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廊下を駆けて、階段を数段飛ばしでおりていく。大広間前を通り過ぎるとき、何も知らない生徒たちが楽しそうに食事をする音が聞こえてきた。
私とレベッカは校庭を突っ切り、みんなが禁じられた森に入る直前で合流した。
「ハリーがシリウスが『例のあの人』に拷問されてる夢を見たんだ──父さんやエドガーのときと同じように」
森に一歩踏み入れただけで、夕暮れを仕舞いかけていた辺りはまた一段と暗くなり冷え込んだ。先頭を歩くロンが、慎重に黒い木々を見回しながら声を潜めて話す。地面を伝って、遠くのほうから動物の群れが移動しているときの地鳴りみたいな振動を感じた。
「だから僕たち、アンブリッジの暖炉を使ってそれが本当か確認しようと──いた!」
森の真ん中くらいまで歩いたところでロンがハッと声を上げ、みんなを止めた。木立の間からハリーとハーマイオニーが見える。二人とも服が泥だらけのボロボロでかなり草臥れているようだったが、近くにアンブリッジの姿はない。
「ハリーのやつかなりイラついてるな……おーい!」
そう呟きながらロンが木立から飛び出した。二人が驚きながら私たちを見る。
「どうやって逃げたんだ?」
「レベッカとセドリックが助けに来てくれたんだ。そっちこそアンブリッジはどうしちゃったんだ?」
ハーマイオニーの狙いはケンタウルスにアンブリッジを追い払ってもらうことだった。結果は見ての通り、一応成功はしている。しかしあのババアを生贄にしたはいいものの、その後『人間ごときに利用された』とかなんとかでちょっと揉めたらしい。しかしそこはハグリッドの“小さな弟”のグロウプが運良く助けてくれて事なきを得た──ハリーは早口で成り行きを教えてくれた。
「ハリー、暖炉でなにか分かったかい? 『例のあの人』はシリウスを捕まえたのか? それとも──」
「シリウスはまだ生きてる。……ただ、助けにいこうにも、どうやってあそこに行けるか分からないんだ」
「まあ、全員飛んでいくほかないでしょう?」
傷が痛いのか顔を顰めているハリーに、ルーナが落ち着いてさらりと言った。「オーケー、まず言っておくけど」そんな彼女にハリーはイラつきを隠さず食ってかかる。
「自分のことも含めて言ってるつもりなら、全員が何かするわけじゃないんだ。第二に、トロールの警備がついていない箒はロンのだけだ。だから──」
「私も箒を持ってるわ!」
「ああ、でもお前は来ないんだ」
ロンはちょっと怒って言ったが、ジニーはそれ以上に憤慨して兄を睨んだ。
「お言葉ですけど、シリウスのことは私もあなたたちと同じくらい心配してるのよ!」
「君はまだ──」
「『子どもだ』とか言うつもりならね、ポッター。それは自分にも返ってくるわよ」
「ああ、なにせ僕ら以外みんな未成年だ」
レベッカはつまらなそうに、セドリックは厳しく告げる。鋭い視線にぎくりとして勢いを失ったハリーに、ネビルが「僕たちDAはみんな一緒だったよ」と静かに口を開いた。
「それに、戦うためのダンブルドア軍団だろ? 口先だけだったの?」
「違うよ──もちろん違うさ──」
「うん。それなら僕たちも行かなきゃ。僕たちも手伝いたい」
「そうよ」
当然のように言うネビルに続けてルーナも微笑んだ。ハリーがどうにかしてよという眼差しで私を見る。『エレナは分かってくれるよね?』と頼みにして、期待している目だ。え、いや、全然ハリーの味方をする気はないけど……?
ずっと黙ってたせいで勘違いさせてしまったようだ。私はハリーに向かってにっこりと笑顔を作る。いち早くロンがなにかいやそうに呻いた。
「私たちを連れて行かなくてもいいよ」
「エレナ、あなたなにを──」
「そうしたら私たち、勝手について行くから。ね」
声を荒らげかけたジニーだったが、最後まで聞くとたちまち顔を輝かせた。反対にハリーとロンは『裏切るなんて!』とショックを受けた顔をしている。
「勝手について行くんだから、現地ではハリーの言うことなんて聞かないよ。各々でシリウスを助けるために好き勝手して動く」
「そんな──ねえ頼むよ、いい加減に──」
「でも“もし”、今一緒に来てって、一緒にシリウスを助けようって言ってくれるなら──ちゃんとハリーのだす指示に従うんだけどなぁ」
いかにも『悩ましいなぁ』という調子を装ってため息を吐く。ハリーは血が滲むほど唇を噛み締めた。うわ調子乗ったかな。今にも殴られそう。怖くなってきたけれど、私は意識して飄々とした余裕な態度を崩さないようにした。
少し葛藤して、ハリーはぎょろりと私を睨みながら低い声で「分かった」と不本意そうに呟く。
「でもそもそも、ロンドンへ行く方法がない。ここにいる九人全員がロンドンへ行く方法が──」
「あら、それは解決済みだと思ったけど?」
「あのさぁ、きみは箒なしでも飛べるかもしれないけど──」
「箒のほかにも飛ぶ方法はあるわ」
注意深く抑えた口調のハリーに、ルーナは冷静さをもって答えた。滑らかな動作ですっと手を上げて指を差す。その先のイチイの木の間では、白い目がぬらりと光っていた。
けれどハリーはルーナの指先を見て、いらいらしながら「なに?」とぶっきらぼうに聞く。
「あそこになにがあるっていうんだ──?」
「ハリー、セストラルよ! ハグリッドが言ってたわ、『絶対道に迷わない、どこへ行きたいか言うだけでいい』って」
