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九月一日。
なぜか夏休み最終日はブラック家に預けられはしたが、その他は例年通り、私はホグワーツ特急の中にいた。ネビルやハリーやルーナ。そして見回りを終えたロンとハーマイオニーが合流したコンパートメントは少し窮屈だった。
ランチカートを待つ間、今年の授業についての話題があがり、その流れで試験結果の見せ合いっこが始まった。ダンブルドア軍団のリーダーの闇の魔術に対する防衛術の成績はもちろん『優・O』。逆にハーマイオニーはそれを除いたすべてが最高評定だ。さっすがぁ。知ってた。
「きみ、こそこそ優等生だよな」
「別に隠れてませんけど」
私の試験結果を見るなり、ロンはうげーっと顔を顰めながらそう言って紙を投げるようにハーマイオニーに回した。ロンだって『良・E』がほとんどなんだしそんな変わらないじゃんか。ネビルが「エレナは努力家だもの」自分のことのように得意げに言ってくれる。ちなみにネビルは薬草学が『優・O』だった。天才。
「じゃあ」
ハーマイオニーが私に成績表を返しながら嬉しそうに身を乗り出す。
「あなたも魔法薬学を継続するのね?」
「そうするつもり」
私の答えにハリーが少し羨ましそうにする。闇祓いになるには魔法薬学のN・E・W・Tは必須だからだ。彼の魔法薬学の成績は『良・E』だったらしい。スネイプ先生は最高評価『優・O』の生徒しか受講を許さないので、ハリーは魔法薬学の継続は不可能だと思っているようだった。
突然コンパートメントのドアが開く。三年生の女の子が息を切らしながら入ってきた。
「わたし、これを届けるようにと──ネビル・ロングボトムとハリー・ポッター、あとエレナ・ワイアットに」
ハリーを見つめて顔を赤くしながら、女の子はそれぞれに紫のリボンでくくられた羊皮紙の巻紙を差し出す。私たちが受け取ると、女の子は慌てた様子でコンパートメントから飛び出していった。羊皮紙を広げて中身を確認すると、ランチパーティのお誘いの旨が書かれている。
「招待状だ」
「スラグホーン教授って誰?」
「新しい先生だよ。エレナはエドガーから聞いてるよね?」
「うん」
自惚れっぽいけど、呼ばれるかもしれないと実は薄々思っていた。叔父さんも『棚』の生徒だったのかな。思えば闇祓いになったくらいだしかなり優秀な生徒だったのかも。ハリーが急に「そうだ」と立ち上がり、網棚のトランクに手を伸ばした。
「『透明マント』を持っていけば途中でマルフォイをよく見ることができるし、なにを企んでいるか分かるかもしれない」
「まあ、ハリーったら……」
そういえばハリーはドラコがボージン・アンド・バークスにいるのを見てるんだった。この時点から気付いてたなんてすごいよね、と思いながら私も立ち上がる。ハリーに呆れ声を投げかけていたハーマイオニーと目が合った。ドラコが監督生の仕事をしてないという話題の時にもちらちらと送られた視線だ。そんなこちらを気遣う眼差しにちょっと微笑んでから、私はコンパートメントをでていった。
コンパートメントCでは二足歩行のオットセイのようなでっぷりとしたおなかの持ち主が私たちを待ち構えていた。スラグホーン先生はハリー、ネビルと順々に話しかけ、そして最後に私を見るとにっこりする。
「ああ、きみがエレナだね? エドガーそっくりだ!」
「えっ」
咄嗟に頭を押さえる。い、いまなんて? そっくり? そっくり?? 髪、え、うそ。頭を隠すような奇妙な体勢のまま呆然として突っ立っている私に、スラグホーン先生は「そうそう」と機嫌よく頷いた。
「そうそう?!」
「その髪色もだがね。だがなによりも一番はその瞳だ、よく似ているよ」
「あっ色……そうですね、目とかは似てると思います」
よかった、薄いことを示唆されてたわけじゃなかった。ホッとして相好が崩れる。
