きみの御家族へは──」
「言わないでください」

 間髪入れずに答える。起きてから初めて出した声はガラガラだった。周りから信じられないという視線が突き刺さったが、ダンブルドアは重々しく「よかろう」と頷いた。

「エレナがそう言うのなら……エドガーもきっとそれを望んでいることじゃろうし──さて、きみたちをシリウスの家に送ることにした。病院へはそのほうが『隠れ穴』よりずっと便利じゃからの。モリーとは向こうで会える」
「どうやって行くんですか?」

 動揺した声でフレッドが聞いた。「煙突飛行粉で?」という質問に「いや」とダンブルドアは首を振り、机にのっている古いやかんを指す。

「煙突飛行粉は現在安全ではない。『煙突飛行ネットワーク』は見張られておる。移動キーに乗るのじゃ。今はフィニアス・ナイジェラスが戻って報告するのを待っているところじゃ……きみたちを送り出す前に、安全の確認をしておきたいのでな──」

 そう言った瞬間、ダンブルドアの目の前で炎が燃え上がり、その場に一枚金色の羽根がひらひらと舞い降りた。ダンブルドアは羽根を空中で捕まえながら「フォークスの警告じゃ」と呟いた。

「アンブリッジ先生がきみたちがベッドを抜け出したことに気付いたにちがいない……ミネルバ、行って足止めしてくだされ──適当な作り話でもして──」

 マクゴナガル先生がタータンチェックのガウンをひるがえして出て行くと、ダンブルドアの背後から「あいつは『喜んで』と言っておりますぞ」という気乗りしない声がした。

「私の曾々孫は家に迎える客に関して、昔からおかしな趣味を持っていた」
「さあ、ここに来るのじゃ。急いで、邪魔が入らぬうちに」

 スリザリンの寮旗の前に戻った魔法使いの肖像──おそらくフィニアス──に返事もせず、ダンブルドアが私達を呼んだ。「移動キーを使ったことはあるじゃろな?」という問いにみんなが頷き、手を出して黒ずんだやかんに触れた。

「よかろう。では、三つ数えて……一……二……三」

 へその裏がぐいっと引っ張られた。足元の床が消え、手がやかんに貼りついている。今ここで無理やり手を離したらどうなるんだろう。風が唸る中、そんなくだらないことを考えていると、突然体を硬い床に叩きつけられた。やかんが落ちてカタカタと鳴っている。

「ああ、お戻りになられた! ご主人様、エドガー様の姪御様方が──」
「分かっている!」

 クリーチャーが強い力で私を助け起こしながら声を上げた。バタバタと上の階から急ぎ足で降りてくる音がする。
 到着したのはグリモールド・プレイス十二番地の薄暗い地下の厨房だった。クリーチャーがパチンと指を鳴らすと部屋の明かりが一斉に灯り、暖炉の火が燃え盛る。
 玄関ホールに続くドアから、寝巻き姿のシリウスとソフィアが急ぎ足でやってきた。彼らは心配そうな顔付きをしている。

「どうしたんだ? フィニアス・ナイジェラスは、アーサーとエドガーがひどい怪我をしたと言っていたが──」
「ハリーに聞いて」
「そうだ、俺もそれが聞きたい」

 双子の声につられて私もハリーを見る。みんなの視線にあてられ、ハリーは視線をうろうろと彷徨わせた。

「それは──……僕は見たんだ── 一種の──幻を……」

 ハリーはどこか分からない、薄暗い廊下で蛇が二人を襲うのを“そばで”見ていたと話した。叔父さんが噛まれたと聞いたとき、クリーチャーが大きな涙まじりの嘆き声をあげたが、今回ばかりはシリウスも怒らなかった。

 私は話を聞きながらぼんやりと暖炉の炎を見つめる。きっと、死にはしないはずだ。……少なくともウィーズリーおじさんは。でも叔父さんはどうなるんだろう。分からない、彼が助かる確証はない。自分の心音がやけに大きく聞こえてくる。やっぱりお父さんたちにも伝えた方がよかったんじゃないか? さっきは咄嗟にああ答えたけど、だって、もしかしたら叔父さんは……。
 重ねられた薪が炎を吸いこんでぱちぱち爆ぜ、暖炉の中でボトリと折れて崩れた。

「ママは来てる?」
「たぶんまだ、何が起こったかさえ知らないと思うわ」

 フレッドの質問にソフィアが答えた。不安そうに肩にかけたガウンの前を掴んでいる。

「アンブリッジの邪魔が入る前にあなた達を逃がすことが大事だったから。今頃はダンブルドアがモリーに知らせる手配をしてるはずよ」
「聖マンゴに行かなくちゃ。マントかなにか貸してくれない?」
「まあ、待て。聖マンゴにすっ飛んで行くわけにはいかない」

 急き込んで言うジニーをシリウスは落ち着き払って止めた。双子が反抗的な目付きになる。

「俺たちが行きたいならむろん行けるさ、聖マンゴに。俺たちの親父だ!」
「二人が、アーサーが襲われたことを、病院から奥さんにも知らせていないのにきみたちが知っているなんて、どう説明するつもりだ?」
「そんなことどうでもいいだろ?」
「よくはない。何百キロも離れた所の出来事をハリーが見ているという事実に注意を引きたくない!」

 シリウスが声を荒らげる。「そういう情報を魔法省がどう解釈するか、きみたちには分かっているのか?」厳しく言うが、フレッドとジョージは魔法省なんて知るもんかという顔をした。ロンは血の気のない顔でずっと黙っている。

