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 午後にもなると、私たちはまた聖マンゴヘ向かった。今日はルーピン先生、それから運転係のマンダンガスさんも一緒だ。

「そんな……頼むよエドガー──」
「なにを頼むの、あなた?」
「あ、ああ、いやモリー……たいしたことではない──みんなも来てくれたのか」
「メリークリスマス!」

 ウィーズリーさんはおばさん筆頭に病室へ入ってきた私たちを見てギクリとした顔をした。分かりやすく冷や汗をかいて狼狽えている。その隣で叔父さんが朗らかに挨拶した。首にはしみったれた病院着とは不似合いなほどに鮮やかな山葵色の蝶ネクタイをしている。なにそれ。
 私と目が合った叔父さんはちょっとニヤリとして、身を起こした。点滴スタンドを支えに立ち上がるとこちらへ歩いてくる。ルーピン先生が「大丈夫なのかい?」と心配するのを軽く手を挙げて受け答えた。

「もちろん大丈夫さ、私はな」
「エドガー、なんだい、その首のやつ」
「クリーチャーがくれたのさ」

 怪訝そうに眉を顰めるフレッドに叔父さんは自慢げにネクタイを触った。「私はランプを贈ったんだ」仲良しか。『なぜか好かれちゃったぜやれやれ』みたいな態度とってたくせに実際満更でもないのね。

「エレナ、ウィリアムたちへ報せをだしたいから文面を考えるの手伝ってくれないか?」
「いいよ」

 伝えるのかと意外に思いながら頷く。私は叔父さんに連れられるまま病室をでた。廊下を歩きながら叔父さんを見上げる。

「ウィーズリーさん、なにをお願いしてたの?」
「アーサーはな、マグル式縫合手術を試したのさ」
「……結果は?」
「どうもあの大蛇の毒は縫合糸を溶かしちまうみたいでな──大失敗だ。入院期間が長引いただけに終わったよ」
「うわ……で、おばさんに誤魔化すのを手伝ってって?」
「そういうこと。ちゃんと警告したというに……馬鹿なやつだ」

 去り際の、置いてけぼりにされたと嘆き顔のウィーズリーさんを思い出したのだろうか。叔父さんは愉快げにクックッと笑う。しかしすぐに笑うのをやめ、ごく自然な動作で左脇腹を抑えた。

「……そこ座ろっか」
「ん? ああ、そうだな」

 叔父さんは、階段脇に設置されたライムグリーンの長椅子にどっかり座ると長く息を吐いた。病室からまだそんなに歩いていないのに。私もさして柔らかくもないクッションの上に浅く腰掛ける。

「お疲れみたいだね。傷の調子は?」
「問題ないとも。お前たちのクリスマス休暇が終わる頃にはきっと全快さ」
「全快」

 ゆっくり復唱すると、叔父さんは訝しげに隣に座る私を見つめた。目を逸らさずにいると、あちらの方が先に気まずくなったのか「そうだ」と慌てた仕草で懐をごそごそしだす。

「来年のあれそれについて話したいからな、防音呪文でも張るか──あっ」

 取り出した杖は叔父さんの左手から滑り落ち、カランと音を立てて床に落ちる。私は叔父さんよりも早く長い杖を拾い上げ、杖先を掴んで持ち手を彼の方へと向けた。叔父さんは「すまんな」と言いながら杖を受け取ろうとする。が、私は杖から手を離さなかった。

「……エレナ?」
「……」
「おいなんだ、こんな子どもみたいな悪戯をして──」
「ムーディ先生から聞いた」

 それだけでなにが言いたいのか分かったらしい。彼は目を僅かに見開いて押し黙った。私が杖から手を離すと、彼は右手で左手首を支えながら黙って杖を振る。当初の目的通り、魔法を張ったのだろう。
 しばらく無言の時間が続いたが、やがて叔父さんは降参だというように脱力して長く息を吐き、長椅子の背もたれにもたれかかった。

「マッド・アイめ。なんて口が軽いんだ」
「意外とチョロ、なんでもない。それより叔父さん、大丈夫なの?」
「まあそこそこだ。痛くはないが」

 その言葉に安心しかけたがこともなげに「なにせ感覚が麻痺してるからな」と続けられ顔が歪む。そんな私に叔父さんは「軽くだぞ」と笑った。いやなんも笑えないですけど。

「しかし腕の神経系に問題さえなければいっそ義手にして、鋼の闇祓いになれたんだがなあ」
「鋼のって……そんなにひどいの?」
「左半身を全体的にがっつり齧られた。きっと噛まれ所が悪かったんだろう。アーサーだけでも無事でよかったよ」
「それはそうだけど……」

 心底ホッとしているような、上機嫌顔の叔父さんになんとも言えない気持ちになる。そりゃ、ウィーズリーさんが無事でよかったとは思うよ。けど私は叔父さんにだってこんな怪我してほしくなかった。
 ひどいことを言うようだけど、今回の件で叔父さんが付いていく必要はなかった。だって、ウィーズリーさんは一人でも死なないはずだし、こんな後遺症が残る怪我もなかったはず。だから、叔父さんは知らないふりをしたってよかったんだ。
 静まり返った厨房で響く置時計の音。固い椅子の感触や冷たいミルク。そして心臓を握り込まれ、喉が絞まる感覚。それらを思い出しながら、私はむしろそうしてくれた方が嬉しかったのにとすら思ってしまっていた。薄情だなと自覚しつつも「どうして」と呟いてしまう。

