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 意志は引き継がれるものだと、誰かが言っていた気がする。

 その格言が正しいというのは、双子が旅立ってから数日が経とうとも、ホグワーツに──もといアンブリッジの校長生活に──平穏がとんと訪れないことが裏付けしていた。

 大勢の生徒がこぞって空っぽになった悪ガキ大将の座を目指しているのがホグワーツの現状だ。どうも、『生半可なことではその座は手に入らない』というのはチャレンジャーたちの共通認識らしく、私たちは校内を歩くのに「泡頭呪文」がかかせなくなっていた。フレッドたちでさえクソ爆弾とか臭い玉をこんなに飛び交わせてなかったはずなんですけどね。まさか無法地帯がこんなに加速するとは思ってなかった。


 もちろんフレジョが残していったのは意志や悪戯心、それから悪ガキ大将の座だとか、そんな抽象的なものだけではない。

 東塔六階廊下の沼地やアンブリッジの部屋のドアに開いた二つの大きな箒型。そして最たるものが『ずる休みスナックボックス』だ。彼らが出立前にこれを相当売り捌いていたのは知っていた。しかしグリフィンドール生が認知していた以上に、ずる休みスナックは他寮生にまで流通させていたらしい。


 校長室の番をするガーゴイルは未だにビクともせず。フレッド直々に後任を託されたポルターガイストには一日中付き纏われ。自分の顔を見るなり生徒たちが鼻血を吹き出し、昼食を吐き戻し、卒倒して。果てには協力的な教職員はフィルチしかいなかったり。

 アンブリッジとて、まさか校長になってからのほうが大変だなんて思わなかっただろうね。

 城をあげての全力の抵抗に、アンブリッジは日に日にやつれていくようだった。それに同情する人は、可哀想なことに誰もいない。ああ、フィルチだけは心を痛めてるかもね。ミセス・ノリスにすらあまり好かれてなさそうだけど。あの人、香水キツイし。


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 五月最後の週末、今日は今年最後のクィディッチの試合が行われる日だった。戦うのはうちとレイブンクロー。前の出来たてホヤホヤのときに比べれば、グリフィンドールチームは随分成長していた。歯車が噛み合みはじめた、といったところだろうか。

「でも堅実なレイブンクローチームに比べちゃ、まだ磐石とはとても言えないな」
「ディーン、解説役になったら?」
「いやだよ、僕、来年は選手としてプレーしたいんだ」

 前から思ってたんだけど、と鋭く分析するディーンに勧めてみたがきっぱり断られた。野望を燃やした目をしている。シェーマスも彼に対抗するようにむっと口を尖らせた。来年はうちの学年が多くなりそう。

「(そっか、来年からはチェイサーが二人も抜けちゃうんだ)」

 アンジェリーナもアリシアも今年で卒業だし。しかしそれで言ったら……。ちょうどネビルも実況席のほうを眩しそうに見た。

「リーの実況もこれで最後だね」
「ね。リーの後継は大変そう……」

 あと二ヶ月もすれば熟練したチェイサーたちも、最高の盛り上げ役も、爽やか鬼コーチもツンデレ首席も。みんな一気にいなくなってしまう。悪ガキ大将たちに至ってはもうとっくにいない。

「……なんか寂しくなってきたな」
「今から?」

 気が早いなぁと困ったように笑うネビルだって、十分寂しそうな顔をしている。ディーンとシェーマスも似たり寄ったりだ。澄み切った晴天の下、不似合いなほどの物憂げな空気が観客席に漂った。
 唐突に後方から叱咤するような調子の「ちょっと!」という声が響き、飛び跳ねて後ろを振り向く。頭のてっぺんにスパンコールたっぷりのギラついた大きなリボンを飾ったラベンダーが、腰に手を当てて眉を吊り上げていた。

「なんて暗いのかしら! それでもグリフィンドールなの?」
「グリフィンドール関係ないだろ」
「ていうかなんだよその頭」
「後ろの人の邪魔になるんじゃないかな……」

 ディーンやシェーマス冷たく突っ込まれ、ネビルに控えめに注意されたラベンダーはキィー! と甲高く喚く。パーバティが菩薩顔でそっとラベンダーの頭に飾られたリボンを解いた。

「でもラベンダーのいうとおり、応援席の私たちがこんな暗くちゃだめよ」

 リボンをなんとか取り戻そうとしているラベンダーの顔を手でぐいぐい押し退けながら、パーバティは元気づけるように言った。「そうだよな」シェーマスがキリッとした顔を作る。

「なんたって、今日の相手はレイブンクローなんだし」
「ああ、チョウがいるもんな」
「チョウ……」
「そう、あの裏切り者のマリエッタ・エッジコムとお友達の──まあそれは置いといて。あいつはもう長いことシーカーとして活躍してきてるし」
「今年からやり始めたジニーに勝てるかねぇ」

