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「ええ?」

 地獄のO・W・L前最後のホグズミード休暇。どこ行こうか、なんて呑気な言葉を投げかけた私の口は、今や呆然と開いていた。思わず玄関口で立ち止まると、ネビルは申し訳なさそうに「ごめんね」と言う。

「ネビル、今日行かないの」
「うん。実は宿題が山ほど残ってて……」

 聞き間違いであってくれないかなという確認に、ネビルは「特に魔法薬学の……」と絶望的な顔をして答えた。DAに励みすぎてて忘れてたらしい。よりにもよってプリンスの宿題を? それは行けるわけないわ。宿題ほっぽって遊びに行きましたなんてバレたら五千点減点される。あまりにもっともな理由に、これ以上ごねるのはあまりに子どもっぽくて情けないなという気持ちになった。そっか、じゃあ今日私一人なんだ。

「なら私も残ろうかな……」
「絶対だめ!」

 鋭く止めたのはネビルではなくハーマイオニーだった。ちょうど大広間からでてきた彼女は片手に手紙、もう一方にトーストを一枚持っている。

「エレナにはお昼に『三本の箒』で会わせたい人がいるのよ。とっても大事なことだから、絶対来てくれなきゃ困るわ」
「会わせたい人って誰?」
「今は話してられないの、返事を書きにいかなきゃいけなくて──とにかく、そういうことだから!」

 ハーマイオニーはそう言いながら走り去っていった。一方的な彼女に途方に暮れる私にネビルが苦笑する。

「強引すぎない?」
「ハーマイオニーのことだからきっとなにかあるんだよ」
「ええ、でも……」
「そうだ、もし時間があったらハニーデュークスでぺろぺろ酸飴を買ってきてくれない?」

 つまりおつかいしてほしいと。彼の言葉に目を瞬かせる。それならば行くしかない。任せてと使命感を燃やして返事をすると、ネビルは軽く吹き出した。なにが面白かったのか分からないけど幸せならオッケーです。



 朝食を終え、ネビルと別れる。玄関ホールを抜けた先でハーマイオニーを待っていると少し離れたところからこちらを見ている人がいることに気付く。なぜそんな距離をとって……近付くと彼女はにっこりした。

「こんにちはルーナ。なにしてるの?」
「エレナを見てたんだ。いつまで立ってるんだろうって」

 あれ、もしかして珍獣扱いされてる? この子にとって私っていったい……ショックを受ける私に、ルーナはのほほんと「あんたはなにしてたの?」と聞いた。

「ハーマイオニーを待ってたんだよ」
「ハーマイオニーならずっと前に玄関を抜けてホグズミードに行くのを見たよ」
「えっ」

 思わず玄関口を見る。当然ハーマイオニーの姿なんて見えなかった。たしかにお昼に来てって言われただけだ。一緒に行くとは一言もね……早とちりっていうか、馬鹿な勘違いしちゃった。から笑いを浮かべる私に、ルーナは「でもお昼には会うんでしょ?」とさらりと言った。

「なんで知ってるの?」
「あたしも行くもン。それからハリーと、なんとかっていう人も。ハーマイオニー、『ザ・クィブラー』に記事を載せたいって言ってたな」

 全然個人を特定できる情報じゃなかったけど、だいたいの事情は読めた。暴露記事の件でのお呼び出しか。そういえばあったな、と思いながら「じゃあ」とルーナに呼びかける。

「お昼まで一緒にホグズミード回ろうよ」
「あたしと? あんたが?」
「もしルーナに誰かと遊ぶ用事がないならね」

 ルーナは目をぎょろぎょろさせた。指差し確認される。しばらくしてから、ルーナは「いいよ」と答えた。

「あたし、誰かとホグズミードを回るなんて初めて」
「あ、ほんとに? 頑張らなきゃ」
「なにを?」
「……エスコートを?」

 なにをと言われると困るな。そう思いながら強いてあげるとしたら、と疑問符をつけて答える。ルーナは大きな目をさらに大きくして、突然爆発したようにヒーヒー笑った。……うん、まあ、幸先は悪くないんじゃない? 楽しそうだし。



 ルーナと一緒にホグズミードをぶらつき、お昼近くになって『三本の箒』に向かうとハリーたちは既に揃っていた。ルーナがハニーデュークスの新作、『鬼灯キャンディー』をぶーぶー鳴らしながら手前の椅子に腰掛ける。ハーマイオニーが隣の椅子を引いたので私はそこに座った。

「早かったんだね」
「まあね。二人はずっと一緒にいたの?」

 私が答えるより先にルーナが「そうだよ」と言ってまた鬼灯を吹いた。その音に顔を顰めるマダム・ロスメルタに向かって、彼女は屈託なく笑い「ギブソン一つね」と注文する。私はココアを注文しながら、奥の席に座る人物に「あれ」とたった今気付きましたという顔で明るく話しかけた。

「リータ・スキーターさんじゃありませんか。お久しぶりです〜私のこと覚えてます?」
「覚えてますとも、華がなくてパッとしない、代表選手の中で一番地味だったお嬢さん。結局あたくしはあんたのせいでこのミス優等生に捕まったみたいなものざんすからね……」
「やだ人聞きの悪い。因果応報、自業自得、身から出た錆でブーメランですよ〜」

 女史は私の髪を引っこ抜いて首ごともいでやりたいというように獣のような唸り声をあげた。衝動を抑えるように音を立てて飲み物を煽り、唇を舐める。彼女は忌々しげに私を睨んでいた。かつては念入りにカールしていた髪も今ではすっかり垂れ下がり、赤い爪はあちこちはげ落ち、眼鏡についたイミテーションの宝石もいくつか欠けている。かなり徹底的に管理されてるらしい。ハーマイオニーを敵に回すと恐ろしいな……。
 私も気を付けなきゃと決意しながら運ばれてきたココアを一口啜った。ほろ苦くて美味しい。

「……んで、『ザ・クィブラー』に記事を載せるんだよね?」
「『ザ・クィブラー』だって?」

 リータが『聞いてない』と両眉を吊り上げてハーマイオニーを睨んだ。ハーマイオニーはその視線を無視してしれっと「そうよ」と私とハリーを見ながら言う。

「ルーナが言うには、お父さんは喜んでハリーのインタビューを引き受けるって」
「『ザ・クィブラー』みたいな庭の肥やしにもならないボロ雑誌、みんなが真面目に取ると思うざんすか?」
「そうじゃない人もいるでしょうね。だけど、アズカバン脱獄の『日刊予言者新聞』版にはいくつか大きな穴があるわ」

 ハーマイオニーはしゃんと背を伸ばしてリータを見つめた。

「何が起こったのか、もっとマシな説明はないものかって考えてる人は多いと思うの。だから、別な筋書きがあるとなったら、それが載っているのがたとえ──その、異色の雑誌でも──読みたいという気持ちが相当強いと思うわ」
 
 リータはしばらく何も言わなかった。値踏みするようにハーマイオニーを見つめ、やがて「よござんしょ」と出し抜けに呟き座り直した。

「仮に引き受けるとして、どのくらいお支払いいただけるんざんしょ?」
「パパは雑誌の寄稿者に支払いなんかしてないと思うよ。みんな名誉だって思って寄稿するんだもン」
「わあ……」

 つまりノーギャラ……。夢見るようなルーナの声に感嘆だが戦慄だか分からない声が零れてしまう。ザ・クィブラーってほんと、なんていうか夢追い人の雑誌なんだね……。リータは『臭液』を口の中にぶちまけられたような顔をしてハーマイオニーに食ってかかった。

「ギャラなしでやれと?」
「ええ、まあ」

 グラスを傾けるハーマイオニーは冷静そのものだ。

「さもないと、あなたが未登録の『動物もどき』だって然るべき所に通報するわ──それにあなたはエレナに借りがあるのよ」
「え?」

 私リータとまともに話すの今日が初めてなんだけど、と戸惑っていれば、ハーマイオニーは「エレナ・ワイアットの叔父が誰か、まさか知らないなんて言わないわよね?」と続けた。リータが口をひん曲げて私を見る。

「彼女はいつでも『闇祓い』の叔父にあなたのことを告げ口できたんだから」
「あ、あー……そう、そうなんだよ。これは温情、借りだよ、リータ・スキーター!」
「もっとも、『予言者新聞』はあなたのアズカバン囚人日記にはかなりたくさん払ってくれるかもしれないわね」

 リータは、今すぐ私たちの頭に重いタライが降ってきてひどい怪我をすればいいのにと願っているようだった。

「あんまり選択の余地はなさそうざんすね?」

 震えた声でワニ革ハンドバッグを開き、羊皮紙を一枚取り出し、自動速記羽根ペンを構える。「パパが喜ぶわ」ルーナが明るく笑うとリータのあごの筋肉がひくひく痙攣した。

「さあ、ハリー、エレナ。大衆に真実を話す準備はできた?」
「まあね」

 ハーマイオニーの問いかけにハリーが羊皮紙をぼんやり眺めながら返事をした。私も曖昧に頷く。ほぼ寝てただけの私って本当に必要かなと思わないでもない。やっと話がまとまったんだし余計なことは言わないけど。