「ん?」
「どうして同行したの? ナギニがいるってわかってたでしょ?」
「ああ、まあ……少し、お前に順じてみようと思ったんだよ」
「私?」

 なんならちょっと責めたいような気持ちですらいたのが、その言葉によって困惑に塗りかえられた。叔父さんは苦笑いを浮かべている。その瞳の中には後悔や諦観が覗いていた気がして、私はますます分からなくなった。

「しかしやはり今更、ガラでもなかったかな。ここまでひどいけがをするとは思わなんだ。らしくもないことをしようとしたものだよ……ああ、そういえば。ウィリアムたちに黙っててくれてありがとう、助かった」
「迷ったけどね。……本当に伝えなくていいの? 利き腕が使えないんだし、今後の生活に支障とかでない?」
「腕ならもう一本あるだろ。それに私はまだ魔法使いだからな。片腕がお飾りになったってなんとかなる」
「……でも現場復帰はできない」

 付け加えた言葉は、意図せず暗い声になってしまった。お気楽な調子で話していた叔父さんが口を閉じる。「まあ、そうだな」叔父さんはがしがしと乱暴に頭をかいた。

「そう、だから言っておきたいことがあったんだ。──来年、神秘部には行くな」
「……ん?」

 急な話題の転換にぽかんと口を開く。叔父さんは険しく眉間に皺を寄せていた。

「神秘部の戦いまであと六ヶ月くらいか? そのときの私じゃ──情けないことだが──戦うなんてきっと無理だ。だからエレナをあそこへは行かせられない」
「はあ……、……え、いやでも私まで行かなかったら……」
「ああ。シリウスのことは諦めろ」

 あっさりした言葉に、私は信じられない気持ちで叔父さんを見つめた。真剣な表情に本気なんだと分かり、彼を睨む。

「絶対にいや、そんなことできない」
「私はエレナが、家族が傷付くことのほうがいやだ」
「え……い、いやでも──」
「元はと言えば、お前があまりに危険な行動ばかりとるから仕方なく協力することにしたんだ。私の統率下ならまだ安全だろうと思ってな。だが私が同行できないなら話は別だ」

 叔父さんは「可愛い姪をむざむざ傷付けさせるわけにはいかない」と厳しく言い放つ。率直な言葉に思わずおわ、と口が緩みかけた。気持ちはとっても嬉しい。そんな雰囲気でも場合でもないのににこにこしたくなってしまう、照れちゃうね。
 私は真面目くさった表情をなんとか維持しつつ、困ったなと考え込む。叔父さんも結構過保護……いや、私がいつも迂闊すぎるせいか。心配かけちゃってるなぁ。

「分かった。危険なこと、しない。絶対。約束する」
「信用ならないんだよな。過去の実績的にも」

 取り付く島もなかった。だから石になったのも代表選手になったのも不可抗力って言ってるのに。ルーピン先生に噛まれかけたことを指してるならそれはちょっと大袈裟というか根に持ちすぎというか。肩の傷だってもう治ってるしノーカンでは? 

「……透明マント」

 突然頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出すと、叔父さんは目を瞬かせた。そう、透明マント。あれを使えば、叔父さんの憂いも私の課題も万事解決なんじゃない? 

「マント被ってこっそりついてく。で、なるべく前線にはでないで、ギリギリまでなにもしないで隠れておく。それなら私が直接的に狙われることもない……これならどう?」
「どうって、いや……なにを馬鹿な。そんなこと尚更危険──でも案外……? い、いやいやいや、しかし流れ弾に当たりでもしたらそれこそ──」
「じゃあバリア効果とかもある透明マント」
「都合がよすぎるだろ!」

 叫んだせいで傷に響いたのか、叔父さんはアイタタ、と腹を抑えた。そんな彼を他所に私はあることを思い出した。別に気にしてなかったけど、これはいい口実になる。にやっとすれば、叔父さんは警戒して目を細めた。

「次はなにを思い付いたんだ?」
「今年、クリスマスプレゼント貰ってない」
「は……ああ、いや、悩んでてな……なにが役に立つか分からなくて──しかしだからといってお前それは──」
「クリーチャーには渡すのに私にはくれないの?」

 可愛い姪なのに?
 頬に握った両手を添えて精一杯ぶりっ子してみせる。瞬きを執拗に繰り返して見つめあげると右手でチョップされた。

「まばたきがうるさい」
「ひどい! 父さんにもぶたれたことないのに!」
「もう一度やっておくか?」

 返事をする前に再び脳天に手刀が振ってくる。二度もぶったな! 芝居がかった声音で怒ったふりをすると、叔父さんは疲れたため息を吐いた。

「調子のいいやつだよ、お前はまったく……」

 また叔父さんの手が上がった。反射で目をつぶったが、三度目の手刀はこない。かわりに頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。皮の厚い硬い手だった。
 
「……無茶だけはしないでくれよ」

 懇願するような囁き声に、私は頭に手を置かれたまま目線を上げた。伸びてくる腕が邪魔でよく見えなかったが、叔父さんはたしかに笑っていた、と思う。
 

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