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六年生目の初日はこれまでとはちょっと違う。O・W・Lの成績次第で残り二年の授業科目が決められるのだ。朝食が済むと、マクゴナガル先生による時間割の確認作業が始まった。
「さて、最後はワイアットですね」
ロンの時間割を見終えたマクゴナガル先生が私の席へとやってきた。授業希望申請書には何の不備もないはずだけど、なんとなく背筋を正す。
「ふむ、基本的にどれも継続可能ですね。希望書も問題はありません。魔法史や占い学は『可・A』の生徒でも履修できますがとらなくてよいのですか?」
「いいです、あれはちょっと……はい、いいです」
「分かりました。それから魔法生物飼育学は……」
「あー……」
優しく気の良い先生と下手すれば殺されてしまうような恐ろしい動物の授業。多くの生徒が抱える難しい天秤だった。おそらく、今年の学年で履修する生徒はいないだろう。ハリー達でさえも友達とはいえわざわざ試験科目を増やそうとは思えないと口を揃えて言っていた。
少し迷った末、私は結局「やめておきます」と口にした。飼育学ね、興味はあるんだけどね……命が惜しい意気地なしでごめん。
記念すべき最初の授業は『闇の魔術に対する防衛術』だった。分厚いカーテンで日光は遮断され、蝋燭のぼんやりとした明かりが趣味の悪い絵画を不気味に照らし上げる。磔の呪いにかけられた人や吸魂鬼にキスされる人とか……なに、これらはまさかスネイプ先生の趣味なの? そうだとしたら正直引く。アンブリッジといい勝負だよ。
さて、そんな陰気な教室の中で、叔父さんは不釣り合いすぎるほどのにこにこ顔をしてスネイプ先生の背後に控えていた。今更だけどスネイプ先生に補助って必要かな。もう六年以上教師してるし……補助のほうが未経験の新米ってどうなのよ。
「諸君は、吾輩の見るところ、無言呪文の使用に関してはずぶの素人だ。無言呪文の利点は何か?」
手を挙げたのはいつものごとくハーマイオニーだけだ。叔父さんが私を見ている。手を挙げろって? やだよ。
「それでは──ミス・グレンジャー?」
「こちらがどんな魔法をかけようとしているかについて、敵対者に何の警告も発しないことです。それが一瞬の先手を取るという利点です」
「『基本呪文集・六学年用』と一字一句違わぬ丸写しの答えだ」
「スネイプ先生は無言呪文を扱うのに非常に長けておられる。教科書に載っていない利点についてはこれからの授業でたくさん教えてくださるぞ!」
ハーマイオニーの完璧な答えをスネイプ先生は冷たくあしらったが、叔父さんは間髪入れず元気いっぱいに教室中へ笑いかけた。スネイプ先生は苦い顔だし生徒たちはぽかんとしている。スネイプ先生に同調しかけていたスリザリン生は困惑し、その他の寮生はムッとしたような反感を霧散させていた。そっか、こういう時のクラッシャーとして補助職員になったんだ……。私はというと、にこにこしてる叔父を見て言いようのない気持ちに包まれていた。なんだろう、この絶妙な恥ずかしさ……。
「そして私も微力ながらお手伝いしたいと思う……ああそう、挨拶を忘れてたな。エドガーだ。元闇祓い。一年だけだがよろしく頼むぞ──」
「無言呪文の利点は」
マイペースな叔父さんの言葉を遮って、スネイプ先生がちょっと声を張り上げた。周りからの『どうなってんだよお前の叔父』みたいな視線が突き刺さり、頭を抱えたくなる。身内が目と鼻の先で大暴れしているのに止められない。もう、もうやめて、黙って。
「先程の回答で概ね正解だ。呪文を声高に唱えることなく魔法を使う段階に進んだ者は、呪文をかける際、驚きという要素の利点を得る。言うまでもなく、すべての魔法使いが使える術ではない。集中力と意志力の問題であり、諸君の何人かには、こういった力が欠如している──」
「慣れるまで大変かもしれんが、今後鍛えていこうな!」