「誰かほかの人が教えてくれたかもしれないし……ハリーじゃなくてどこか別の所から聞いたかもしれないじゃない」
「誰から?──いいか、二人は騎士団の任務中に負傷したんだ。それだけでも充分状況が怪しいのに、その上子どもたちが事件直後にそれを知っていたとなればますます怪しい。きみたちが騎士団に重大な損害を与えることにもなりかねない──」

 パジャマの裾が控えめに引かれる。視線を下げるとクリーチャーがもの思わしげに見上げていた。椅子と私を交互に見ている。その意図を汲んで私は手近な椅子に座った。

「騎士団なんかくそくらえ!」
「俺たちの親父が死にかけてるんだ!」
「アーサーもエドガーも自分の任務を承知していた。騎士団のためにも、きみたちが事を台無しにしたら二人が喜ぶと思うか!」

 その言葉に目を見開いた。双子と同じくらい怒っているシリウスを見る。そうだ、叔父さんは“承知していた”。つまりこうなることは分かっていたはずだ。それならばなにも対策をせずに、ただ怪我をするためだけに行った──なんて、わけない。

 そう思った途端ドッと力が抜けていく。机に肘をつき、額を抑えて息を吐いた。そうだ、大丈夫。弱気になって、ばかばかしい最悪な未来を想像してしまっていた。叔父さんはきっとウィーズリーおじさんを守ろうとして同行したんだろう。上手くいかなかったみたいだけど。

「まさにこれだ──だからきみたちは騎士団に入れないんだ──きみたちは分かっていない──世の中には死んでもやらなければならないことがあるんだ!」
「口で言うのは簡単さ。ここに閉じこもって! そっちの首は懸かってないじゃないか!」

 完全に売り言葉に買い言葉だ。どちらも余計なことを言っている。シリウスの顔から僅かに残っていた血の気がサッと消えた。ソフィアは緊張した面持ちでシリウスを見つめる。一瞬フレッドをぶん殴るかと思ったが、「辛いのは分かる」と話し出したシリウスの声は決然として静かだった。

「しかし我々全員がまだ何も知らないように行動しなければならないんだ。少なくともきみたちの母さんから連絡があるまではここにじっとしていなければならない。いいか?」

 双子はまだシリウスを睨みつけていた。けれどジニーが崩れるように椅子に座ると、荒い足取りで彼女を挟んで椅子にどっかり腰を下ろす。ロンとハリーも座ると、ソフィアが励ますようにパンと手を叩いた。

「さあ、それじゃ……なにか飲みましょう! みんなで飲みながら待ちましょう」
「用意致します」

 クリーチャーが素早くそう言って厨房へ消える。少しして八人分のマグカップが飛んできてそれぞれの前にコトリと並んだ。ホット・バタード・ラム・カウを作ってくれたらしい。湯気からはシナモンのようなスパイス、それからほんのりラム酒の香りがした。一口含むとまろやかなバターのコクとやんわりとしたラムの風味が口の中に広がる。熱いうちに飲み込めば、口内には蜂蜜の余韻が残った。
 飲んでいるうちに身体の芯がじんわり温まっていく。冷たくなっていた手先だけじゃなく、尖った神経までも溶かされていくような気がした。みんなの顔にも少しだけ血色が戻ってくる。


 突然空中に炎が上がり、白いテーブルクロスを照らしだす。みんなが驚いて声をあげる中、羊皮紙がひと巻きと黄金の不死鳥の尾羽根一枚がテーブルに落ちてきた。シリウスが「フォークス!」と吠えて羊皮紙をサッと取り上げる。

「ダンブルドアの筆跡ではない──きみたちの母さんからの伝言に違いない──さあ──」

 ジョージは押し付けられた手紙を引きちぎるように広げ、声に出して読み上げた。

「『お父さまとエドガーはまだ生きています。母さんは聖マンゴに行くところです。じっとしているのですよ。できるだけ早く知らせを送ります』……」

 彼はテーブルのみんなをゆっくり見回した。「まだ生きてる」と悄然として繰り返す。

「だけど、それじゃ、まるで……」

 最後まで言わくても分かる。生死の境をさまよっているような書き方だった。

「(大丈夫、大丈夫……)」

 再び忍び寄ってきた不安を無視するためにマグを煽る。ミルクは早くも冷え始めていた。



 陰鬱としたまま夜が明け、厨房の置き時計が五時十分を過ぎたとき、厨房の戸がパッと開く。疲れ果てた青い顔のウィーズリーおばさんが立っていた。フレッド、ロン、ハリーが椅子から腰を浮かせるのを見て、おばさんは「大丈夫ですよ」と力なく微笑む。

「お父さまもエドガーも眠っています。あとでみんなで面会に行きましょう。いまは、ビルが看ています。午前中仕事を休む予定でね」

 フレッドは顔を覆い、ドサリと椅子に戻った。ジョージとジニーは立ち上がり、急いで母親に近付いて抱き着く。ロンはへなへなと笑って、残っていたホットミルクを一気に飲み干した。

「朝食だ!」

 シリウスが勢いよく立ち上がり、嬉しそうに大声で言った。クリーチャーの名前を呼びながら厨房へ駆けていく。涙を拭いながらソフィアが私を見てにっこりしてからそのあとに続いていった。

 浅い息を一つ吐く。よかった、よかった。私は安堵で溶けそうになる体に鞭を打って立ち上がった。空になったマグを持てるだけ持つ。私も朝食作りを手伝おう。といっても優秀なクリーチャーに手伝いなんて必要ないかもしれない。早くも部屋を回り出したベーコンの焼ける匂いに顔の筋肉が緩む。急にお腹が空いて、それと同時にとっても眠たい気持ちだった。
 

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