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ハリーは病院から帰るなりすぐさま部屋に篭ってしまった。翌日になっても、食事にすら降りて来ない始末だ。私はこれをハリー天岩戸事件と呼ぶことにした。
「ハリー、僕が部屋にいると全く動かないんだ」
いつもの地下厨房で、ハリーと同部屋のロンは困り果てていた。もうすぐ夕飯だ。コトコト煮込まれたコーンスープの匂いがする。
「もしかしたらベッドの中にいるのはハリーじゃなくて岩なんじゃないかって、僕何度も寝息を聞こうと耳を澄ませちゃったよ」
「そりゃ、あんなこと聞いちゃったら怖くなるのは分かるけど……でもいつまでもハリーを一人になんてさせられないわ」
ジニーがきっぱり言ったそのとき、玄関から呼び鈴が鳴り、ブラック夫人の叫び声が響いてくる。私は「見てくる」と席を立ち玄関ホールに向かった。
「ハーマイオニー! どうして──?」
「ダンブルドアが昨日朝一番に何があったか教えて下さったの。だから休暇はここで過ごすことにしたわ」
ハーマイオニーは髪についた雪をはらいながら、「スキーってあんまり好きじゃないしね」と肩を竦めた。
「ロンには言わないでね、私スキーはとっても楽しいものって言っちゃったし──それより、ああ寒かった! みんなはどこ? ロンとハリーは? エドガーとウィーズリーおじさまは大丈夫なの?」
「昨日お見舞いに行ったけど二人は元気そうだったよ。ハリーは──」
私の声を遮って、夫人が再び金切り声をあげて叫び出した。
『先祖の館を穢す、汚らしい──』
「ほぅらお義母さま、ホワイトクリスマスですよ〜」
どこからともなく現れたソフィアが、杖先から白い雪を噴出させながらブラック夫人の肖像画のカーテンを閉めた。完全におちょくってる……。しかもこの鮮やかな手口、常習犯とみた。いつもこんな感じで夫人と付き合ってるんだな。
「久しぶりねハーマイオニー! ロンとジニーなら厨房にいるはずよ。ハリーは昨日からずっと部屋に籠ってるけど」
「どうして?」
不思議そうにするハーマイオニーに伸び耳で聞いたことを教える。聞くにつれて、彼女の顔はどんどん曇っていった。
「一人でいるなんて絶対だめよ。私、呼んでくるわ」
「え、でも……」
「私はその場にいて一緒に聞いてたわけじゃないもの。何も知らないふりして無理やり連れ出してみるわ」
「無理やり……あっ待ってハーマイオニー! ネビルには……」
自信ありげにそう言って階段を上がっていこうとするハーマイオニーを呼び止める。私の言葉に彼女は少し困った表情を浮かべた。
「今回の件は騎士団の任務だから口外してはいけないってダンブルドアに念押しされてしまったの。だからなにも言えなかったわ。心配する必要はないわとだけ伝えておいたけど……」
「そっか、ありがとう」
突然いなくなったから心配かけてるかなと思ってたんだ。私のお礼にハーマイオニーは首を振って今度こそ三階のハリーの部屋へと上がっていった。私は地下に戻ってようかなと足を動かしかけたが止める。気になったことがあったので夫人とカーテン越しで戯れてるソフィアに話しかけた。
「ソフィア、ムーディ先生ってどこにいる?」
「ああ、マッド・アイなら──」
奥の会議室として使われている扉の前で出待ちする。少し待てばすぐに扉が開き大人たちがぞろぞろと部屋から出てきた。私は都合よく列の最後に出てきた義足の彼を捕まえる。
「ムーディ先生、ちょっといいですか?」
「それは構わんが……その先生というのはどうにかならんのか。儂はお前たちの先生だったことはないぞ」
前から気になっていたらしい。でも語呂いいし慣れちゃった。悪びれずにそう言うと先生は気難しい顔で唸った。
まあまあと宥めつつ先生の背中を押して手近な部屋に入り扉を閉めた。灯りをつけ、本題に入る。
「昨日病室で私たちが聞いてるの、気付いてたでしょう」
「なんだと?」
普通の目がじろりと私を見て、魔法の目はぐりんと上を──ハリーのいる部屋のほうを向いた。
「そんなすごい目があるのに気付かなかったなんて有り得ないです。もし本当に気付いてなかったなら度数あってないから変えた方がいいですよ」
「お前、無害そうに見えてなかなか言うな。その不躾さ、エドガーにそっくりだ」