そう、この目は叔父さん譲り──正確には祖母譲りらしい──の青色だ。お父さんもお母さんもヘーゼルナッツ色なのに。隔世遺伝ってやつなのかな。叔父さんはたまに「母さんの目の色だ」と懐かしそうに言ってくれるけど、いや鏡見なよと言われるたびにいつも思う。もしかして叔父さん、自分が全く同じ色の目を持っていると知らないのかな。スラグホーン先生、今度言う機会あれば言ってあげてほしい。「姪御さんと目の色そっくりだね」って。
スラグホーン先生による全員分の査定が終わり、長すぎるランチパーティはやっと幕を閉じた。窓の外を流れていく荒涼な景色がホグズミード駅がもう近いことを教えてくれる。
「ハリー、なにしに行ったんだろう」
「分からないわ」
困惑したネビルの声に、ジニー(ザカリアス・スミスに見事な『コウモリ鼻糞の呪い』をかけたという理由で招待されていた)がこれまた困惑しながら首を振った。二人とも、ハリーが消えていったほう──スリザリン生が固まっている車両を見つめている。
「……ハリー、マルフォイの話をしてたよね」
「そうなの?……そういえば夏にマダム・マルキンの店で揉めたって言ってたっけ」
「なにか企んでるんだってずっと言ってたけど……」
二人から物言いたげな視線が突き刺さったが、私は何も言わずにハーマイオニーたちが待つ車両へと足を進めた。汽車が走りだしてもう五時間に近く、真っ赤な夕日も地平線の向こう側に隠れようとしている。汽車内で制服じゃないのはもう私たちくらいのものだった。早く着替えてしまわないと洋服のまま大広間に行くことになってしまう。初日から減点されるなんてごめんだ。
背後から慌てたような足音が追いかけてきた。けれど二人は結局何も聞かなかった。
夕食が始まってずっと経ってからやってきたハリーは血だらけだった。制服にも着替えていない。ハリーは私たちが盗み聞きしていることに気付いていたのか、「今は話せないんだ」なんて大儀そうに鼻血を押さえている。実際はドラコにしてやられただけなのに。
「みなさん、素晴らしい夜じゃ!」
デザートの皿があらから片付きテーブルから消えると、ダンブルドアがにっこり笑い、大広間の全員を抱きしめるかのように両手を広げた。いつもと何の代わり映えしない白い手にどうしてか目を奪われる。健全に年を重ねた、それでも力強い老人の手だ。それなのになんだろう、この違和感は。
「(……どうかしてる)」
心を落ち着けるように一つ息を吐く。ダンブルドアが健康じゃおかしいような気がしてくるなんてちょっと変だ、私。妙な方向に神経過敏になっているのかもしれない。
「新しい先生を二人お迎えしておる。一人はスラグホーン先生じゃ。先生は、かつてわしの同輩だった方じゃが、昔教えておられた魔法薬学の教師として復帰なさることにご同意いただいた」
「二人?」
「魔法薬?」
突っ込みどころ満載のお知らせにみんながざわつく。聞き間違えかというささやき声に負けぬよう、ダンブルドアは「ところでスネイプ先生は」と声を上げた。
「『闇の魔術に対する防衛術』の教師となられる」
「そんな!」
ハリーがダンブルドアの演説中だというのも忘れて信じられないような大声を出した。抗議の声は当然スネイプ先生の耳にも届いたが、先生はそんなハリーの反応がむしろ愉快なようだ。減点の口実ができたもんね。というかスネイプ先生ってどうしてずっとこの職に就きたかったのかな。『闇の魔術』じゃなくてその『防衛術』が好きとは思えないんだけど……不思議。防衛術と比べれば魔法薬学のほうが性に合ってそうなのにな。
「さて、もう一人の先生じゃが──こちらは『闇の魔術に対する防衛術』の補助職員を務めてくださる」
「え、また?」
「もしかしたらシリウスかもしれない!」
そう言いながら、ダンブルドアは教職員テーブルの後ろの扉を手で示した。ハリーが期待を込めて呟いたけど、もし本当にそうなら笑ってしまう。最悪のペア爆誕じゃん。不仲が爆発して学科ごと潰れそう。授業にならないでしょ。
しかし補助職員……原作では全く出てこなかったのにたびたび出てくる。なんなの、この制度。
