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花火がすっかりどこかへ消え去ってしまった翌日、ぼんやり廊下を歩いていれば、中庭のベンチで本を読むレベッカを見つけた。声かけようかな、なんて思っていると、彼女の背後から下卑た面の男子生徒が二人にじり寄ってきていた。遠目からだが、多分緑のネクタイをしている。
名簿は回収した。が、どこから漏れたのか、DAメンバーは大体バレていた。名簿自体はこっちで管理してるし憶測の域はでない。でも逃げてるのを見た、とか言動が怪しかった──とかからもしかしてと推測するのはそんな難しいことじゃないからね。
メンバーの中で唯一のスリザリン生、しかも首席の彼女。寮で大丈夫かと聞いても「別に」と某女優様みたいなことしか言わないから心配していたんだけど……やっぱりなあ。
私は眉をひそめながら杖を取り出した。レベッカは気付いてないみたいだし、ささっと──
「(……あれ?)」
今にも飛びかかりそうだった男たちが突然ムーンウォークし始めた。顔は驚愕しているし、声も出せないといった様子で、彼らの意思じゃないというのは明らかだ。ぐんぐん後退していった先、奥の曲がり角から不意に手が伸び、ワタワタとしている男たちを引きずり込んでいく。
うわ、え、どうしよ。関わりたくないな……。異様な光景を目にしてしまい、さっきとは違う意味で眉根が寄る。でも気になる、あの腕の主と男子生徒たちの末路が……。
私はしばしの葛藤の末、とうとう好奇心に負け、大きく迂回してレベッカの背後の廊下の曲がり角へと向かった。
「よ、エレナ」
「はぁいジョージィ」
腕の主は昨日の英雄、ジョージ・ウィーズリーだった。彼の足元にはスライム状のべっとりしたなにかが零れている。毒々しいピンク色の水たまりが二つできていた。その他にはなにもない。それこそ男子生徒の姿なんて一つも。
「ああ、試作品を試させてもらったんだ」
私の視線に気付き、ジョージはなんでもないことのようにさらりと告げた。試す……試す?
「え、えっ? この、これってまさかさっきの……」
「んー、まあちょっとばかし外れたな、この商品は」
「外れたってなにが? 人の道を?」
「売り上げ路線をさ」
元に戻るまで時間がかかりそうだし、とジョージは靴底でぐちゃりと踏み付けた。それに反応して呻き声、のようなおぞましい音が地面を這うように聞こえてくる。ジョージはそれを愉快そうに笑い飛ばしたが、目が全く笑ってない。こ、怖い。今なに踏んだの? 人体でいうどこ踏んだの? いややっぱり聞きたくない、こわいこわいこわい。なにこの空間。もう完全にヤのクのザじゃん、来なきゃ良かった。
「……あの、それ、売るのはあまり良くないんじゃないかな……と思うんですけど……」
「ウン、俺もそう思う」
慎重に、失礼のないよう心掛けて進言させていただくと、鷹揚に頷かれた。そこらへんの感覚はちゃんとしてるらしい。よかった。
「それでなんでこの、人……? たちはこんなふうにされてしまったんでしょうか」
ジョージは途端にむっつりと黙ってしまった。あ、気に障った? 土下座? 靴脱ぐか、と踵を抑ようとしていれば、「あいつに」と小さな声が聞こえた。
「手を出すとかなんとか、言ってたから」
「あー……そっか、それは……」
何も言えなくなってしまった。それならこの惨状も仕方ないかもしれない。スライムになるだけのことはしてる。だって男二人に女一人。そんな状況で手を出すとか、なんかいやな想像しかできないもの。もちろん正面切ってならレベッカがあんなやつらに負けるとは思わないけど。
「……だいたい、あいつも自分の立場分かってんのか? あんな呑気に本読んでる場合じゃないだろ」
彼はそう言って口を突き出し、角からちょっと顔だす。真似してレベッカのほうを見ると、彼女はまだそこで大人しく座っているようだった。
「全然動かないね……寝てる?」
「はあ? 正気か?」
もしかして、と呟くと、ジョージが苛立ったように頭をガリガリかいた。
「エレナちょっと見てきてくれよ」
「え、自分で行きなよ」
いやでもまた要らんこといいそうだなジョージ……。そう思ったのが伝わったのか、彼も苦い顔になった。
二人はDAで組む──組まされる?──うちにほんっっっの少しだがまともに喋れるようにはなってきていた。まあ同時進行でレベッカのスルースキルも磨かれてるから本当にジョージが進歩してるのかは微妙なところだ。見ててフレッドのほうがまともに話してる気すらする。
「そういえば俺、今日誕生日なんだよな」
「うん、もう今日だけで五回聞いたし五回言ったよ」
思い出したように、なにを今更。六回目のおめでとうを言えば、ジョージはにっこりした。そしてポケットをゴソゴソしはじめる。なに探して……え、スライム? スライムなのか? 待ってうそ、生意気な態度とりすぎた?