もうほんとうにやめてほしい。
恨みがましそうなスネイプ先生と目が合った。無理、無理です。なんなら私も被害者だから当たらないでください。
二人一組に振り分けられ、無言呪文の練習が始まった。私はネビルと組んだはいいものの、ネビルはがっつり呪文を呟いてしまっていた。これだとタイミング分かっちゃうんだよな……。苦笑いしながら盾を張って呪文を防ぎ、どうしたもんかなと思案する。先生は両方とも無言で攻防しろっていうけど、どっちかは声出してやった方が練習しやすそうじゃない? 攻守が交替したので今度は私が無言でネビルにシレンシオをかけると、彼は困った顔で口を押えた。
「ほうほうほう……」
獲物を見つけたといわんばかりの声音が降ってきた。嫌な予感に身を強ばらせながら、背後をゆっくり振り返る。
「ワイアット、前へ来い」
「……はい」
八つ当たりしないでって言ったじゃん。言ってないけど。
ホグワーツに入って私が初めてスネイプ先生の意地悪を受けた瞬間だった。
「補助職員、辞職、させ方」
「エドガー叔父さんすごかったね……」
がやがやとした廊下で、そう呟いた私の声はひときわ陰気だった。ネビルは感心しているけれど私はとてもそんな気持ちになれない。こっちは模擬演習と称して散々みんなの前で無言呪文の応酬をさせられたのだ。あのスネイプ先生相手にほぼ一時間ずっと! 私がヘマして途中でへばることがないようにっていう手加減までしちゃってさあ。許せない、許せないエドガー・ワイアット。にぎやかし要員なんてしてないでさっさと止めてよ。なにを補助してんのさ。
「でもあのスネイプから二十点ももらえたんだからよかったじゃないか」
「身内点だしあんまり嬉しくない……」
叔父さんが私たちの周りをずっとちょこまかしていて、しかもあんまりうるさかったから仕方なくくれたんだろう。それにあんな苦虫を噛み潰したような顔で点を貰っても素直に喜べない。
「よ、お疲れ様」
「あなたの叔父さん最高の先生ね」
「ああ、あのスネイプと息ぴったり! 一年なんて言わずずっといてほしいぜ」
「させない、絶対に辞めさせる」
それこそ一年と言わずすぐにでも。同級生たちのニヤニヤとした冷やかしをぴしゃりとした調子で跳ね除ける。神経が削られまくっていて受け止める心の余裕もない。いやほんと頑張ったよね私。初日から偉すぎる。労いとご褒美の気持ちでお昼のテーブルに並べられたトライフルをたっぷり皿に取り分けた。あ、あとでドビーのところに行こう。お土産渡さなきゃ。
ネビルは魔法薬学をもうとらないらしい。成績は十分だったし、これといった苦手意識もない。さらにいえば担当教員は陰険蝙蝠でもないのに。それでも履修はやめたと彼は首を振った。
「あの魔法薬学を『良・E』でパスできただけで満足だよ。それに薬草学に専念したいんだ」
「そう……」
たしかに彼は去年からミンビュラス・ミンブルトニアの繁殖にご執心だった。「今年こそは」と決意で瞳を燃やしている。今年は特別大きな試験もないし去年以上に温室に入り浸るつもりなんだろう。早速温室へと向かった背中を見送り、私も地下牢教室へ行くために、地下へ続く階段を下りて行った。
この科目の継続を決めたのは四寮合わせて十三人しかいなかった。私はその人数に驚いたけれど、そう珍しいことでもないらしく、スラグホーン先生はまったく気にしていない。少ない生徒たちをにっこり歓迎して、教室内に招き入れた。
私はハーマイオニーたちと同じテーブルに着いた。近くの金色の大鍋からの漂う香りに頭がぼうっとしてくる。バターたっぷりの素朴なクッキーや瑞々しいレモン、ムネモリア、そしてこれは香水だろうか──ヴァーベナの柔らかい爽やかさに混ざって仄かに甘いホワイトムスクの香りがした。においを嗅ぎ分けるたび、くらくらして酸欠になったような感覚に襲われる。鍋から距離を置き、うっとりして溶けそうな意識をなんとか叩き起こした。ちょっと嗅いだだけでこれなのか。