 むむ、とリボンを諦めたラベンダーの目が鋭く光る。「暗いの禁止!」と言う声のあとに、重たい打撃音、それからイッテェ! というディーンのうめき声が続いた。

 なにやら言い争っている声を聞き流しながら、私はピッチを見下ろした。みんなもう試合の準備に入っている。
 ジニーは、たった今飛び上がったチョウを地面から見上げていた。一本に纏められた長い赤毛を強い風が巻き上げる。彼女の瞳がゴオッと燃えたのが、ここからでも見えたような気がした。
 



 ジニーとチョウがぴったりくっつきながら地面すれすれを飛んでいる。その先では二人を先導するように小さなスニッチが、太陽を反射させてひらひら遊んでいた。鮮やかな赤としっとりした黒が並んで激しい風にうねる。二人とも手を目一杯伸ばしているが、チョウの方が僅かにリーチが長い。ジニーが両手を箒から放し、思いっきり身を乗り出した。チョウの手を払い退ける──

 次の瞬間、ジニーが箒からぐるりと地面へ転がるようにして落ちる。彼女は芝生で一回転したのち、素早く身を起こして握った拳を天へ突き上げた。

「ジニーがクィディッチをとった! グリフィンドールの勝利!」

 リーの声、それから試合終了のホイッスル。割れんばかりの歓声が空気を揺らした。周りからは「まじかよ!」だとか「すげえ!」だとか、驚愕しながらも新米シーカーを讃える声が聞こえてくる。ジニーが仲間たちに抱き締められている後ろで、チョウは癇癪を起こしたように髪を振り乱して箒をピッチに叩きつけていた。

 ジニー・ウィーズリーが、レイブンクローのエースで──そしてハリーの初恋の人であるチョウ・チャンに勝った。
 その事実に、私は感極まって後ろを振り返る。ジニーのいじらしさを見守ってきたのは私だけじゃない。きっとハーマイオニーだって泣きそうになってるに──……

「……ハーマイオニー?」

 試合が始まる前は真後ろに座ってたはずなのに。『ウィーズリーこそ我が王者』を合唱し始めたグリフィンドール生を見回しても、彼女の姿は見つからなかった。そういえばハリーもいない。
 どこに行ったのかな。まさかジニーの勇姿はおろか、ロンの連発したスーパーキープを一つも見てない、なんてこと……いやいやさすがに、ねえ? だってもしそうだとしたら一波乱起きるんじゃ……。

 余計な心配とともに天気が気になったので空を見上げる。依然気持ちのいい青空だったが、奥の方はどことなく怪しい雲行きだ。

 禁じられた森の方角から飛んできた鳥たちが明るい芝生にいくつもの影を落としていた。


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 イギリスの六月は日本とは違い、そうじめじめしたものではない。湿気は少なく、過ごしやすい晴れの日のほうが多いくらいだ。木の芽が顔を覗かせ、青い葉が茂り、茅花流しが吹く。うっかり昼寝でもすればそのまま朝まで眠っていられそうなほど、穏やかな初夏が始まった。


 しかし私たち五年生の日常は、日を追う事にそんな穏やかさとはかけ離れていっていた。

 先生たちは宿題をださなくなった。生徒たちは怪文書のようなレポートを量産するより、O・W・L試験に出そうな問題の練習に時間を費やす必要があったからだ。


 試験を前にピリピリしている五年生は、悠々自適に過ごしている六年生からすると格好のカモだった。バカバカしい柄のスカーフを首に巻く生徒や、どう見ても『臭液』のジェルをこめかみに塗りたくる生徒。頭を冴えさせるどころかトイレにこもりっきりになる生徒……もう挙げればキリがない。いつだかにもありましたね、こんな光景。藁にも縋る思いなのは分かるけど藁のがまだマシって。

 学力向上を謳うくだらないアイテムが学年で大量に横行したせいで、私はネビルが財布を取り出す度に『もし買ったらお祖母様に手紙を書く』と繰り返し脅しをかけなければならなくなった。二の舞ダメ絶対。させない。



 O・W・L試験の結果によって将来が決まる。

 この一年、口を酸っぱくして言われ続けてきた。だからみんながこうも必死になるのは当然だ。多分、こんなに呑気に構えてる私がおかしいんだろうという自覚はある。
 でも一応目指してるのはマグル関連の職業だし。予備試験は年に二回実施されるから焦る必要もないんだもん。だから少なくとも二年の余裕は──いや一年? 再来年なんてマグル学試験開催できる状況にないよね。そう考えると木魚への憎しみが増した気がする。私の目指す職業的には、すごい邪魔になるんだなあいつ……。
 

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