「えへへ」
「褒めとらん」
ムーディ先生はむっつりと口をへの字に曲げる。じっと見つめているとやがて諦めたように「そうだ」とため息を吐いた。
「お前の言う通り、気付いていたとも。あのいたずら小僧共の盗聴アイテムにもな」
「やっぱり……どうして私たちにあれを聞かせたんですか?」
「ポッター坊主は知るべきだったからだ。自身の状態、敵の狙いをきちんと理解して現状に対する危機感を理解しなくてはならん。でないと立ち向かえるものも立ち向かえんからな」
「……でも結局ヴォルデモートは取り憑いてないんですよね?」
「そうだ。一昨日の件は一時的に例のあの人と心が繋がってしまっただけとダンブルドアは判断しておる」
聞いていただろうが? と言いたげにジロジロ見られた。私は首を横に振る。残念ながら、聞いていない。
「私たちが聞いたのはちょうど『ハリーに取り憑いているなら──』って所までなんですよね。ハリーが動揺しちゃって」
「なに? ……だから坊主は……」
「引き篭っちゃったんですねぇ……」
ムーディ先生は顔にがっつり『馬鹿な……!』と書いて愕然としていた。この人、意外と感情豊かで素直だよね。クラウチムーディでは知ることができなかった事実だ。和む。
「あやつら……早とちりしおって……」
「あんなこと聞いちゃったらするでしょう、普通。それからあともう一つ教えてほしいんですが……」
そこまで言っておいて口篭る。ムーディ先生は『さっさと言え』と目で訴えてきた。覚悟を決めて息を吸いこむ。
「叔父さんの容態についてなんですけど」
「……なんだ」
「あんまり良くないんですか? ……重症なんですか?」
堪えきれず言葉尻が震えてしまった。ムーディ先生は何も言わない。両眼を使って油断なく私を観察した。
「教えてください」
「──その通りだ」
ああ、やっぱり。短い肯定の言葉に体温が二,三度下がった気がした。
同じく噛まれたはずのウィーズリーおじさんに比べて叔父さんの顔色はずっと悪かったし動きも鈍い……というかほとんど動いていなかった。傷が痛くて動けないというのはもちろんのこと、きっとあの入院着の下には包帯がたっぷり巻いてあったせいで動きづらかったんだろう。
「魔法も使えない、なんてことはないですよね?」
「なぜそう思う?」
「……シャボン玉が」
「ん?」
「シャボン玉が脆かったから」
夏休み、叔父さんと暮らしていたとき、叔父さんは時折杖から泡をだすことがあった。家の至る所を一瞬にして触れても割れることのない大小さまざまなまん丸い泡が満たす。ぷかぷか漂うシャボンは陽光を吸い込んで一つ一つが宝石のように輝いていた。私はカラフルな陰がひしめく景色に目を眩ませながらも暫くぼーっと見惚れ、それからハッとして『歩きづらいからなんとかしてよ!』と叔父さんに怒るのだ。叔父さんはからから笑いながら謝る。『ごめんごめん』『無意識だった』と。そうして叔父さんが杖を軽くひと振りすると、色とりどりのシャボン玉は一斉弾けてキラキラとした飛沫が光りながら宙に溶けていく。
そんな美しい魔法を、叔父さんはよく使っていた。叔父さん、粗雑にみえるけど、意外と繊細で儚い綺麗なものが好きなんだよね。
けれど昨日の叔父さんは無意識ではなく、意識的にシャボン玉を発生させていた。それなのにあんなに一瞬で弾けてしまうなんて変だ。色だって薄くてくすんでいたし、丸の形も歪だった。
「だからそうなのかなって思ったんです」
「……いい観察眼だな。闇祓いに向いてるぞ」
「叔父さんには無理だって言われちゃいましたけどね」
優柔不断すぎる、だったっけ。思い出して苦笑いした。それは自分でも認めているところだ。
「杖腕である左手は特にズタズタに噛まれた。障害が残っていることはたしかだ」
「……そうですか」
「だが使えないわけじゃない。不調なだけだ」
慰めのように聞こえて逆に不安になる。じっと見つめればそんな思いが伝わったのか、ムーディ先生は「気休めではない」と仏頂面で続けた。
「リハビリを続ければまた前のように、とまではいかずとも回復するだろう」
慰めじゃないのはたしからしい。完全回復は無理なのだとはっきり伝えてくれた。
「(じゃあ、もう闇祓いは……)」
「──だが現場復帰はもう厳しいだろうな」
