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その後開かずの間をスルーしたあとで(ハリーの特別ナイフすら歯が立たず、ナイフは溶けて前衛アートになってしまった)、私たちはやっと、美しいダイヤのきらめきのような照明が踊る部屋を見つけた。
完全余談だけど、さっきのハリーのナイフが溶けた部屋、折れるでなく溶けたということは中の温度は相当高いのかもしれない。人体錬成でもしてるんじゃないの? 死の間とか脳の間とか、あと時とか宇宙の間もあるんだっけ。なんか見てる限り世界の神秘を研究してる機関っぽいよね、ここ。全体的に世界への反抗心を感じる。
「こっちだ!」
ハリーは何千人もの小さな足音のような時計のチクタク音に負けないよう、声を張って早足で狭い通路を歩いていく。背丈ほどあるクリスタルの釣り鐘を通り過ぎ、その裏を覗いた。
「これだ──ここを通るんだ──」
興奮で上がった呼吸の合間にそう囁き、ハリーは一度振り向いた。全員が真剣で不安そうな顔をしていた。みんなと目配せを交わし、彼は扉へ向き直る。
暗くて寒い部屋の中では、待機部屋と同じ青い炎が等間隔で取り付けられた燭台の上で燃えていた。ぎっしりそびえ立つ棚には、小さな埃っぽいガラスの球がびっしりと置かれている。
「ルーモス」
杖先にぼうっと光が灯る。九人分の青白い光がそれぞれガラス球に反射して眩しかった。
ハリーはさっきとは違いゆっくり、一歩一歩踏みしめるように歩いた。全員四方へ杖を構えたまま、静かな部屋、息を殺してじりじり進む。
「九十七よ!」
いくつか角を曲がり、しばらくしてハーマイオニーが囁いた。棚の端、青く燃えるロウソクをのせた腕木の下に「97」という銀色の数字が掘られている。私たちは棚の脇の通路を見つめたが、誰の姿も見えない。
「シリウスは一番奥にいるんだ。ここからじゃ、ちゃんと見えない」
ハリーは言い訳するように掠れた声でそう言って通路の奥に入っていく。慎重さをかなぐり捨てたハリーについていくと、誰にも会わないまま通路の端に辿り着いた。
「どこか……このあたり……」
「ハリー?」
「シリウスはもしかしたら……いや、もしかしたら……」
震え声で、意味をなさないことを呟きながらハリーは隣、また隣と次々列の通路を覗く。乱暴な足音があたりに木霊する。全員がハリーの絶望を感じ取っていた。ハーマイオニーがおずおずもう一度ハリーの名前を呼んだ。
「なんだ?」
「ここには……シリウスはいないと思うけど」
ハリーは息を詰め、動きを止めた。けれどすぐにまた別の通路を探すため、私たちを見ないようにしながら走っていく。責められることを恐れているようだった。誰もそんなことしないのに。今背後でため息吐いたレベッカは除くとして。
九十七列目の棚を見上げていたロンが不意に「ハリー」と呼んだ。シリウスの手掛かりを見つけたのかと、ハリーは息せき切って戻ってくる。しかしロンの視線の先には代わり映えしないガラス球しかなかったので、すぐにがっかりした顔をした。
「なんだ?」
「ここ──これ、きみの名前が書いてある」
「僕の名前?」
「『S・P・TからA・P・W・B・Dへ──闇の帝王、そしてハリー・ポッター』」
ハリーの後ろからレベッカが読み上げた。『闇の帝王』というワードにみんながぎくりと固まる。「これ、なんだろう?」ロンは同じ棚のほかのラベルをざっと横に見た。
「僕のはここにないよ──僕たちの誰も、ここにはない」
「ハリー、触らないほうがいいと思うわ」
「どうして? これ、僕に関係のあるものだろう?」
「触らないで、ハリー」
突然ネビルが言った。丸い顔が汗で少し光っている。もしかしてネビルはなにか感じているのだろうか。可能性があった者として……いや、さすがにそんなことないか。普通に怪しすぎるからかな。
「僕の名前が書いてあるんだ」
挑戦的に、ハリーは手のひら大のガラス球を指で包み込んだ。シリウスがいなかったからちょっと無謀になっている。自暴自棄……うーん、この親子め。
場違いに笑いそうになりながらハリーが球にこびりついた埃を払い落とすのを見つめる。
その時、すぐ背後から冷たく気取った──そして目眩がするほど腹の立つ懐かしい声がした。
「よくやったポッター。さあ、こっちを向きたまえ──ゆっくりとね。そして、それを私に渡すのだ」
気が付いたときには既に、闇の中からあらわれたいくつもの黒い人影が私たちを囲んで退路を断っていた。私たちもサッと身を寄せ、背中合わせになってそれぞれ杖を構える。
ルシウス・マルフォイはせせら笑いながら、「私に渡すのだ、ポッター」と手を突き出して繰り返す。
