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真実が明らかになり、魔法大臣も会見を開き、魔法界はついにヴォルデモートの復活を認めざるをえない状況へと追い込まれた。
チーム木魚の手は魔法界だけではなくマグルの生活圏にも伸ばされた。サマセット州で不自然に巻き起こったハリケーンは、樹木を吹き飛ばし民家を薙ぎ払い、大量の怪我人を発生させた。ブロックデール橋も突然捻れて壊れ、運河の底へと深く沈む。さらに、何の罪もない人たちが──アメリア・ボーンズやエメリーン・バンズなどが──、家をひどく荒され、無残な殺され方をしたと、マグルの新聞でさえも書き立てた。
吸魂鬼はイギリス全土の空を縫うように飛び回り、魔法界にもマグル界にも絶望や失望をまき散すことに精をだし、活気という活気を吸い尽くす。家のカーテンは固く閉ざされ、日の出ているうちに店のシャッターを降ろすことが常識となりつつあった。
私たちは、ついにそんな暗澹たる時代を迎えてしまった。
──というのに。
「まあ、とっても綺麗だわ! あの人に写真を撮ってもらいましょう!」
「うん──ほら、エレナもおいで」
「はーい……」
私はいま、ノルウェーにいます。
眼下に広がる美しいベルゲンの街並みを前にテンションをぶち上げている両親に、私は笑った顔のまま今日何度目か分からないため息をこっそり吐いた。
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体の至るところに痣を作りながらも、私たちは夜の騎士バスによって家の裏手へ運ばれた。どこであろうと十分ちょっとでつくのはすごいけど、もうちょっと、もうちょっとこう……。姿あらわしができない身としてはめちゃくちゃ助かる分文句を言いづらい。まあ言うけどね。もうちょっと優しくして! ルーピン先生もお別れの挨拶をちゃんと交わす間もなく道の彼方に消えちゃったし。ちょっと寂しい、次はいつ会えるかなあ。
両親は車の走行音もなしで家の戸口に現れた娘の姿に仰天したけれど、私は何食わぬ顔で「聞こえなかっただけでしょ」と言い張った。
「旅行?」
「そう、去年言ったでしょう?」
「言われたけども……」
しかし荷解きをしてダイニングでお茶をしばきながらそんなことを言われ、今度は私が慄く番だった。
「いや、旅行……うーん……ええ?」
「行きたくないのかい?」
「行きたくなくはないけど……社会情勢的に?」
「社会情勢……?」
伝わらなかった。それはそう、だってまだやつらは動き出してない。始まるとしたらこれからだ。もう少しすれば魔法界のことをミリも知らない人たちでも何かしらの異変に気付き始めるだろう。
「別に戦争中ってわけでもないんだから、旅行するのになにも障害はないと思うけど」
「(始まりそうなんだよなあ……)」
「ほら、エレナが入学してからあんまり家族で過ごせてないからさ。思い出を作りたいんだよ」
はー、耳が痛い。反抗期とかあったからね。控えめな笑顔が胸にぐさりと刺さる。行……いやでもこれからのことを思うとね……。どうしようかと考えあぐねていると、お父さんとお母さんは目を見合わせて表情を明るく切り替えた。
「でも家でのんびりするのもいいよね」
「そうね、無理に付き合わせるのも悪いし」
……なんて申し訳なさそうに言われてしまっては、私にこれ以上拒否することなんてできなかった。
旅行先は去年ちらっと言っていた通りノルウェー。私の誕生日周辺に合わせて行くことになった。途中合流にはなるが、叔父さんも参加するらしい。なんで途中参加? 仕事もできないのになにしてるんだろう。まさかとは思うけど避けてるから途中参加なんですか? いや一度話そうよ、じゃないと一生平行線じゃないですかもー。絶対謝ってやるからなこの旅の間で。
五泊六日のノルウェー旅行は、そんな決意とともに始まった。
ロンドン空港から約二時間。オッダにとっているホテルにチェックインする。初日は翌日に山登りの予定を組んでいることもあり、移動だけで終わらせることに誰も異存はなかった。ハードスケジュールは疲れちゃうよね〜というのがわが一家の総意だ。のんびり屋しかいない。なんとなくドラコはすごいたくさん予定組みそう……って思ったけど昔遊びに来てたとき毎日会えてたな。ルシウス・マルフォイがそんな感じならドラコもそうなのかな。ていうかそもそもうちの家の近辺は全然観光地なんかじゃないんだけどなんでいたんだ? ルシウス・マルフォイ、もしかしてムネモリア採りに来てたのかも。
話が逸れた。とにかくそう、二日目は山登りだった。目指すは山頂にある「トロルの舌」と呼ばれている断崖絶壁。ノルウェーは妖精トロールが有名なんだって。妖精? 妖精……バカのバーナバス……。
