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 朝食の席でウィーズリーおばさんはシリウスとソフィアに一晩中子ども達を見ていてくれたことに礼を述べた。二人は揃って役に立って嬉しいと快く笑う。シリウスは『二人の入院中は全員がこの屋敷に留まってほしい』と申し出た。ウィーズリー家にとってはそのほうが助かるだろう。

「まあシリウス、とてもありがたいわ……アーサーはしばらく入院することになると言われたし、なるべく近くにいられたら助かるわ……でもその場合は、もちろんクリスマスをここで過ごすことになるかもしれないけれど」
「大勢のほうが楽しいよ!」

 シリウスは少年のように無邪気に言った。それから私に「エレナにも言ってるからな」と笑う。

「えっ私もいいの?」
「当たり前じゃないか。ホグワーツにいたらエドガーのお見舞いになんて行けないだろう?」
「うん、まあ……ありがとう、シリウス」
「感謝されるほどのことじゃないさ」

 私に向かって明るくウインクしながら杖を振る。ミルクピッチャーがひとりでに動き、ソフィアのカップにたっぷり注がれた。亜麻色になったカップの中へシュガーポットから飛び出した角砂糖が一つ沈んでいく。ソフィアが驚きつつも嬉しそうに頬を紅潮させた。シリウスはそんな彼女の様子にも、自分のやっていることにも気付いていない。どうやら吉報のおかげで冷たくするのを忘れてしまっているらしかった。



 午前中は全員が寝て過ごした。まだはっきりしない眼を擦りながら昼食を済ませていると、全員のトランクがホグワーツから到着する。私服が届いたおかげでマグルの服を着て聖マンゴにでかけられるようになった。ローブを脱いでジーンズとTシャツに着替えると、ハリー以外は嬉しくてはしゃぎ倒し、饒舌になっていた。
 お昼も過ぎるとトンクスとムーディ先生がやってきた。ロンドンの街中を付き添うためだ。私たちは彼らを大喜びで出迎えた。

「しかしお前、その髪なんとかならんのか? 目立って仕方ないぞ」
「えー? マッド・アイがそれ言うの?」

 ムーディ先生はトンクスのピンク色の髪の毛に文句をつけたが、山高帽を目深に被ったムーディ先生のほうが断然目立つと思う。全員そう請け合ってくすくす笑った。ここでもやっぱり、ハリー以外が。

「(“そばで”見ていた、ね)」

 先程教えられたのは嘘のはず。たしか、ハリーが蛇で、ハリーが噛んだ。もちろん意識だけの話だ。この件でヴォルデモートがハリーとの繋がりに気付くんだっけ。

「(抱え込みすぎないといいけど)」

 まあ、無理だろうな。
 目の下に鎮座する濃いクマが、ハリーが深く思い悩んでることを教えてくれている。でも私が気付くんだから、ロンやジニーが気付かないわけないのにね。それにあんな下手くそな笑顔で隠せてると思ってるのだろうか。



 地下鉄を乗り換え、クリスマスの買い物客でいっぱいの街中を歩く。やがて辿り着いたのは赤レンガの流行遅れの大きなデパート──「パージ・アンド・ダウズ商会」と書かれたしょぼくれた雰囲気の建物だ。ショーウィンドウには、あちこち欠けたマネキンが数体、ずれたかつらをつけ、少なくとも十年ぐらい流行遅れの服を着て、ばらばらに立っている。埃だらけのドアには大きな看板がかかり、「改装のため閉店中」と書いてあった。

「さてと──みんな、準備オッケー?」

 トンクスがショーウィンドウの前で立ち止まる。全員が彼女の周りに集まると、トンクスはつけまつげが取れかかった緑色のナイロンエプロンドレスを着ているマネキンを見上げた。

「こんちわ! アーサー・ウィーズリーとエドガー・ワイアットの面会に来たんだけど」

 トンクスは吐いた息でガラスが曇らせながら気さくに話しかける。マネキンは小さく頷いて節に継ぎ目のある指で手招きをした。トンクスはジニーとウィーズリーおばさんの腕を掴み、ガラスを真っ直ぐ突きぬけて姿を消す。九と四分の三番線みたい。フレッドとジョージ、ロンがあとに続き、ムーディ先生が私とハリーの背中を急かすように押した。冷たい水のような感触の膜の中を突き抜ける。
 ショーウィンドウの中にはマネキンが立っていた場所は一つもなく、そこに広がるのは混み合った受付のような場所だった。ぐらぐらした古い木の長椅子にはつまらなそうに雑誌を捲っている魔女や、口から湯気を吐く魔法使いが座っている。