ムーディ先生は心を読んだようなタイミングでそう言った。言葉がでなくなって黙り込むと、ぷつんと会話が途切れる。沈黙の中、地下からのカタコトという調理音や、クリスマスの飾り付けをするシリウスの上機嫌な歌声が聴こえてきた。
「All I want for Christmas──」
おいどこで覚えたそんなマグルの歌。恋人なんていない、いらないって突っぱねてるくせに。ハリーがクリスマスにこの家に滞在してくれるのが嬉しくてしょうがないんだろう。調子のいい家主のセルフ館内放送に、私とムーディ先生は同時に脱力して息を吐いた。
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磨かれたシャンデリアには柊の花飾りと金銀のモールがかかり、深紅のカーペットには輝く魔法の雪が降り積もっている。マンダンガスさんが調達してきた大きなモミの木には、妖精の粉がふんだんに振りかけられピカピカと輝いていた。派手なクリスマスツリーは若干趣味の悪い家系図を覆い隠している。さっき見たらクリーチャーがシリウスにバレないように少しだけ位置をズラしていた。
ウソみたいだろ、不死鳥の騎士団本部なんだぜ、これで……。
思わずそう呟きたくなるほど、たった数日でグリモールド・プレイスは様変わりしていた。
待ちに待ったクリスマスの朝。ベット下にはプレゼントの山が積まれていた。ハーマイオニーとジニーはもう下に降りているらしく、二人のベッドの上にはそれぞれきちんと畳まれたパジャマが置かれている。
私は欠伸をしながらたらたら着替えを済ませ、プレゼントに手を伸ばした。ネビル、ハーマイオニー、セドリックといういつメンからのプレゼント、それからリボンに名札がつけられた薄緑の袋。
「レベッカだ!」
やはり。予想が当たったと内心でほくそ笑む。律儀な彼女ならこうくると思っていた。贈っていてよかったなと思いながら袋をあける。チョコレートアソートと白銀の細い櫛が入ってた。ひと梳かしするだけで髪に艶がでるんだとか。でもあんまり梳かしすぎるとてっかてかになってしまうらしく、『使い過ぎるな』という短いメモが入っていた。
髪を梳かし、いつぞやに叔父さんからもらった手鏡で確認してみる。加工フィルターのせいで効果はよく分からなかった。手持ち無沙汰に付属していたカタログを読む。へえ、同シリーズでダイエットリボンもあるんだ。
「(──さて……)」
薄いカタログは三周したし、プレゼントもあらかた開け終わってしまったので……私はやっと問題のブツに向き直った。いつまでも気付かないふりはできない。
んん、と唸りながら両手に持った二つのプレゼントを見比べる。一つはドラコから。そしてもう一つは──“いつもの人”から。……つまりイコール、ドラコ・マルフォイからだ。
今までなんやかんやあってクリスマスはプレゼントを贈り合える状況じゃなかったのに加え、これまでの私には昔の記憶がなかった。だからこれまで彼は匿名で贈ってくれていたのだと、今年の六月にやっとそう理解した、のだけれど。
「(今年のクリスマスはちゃんと『友達』なんだから、まさか“いつもの人”の分まで贈ってくるとは思わなかった……)」
突然謎のプレゼントがなくなったら気にしちゃうだろうっていう配慮なのかな。や、優しい……心遣いはもちろん嬉しいし、ありがたい……が。
「(なんか、前から薄々思ってたけどドラコってちょっと貢ぎ癖みたいなのない?)」
多分気のせいじゃないと思う。貴族だからなんですか? 羽振りが良いよね。
記憶が戻ったことを伝えればこのプレゼントもなくなるだろうが……さすがに友達ではなくなることと比べてそちらへ天秤が傾くことはない。少なくとも来年までは教えられない。でなければ頼ってもらえなくなっちゃうから。
でもいますごく良心が痛い……。なんか居た堪れない……。だってこれギブアンドテイクとかを考えるとあまりにも釣り合いが取れてないっていうか。こんなこと気にするのって下世話でよくないのは分かってはいる。なんか素直じゃないっていうかちょっと可愛げがないよね。……。
「(いや別にドラコに可愛いと思われたいわけじゃないけどね)」
そんなこと全く思ってない、ほんとうに。
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