早朝から山の麓へ向かい、登山靴やジャケットをレンタルして、山の中腹まで連れて行ってくれるシャトルバスに乗り込む。山頂まで残り十キロ地点で降ろされ、いよいよ本格的なハイキングが始まった。最初はなだらかな道で歩きやすかったのに山道はどんどん険しさを増していく。大きな段差を作る岩の道は、本当にトロールが使う階段みたいだった。空気が薄くなり嫌な寒さが身体を蝕む中、私はこんなところまで因まなくていいのにと思った。天気は終始晴れだったし、舌先から一望できるダム湖はすごく綺麗だったけど、正直高山病で半分それどころじゃなかった。く、魔法さえ使えれば……成人したらまた来たい。そんなこんなで半日近くかけて山登りを終え、ホテルに帰り泥のように眠りについた。
翌日にはオッダのホテルを出て、ベルゲンを軽く観光してから夕食を済ませ──甘エビやジャガイモのクリーミーなフィッシュスープがおいしかった──、フロイエン山に登り、そして今に至るというわけだ。登るといっても今度は悠々自適なケーブルカーだ。快適。
山頂のカフェのテラス席で外の景色を見ながらたっぷり休憩したあと、お母さんたちが次のケーブルカーが来るまでお土産を見たいとショップへ行った。もうすでに麓で見たし、と二人を見送る。残った私は観光客たちの様々な言語の話し声や写真を撮ったりする音を避け、人気の少ない場所で息を落ち着けた。腰あたりまでの高さの木の柵に手をつけば、太陽を受け止めようとしている穏やかな海が見える。ここは港の真反対らしい。息を吸い込むと、湿った土や草の香りに混じって潮のにおいがした。日暮れ間近の山頂は少し肌寒い。パーカー持ってくればよかったな。
「……楽しい」
潮風が思わず零れた素直な感想をさらっていく。手元のハンドグリッパーが握る動きに合わせてギシギシと軋んだ。
困ったことに──そして恥ずかしながら、すごく楽しいのだ。だって家族旅行なんて何年振りか分からない。しかも海外。こんなのもううっきうきよ。楽しくなっちゃう。……が、木魚が世間をめちゃくちゃにしていることをふとした瞬間──例えばダム湖の青で目が覚めたときとか、博物館で見事な調度品を見たときとか──に思い出して、どうしても罪悪感を抱いてしまう。私はここ数日、そんな葛藤にもまれていた。
「いいのかなぁ……」
「なにがだ?」
「こんなときに旅行なんて──って、叔父さん!」
エドガー・ワイアットが、背後の茂みからよっこいせなんて言いながら歩いてきていた。実に一か月ぶりだ。突然現れたくせに当然のようにレスポンスしないでほしい。ガサガサ木の葉を踏みしめて私の隣に並んだ叔父さんは、「フロイエン山は初めて来たな」と海を見下ろす。
「他のところは来たことあるの?」
「それこそベルゲンはしょっちゅう行くさ。ここのサーモンは世界一美味いからな」
「へえ」
「明日の朝はフィッシュマーケットでとるんだろう? 楽しみにしておけよ、元ジャパニーズ」
「楽しみだけどお米ほしくなりそう」
「なる」
「なるんだ……」
叔父さんはからからと楽しそうに話している。その声と、上空にうっすら現れた黄昏月を見て、私は一か月前のことを思い出した。いや、思い出したというと語弊がある。ずっと覚えてはいた。ただ叔父さんがあまりにもいつも通りだからタイミングが掴めなくて。あの日と似た雰囲気になった今なら切り出せる気がした。
「悪かったな、八つ当たりして」
「えっ」
先に謝られてしまって出鼻を挫かれた。叔父さんが謝ることなんてないのに……というか八つ当たりって? 困惑しながら「そんなことされてないよ」と否定した。
「そもそも、私がもっと周りのことを考えていればあんな事態にはなってなかったわけだし」
「お前、どれだけ利他的になるつもりなんだ?」
「そんなつもりは……あの、とにかくあの日はごめんなさい。たしかに私は叔父さんの気持ちをちゃんと考えれてなかった──」
「あーあーあーあー……やめてくれ、八つ当たりした末に十五歳に謝らせるなんて立つ瀬がないだろ」
「明日には十六だけど……ていうか別に八つ当たりなんて──」
「あ────聞こえない聞こえない」
叔父さんは両耳へ小刻みに手を押し付けてやたら大きい声を上げる。振動のせいで伸ばした「あー」がぶつ切りになって聞こえた。そんな小五みたいなマネして……。謝ってたはずなのに、心底申し訳ないと思っていたはずなのに。呆れて笑いそうになる。堪えきれずに小さく噴き出した。
「……じゃあ、許してくれるってことでいいの?」
「許すもなにもあれは……もうそれでいいか。エレナ、頑固だし」
「そりゃ、ワイアット家の女なので?」
「ああそうだった」
叔父さんがピエロのように大袈裟な表情を作っておどけて怯えてみせるので、また笑ってしまった。
「今まで何してたの? 私のこと避けてた? ていうかいつ来たの?」
「ついさっきだよ。姿あらわししてきた」
矢継ぎ早に諮問すればどうどう落ち着けと馬の扱いをされる。「今までは退任手続きとかで忙しくてな」そう言われて咄嗟に視線が叔父さんの左手へと向いた。見た目は以前と寸分違わず健康そうな手なのに。
「反射的に動かしたくなるのは左だったが、まあそれももう時間の問題だろう。あとは──ああほら、スラグホーン。知ってるだろ? ハリーとアルバスと三人で勧誘に行ったりな。色々忙しかったんだよ。だから別に避けてたわけじゃない」
「強欲ナメクジの? どうして叔父さんが」
「強欲ナメクジってお前……そうだった、来年のことを話しておかなくては」
ぎくりとした。だって協力するどころか邪魔をするといわれたんだ。何を言われるのかと身構える。
「ダンブルドアの件、手伝うぞ」
「……なに? どういう吹き回し?」
「警戒しすぎだろ。……アー、まあ──ソフィアの件の罪滅ぼしというか」
肩の力が抜ける。はっきりとは口にはしなかったが、叔父さんはきっとあのときソフィアが身代わりとして死んでも仕方ないと思っていたから。そういう理由ならそのしおらしい態度も飲み込める。
「でもそれ、私にすることじゃないと思う」
「ソフィアへもちゃんとするさ。それで、なにか策はあったのか?」
「ええと……ドラコ・マルフォイを家族ごとこちらに引き込めないかなって思ってたんだけど」
「ドラコ・マルフォイ?……そりゃあお前、ちょっと厳しいんじゃないか?」
渋い顔でうなる叔父さんに私も苦笑する。叔父さんの言い分もわかる。私は本来の彼なら忌避しているはずな『マグルのグリフィンドール』だ。しかし私の懸念はそこではなく、また別のところにあった。
「私のこと頼ってくれない気がするんだよね……」
「いやそりゃそうだろうな」
「でも一応これがメインプランだから一年は頑張ってみるよ」
「正気か?」
「失礼な。それから、サブプランはダンブルドアの身代わりを用意すること」
実はこれはソフィアの件で思い付いた。動く人形とか用意して『あの瞬間』だけでも死喰い人たちに本物のダンブルドアだと思い込ませればいい。叔父さんの口が何か言いたげにもごもご動いた。『そっちをメインにすればいいのに』とはっきり書いてある。
「こっちはあくまでサブ、最終手段だから。メインを中心に進めますので」
「まさかとは思うが仲いいのか?」
「……多分、それなりに?」
今度は眉尻がぐぐっと下がった。まったく信じてない顔だった。「プリントを配って受け取ってもらえた程度じゃ仲がいいとは言えないぞ」かわいそうな子を見る顔のまま言われた。そのレベルだと思われてるのか……。
「それならサブのほうは私が手配しておいてやろう」
「え、なんで?」
「なんでってお前、死食い人に怪しまれないくらい精巧な人形を用意できるのか?」
……難しい気はする。見た目は何とかなるかもしれないけど、ベラトリックスたちとある程度会話できるくらいには自我を持たせななきゃいけない。ダンブルドアin胡椒ロボットくん……一年じゃかなり厳しいかも。顔を顰める私に叔父さんは「それに、どうせダンブルドアとの付き合いは私の方が長いんだ」といって、任せておけと言わんばかりに軽く自分の胸を叩いた。
「そうだね、叔父さんとダンブルドアは仲良しだもんね」
「仲良しではない。一緒にいる機会がたまたま多いだけだ」
すごい不本意そうな顔をしてますけど、世間的にはそれを仲良しというんだよ。叔父さんは「それに今年は特に──」となにかを言いかけたが、慌てた様子で口を噤んだ。
「なに?」
「いや、たいしたことじゃない。気にするな」
「はあ……じゃあお願いするけど、なにか手伝えることあったら教えてね」
「ああ。お前はメインのほうを頑張れ。正直できるとは全く思わんが、チャレンジ精神は大事だし、挫折も人生の糧になるしな」
「いま挫折って言った?」
「それよりウィリアムたちはまだ戻らんのか? 土産屋なら下の店の方が空いてそうなものだが──」
「……ねえ叔父さん」
ギフトショップのほうを見ていた顔がこちらを向いた。顔の右半分は夕日に染まっていたが、もう片方は暗い影に隠されている。
「私だって家族が大事だよ」
「……どうした、急に」
「言っておこうと思って。だから──人のことは言えないけど──叔父さんも無茶しないでね。……もう若くないんだし」
「……本当にエレナに言えたことじゃないし、余計な言葉が聞こえたが?」
叔父さんは怒った顔を作って右手で私の髪をぐしゃぐしゃにする。「ニコラス・フラメルよりは若いだろうが」とか聞こえるけど、いやその人と比べたら人類ほとんどベイビーだよ。しかし振り払おうにも、頭に置かれた手の力は信じられないくらい強かった。あんまりずっしり重かったものだから、私はしばらく首を折って地面を見ることしかできなかった。
「ところで、さっきからなんでそんなもん握ってるんだ」
「筋力鍛えようと思って」
ギュッギュッとハンドグリップを握り締めた。その他筋トレも夏休みに入ってから始めている。しかし片手の大人にさえ全然歯が立たないんだから、まだまだ努力が必要らしい。よくわかった、もっとがんばろう。
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