「あの人たちは医者なのかい?」
「医者?」

 ライム色をしたローブを着た魔法使いや魔女の胸にある杖と骨がクロスした縫い取りを見ながら、ハリーがロンに聞く。ロンはまさかという目をした。

「人間を切り刻んじゃう、マグルの変人のこと? 違うさ、癒しの『癒者』だよ」
「(偏見がすごい)」
「こっちよ!」

 訂正しようかなと思ったけどその前にウィーズリーおばさんが私たちを呼んだ。ふっくらした魔女が座るデスクには「案内係」と書かれた看板がぶら下がっている。案内魔女が背中を突き抜ける翼を生やした女の子の足首を必死に掴んだ魔法使いを「五階」とうんざりした口調で捌くと、私たちの番が来た。

「こんにちは。夫のアーサー・ウィーズリーとこの子の叔父(そう言いながらおばさんは私の肩を叩いた)のエドガー・ワイアットが、今朝、別の病棟に移ったと思うんですけどどこでしょうか──?」
「アーサー・ウィーズリーとエドガー・ワイアットね?」

 魔女が長いリストに指を走らせながら確認する。

「ああ、二階よ。右側の二番目のドア。ダイ・ルウェリン病棟」
「ありがとう。さあ、みんないらっしゃい」

 両開きの扉から入る。有名な癒者の肖像画がずらりと並ぶ細長い廊下には、蝋燭の入ったクリスタルの球が巨大なシャボン玉のようにいくつも天井に浮かんでいた。私たちは廊下の先にある階段を使って二階へと上り、「生物性障害」の階にでる。右側の二番目のドアには『「危険な野郎」ダイ・ルウェリン記念病棟──重篤な噛み傷』と書いてあった。ウィーズリーおばさんが扉を開けて子どもたちへ中に入るよう促す。

「私たちは外で待ってるわね、モリー。最初は家族だけにすべきだわ」

 トンクスの言葉にムーディ先生も賛成だというように唸った。廊下の壁に寄りかかり魔法の目を四方八方にグルグル回すムーディ先生の隣にハリーもそっと並ぼうとする。それをウィーズリーおばさんが優しく引き止めた。

「ハリー、遠慮なんかしないで。アーサーがあなたにお礼を言いたいの」

 惑う緑の目と視線が合う。「きっと叔父さんも会いたがってるから」と言いながら、私はハリーの背中を押して一緒に病室に入った。


 病室はドアの向かい側に小さな高窓が一つあるだけなので、かなり陰気くさかった。患者は四人で、ウィーズリーさんと叔父さんは奥二つのベッドで隣り合わせになっている。

 ウィーズリーさんは高窓から射し込む一筋の太陽光の下で「日刊予言者新聞」を読み上げていた。それを叔父さんが杖先から大小不揃いで歪な形のシャボンをぷかぷかだして遊びながら聞いている。二人は、出した先からすぐにぱちぱちと弾けて消えていくシャボン玉の合間から私たちの姿に気付くと、ニッコリした。

「やあ! ビルはいましがた帰ったよ。仕事に戻らなきゃならなくてね。でも、あとで母さんの所に寄ると言っていた」
「アーサー、エドガー、具合はどう?」

 起き上がって歓迎するウィーズリーさんとは違い、叔父さんは気だるげに寝転んだままだった。おばさんは屈んでウィーズリーさんの頬にキスをし、心配そうに覗き込む。

「ああ、気分は上々だよ」
「包帯が取れさえすれば退院できるんだがな」
「なんで包帯が取れないんだい?」
「包帯を取ろうとするとそのたびにドッと出血しはじめるんでね」