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいおめでとうございますいやほんとこのくらい何万回でも言いますだからスライムだけはご勘弁を──!」
「何言ってるんだ?」
「だから、その……」
不思議そうな声に、頭を庇うようにクロスしていた腕をおそるおそる下ろす。ジョージは私の手にもすっぽり収まりそうなくらい小さな瓶を差し出していた。中にはエメラルドグリーンの飴が一粒だけ入っている。これが、まさか……。
「これ、あいつに渡してきてほしいんだ」
「え……おまっだめだよ人型だとポンコツになるからっていくらなんでもレベッカをスライムにしちゃうのはどうかと思うし、あっだったらいっそジョージがスライムになりなよ!」
「何言ってるんだ?」
そうっと歩いてレベッカの真後ろまで近付く。膝の上の本によほど集中しているのか、彼女はこちらに気付いた様子は微塵もなかった。そんな姿を見て、なんだか急に悪戯心が沸き起こる。彼女の目に手を回そうと両手を上げた。ほら、いつも背後とられてるから。たまには私からやってみても──
「触るな」
彼女の頭の両側に手をセットした状態で硬直する。レベッカの首横からは杖が突き出されていた。一ミリもこちらを見ていないはずなのに、その先端はしっかり私の眉間を狙っている。簡素ないつでもぶっ飛ばせますよアピールに、身の危険をひしひしと感じてごくりと唾を飲み込んだ。
「す、すみませ……」
「……エレナ?」
蚊の鳴くような声がでた。もうなに、さっきから怖い思いしてばっかだ。好奇心も悪戯心も二度とださない。これは猫も死ぬし私も死ぬ。
レベッカは一拍遅れて気付いたのか、振り向いて私の顔を見ると少し慌てたように杖をしまった。
「さっきから変なのがいたから、ちょっと気を張ってたの」
「そうですか……」
やっぱり気付いてたのか。さすが……え、でも気付くかな普通。気配に聡すぎる、さすがおそロシアの人だ。
「なんの用?」
「あ、そう。ピンポーン、ワイアット急便です!」
「変なことするのはいいけど巻き込まないでくれない?」
「えーレベッカ・スミルノフさま、ご本人様ですか? はいじゃあここにサインか印鑑をお願いします」
「ここってどこよ」
めげないしょげないドラげない。これ我が家の家訓だから。うそだけど。ペラペラ話しながら先程の瓶を手渡す。ていうかするのはいいんだ。ふところ、ふか。
レベッカは怪訝そうに目を眇め、瓶を光に透かした。緑色の影がレベッカの白い頬に降ってくる。
「なに、これ」
「お届け物」
「誰から」
「匿名希望」
レベッカが胡散臭いという眼差しをして突き返そうとしてくる。「うちそういうのやってないんで」と生真面目に言うと彼女は「なら捨てようかしら」なんて手を振りかぶった。振り下ろされる寸前に、自分の手を彼女の手に合わせ、瓶を受け止める。パシンと音が鳴った。
「いえーい、ハイタッチ。じゃなくて。ほんとに投げる気だったじゃん」
「不審物だから」
「ぐう正。とりあえず商品説明に入りますね」
いや不審物そこらに投げ捨てるのもどうなの? まあいっか、ホグワーツだし。……私もだいぶ魔法界に毒されてきてる気がする。そんなことを考えながら、誕生日にかこつけてフクロウを頼んできたヘタレポンコツ贈り主──通称ジョージに伝えられた説明を思い出す。
『この瓶には一日一つ、新しい飴が補充される魔法をかけてあるんだ』
毎日違う色で違う柄、それに違う味なんだぜ。同じものは一つたりともないんだ。
ジョージは自慢げにそう言った。
もちろん毎日といっても永遠ではない。かけた魔法の効力は、来年の今日までだ。
「『──だからそれまで待っていてほしい』」
「……待つって?」
「『きっと素直になるから』」
「何言ってるの、ちょっと」
「あ、ごめん最後のは言っちゃいけないんだった」
聞かなかったことにして、と笑うとレベッカは呆れたようにため息を吐く。彼女が瓶を持って軽く振れば、カラコロと飴が回る音がした。彼女はコルクを引き抜いて手で瓶口を煽って匂いを嗅ぐ。
「いやそんな、危険物じゃないってば……」
「まだ怪しいわよ。これ、飴を取り出すの忘れたらどうなるの?」
「消えて新しいやつが補充されるって」
でも食べないともったいないよ! 同じものは一つもないんだから。
私が意気込んで言うと、レベッカは「私、そんなに食い意地張ってないわ」と、顰め面のようなくしゃっとした笑顔を作った。うわこの顔、ジョージに見せてあげたかった。
「来年の今日もその顔してあげてね」
「は?」
一瞬でいつもの澄まし顔に戻ると、レベッカは瓶をひっくり返し、掌の上に緑の飴をそっと転がした。暫く眺めたあと、手をそっと顔に近づけ、ぱくっと飴を口に含む。
「どう、何味?」
「……マスカット、タルト?」
タルトシリーズだけで数十種類くらいいけそう。考えたな。……もしかしてピンクはスライム味だったりするのかな。スライム味ってなんだ。
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