「アー……それって、へんてこりんな馬のこと?」
ハーマイオニーの説明にロンは不安そうに目をキョロキョロさせた。的外れな場所を見つめている。
「誰かが死んだのを見たことがないと見えないってやつ?」
「ええ。でも見えてるのは──ルーナとネビルとエレナよね」
セドリックとレベッカも見えないらしく、あらぬ方向に目を凝らしていた。ハリーが「何頭いるの?」と私たちを見る。
「今は二頭だけ。でもセストラルは血に集まるらしいし──」
「じゃあ、ロンと僕がその二頭に乗って先に行く。ハーマイオニーは残って他のセストラルを──」
「私、残らないわよ!」
ハリーがピンときたというように提案した。もうこの際誰でもいいから、とにかく少しでも巻き込む人を減らせればと思っているようだ。突然裏切られたハーマイオニーは憤然としている。
ルーナが「そんな必要ないもン」と楽しそうにイチイの木々に向かって歩いていく。木陰を覗き込んで、にこりと振り返った。
「ほら、もっと来たよ。あんたたち二人、きっとものすごく臭いんだ……」
「三、四……うん、九頭は絶対いるね」
ネビルが指差し数える。ぞろぞろと現れたセストラルたちは、爬虫類のような頭を振り、煤けた茶釜のような色合いのたてがみを後ろに揺すり上げた。
セストラルはヒッポグリフより外見の個体差がない。うーん、どれがテネブルスちゃんかな。私はハグリッドの秘蔵っ子を探して首を回す。と、セストラルたちが出てきたイチイの木のさらに奥で、固まっているセストラルが三頭いることに気付いた。
寄ってこないセストラルたちは、くんくんと鼻を動かしながら頭を垂らし、みえないなにかを懸命に舐めようとしている。なんだかまるで、ハリーやハーマイオニーとはまた別の血塗れたなにかがそこにいるような──
「──分かった、じゃあ、乗るのを手伝ってくれない?」
怒り気味なハリーの声がしたので、視線を木立から外す。「僕らは見えないんだ。……いるのは分かるんだけど」居心地悪げにそう言うハリーのローブを、数頭のセストラルが夢中で舐めていた。
「あら、簡単だよ。まずはね──」
ルーナはスタスタとハリーに近付いて、手際よく彼がセストラルに乗る手伝いをする。普段からやっているのか指示も的確で手馴れていた。
「ここ、たてがみだからしっかり持ってね。でないと飛んでる途中で振り落とされちゃうから」
「……速いの?」
「うん。だから落ちるとすんごい痛いよ」
実感を込めて、しかもなんでもないことのように言ってのけるルーナに、暗い中でもハリーの顔色が悪くなるのが分かった。他の人たちも同じようなものだ。見えてない彼らにはその脅しは充分に効くだろう。ていうか私とネビルにもしっかり効いた。落ちると痛いっていやそりゃあそうよ……痛いで済むレベルじゃないと思う。
彼女の教えに従って、私たちはなんとか全員セストラルの背中に跨る。大きいから乗ることだけでもひと苦労だったのに、ルーナだけは横座りに乗っていて、ローブを整える余裕さえ見せていた。そんな乗り方してるから落ちたんじゃ……?
骨ばった背中の上から、再び先程の木陰を見据える。三頭いたはずのセストラルはもうどこかへ消えていた。
「みんな、準備はいいね?」
ハリーの声に頷く。多分他の動物の死骸を見つけたとかそんなとこだろう。そこまで気にかける必要もない。それより今はシリウスだ。たてがみを握る手にグッと力を込めた。
「オーケー。それじゃ、ロンドン魔法省、来訪者入口──あの……どこに行くか……分かったら──」
自身を乗せるセストラルに、ハリーは真剣に告げた。心配そうに付け加えられた声の途中で、ハリーのセストラルが素早く翼を広げる。ゆっくりかがみ込んだかと思えば、セストラルは垂直に飛んだ。瞬きの合間に、彼らは森の木よりも高く舞い上がり、赤い空の中で黒い点になる。
えっ……たった二ステップであんなに高く飛び上がれるの? 羽ばたきなんて一度くらいしかしてなかったように見えたけど、脚力のみであんなに? 多分全員思ってるだろう。だってみんな絶句して空を見上げていた。
さっきとは違う感情で手に力が篭った瞬間、私のセストラルがなめし革のような両翼を素早く伸ばす。足を折り曲げかがむ動作が、やけにスローに見えた。あ、タキサイキア現象? わあ、脳が自我より先に諦めかけてるじゃん。
頬を引き攣らせるひまもなく、私は空に吸い込まれていった。
打ち壊された電話ボックスやごみの溢れたごみ運搬容器。私たちはそんな汚い、しかしありふれた歩道に降ろされた。全員髪の毛はボサボサで、久しぶりの地上に少しふらついている。その中でも、ハーマイオニーやネビル、それからレベッカに至っては吐きそうだった。ね、うちらクィディッチやってないから空の移動なんて慣れてないよね、分かる。私は私で口元を抑えながらゆっくりと慎重に体を落ち着かせる。
「野生の『夜の騎士バス』」
絶叫系って嫌いじゃないよ。でも命綱の有る無しってとっても大事なことだと思うの。私の疲れきったガラガラ声に、『夜の騎士バス』の超速スピードを知っている人たちは、一様に黙って頷いた。
着地だけは羽衣が落ちるみたいにふんわりしてたけどね。振り幅がえぐいよセストラル特急。空での衝突事故とか実は結構な頻度であったりするんじゃない? こういった面を評価するなら、たしかにちょっと危険な動物なのかもしれない。
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