30.5



 ハーマイオニーとジニーが朝食の用意を手伝い終え、エレナを起こしにいこうと部屋へ戻ると、彼女はすでに支度を済ませていた。エレナは彼女たちが入ってきたのにも気付かないほど、なにかを思い悩んでいるらしい。ベッドに座り動かない背中に首を傾げながら、二人は静かに近付く。背後から覗き込むと、エレナは二つのプレゼントを見つめていた。腕時計とホグズミードで人気のお菓子ボックスだ。

「それドラコから?」
「うわびっくりした……そう、だけど」
「二つとも?」
「いや、アー、うーんと……」

 二人からの問いかけにエレナは気まずげにぼそぼそ返事をする。答えたくなさそうに濁していたが、それが答えだった。ハーマイオニーの顔ににやりとした笑みが浮かぶ。ジニーの表情も似たり寄ったりなものだ。二人はエレナを挟んでベッドに座る。逃げ道を塞がれたエレナの表情が分かりやすく強ばった。

「ドラコって本当にエレナが好きね」
「あー、んー……そうかな……?」
「よかったわね、エレナ」
「……なにがですか」

 にやにやするハーマイオニーとジニーを、エレナは固い口調で警戒するように睨んだ。ハーマイオニーがエレナの片腕を掴むと、心得たというようにジニーがもう片方を掴む。「嬉しいでしょう?」とハーマイオニーが聞けばエレナは「そりゃ、プレゼントは嬉しいよ」と慎重に頷いた。

「ドラコのことが好きだから、嬉しいのよね?」
「違いますが?!」
「違わないわよ」

 追い討ちをかけるジニーに、エレナが「ジニーまでやめてよ!」と慌てたような怒ったような顔で声を荒らげる。けれどジニーはしたり顔で瞳を細めた。

「ボーバトンの彼をパートナーに選んだのだって、彼の髪色がドラコの髪色に似てたからでしょ?」
「それにドラコのパートナーの話をしたときちょっと怒ってたじゃない」
「ちが、そんなこと……どっちも二人の考えすぎだよ、変なこと言わないで」

 エレナはきっぱりそう否定すると、拒絶するように目を閉じた。眉がキュッと寄り、不機嫌に口が尖っている。いつものふざけた怒り顔ではなく、本当に嫌そうだった。

 滅多に見ないエレナの様子にハーマイオニーとジニーは目を丸くさせて見合わせた。彼女が自分たちに対してこんなに意固地だったことはない。いつもどこか子どもっぽいけれど、エレナはそれと同じくらい大人びているとハーマイオニーは思っていた。
 真反対の属性をなんの歪さも見せず自然に持ち合わせる彼女の、こんな分かりやすい態度。ハーマイオニーはそれを見れたことに、物珍しさとほんのちょっとの嬉しさを感じた。けれどそれらを訝しさが上回る。

「どうしてそう頑ななの?」
「事実無根の言いがかりだから」
「そんなことないわ」
「ある」
「……ねえ、今だけでもいいから本当のことを言ってよ」

 ハーマイオニーは少し悲しそうに眉を下げる。「私たち友達じゃないの?」続けてそう言うと視界の端でジニーがうわ、という引き攣った表情をした。ハーマイオニーは少しわざとらしかったかしら、と心配になる。しかしエレナはジニーの様子に気付かず、ハーマイオニーを見たまま「もちろん友達だよ!」とあたふたと声を上げた。今にもハーマイオニーが泣くんじゃないかと思っているような狼狽えぶりだった。ほんの少しの罪悪感を覚えつつ、ハーマイオニーはにっこり笑う。

「じゃあ、教えてくれるわよね?」
「教えるよ! え、なにを?」
「本当のことよ」

 ジニーの付け加えた「『好きじゃない』なんて嘘はもう通用しないわよ」という言葉にエレナの顔がしまったと言わんばかりに真っ青になった。ようやくハーマイオニーの企みに気付いたらしい。

