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 ふと叔父さんが何かを思い出したように懐をまさぐりだした。やがて大きな封筒とそれより一回りほど小さい封筒を取り出して二つとも差し出してくる。

「なにこれ」
「O・W・L試験の成績と教科書リスト」
「なんで叔父さんが?」
「アルバスから預かったのさ」

 本当に仲良しじゃん。ダンブルドアもダンブルドアだよね。いくら身内だからって外部の人間にこんな重要書類のフクロウ頼んでいいの?
 教科書リストのほうを脇に挟み、試験成績書が入っている方の封を切る。折りたたまれた羊皮紙を開く前に、「まさか見てないよね?」と訊くと、叔父さんは「ああ、見てないとも」とにっこり笑った。なんか胡散臭いなこの笑顔。疑いながら羊皮紙を広げる。

「どうだ?」
「……まあ、うん。まあまあ」
「その成績でまあまあなのか?」
「やっぱ見てんじゃん!」
「見てない、聞いたんだ」
「おいアルバス!」
「お前それ本人の前で言えるのか?」

 絶対無理。今のはなかったことにしてください。持っていた成績書がスッと手から抜かれる。叔父さんは紙を見ながら「魔法史と占い学でさえ『可・A』か」と感心したようにつぶやいた。うん、そこ二つは自分でも意外な結果だ。魔法史はまあワンチャンあるかなとは思ってたけど、でも占い学よくAいったよね。まさか本当に降ったんか、カジキマグロ。

「変身術に魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術……ついでに天文学が『優・O』。あとは全部『良・E』。これで闇祓いにならないのはもったいないくらいだな」
「向いてないって言ったじゃん、優柔不断だから」
「なんだ、気にしてたのか」

 別にと顔を背けたが、こんなことしたら本当に気にしてるみたいだと思った。いやほんとに気にしてないよ、ただ事実だったから心に残ってるだけで。叔父さんが思案するように唸って顎を撫でる。ちらりと私を見下ろした。

「……まあ向いてないな。危険な仕事だしやめておけ」
「別になりたいわけじゃない。私、マグル関連の仕事に就きたいんだ」
「そうか……マグル?……マグル学はとってないよな?」
「卒業までに予備試験うけようと思ってる」

 そういうのがあるんだってと伝えると、叔父さんも知らなかったのか、フクロウのような曖昧な返事をした。



 十分ほどお土産を見てる間に叔父さんが増えていた。お母さんは急な合流にそれはもう驚いたけど、お父さんは「仕事が早く終わってよかったね」とにこやかに順応した。相変わらず我が父、適応力が高い。

「仕事……あら、そういえばエドガーの仕事って──?」
「ええと、……なんだっけ?」
「派遣清掃員だよ」

 ゴウンゴウンとモーター音を響かせるくだりケーブルカーの中で、叔父さんは肩を竦めた。もっとましな設定作ればいいのに。五十にもなって清掃員……。闇の魔法使いをお片付けしてるからある意味間違ってはないけど。
 お母さんはおろおろと反応に困った末、私と叔父さんの背後を指差してパッと顔を輝かせ、「見て!」とあからさまに話題を変えた。

「夕焼けよ。とっても綺麗ね」

 ガラス張りの壁一面が、鮮やかな菖蒲色で埋まっていた。宵闇に飲まれつつある深い桔梗の空にはインクの飛沫のような白い星が細かく散らばっている。沈みかけの太陽が黄色や赤のグラデーションを作り、海面をちらちらと飴色に甘く燃やしていた。海辺の点々とした光は港町の民家の明かりだろう。

「お母さん、夕焼け好きだよね」
「ええ……ほんとう、あの時と同じくらい綺麗だわ」
「あの時?」
「そうよ、ほら、ええと──……」

 お母さんの声が途絶え、恍惚としていた表情が困惑したものへと変化する。どこか不安そうな瞳と視線が合った。

「あの時っていつのことかしら……?」
「……夢の中とかじゃない?」
「そうかしら……そうかもしれないわね」

 心当たりが見つからないらしく、お母さんはあっさり納得して再びうっとり空を見つめはじめた。私は一瞬の動揺を見抜かれなくてよかったと内心で安堵する。


 この景色に似ている空といえば、私はホグワーツの魔法の天井くらいしか思い当たらなかったからだ。


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 この世に生まれて十六年。舌はすっかりイギリスのものに馴染んでいたはずだったけれど、生魚に対する忌避感はまったくなかった。味覚って不思議だね。一口食べた瞬間、魂がこれを求めてたんだよと噎び泣いた。刺身最高。惜しむらくは醤油と米がないこと。お父さんとお母さんは生の魚を食べることにかなり抵抗があったようで、あまり積極的に食べようとはしなかった。魚市場でサーモンやタラなどを嬉々として試食してまわる私と叔父さんをドン引きしていて見ていた。私はむしろ山羊のミルクで作られたチーズのブルノストのほうが微妙だったな。甘じょっぱい味のもの、不味いとは思わないけどどっちかにしてって気持ちなる。