ギイ、と白い扉がゆっくり開き、部屋の奥から金髪の男が姿を現す。
「は?」
「エドガー・ワイアット先生じゃ」
「はあ?!」
衝動的に腰を浮かせる。私の声は大広間に広く響いたのか、周りがぎょっとした。けれど構ってられない。な、なんで。なにしてんの? 悪目立ちしている私を、叔父さんは教職員テーブルから呆れたように見ていた。
「なに? え、なに? えっ……なに?」
「エレナ、落ち着いて」
「や、だって……え?!」
「早く座らないとほら、マクゴナガルが……」
ネビルのハラハラした声にはっとして寮監を見る。彼女は咎めるような顔で厳しくこちらを睨んでいた。はい、座ります。
ちょっと間を置き、完全に静かになったころダンブルドアは「さて」と再び話し出した。
「この広間におる者はだれでも知ってのとおり、ヴォルデモート卿とその従者たちが再び跋扈し、力を強めておる──」
ダンブルドアが重々しく語っていく。現状世間は危険だけれど、城の安全は確約されている、安全規則──夜はベッドを抜け出さないとか──を遵守するように、など。そういった話を耳に入れつつ、私は合間合間で叔父さんを見つめていた。あんなに嫌がっていたのに。暇になったし補助だからいいかなって? ああ、だから最終日はシリウスの家に預けられたのね。でも心変わりしたなら教えてくれればよかったのに!
「──敵は諸君を利用しようと、狙っておる」
ついドラコを見る。ダンブルドアの言葉は彼の耳に届いていなさそうだった。肘をついて、気を張り詰めたような険しい表情でテーブルを見つめている。
「心してほしい。それでは、寝る時間じゃ!」
ピッピッという謎の掛け声を最後にダンブルドアは話を締めくくった。大広間にいつもの騒音が戻ってくる。私は大広間から出て行く生徒の群れを逆走して、教職員テーブルへ突撃した。
「お前、かなり声でかかったぞ。いつもそうなのか?」
「んなわけっ……誰のせいだと?!」
「私なのか?」
「よく言うよ、驚かせたいからテーブルに座ってなかったくせに」
あんな登場しちゃってさあ。叔父さんは「バレたか」といっていたずらっぽく笑った。
「ねえ、なにを企んで──」
「よっネビル!」
「こんにちは、えーっと……先生?」
「呼びやすい呼び方で構わんよ」
背後を振り返るとネビルが立っていた。首を傾げながら挨拶を返すネビルに、叔父さんはカラカラ笑う。
「いやはや、うちのがあんな問題児だとはなあ。いつもさぞ迷惑をかけてることだろうな? すまないね」
「いえ、そんなことないですよ。いつもはもっと、えっと……普通なので」
「そうそう。ていうかさっきのは叔父さんのせいだし」
「優しいなきみは」
叔父さんは驚いたように目を少し丸くしてネビルを見ている。え、私の声聞こえてない感じ?
「ご両親にそっくりだ」
「ええと……」
「……これからもエレナをよろしくな」
そう言って叔父さんは、自分より高い位置にあるネビルの頭を撫でた。焦げ茶色の髪がぐしゃりと乱れる。
「……叔父さん?」
「さあ、もうすぐ消灯時間なんだから早く寮に帰りなさい」
「いやでも──」
「一度減点してみたかったんだよな。試していいか?」
「おやすみなさい先生!」
わくわくしているようなきらめく青い目に、くるりと背を向ける。ネビルを押して教職員テーブルから離れようとすれば、背後から「ちぇっ」という不満そうな声が聞こえた。ちぇっじゃないが。
「叔父さんのこと、びっくりしたね。エレナも知らなかったんだ」
「ぜーんぜん……どうして教えてくれなかったんだろ」
「うーん、就業規則?」
「断言するけどホグワーツにそんなものはない。花京院の魂をかける」
「だれ?」
並べられたテーブルの間を歩きながら、ネビルは不可解そうな顔をしつつも律義に「あと就業規則はあると思うよ」と突っ込んだ。あるの? じゃあ花京院はコインになっていただいて……。
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