58



 マクゴナガル先生もほどなくして聖マンゴから退院し、ホグワーツはすっかり元通りになった。アンブリッジ? ああ、あいつはいい奴だったよ。あんまりいい奴だったからピーブズも彼女が去るのをそれはもう惜しんで、学期が終わる最後の日、こそこそ城から抜け出そうとしていたアンブリッジをトランペットをわざと下手くそに吹き鳴らして盛大に見送りをした。アンブリッジは、ピーブズに歩行用の杖やチョークを詰め込んだソックスで交互に殴られるのを全校生徒に見守られながら、校庭を走り抜け、やっと城から姿を消した。わーい、二度とお会いすることもないでしょう! ていうかソックスに詰めるのチョークなんだね。石とか、なんか固いものじゃないんだ。城のカオスからの慈悲かな?




 ミンビュラス・ミンブルトニア──もうすっかり名前を覚えてしまった──はこの一年ででかいアライグマくらい成長していた。サボテンはネビルにやさしく撫でさすられて、小鳥のさえずりのような歌声をあげている。その高音どこからだしてんの? 怖いしもう臭液はでないんですか? ほんとうに? しかしうっとりしているネビルを前に、しまってくれとはとても言えなかった。ロンに期待しよう。

「あ──エレナ、いまレベッカが通ったよ」
「え、うそ。ちょっと行ってくる!」

 ネビルに教えてもらい、コンパートメントから出て行く。早歩きで列車の廊下を進むと、短い黒髪を気ままに揺らす後ろ姿が見えた。助走をつけて飛びついてやろうかと画策して辞めた。下手したら呪われる。背後から名前を呼びかけると、彼女は足を止めて振り向いた。

「最後の見回り終わり? おつかれ〜」
「あんた、ドラコと話せた?」

 ほんと会話が成り立たないよなと思いながらも、深刻そうな落ち込んだ声音に私は眉尻を下げた。話せたけど、微妙によくないフラグが立ってしまった気がする。そんなことを馬鹿正直に言うわけにもいかないので「まあ」と返す。一応話すことには話せたしね。彼女は「そう」と小さく言葉を転がし、息を吐いた。

「アズカバンはもはや機能してない。ルシウス・マルフォイもそのうちに解放されるはずよ」
「だろうね」

 せっかくOLをアズカバンに三度目のリリースできたのにな。残念でならない。そういえばあの五億年ボタンと思しきものはまだ未完成だったらしく、実際に流れるといわれる時間は五億年どころじゃなかったらしい。あいつは何回精神崩壊したのかな。私の知ったこっちゃないけど。

「……ルシウスへの罰は、きっとドラコが抱えることになる」

 さすがに勘がいいと一つ瞬きをしてから「そっか」と呟いた。レベッカは顔を固くして「ドラコのこと、よろしくね」とちょっと情けなさそうに微笑む。

「私はもう卒業してしまうし。パーキンソンみたいなバカ女じゃ彼の支えになれるわけない」
「後輩にそんな辛辣な……」

 じっとり見つめてもレベッカは素知らぬ顔だ。こんな先輩やだ……。パーキンソンのこと嫌いなの? と首を傾げると、レベッカは「どうでもいい」とばっさり切り捨てた。どうでもいいのにバカ女って評価なんだ。やっぱこんな先輩やだ。

「……そうだ、聞きそびれてたんだけど。レベッカって二年のころから私のこと嫌ってたよね」

 忘れもしない決闘クラブ当たり屋事件。レベッカは「はあ?」と不可解そうにきゅうっと目を細めた。

「あんたが入学したころから嫌いだったけど?」
「えっ……あ、マグルだから?」
「そんなの後付けよ」

 おかしくない? だって私とドラコが友達になってまともに話すようになったのは三年からだ。一年のときなんて話したのまじで一回だけなんだけど。こうなると昔会ったことを知っているとしか思えない……。

「一年の時は話してないというより、ドラコが意識して“話さないようにしてる”って感じかしら。まあ多分、本人もそのことには気付いてなかったでしょうね」
「……それなのにレベッカは気付いたんだね」
「当たり前よ──だって、ずっと見てきたんだもの」

 レベッカの眦が懐かしそうに柔らかく下がる。口元も柔らかく緩んでいた。幼い少女のような素直な笑顔につい驚いて口が薄く開く。

「ドラコと初めて会ったのはもう八年も前。社交パーティーでは毎回彼に選んでもらえるようにいつも努力してた……ずっと憧れてて、ずっと好きだった」

 初めてはっきりと教えてもらった想いになぜか私のほうがぎくりとする。しかし彼女はなんでもなさそうに「だから」と話し続ける。

「彼が誰を見てるかなんて、すぐに分かった。……ただ言っておくけどね、ドラコが見てるだけであんたに関わるつもりがなかったなら、私だってあんたにちょっかいかけようとは思わなかったわよ」
「いやうそ! かけてきたじゃん、決闘クラブで。あれフライングじゃん」
「は?……ああ、ロックハートの。だってもうあの時には話し始めてたじゃない、あなたたち」
「うん? そんなこと──」
「フクロウ小屋で、クィディッチの話してたでしょう」
「いたんかい」