 そういえば鉄道でフロムの村に寄ったときライアンさんっぽい人を見かけた。夏は毎年ノルウェーに行くって言ってたっけ。声をかけようかと思ったが、パツキンの美女と一緒に歩いていたからやめておいた。



 そうしてノルウェー旅行を何事もなく終えた夏休み後半。私は今年も叔父さんの家に泊めてもらうことにした。勝手知ったる家の中に入り室内を見回し、妙な違和感に襲われて首を傾げる。

「なんか……なんだろう?」
「どうした?」

 叔父さんの家は一昨年に比べるとどこかが違っていた。生活感は変わらずある。毛の固くなった古い絨毯も、太陽に焼かれて白っぽく劣化した木のテーブルも、そよ風で膨らむクリーム色のカーテンも、全部そのまま。なのにどこか物が減っているような気がして、不思議と落ち着かない。しかしそんな違和感がたしかにあるのに、その正体をうまく言い表せなかった。

「……片付けでもした?」
「ああ、大掃除を一度な」

 叔父さんは言いながら、使われていない空き部屋だったはずの扉を開いてみせた。段ボールが部屋いっぱいに押し込まれてる。部屋の中をよく見ようとする前に扉が閉められた。

「あんまりじっくり見るなよ、恥ずかしいだろ」
「恥ずかしいって何……」

 変にテレテレしている叔父さんにどこか白けた気持ちになる。べつにさしたる興味があるわけでもない。私は踵を返し、二階に上がって荷物を置きに行った。この大掃除が違和感の正体だったのだろうか。なぜかそれを正解と思い切れず、妙に腑に落ちなかった。


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 八月の終わりくらいにはダイアゴン横丁に行ったが、オリバンダーが拉致され店を壊されたばかりの横丁はひどく落ち込んでいて閑散としていた。フレッドとジョージの店以外ほとんど明かりもつけない状態での営業で、いつ襲撃がきても逃げれるように準備している有様だ。
 ヴォルデモートを馬鹿にする勢いで大繁盛している店内にぼうっとしていれば、すぐ店主二人に見つかり、あっという間に試作品やらが所狭しと並べられたスタッフルームに通される。二つの同じ顔に揃って「来るのが遅い」と怒られてしまったので謝罪の気持ちも兼ねてトロルのキーホルダーを渡したが、あまり喜んではくれなかった。

「そうだ、知ってるか? ビルが──うちの長男がさ──、あのフラー・デラクールと結婚するんだぜ」
「知ってる。ハーマイオニーとジニーがそれぞれ手紙六枚使ってキレてきた」

 ハーマイオニーは夏休みが始まってすぐ隠れ穴に遊びに行っていたらしい。ロンとハリー ── 夏休み途中からシリウスの家を経由して遊びに来た──は、もうずーっと年上美女にでれでれしているようで、それに対する彼女たちのイライラはすべて私への手紙に向けられていた。そうやって捻出された十二枚の恨み辛みの束は引き出しの奥底に封印させてもらっている。フラーとハーマイオニーってちょっと似てると思うんだけどな……。
 ジョージはトロルキーホルダーの紐に指を通し、人差し指でぶんぶん回しながら「おーこわ」と全く怖くなさそうに肩を竦めた。彼らはもう家からも出ているから女性陣の鬱憤をぶつけられることもないため、完全に他人事なのだ。

「そうだ──ほら、これ」

 フレッドが思い出したように長い腕を伸ばした。ごちゃごちゃと物が並んだ棚から何か一つを手に取り、ポンと私に向けて投げてくる。胸元にまっすぐ飛んできたそれを両手でキャッチすれば、手に収まったのはハート型の小瓶だ。仄かに白く光る怪しい液体が瓶の中でたぷんと揺れている。裏のラベルには『ワンダーウィッチ〜厄介な管理人の手から逃れるために郵送時の偽装(香水,咳止め薬等)も承ります〜』と書いてあった。瓶のあちこちに散りばめられたハートマークたちに自然と目がじっとり細まる。

「当然代金無用だ──もちろんきみとハリーはそれに限らずなんでもだけど。とにかく持っておけよ。な、ジョージ?」
「もちろん。ジニーには売れないが、この五年浮いた噂がひとっっつもなかったエレナにはむしろ持っていてほしいね」
「……一応聞くけど、なにこれ」
「惚れ薬」
「ノーセンキュー!」

 余計なお世話ですけど!
 瞬間的な苛立ちとともに投げ返そうと振りかぶったが、なけなしの良心を振り絞って思い留まる。ゆっくりと上げた手を下ろし、小瓶を近くの椅子の上にそっと置いた。二人してなんだその残念なものを見る目は。

「意地張る必要ないんだぜ」
「そうそう、WWWは大切なお客様のプライバシーを侵害したりはしないからさ」
「絶対うそ!」

 そんな口滑らせたそうな顔しちゃってさあ。せめてそのニヤケ面しまってから言ってほしい。絶対身内に言うじゃん。ロンの魂を賭けたっていい。
 

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