 フレッドの疑問に叔父さんはニヤッとしながら答える。「見るか?」とタチの悪い冗談を言ったが、ウィーズリーおばさんにひと睨みされて大人しく口を噤んだ。さすがの不謹慎さに双子さえも顔を顰める。双子が引くって相当だよ、反省して。
 般若を背負う妻を「まあまあ」と宥めながらウィーズリーさんが杖をひと振りして七人分の椅子をベッドを囲むように出す。

「あの蛇の牙にはどうやら傷口が塞がらないようにするかなり特殊な毒があったらしい。それまでは血液補充薬を一時間おきに飲まなきゃいけないがね」
「二人が襲われたこと、『予言者』にのってるの?」
「いや、もちろんのってないない。魔法省は、みんなに知られたくないだろうよ。とてつもない大蛇が狙ったのは──」
「アーサー!」

 流れるように口を滑らせかけたウィーズリーさんにおばさんの警告が飛んだ。ウィーズリーさんは慌てて話題を逸らす。しかしこのうっかりは双子に父親からなんらかの情報を引き出せるんじゃないかと思わせてしまった。「何をしてたの?」「護衛してたの?」「武器ってなに?」「蛇って『例のあの人』が持ってるやつ?」などなど。

「いい加減にしなさい、二人は怪我をしたばかりなんですよ。ほら、もうマッド・アイたちを呼んできて!」

 彼らがめげずに突き続けたせいで、怒ったおばさんによって病室から追い出されてしまった。大人しくしていた私たちまで纏めて。入れ違いでムーディ先生とトンクスが中へ入っていく。

「いいさ。そうやってりゃいいさ。俺たちにはなんにも教えるな」
「これを探してるのか?」

 ぴしゃりと閉められた病室のドアの前でポケットをゴソゴソ探るフレッドに、ジョージが薄オレンジの紐が絡まったようなものを差し出した。「分かってるねえ」フレッドがニヤリと笑う。

「聖マンゴが病棟のドアに『邪魔よけ呪文』をかけているかどうか、見てみようじゃないか?」

 六本に分けられた「伸び耳」の最後の一つをハリーが受け取ると、フレッドは「オッケー、行け!」と囁いた。薄オレンジの紐はやせた長い虫のようにごにょごにょ這っていき、ドアの下から入り込んだ。最初は何も聞こえなかったが、少しするとトンクスの囁き声がまるで私のすぐそばに立っているかのように、はっきり聞こえてくる。

「──くまなく探したけど、蛇はどこにも見つからなかったらしいよ。あなた達を襲ったあと蛇は消えちゃったみたい……だけど『例のあの人』は蛇が中に入れるとは期待してなかったはずだよね?」
「儂の考えでは、蛇を偵察に送り込んだのだろう」
「ああ。我々がいなければ、蛇はもっと時間をかけて見回ったはずだ。それで、ハリーが一部始終を見たんだよな?」

 闇祓い組が口々に話す。叔父さんの質問にウィーズリーおばさんが「ええ」とかなり不安そうに答えた。

「ねえ、ダンブルドアは、ハリーがこんなことを見るのを、まるで待ち構えていたような様子なの」
「うむ、まっこと。あのポッター坊主は、なにかおかしい。それは儂ら全員が知っておる」
「(せ、先生……言い方……)」

 率直すぎる評価に顔が強ばる。ハリーの顔が見れない。大丈夫かな……。聞かれてないと思ってるときのこの物言いはかなり刺さるはずだ。

「今朝、私がダンブルドアとお話したときハリーのことを心配なさっているようでしたわ」
「むろん、心配しておるわ」

 ムーディ先生が鼻を鳴らした。肯定してるはずなのに、どうしてだろう。このあと続くのがいい言葉な気がしない。「あの坊主は『例のあの人』の蛇の内側から事を見ておる」ああ〜〜〜……やはり、やはり言った……。

「それが何を意味するか、ポッターは当然気付いておらぬ。しかし、もし『例のあの人』がポッターに取り憑いておるなら──」

 不意に「伸び耳」が揺れる。ハリーが耳から引き抜いたのだ。集まる視線に、ハリーはぎこちなく後ずさりみんなから距離をとる。その顔は今にも倒れてしまいそうなほど青白く、恐怖に塗れていた。あーあ、先生のせいです。
 

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