 気が付けばいるなこの人。壁に耳あり障子に目あり、背後にレベッカ・スミルノフ。……ていうかあれも話し始めたにカウントされるんだ、厳し。

「それでずっとツン対応されてたってわけね……あ、ちなみに髪飾りとかのことは? いつ知ったの? 私も気付いたの最近なんだけど」
「え……そんなの、ドラコの視線を見てればすぐ分かるでしょ?」
「分からん……」

 どうも本気で言ってるらしい。青く澄んだ瞳がどうしてと問うている。いやこっちが聞きたい。ドラコガチ勢を前に、なんか一時でも推していたというのが恥ずかしくなってくる。すみませんナマ言って。……それにしたって栞のことまで知ってるのはどうなの? 私が使ってるのを見ているドラコを見ていたってこと? ひ、ひぃ……いや怯えてないです。純真無垢な目が逆に怖いので話を変えよう。

「えーっと……夏、夏はどうするの? 家族で出掛けたり?」
「バカ言わないで、もうあの家には帰らないわ。研究所の近くに家を借りてるからそっちに住むし」

レベッカは「特に予定もないし研究詰めかな……」と独り言のようにつぶやいた。

「卒業旅行とか行かないの?」
「行くわけないでしょ。そもそも行く相手なんて──……なんでもない」
「……え? 家族はアレでも、ほら、普通に友達とかと──」
「……」

 だ、黙っちゃった……ガチじゃん……。大丈夫、私がいるからね。あと──二人して認めなさそうだけど──セドリックも。フレッドは微妙なとこか。ジョージは今後に期待。
 いつか遊びに行こうねと言うと、彼女はむっつり口を噤んでツンと顔を背けた。一見不機嫌に壁を作ってるように見えるけど大丈夫、分かってます。だってレベッカは本当に嫌なら「いやよ」って言う。

「そういえば飴食べてる?」
「食べてるわよ、今日は生クリーム味だった」
「うん……」

 なにそのチョイス。



 五時間以上走り続けた列車はだんだんと速度を落とし、やがて完全に止まった。トランクを引き摺って、九番線と十番線の間にある魔法の障壁を通り抜け、キングス・クロス駅へ降り立つ。ダーズリー一家を囲んでガンつけている騎士団メンバーを横目に、私はあることに気付いた。

「(……帰り、どうしよう)」

 やば、考えてなかった。叔父さんとはあの日喧嘩別れみたいになっちゃってるし、お父さんたちは来ないだろうし……仕方ない、歩いて帰るか。

「エレナ」
「え……ルーピン先生!」

 一日で着くかなっていうか道分かんな……えー、夜の騎士バス……? 足が棒になるのと三半規管ぼこぼこにするの、どっちがマシかなと心の天秤にかけて測っていると、人を安心させる声に呼ばれた。

「きみは私が送るよ」
「いいんですか?」
「ああ、エドガーからも頼まれてるし」

 まさか避けてるのか、あの五十路。長引くと気まずくなるし、早く謝りたいな。夏休みの間に手紙だしてコンタクトとってみよう。

「送るといっても夜の騎士バスの付き添いだがね」
「おあ……」

 結局それなんだ……。一択しかなかったらしい。私の顔がぐちゃっと歪むと先生は苦笑した。

「一応車の免許もあるにはあるが──でもほとんど運転してないんだ」

 先生はすごく申し訳なさそうにしながら答えてくれた。いやいやいや、文句言ってすみません。魔法使いなのに持ってるなんて、もうそれだけですごいのに。ああ、シリウスもオートバイとか乗り回してたらしいよね。昔四馬鹿で一緒にとったのかな。

 人通りの少ない場所に移動しようと駅をでる。歩きながら首を回してハリーたちのほうを見ると、シリウスやソフィアが私に気付いてにこりとして手を振った。トランクにアンブルの籠で両手がふさがっているから振り返すことはできない。だけどその代わりに、私は彼らに向けて満面の笑みを送った。見えてるかな。届くかな、この気持ち。今年何度も送信失敗してるけど、この想い──二人が生きていてうれしいっていうこの気持ち──だけはしっかり届いてほしい。

「それじゃ、バスを呼ぶよ」
「ちょっと待ってください」

 贅沢いうなら、移動方法の改善願いも受信しておいてほしい、切実に。魔法界が抱えている深刻な課題だよこれは。私は裏道でトランクをごそごそして、フレジョ特製の酔い止めタブレットを引っ張り出す。

「……っしゃ、ばっちこーい!」

 鮮やかな赤のタブレットを奥歯で噛み砕く。リコリス特有の甘いハーブのようなゴムタイヤの風味が口内に広がり、まだバスに乗ってもいないのに胃の中を空っぽにしたくなった。
 

- 159 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME