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配達された「日刊予言者新聞」を見ていたハーマイオニーが急に悲鳴をあげた。ハリーとロンが「どうした?」と同時に聞くと、彼女はテーブルに新聞を広げる。ハーマイオニーが大見出しを指した。
【アズカバンから集団脱獄 魔法省の危惧──かつての死喰い人、ブラックを旗頭に結集か?】
一面には十一枚の白黒写真が載っていた。一緒になって覗き込んでいたネビルがカチャンとスプーンを落とす。
「ベラトリックス・レストレンジ……」
顔面蒼白の彼が隣でそう呟いたのが聞こえてきた。ネビルは一人の魔女を見つめている。視線の先を辿ると、ボサボサの黒い髪で腫れぼったいまぶたの魔女が、紙の向こうから人を軽蔑したような尊大な笑みを浮かべていた。
「(『フランクならびにアリス・ロングボトムを拷問し、廃人にした罪』……)」
ムカムカした気持ちで説明を読む。他のメンバーを確認しようと目を動かす。右下に映る十一人目の脱獄者を見て、今度は私が手にしていたフォークを落とした。痩せこけた頬に少しそばかすのある男──バーテミウス・クラウチが紙面越しから私たちを呪い殺そうとするように恨みを込めてこちらを睨んでいる。
鞄を引っ掴んで勢いよく立ち上がる。「どこ行くの?!」というネビルの声に答える間もなく、私は大広間を飛び出した。
叔父さんに警告しなきゃ。『殴り込みにいったりするな』『早まるな』と。退院したとはいえ叔父さんはまだ完全回復したわけじゃない。万が一対決するとなっても、今の叔父さんじゃ多分──……。
「(……って、どうせもう手紙はだせないんだった)」
フクロウ小屋へ向かって、階段をいくつも駆け上がったところでやっと思い出す。ほんと思慮浅……。トーストもまだ一口しか食べてないのに。いやまあそれはいっか。あの記事のせいで、今は吐きそうなくらい気分が悪かった。
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この話は、新聞を読みつけているごく少数の生徒からはじまり、やがてあっという間に学校中に広まった。脱獄囚たちは「叫びの屋敷」に潜伏しているらしいとか、かつてのシリウス・ブラックのようにホグワーツに侵入してくるんじゃないかとか。それが本当なら来てみろってんだよ、叔父さんの代わりに仇をとってやるから。
ほとんどの生徒にとってこの報道は関係のない他人事だった。退屈な日常を刺激してくれる話題として取り上げられてすらいる。辟易しているのは、私と同じように親戚に犠牲者がいる生徒──例えば叔父叔母いとこを殺されたスーザン・ボーンズだったりだ。廊下を歩くたび不躾にじろじろと見られるのだ。いやにならないわけがない。薬草学で同じ班になったスーザンは、「ハリーの気持ちがやっと分かった」としょげきって言った。
「あなたもよく耐えられるわね」
「みんなお優しくって困っちゃうよね」
ほんとに、と投げやりに返事をしながら、スーザンは「キーキースナップ」の苗木箱にドラゴンの堆肥をいやというほどぶち込んだ。
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大量脱獄や増え続ける教育令。アンブリッジの査察のせいでシェリー酒に溺れるトレローニー先生や日に日に憔悴していくハグリッド。
なにより、私にとって一番最悪だったのはネビルがあまり笑わなくなったことだった。
新学期が始まって以来──ベラトリックスが脱獄したと分かってからのDAでのネビルは、ハリーが教える新しい呪いや逆呪いの全てをただひたすらに黙々と練習していた。丸い顔を歪めて集中し、怪我も事故も厭わず、他の誰よりも一生懸命練習で──見てるこっちが怖くなるほどののめり込みかただった。
「そんな身を削るように練習するものじゃないよ」
護る魔法なんだから。
ハーマイオニーの次に「盾の呪文」を習得したネビルへ控えめに言う。すごいし、やる気があるのはいいことだ。ただそれ以上に今の彼は心配になる。
しかしネビルは素っ気なく「分かってるよ、大丈夫」と言うだけだった。疲れの残る顔に、私はでもと言い淀む。
「大丈夫だってば。ほら、次の呪文かけて」
「……分かった」
頑なな彼に、私は諦めて杖を構えた。
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心配事もやることも山ほどあったせいで、一月はいつの間にやら終わっていた。
何ひとつ事態が好転しない中で、唯一明るいニュースといえば、ドラコが強い光を伴った球体を操るまでに上達したことだろうか。三回目の集まりで披露された成果に驚く私を見て、ドラコは満足そうに口角をあげた。
隔週に一度しか会えないけれど、なんでも暇な時間をみて自主練していたのだと。ドラコはあっさりした調子でそう言ったけれど、得意げなのを隠しきれていなかった。可愛いね。
「すごい! じゃ、今日からこれ使おう」
「……まさか」
「ボガートです」
にっこりしながらトランクをぽんぽんと叩く。察しが良くて大変結構。くそ! と言いながらドラコが自分の太腿を拳で殴った。そんないやなの? でも上達するにはこれが一番早いよ?
「だからって……だいたいどこで手に入れてきたんだ?」
「図書室の禁書の棚にいたんだって」
「お前が見つけたんじゃないのか?」
「友達が連れてきてくれたの」
見つけたのはドビーだ。厨房に遊びに行ったときに『もし見つけたら教えてほしいな』と言ったら、捕まえてきてくれた。
「(でもなぁ……)」
私は顎に手を当てて、「誰だ余計なことを」などと言いながらつま先でトランクを蹴っているドラコを見る。
「ドラコ、吸魂鬼怖い?」
「当たり前だろ」
「ボガートも吸魂鬼になるほど?」
「それは──……わからない」
だよね、と肩を落としため息を吐く。だめかな、この案。せっかく見つけてきてもらったのに。私はやっぱりやめようかと言おうとしてドラコの方を向き、ぎょっと目を見開く。
「なんでトランク開けてるの?」
「とりあえずやってみるしかないだろ」
「でも──」
「違ったらすぐ消せばいい」
ドラコは落ち着き払った様子でパチンパチンと留め金を外し、距離をとって杖を構えた。少しの間目を閉じて深呼吸をする。
「開けてくれ」
少ししてからそう言うと、彼はトランクを真っ直ぐ見据える。ええ、大丈夫なのかな……。渋っていると睨まれたので、私は仕方なくトランクに手をかけた。ゆっくりと蓋を持ち上げる。黒いボロ頭巾を被った大きいものがトランクの中から飛び上がった。凍える空気が教室を満たし、ランプの火が消える。吸魂鬼はトランクからでると、音もなくスルスルとドラコの方へと向かっていく。
「やった、ちゃんと吸魂鬼に──」
思わず笑顔になってしまったが、当然ドラコはそれどころじゃなかった。杖がぶるぶると震えている。「エク、エクスペクト──……」呪文を最後まで言うことなく、ドラコはがくりと崩れた。私は急いでドラコに向かって手を伸ばす吸魂鬼の前に踊り出て「リディクラス!」と叫び、吸魂鬼を萎ませる。膝立ちしているドラコの顔を覗くと、血の気が引き、真っ白で冷や汗が滲んでいた。
「ちゃんと吸魂鬼だったけど──その、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……大丈夫だ」
「これ食べて。吸魂鬼にはこれがいいんだって……」
板チョコレートを差し出す。ドラコは受け取って小さく割るとひとかたまりを口に放った。嚥下すると、彼は「もう一度やる」と言って立ち上がる。あまり無茶はさせてはいけない。この訓練にはルーピン先生もかなり慎重だった。あと一度やって苦しそうなら今日は解散か、暫くボガートはなしかな。内心でそう判断する。