「それじゃ、リータ、やってちょうだい」

 グラスの底からチェリーを一粒つまみ上げながら、ハーマイオニーが落ち着き払って指示した。



 長い時間をかけて事細かなインタビューが終わると、リータが「あーあ」と投げやりな声を出す。

「これであたくしも終わりざんすね」

 羽根ペンをハンドバックにしまいながら、リータが嫌味ったらしく言った。ハーマイオニーはそれを「もうとっくに終わってるでしょ」とさらりと皮肉って受け流す。そんな彼女をリータはキッと睨んだ。

「記者としてだけじゃなく人生そのものがってことだよ、ミス優等生」
「どういうこと?」
「この内容が真実だとしたら──」
「もちろん真実だ!」
「いちいちあげ杖をとるんじゃないよ──あたくしは『例のあの人』に狙われて、それで、それで──」

 話すにつれてリータの息が上がっていく。彼女ははくはくと陸に上がった魚のように苦しそうな呼吸を繰り返した。目を固く瞑り、ごくりと唾を飲み込んで、ぶるっと身震いしながら深く息を吸い込む。そして表情を怯えきったものから諦めたようなものへと変え、もう一度「終わりだ」と呟いた。
 
「『例のあの人』に殺されて、死ぬんだ」
「死なないよ」
「どうしてそう言いきれる?」
「私たちが守るから」

 何気なく私がそう言うと、リータはぱっくり口を開け、私を指差しながらぎこちない動作でハーマイオニーを振り返った。「ああいう子なのよ」ハーマイオニーが肩を竦める。どういう意味? ていうかなんか既視感あるな、今の台詞……内心で首を捻りつつ、「いや、だってさ」と口を開く。

「真実を伝えてくれる勇気があって、誇りもあるような人をむざむざ見殺しになんてできないでしょ、普通に。ダンブルドアもきっとそう思うはず」
「“勇気”? “誇り”?」

 なんだこの小娘は、と嫌悪丸出しの顔つきでリータは私をまじまじ見た。

「あたくしはあんたのお友達に脅されて仕方なくやるんだよ。勇気とか誇りとか、それはとんだ見当違いだね」
「断ったとしても記者として終わるだけじゃん。命と比べたら断るのが普通だよ」

 彼女の中でそれは全く選択肢に上がらなかったんだろう。リータは豆鉄砲を食らったコガネムシのような顔になった。「で、でも」と慌ててなにかを言い連ねようとする。

「なんにせよ、断ればどうせアズカバン送りにされちまうんだから──」
「別に終身刑じゃないでしょ?」

 首を傾げながらハーマイオニーに尋ねる。彼女は「そうね」と呆れ混じりに頷いた。

「未登録のリスクを侵すくらいなんだから、そのくらい知らないはずないよね。でもリータは断らなかった。それってこっちに賭けてくれたからだよね」
「“こっち”って……」
「ダンブルドア……ハリーがヴォルデモートに勝つ未来に。そんな人を守らないわけないよ」

 良くも悪くも暴走しがちだとは思うが、リータ・スキーターという人間の心根は真っ直ぐだと思う。去年は悪い一面ばかりがでてたけど。

 そもそも転職すればよかったのに、ペンを捨てずボロい眼鏡をかけたままなのは、きっと自分の仕事に誇りがあるからだ。去年の記事は胸糞悪いものしかなかったとしても、実際彼女のライター魂には目を見張るものがある。腕が切り落とされようとも、彼女は足、もしくは口を使ってペンを動かし続けるに違いないと私は確信している。

「自分の仕事にプライドを持ってるの、かっこいいと思うな」

 私はワニ革の上で固まっていたリータの手を両手で握り締める。驚愕してビクッとしたのが伝わってきた。

「そんなあなたに協力してもらえて嬉しい」

 私はもう彼女のことを仲間だと思っている。さすがに否定されそうだから言葉にはしないけどね。

 そう顔を綻ばせると、リータはぱちぱちと瞬きを重ねた。しばらく惚けていたが、彼女はハッとして素早く手を引き抜く。握られた手を擦りながら、下唇を前に突き出して決まり悪そうに顔を顰めた。

「腹が立つほど能天気でお気楽なお嬢さんざんすね? え?」
「そう? 結構、嫌いじゃなさそうだけど」

 どこかうんざりしているリータにハーマイオニーが面白そうに茶化す。「冗談!」リータがげぇと舌をだした。

「こんなふわふわしたこと言われて、いったいあたくしはどんな顔したらいいっていうのさ」
「──あっ、笑えばいいと思うよ!」

 唐突に既視感の正体を思い出した。すかさず頭に浮かんだ台詞をキメ顔で告げれば、また鬱陶しそうな顔を向けられてしまった。
 

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