「シリウスはどこにいるんだ?」
「闇の帝王は常にご存じだ!」
冷静さを保とうとしているのがみえみえなハリーに、死喰い人が数人いやな笑いをあげる。ハリーの左側──私の背後のほうから、勝ち誇った女の残酷な声がした。
「常に……さあ、予言を私に渡すのだ、ポッター」
「シリウスがどこにいるか知りたいんだ!」
「シリウスがどこにいるか知りたいんだ!」
女がまた馬鹿にして繰り返した。死喰い人たちは包囲網を狭めて迫ってくる。「おまえたちが捕まえているんだろう」ハリーはめげずに恐怖を抑えた声を張り上げた。
「シリウスはここにいる、僕にはわかっている」
「ちっちゃな赤ん坊が怖いよーって起っきして、夢が本物だって思いまちた」
きしょっ。
女の……もういいやめんどくさい、ベラトリックスの赤ちゃん声に鳥肌が立って顔を顰める。どうせベラトリックス・レストレンジなんでしょ、この人。見えてないけどさ、こんなよく喋る女性の死喰い人なんてこの人くらいしか知らないし。
私が抱いた嫌悪感に気付いたのか、ハリーが鋭敏に「動くな……まだ」と低く警告した。ベラトリックスがまたしわがれた声で笑う。
「聞いたか? 聞いたかい? 私らと戦うつもりなのかね──ほかの子に指令を出しているよ!」
「いつだって英雄気取りなのさ、ポッターは……闇の帝王はそれをよくご存じだ……そして“俺は”その愚かしさを昨年散々味わった──」
「シリウスがここにいることはわかっている。おまえたちが捕らえたことは知っているんだ!」
俺は? 男の言葉が引っかかり、ルシウスから視線を外す。瞳だけで先程喋った男を探した。暗い上にフードが邪魔で顔はよく見えない。
「違いが分かってもいい頃だ──夢と、現実の違いが」
落ち着き払ったルシウスの声に、同じことを繰り返していたハリーが黙り込む。ベラトリックスでさえも笑うのをやめた。静寂の中、完全に優位になったつもりのルシウスが何度目かの催促をした。
「さもないと、我々は杖を使うことになるぞ」
「使うなら使え!」
ハリーが動いたのを肌で感じ、私たちもそれに倣って腕を上げる。しかし死喰い人は攻撃してこなかった。
「予言を渡せ。そうすれば誰も傷つかぬ」
「ああ、そうだとも! これを渡せば──予言、とか言ったな? そうすればおまえは、僕たちを黙って家に帰してくれるって?」
「アクシオ──」
「プロテゴ!」
ハリーが言い終わった直後、ベラトリックスが甲高く唱えたがハリーの盾の呪文によってあっさり阻まれた。
「おー、やるじゃないの、ちっちゃなベイビー・ポッターちゃん……いいでしょう。それなら──」
「言ったはずだ、やめろ! もしあれを壊したら──!」
激昂するルシウスの声が緊張で途絶えた。お、仲間割れか? いいぞもっとやれ。衣擦れの音、それから誰かが歩いてくる音がする。
「もう少し説得が必要のようだ……一番小さいのを捕まえろ。小娘を拷問するのを、こやつに見物させるのだ。私がやる」
ベラトリックスの言葉にみんながジニーの周りを固める。ハリーがジニーの真ん前に立ちはだかった。
「僕たちの誰かを襲えば、これを壊すことになるぞ。手ぶらで帰れば、おまえたちのご主人様はあまり喜ばないだろうな?」
ハリーのこの脅しはじゅうぶん効いた。その証拠に死喰い人は誰も動かない。
「それで、いったいこれはなんの予言なんだ?」
「なんの予言、だって? 冗談だろう、ハリー・ポッター」
「いいや、冗談じゃない……なんでヴォルデモートが欲しがるんだ?」
畏怖か憤慨か、周りの死喰い人たちがシューッと低い息をもらす。私が気にしていた男が「お前があのお方のお名前を口にするか?」と囁くように言った。
「ああ。僕は平気で言える。ヴォル──」
「黙れ! お前の汚らわしい唇で、あの方のお名前を口にするでない。混血の舌で、その名を穢すでない。お前はよくも──」
「あいつも混血だ。知っているのか?」
挑発は時と場合を選ぶべきだと思う。
捲し立てるベラトリックスにハリーはばっさりと返した。無謀なハリーに、ハーマイオニーが小さく呻いている。さすがに、さすがに今は。私でも言わな……分かんない、言うかも。アンブリッジとのセストラル問答を思い出してしまった。
「そうだとも、ヴォルデモートがだ。あいつの母親は魔女だったけど、父親はマグルだった──それとも、おまえたちには、自分が純血だと言い続けていたのか?」
「ステューピ──」
「やめろ!」
ルシウスが吠えたと同時に背後で赤い光が弾けて棚に当たる。複数のガラス球が砕ける音のあと、ベラトリックスとルシウスが怒鳴る声の合間に、新たな知らない声が二つ加わった。