ドラコはさっきより長くなにかを考えていた。ゆっくり開いた瞳と視線が合う。チャレンジかな、とトランクに手を伸ばしたが、「お前はなにを考えてる?」と問い掛けられ動きを止める。
「守護霊を創るとき、エレナはなにを考えてるんだ?」
「私は未来のこと。みんなが笑顔で幸せにしている未来を考えてるよ」
言葉にするとなんか恥ずかしいな……。照れくさくなって「参考にならないでしょ」と誤魔化せば、至極真面目に「ああ、全然ならない」と頷かれた。
「本当にお気楽でお人好しなんだな」
「……みんなって言ってもあれだからね、好きな人達しかいないから。別に全人類ってわけじゃないから。勘違いしないでよね!」
「……そこに僕はいるのか?」
「当たり前じゃん……あ」
言ってしまってから後悔した。良くない、今の発言は良くなかった。……でもここで「いない」って言っても角が立つし、今のは仕方ない。不可抗力。
ドラコが「そうか」と頬を緩ませた。そんな彼の顔を見ていると耳とか首裏が熱くなってきた気がする。なんか呼吸もしづらいし。いや、変な意味じゃない。友達、友達だから。今私おかしいこと言ってないし別に。ドラコの姿を視界から無理やり外してトランクを掴んだ。
「あ、開けるよ、もう開けるからね! いい?」
「ちょっと待て……ん、いいぞ」
最後にもう一度大きく息を吸って、ドラコは肩幅くらいで足を開いた。蓋を開ける。再び部屋が冷たく、暗くなる。
「エクスペクト・パトローナム!」
ドラコの杖から銀のもやもやとした塊が飛び出す。これまでで一番しっかりした形をした守護霊だ。吸魂鬼は銀色の影に動きを阻まれ、それ以上近付けないようだった。銀の幕越しに見えるドラコは恐怖で引き攣っているけれど、その目はしっかり開いている。ドラコの腕が下がり始めた頃合をみて、私はまた「リディクラス!」と叫んだ。吸魂鬼が消えると、ドラコは精根尽き果てたというようにその場に座り込んだ。
「すごい! 今の、形になりかけてた! 本当に──あ、これ食べて!」
「少し掴めた気がする」
ドラコはぎこちなく微笑みながら、チョコレートをさっきより大きく齧る。「もう一回やろう」と意気込んで言われ、私はにっこり笑った。
「だめ、今日は終わり」
「なんでだよ! やっとできるように──」
「今日できたなら次回もできるよ。あんまり無茶してもよくないから」
ごねるドラコを流しながら地図を見る。ああ、ミセス・ノリスが図書室前にいるな。帰るのはもう少し待ったほうがよさそう。
ドラコはまだ納得できないという顔だったが、「それにしても」とまたチョコレートを割る。よしよしちゃんと食べてるな。と思ったら口に突っ込まれた。食べたくて見てたわけじゃないんですが?
「ボガートを使うなんてよくも考えたな」
「あ、えぇと……ルーピン先生がこうやって教えてたから」
「へえ……、……誰にだ?」
「……忘れた」
「……ポッターか!」
「勘が素晴らしくてなにより!」
まだなにか言いそうなドラコの口に今度は私がチョコレートを割って押し込んだ。怒ると思ったから濁したのに! そのポッターレーダーはなんなの、もう。
「ドラコの守護霊なにになるかな」
「僕は蛇だと嬉しいな。寮のシンボルだし」
「あー……たしかに細みではあったね」
ただ長くはなかった。
さっき吸魂鬼を必死に退けようとしていた銀色の守護霊を思い出し、心の中で付け加えた。蛇にしては、あまり大きくはなかったように見える。私、ドラコの守護霊は“アレ”だと思うんだよなぁ……。
「まあ、好きな動物が守護霊になることは少ないしね……そう気を落とさないで……」
「なんで慰められてるんだ?」
もしかしたら、ドラコにとっては軽いトラウマな動物かもしれないからだよ。
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