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 翌日、朝食の席につく生徒の大多数の顔は寝不足で青白い顔をしていた。私も結局寝付けなかったから頭が重くてしかたない。でも最後の試験は魔法史だからよかった。魔法史は実技がないから午後に筆記試験があるだけだ。私は絶対に少しだけ仮眠をとろうと考えながら、オートミールをもそもそ食べ進めた。三十分、三十分だけね。


 三時間寝た。十一時? うそじゃん。キング・クリムゾン? 絶望しながら時計を握り締める。……ま、まあまあまあまあ。大丈夫、テストは二時からだから。ベッドの上で魔法史のノートを開く。えー、一七四九年の秘密保護法の違反は──……。


「エレナ、昼食にもこなかったよね? ずっと勉強してたの?」
「そう」

 二時ギリギリになって大広間へ向かえば、ネビルが驚いた声をあげた。私はノートに素早く目を走らせながら簡潔に答える。ちゃんと顔を見て話をする余裕なんてないほど今は時間が惜しかった。不思議なことに魔法史の復習はまったく進んでない。仮眠のつもりが六時間弱寝たという結果だけが残っていた。おのれディアボロ、吐き気を催す邪悪め。

「それなのにどうしてまだそんな必死になってるんだい?」

 私が一番聞きたい。ものすごい勢いでノートを捲る私に、ネビルは不思議そうだった。ああもう、逆転時計で二度寝しくさった自分をぼこぼこにしてやりたい。



 まあ、そこまで悪い出来じゃないのでは、と思う。粗方埋まった答案用紙をしげしげと見下ろす。少なくとも『T・トロール並』とまではいかないはずだ。それにたっぷり寝すぎたおかげで頭も冴えていた。

「(秘密保護法の違反ってなんだっけ……)」

 試験終了時間が迫る中、空白の問五を睨みつける。いやもうここまででてる、眉間の裏まできてるんだけど。えー、たしかに見たはず。考えながら余白にぐるぐるを書く。あ、破けた。机にインクうつってないかな……。

「あああぁぁぁっ!」

 誰かが突然大声を上げた。椅子から転げ落ちたその生徒は、苦痛に悶えながら床をのたうち回っている。トフティ教授が慌てて駆け寄った。助け起こされた生徒がか弱い声で「大丈夫です」と言っている。ハリーの声だ。倒れた生徒はハリーだったらしい。

「行きません……僕、医務室に行く必要は……行きたくない……」
「大丈夫、こうなる生徒はよくいる……」

 ハリーは結構明確な拒絶をみせたが、トフティ教授は聞く耳を持たなかった。ハリーの肩を支え、彼を大広間から連れ出していく。

「(ハリー、なにがあったんだろ……)」
「──さ、残り十五分!」

 ハリーの──この世界の主人公の言動には全て意味がある。小骨が喉に引っかかったような違和感に一瞬試験が頭から飛んだ。しかしマーチバンクス先生の厳格な声掛けに、私は再び眉間裏の秘密保護法違反を吐き出すことに専念する。とりあえずここを埋めることができなければ、魔法史の正答率六割も危うい予感がしてきたからだ。ハリーのことは答えが思い出せたらまた考えればいい。大丈夫、ほんともうすぐそこまできてるんだから……考える時間なんてきっと充分に……──




「終わっっったぁ!」

 問五の答えは結局思い出せなかった。でももういいんだ、終わった試験の記憶は消すって決めてるから。ウィーアーフリー! 私は浮かれてネビルとハイタッチをした。ネビルが大きな欠伸をする。

「厨房行って食べ物取りに行こ。きっと打ち上げするでしょ」
「そういえばハロルド・ディングルがファイア・ウィスキーを少し売ってくれるって言ってたらしいよ」 
「わあ。ハーマイオニー許してくれるかな」
「分からない……怒るかも?」

 どうハーマイオニーを言いくるめるか議論しながら歩いていると、曲がり角の両脇でジニーとルーナが仁王立ちしていた。私たちに気付くと、わざとらしいイライラ顔で構えていたジニーが『あっ』と急に戸惑いの表情をみせる。

「どうかしたの?」
「エレナ、あの、えっと──……ううん、なんでもないわ、ただの『首絞めガス』なの。誰かがばらまいちゃったらしくて」
「ただの」

 あの双子、まだこんな物騒なものを残していたらしい。「無色だから見えないんだよ」ルーナが朗らかに教えてくれる。なるほどね、だから二人がここで番をしてるのか。えらい。飴をあげようとしたが手持ちにはなかった。

 頑張ってねと声をかけて彼女たちに背を向ける。……ガスが霧散してるのに二人ともマスクとかしてなかったな。ちょうどネビルも同じところに気付き、ローブをまさぐった。少しよれた赤チェックのハンカチを取り出すと、「今日は一度も使ってないから」と宣言する。まだなにも言ってないのに。

「ほんとだよ、ほんとだからね」
「別に疑ってないよ」

 なんでそんなに必死なの? 逆に怪しく聞こえちゃうよそれ。
 ちょっと呆れながら来た道を戻ろうと体を反転させ、彼女たちを再び視界に戻す。堂々と門番をしていた二人は、ほんの少し目を離した隙に大柄なスリザリン生たちに拘束されていた。


 その光景を見て、私が地面を蹴ったのとネビルが駆けだしたのは同時だった。
 走りながら、私はルーナを捕まえている男子生徒に杖を向ける。彼らも私に気付いたが、これなら私が呪文を唱えるほうが早い。

「ステューピ、えっロン?」
「んー、んーっ!」

 ルーナを捕まえていた生徒が身動ぎしたことで、その背後で捕えられていたロンの姿が露わになった。思わぬ登場人物に呪文が途切れる。猿轡を噛まされたロンは、目を大きく見開いてなにかを訴えかけるように唸った。彼が見てるのは、私の後ろ側──

「こいつ!」
「う、っ……!」

 突然、衝撃とともに脳みそが激しく揺れた。一瞬体から力が抜け、冷たい床に手をつく。グラつく視界の中で、頭を殴られたんだと遅れて理解した。

「(つまり、仲間がまだ……) っいったぁ?!」
「大人しくしろよ!」

 思考が追いついたところで髪の毛を掴まれて無理やり立ち上がらされた。殴られたときより大きな声をあげる私に背後の生徒が引き気味な声をだしている。なに引いてんの、ねえ。誰のせいだと思ってんの、ねえ! だって今絶対十本分はブチッていったじゃん! はいまた一歩ハゲに近付いた〜お前のせいですあーあ。
 ロンと同様に猿轡を噛まされながら、せめて結んでるところ掴んでよと内心で不満を垂れる。まあこれはいつもの現実逃避です。だって今は明らかにそれどころじゃない。

「おら、さっさと歩けよ!」
「(どうしてこうなった?)」

 ネビルにもお揃いの猿轡をつけられたのを見ながら眉をひそめた。ていうかスリザリン生って猿轡常備してるの? こわ。どんな性癖?

 ジニーが拘束からなんとか抜け出そうと奮闘するのを横目に考える。『首絞めガス』が充満しているはずの廊下を歩いているが、誰も自分の首を絞めたい気持ちにはなっていないらしい。つまりジニーたちの嘘。なんのために?


 その理由を察せたのは、廊下の先にある部屋の前まで連れてこられたときだった。開け放たれた扉と、ピンク塗れな部屋の中にいる人達を見てやっと気付く。
 完璧失念していたが、ガスがばら撒かれた廊下の先にある部屋は、この一年で行き慣れてしまった拷問部屋だった。あー、しまった。

「(ハリーの叫びってこれか……)」

 ごめん叔父さん、透明マント作戦は無理かもしれない。
 このあと巻き起こる怒涛の展開を思い出しながら、遠い地にいる叔父さんへ念を飛ばした。六月くらいかなとは思ってたよ。でも試験最終日とまでは……いやほんとごめん、せっかく作ってくれたのに。なるべく無茶はしないようにするから許してほしい。今度こそ届くといいな。

 
「全部捕えました」
「けっこう、ワリントン!」

 失礼な言い方をしながらロンを突き出すスリザリン生に、アンブリッジは悪魔のような笑みを浮かべた。彼女は片手でハリーの頭を鷲掴んでいる。その後ろでは、ミリセント・ブルストロードに首をホールドされたハーマイオニー。それから、壁に寄りかかってニヤニヤとハリーを見ているドラコ・マルフォイが立っていた。彼は列の最後尾にいた私を見つけて、動揺したように体を壁から離す。

 みんなアンブリッジとハリーに夢中で、すうっと青ざめるドラコには気付いてはいない。彼は『どうして』とでも言いたげに、絶望の色をのせてその白い顔を僅かに歪めさせていた。
 

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