『……太陽の至の時、一つの新たな……』
「攻撃するな! 予言が必要なのだ!」
「こいつは不敵にも──よくも──平気でそこに──穢れた混血め──」
「予言を手に入れるまで待て!」
『……そしてそのあとには何者も来ない……』
予言を手に入れるまで待てって、やっぱ結局殺すつもりじゃん。分かってたけどボロ出すのが早すぎるよ。
ハリーが「まだ話してもらっていないな」とルシウスに話しかけた。
「僕に渡せというこの予言の、どこがそんなに特別なのか」
「私たちに小細工は通じないぞ、ポッター」
「小細工なんかしてないさ」
そのとき、ハーマイオニーが鋭く息を呑んだ。小細工してるじゃん……。これからなにをすればいいんだっけ、と思い出しながら、私は杖を握り直した。
「ダンブルドアは、お前が額にその傷痕を持つ理由が、神秘部の内奥に隠されていると、お前に話していなかったのか?」
「僕が──えっ? 僕の傷痕がどうしたって?」
「あろうことか? ダンブルドアはお前に一度も話さなかったと?」
ルシウスが意地の悪い喜びを声に出した。死喰い人がまたざわざわと不快に笑う。
「なるほど、ポッター。お前がもっと早くに来なかった理由がそれで分かった。闇の帝王はなぜなのか訝っておられた──」
……『あれれーおかしいぞぉ』ってこと? 想像すると面白い。いやこれはルシウス・マルフォイの言い方が悪いでしょ。もう私の頭の中の闇の帝王、完全に小学生探偵なんだけど。
「──その隠し場所を、夢で教えてやったとき、なぜ駆けつけて来なかったのかと。お前はきっと好奇心で予言を正確に聞きたがるだろうとお考えだったが……」
「そう考えたのかい? それじゃ、あいつは僕がそれを取りにやってくるよう望んでいたんだな? どうして?」
「“どうして”だと? ああ、なぜならポッター、神秘部から予言を取り出すことが許されるのはその予言に関わるものだけだからだ。闇の帝王は、他の者を使って盗ませようとしたときに、それに気付かれた──」
「合図で棚を壊して」
隣でセドリックが囁いた。「ハリーの合図で」とまた小声で付け加える。さっきの小細工はこれのことか。ほんの僅かだけ杖先を上げて、狙いを定めておく。
「予言は二人に関するものだ……お前が赤ん坊のとき、闇の帝王がなぜお前を殺そうとしたのか、不思議に思ったことはないのか?」
「誰かがヴォルデモートと僕に関する予言をしたというのか? そしてあいつが僕に来させて、これを取らせたのか? どうして自分自身で来て取らなかった?」
「自分で取る? 闇の帝王が魔法省に入り込むだって? 省はおめでたくもあの方のご帰還を無視しているというのに?」
真実薬飲まされてるのかってくらいペラペラペラペラ話してくれるなこの人たち。まさかだけど、素直に話せばハリーが予言をくれるだろうとか思ってるの? や、やば。ルシウス・マルフォイやば。
「(──真実薬?)」
「じゃあ、あいつはおまえたちに汚い仕事をやらせてるんだな。スタージスに盗ませようとしたように──それにボードも?」
「なかなかだな、ポッター、なかなかだ……」
真実薬で思い出した。そうだ、この目の前の、曰く『愚かしさを去年散々味わった』というこの男は──
「しかし闇の帝王はご存じだ。お前が愚か者ではな──」
「いまだ!」
ハリーが声を上げた。男に向けていた意識をハッと戻して私も叫ぶ。
「レダクト!」
八つの呪文が八方向に放たれ、棚が爆発する。何百というガラス球が割れ、割れた破片から真珠色の姿が立ち昇って宙に浮かんだ。細かいガラスがしゃらしゃら落ち、大きな棚が崩れる。それに予言を告げる声が重なって耳の中でわんわんと鳴った。
「逃げろ!」
行く手の棚がぐらぐら揺れ、ガラス球が降ってくる。私は頭を庇いつつ、もうもうたる埃を突き抜けて追いかけてくる死喰い人たちに向け呪文をとにかく連発しながら来た道を疾走した。崩壊音に予言の声、呪文を叫ぶ声、わめき声──めちゃくちゃな大音響に耳が馬鹿になりそうだ。
九十七列目の端に出て、ハリーの後を追って右に曲がると、その先には半開きになった扉が見える。私が滑り込むと、ハリーが扉を閉めた。
「コロポータス!」
ハーマイオニーが息も絶え絶えに唱えると、扉はグチャリという音ともにくっついた。
「みんな──みんなはどこだ?」
ハリーがあえぎながら見回した。九人いたはずのメンバーは、気が付くとハリー、ハーマイオニー、ネビル、私の計四人しかいなくなっていた。
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