「(アモルテンシアこわ……)」
「さーてと……みんなに見せようと思っていくつか魔法薬を煎じておいた。ちょっと面白いと思ったのでね。N・E・W・Tを終えるころにはこういったものを煎じることができるようになっているはずだ」
てことはいずれ魅惑万能薬も作るのか……。少し複雑な気持ちだ。別に何をされたわけじゃないのに、なぜかアモルテンシアへの苦手意識が爆発していた。
先生はスリザリン生が占領しているテーブルに一番近い鍋を指して薬の名前を生徒たちに尋ねた。いつも通りの人の手が挙がり、完璧な答えを告げる。しかし満足げだった先生も、三回連続で同一人物が手を挙げたので、さすがに面を食らっていた。
「君のお名前を聞いてもいいかね?」
「ハーマイオニー・グレンジャーです、先生」
「グレンジャー? ひょっとして超一流魔法薬士協会の設立者のヘクター・ダグワース・グレンジャーの親戚かな?」
「いいえ、ないと思います。私はマグル生まれなので」
クラッブとノットが大きく鼻で笑った。ドラコは無関心を貫いている、というより、またしても先生の話を聞いていなさそうだ。授業を受けるより必要の部屋に籠って作業をしていたいのかもしれない。固い顔で、視線を落としている。
もうきっと計画は始まっているのだろう。二人で話す時間がほしい。でも昨日から、一度として彼と視線が合うことはなかった。完全に存在しないものとして扱われている。まだ今年も始まったばかりだからいいけど、こういうのが続くようならなにか策を練らなきゃいけなくなるなぁ……。
ハーマイオニーがお気に入り認定され、幸運の液体についての説明も終わり、いよいよ実習が始まった。『生ける屍の水薬』の出来が一番良かった人にフェリックス・フェリシスの小瓶一本が提供してもらえる。斜め前に座るハリーをちらっと見た。彼は前の所有者──プリンスの書き込みが煩わしいのか苛々と目を細めて教科書に顔を近づけている。まだプリンスの才能に気が付いてないようだった。
カノコソウの根を刻みながら、たしかと記憶を探る。この薬、ハーマイオニーですら調合にかなり手間取っていたような気がする。なら私にだって作れるわけないよね。あんまり気負わずいつも通りやろ。そう決めて、私は鍋に微塵切った根を落としていく。鍋からはたちまち青みがかった湯気が沸き上がった。
「なんと成功者が二人も現れるとは!」
作れてしまった。なにこの即落ち二コマ。
でも私の薬は完璧じゃない。先生が落とした葉っぱを溶かし切ったハリーの薬に対し、私のものは溶け切らず一部が浮いて残っていた。それを判断基準とし、スラグホーン先生は「非常に惜しかったが」と慰めのような言葉を私に送り、代わりにハリーへは約束通り幸運の液体を贈呈した。
「なにをしたの?」
「催眠豆の汁を既定の倍近く使った」
刻んででてくる汁は少量すぎるから、薬がライラック色になるまで刻んだ汁を入れまくっただけだ。ただの力技。あとカノコソウも足りない気がしたからちょっと足した。そんな感じでいろいろと材料浪費したから学校側としては大損だと思う。
後ろめたくって小声でぼそぼそ答えると、ハーマイオニーは「教科書の通りにやらなかったのね」と咎める声を出した。でもアスフォルデの球根の粉末は半分しか使わなかったから許してほしい。
「あなたもハリーも、どうして書いてない手順でやるの?」
「え、なんとなく……?」
教科書を軽んじてるとかそういうわけではないんだけど……なんていうか、気分? とにかく明確な理由はないので疑問符をつけて答える。しかしあまりにふわふわした回答だったせいか、教科書絶対主義者のハーマイオニーは憤慨してしまってそのあとちょっと口を利いてくれなかった。
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