「……それだと私には一つの答えしか許されてないってことにならない?」
「そうなるわね」
「じゃあもう私が何言ったって無意味じゃん。はい試合終了対ありGG! さ、朝ごはん行こ」
「エレナの口から聞いたらね」

 揶揄い混じりのジニーの声に返ってきたのは、明確な答えではなく思いっきり嫌そうな低い唸り声だった。ムーディみたい、と思いながらハーマイオニーは、口を一文字に結ぶ彼女の手から、腕時計をとって眺める。白い文字盤にはピンクゴールドの分針や時字、それからいつもの花──ムネモリアが描かれている。ベゼルもピンクゴールドで、細いベルトは上品な白だ。
 また高価そうなものを……。エレナの性格上、気後れしてしまうでしょうに。彼、この子のことそんなに分かってないのね。ハーマイオニーは意地悪でいけ好かない顎のとがった男の子を思い出しながら呆れると同時にちょっとした優越感を抱いた。

「時計を贈る意味、知ってる?」
「……知らない」
「『同じ時間を過ごしたい』」
「それ、プロポーズみたい!」

 ジニーははしゃいだが、エレナは石のように固まった。ハーマイオニーは彼女の右手首に腕時計を巻きつける。触り心地のよい、いい革だ。

「他にもピアスは『傍にいたい』、香水なら『自分を思い出してほしい』──とかあるわよ」
「……」
「髪飾りや栞は知らないけど……どっちもあなたのことを考えて選んだんでしょうね」

 ハーマイオニーはいつの間にか俯いていたエレナの顔を覗き込む。伏せられた睫毛の内側で、青い瞳が迷子のように頼りなく巻かれた時計を見つめていた。ハーマイオニーは縮こまってしまったエレナの肩にそっと頭を預ける。

「私、ドラコのこと今はそんなに嫌いじゃないのよ」
「え……」
「最近ではマグル生まれに対してなにも言わないし──それにエレナの友達だしね」

 ぱちぱち瞬きを繰り返すエレナに、ハーマイオニーは小さく笑った。そんな驚くような話じゃないのに。スリザリン生が気付いてるかまでは分からないが、ドラコの変化はハーマイオニーたちマグル生まれからすればかなり顕著だった。向こうの態度が変わったのだから、こちらの意識も変わって当然だ。「だからね」と言いながら、ハーマイオニーはふんわりのせていた微笑みを取り払って真剣な表情を浮かべる。

「私にも『ドラコが可哀想』って思う気持ちは少しくらいあるのよ」

 エレナは勢いよく顔を上げる。ハーマイオニーももたげていた頭を離し、彼女と向き合った。
 そんな顔をしないでほしいとハーマイオニーは眉根を寄せる。エレナは口元を震わせ、今にも泣き出しそうな幼い子のような顔をしていた。責める気持ちはちょっとだけある。でも泣かせたいわけじゃない。

「ドラコを好きじゃないと言い張るのはあなたの自由。けれどドラコの気持ちを気付いてるくせに無視するのはどうかと思うわ」

 エレナはぎゅっときつく唇を噛み締める。エレナの向こう側にいるジニーから、何か言いたげな視線を送られてきて、ハーマイオニーはこれじゃ私がいじめてるみたいと苦いため息を吐いた。

「信じられないくらいひどいと思う」
「……うん」
「でも、無視しなきゃいけないわけがあるんでしょう?」

 ハーマイオニーはそう言って震えるエレナの手を覆った。悲しくなるほど冷え切っている。

「だから私はドラコのことより、エレナのほうが可哀想なんだと思ってるわ」
「え……なんで私?」
「あなたがただの意地悪でそんなひどいことする人じゃないって分かってるからよ。私、ドラコなんか比べ物にならないくらい、エレナのことのほうが好きなんだから」
「……ありがとう?」

 さらりと断言したハーマイオニーに、エレナは当惑しながらも頬を染めた。ジニーが安堵した顔でエレナの腹に手を回して抱き着き「私だってエレナが大好きよ!」と告げる。エレナは「ああ、うん、ありがとね」と困り顔のままジニーの頭を撫でた。

「……え、なに? さっきまでのシリアスどこいったの? ついてけてないんだが」
「あなた照れると変なこと言って誤魔化すのやめなさいよ」
「すみませ、……いやしょうがないでしょ。急カーブすぎるもん、話の道筋がさ」
「訊きたいことはずっと一つよ。エレナの気持ちが知りたい」

 ハーマイオニーの心配を滲ませた瞳に長いこと声を詰まらせてから、エレナは諦めるように大きく息を吐いた。

「仮に、もし、ifとしてね。ドラコも私もお互いのことを悪く思ってないんだとしても、それは結局ドラコのためにならないんだよ。ドラコは私を好きでいちゃ将来幸せにはなれない、不毛なの。だからそんな気持ち自体を認められない──そもそも私は好きじゃないですけどね」
「将来の幸せなんてそんなの誰にも分からないわ!」
「分かる。多分、この世界の誰よりも分かってる。……でもまあ、これは建前」

 往生際が悪すぎるのはこの際全て聞こえないふりをするとして。ハーマイオニーは何を言われたって論破してやると意気込んでいたが、思わぬ舵の取り方をされてきょとんと呆ける。そんな彼女にエレナは淡く微笑んでみせた。

 ああ、これはだめだ。ハーマイオニーは向けられた笑顔に、すぐそう強く感じる。だって、この──こんな笑顔は。

「バームクーヘンエンドになるくらいならいっそ最初から全部認めないほうが、私が楽だなぁって。……これが私の気持ちかな」
「……バームクーヘン? それって、いったいどういう──」
「ジョージはどこ?」
「えっ?」
「あ……多分今はハリーたちの部屋よ」

 ハーマイオニーの声を遮り、突然エレナがなんの脈絡もなく言った。ジニーから居場所を聞くと、彼女はパッと立ち上がる。

「え──エレナ?」
「チョコレート自慢してこなきゃ」

 今の話とジョージ、それからチョコレート。なんの関係があるのだろう。エレナは困惑するハーマイオニーとジニーをおいて、さっさと部屋から出て行ってしまった。

「……つまり、どういうことなの?」

 静かになった部屋の中、まだ戸惑っているジニーの質問にハーマイオニーは「分からないわ」と力なく首を振った。分かるのは、ジョージもチョコも、恐らく今の話にはなんの関係もなかったのだろうということだけだ。

「……もう聞かないほうがいいでしょうね」
「どうして?」

 あんなやけっぱちで泣きそうな笑顔を見るのは一度で充分だ。

 口にはせず、ハーマイオニーは黙ってベッドから立ち上がる。


 未来がどうとか不毛だとか、無視をする理由を聞きたいわけじゃなかった──もちろん興味はあるけれど。

 ハーマイオニーが聞きたかったのは、エレナがドラコに対して抱いている本当の気持ちだった。それは野次馬心ではない。ただ、気持ちを認められないのは辛いだろうと。彼女の心を縛っている謎の重い枷を外せないかしらと。ハーマイオニーはそう思っただけだった。今だけでも認めることができれば、きっと肩の荷を少しは下ろせるんじゃないかというお節介にも近い気持ちからだ。

 しかし吐き出させてしまった言葉は彼女をより一層頑固に縛ってしまったのではないだろうか。ハーマイオニーの心は嫌なさざ波を立てる。

 ドラコの気持ちも自分の気持ちも全て無視しようとするなんて、それこそ不毛な気がする。そんな未来に、果たしてほんとうにエレナの幸せはあるのだろうか。


 引き止める間もなく部屋をあとにしてしまった頼りない背中を思い出す。

 なにもかもを拒絶したその先で、彼女が楽になれるとはとても思えない。隠し事が下手なようで上手い友人が、ハーマイオニーはどうしようもなく心配だった。
 

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