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寝室の空気がおかしい。パーバティと二人、こっそり目配せをする。
「ハーマイオニー、なにを読んでいるの?」
「ルーン文字学の課題図書よ」
「勉強熱心で偉いわね。四六時中机や本にかじりつくなんて私には絶対無理。勉強なんてつまらないことを喜んでできるなんて、正直信じられないくらいよ」
「あら、あなただって鏡を手放すことはないじゃない。五分おきに前髪をいじったり顔の角度を確認したりなんて、それこそ私にはできないわ」
ハーマイオニーとラベンダーの会話には口を挟む隙も──というか挟む気なんて起きないけど──ない。随所に毒や針を忍ばせた会話をしているというのに、二人とも不気味なほどにこやかだった。なに、え、なんか……ギスってないかな、空気。気のせい? そうパーバティを見ると、彼女も恐ろしげにルームメイト二人を大きな瞳だけで交互に見ていた。気のせいじゃなかった。
私はずっとネビルに付き添って温室に籠っていたから見てないけど、今日はクィディッチの選抜日だった。ロンは無事コーマック・マクラーゲンより多くシュートを守りキーパーの座を継続できることになったらしい。ほかのメンバーにはジニーとかケイティとか見知った面子。加えて新規メンバーもちらほらいたり。さっき談話室で見かけた新キャプも別に浮かない顔はしてなかったから、ハリー的には満足のいく選抜結果だったんだろう。
一グリフィンドール寮生としてもいいメンバーが集まったことは嬉しい。でもそんなめでたさは嘘かな? って思ってしまうほど、なんかこう……尖ってるのよ、部屋の空気が。肌が痛い、チクチクする。首のあたりを強く擦った。パーバティも同じ気持ちなのか腕をさすっている。「ねーえ、パーバティ」ラベンダーから急に話しかけられたパーバティの肩がビクリと跳ねた。
「な、なに?」
「彼、こっちとこっち、どっちのほうが好きかしら?」
「知らないわ……」
ラベンダーの綺麗なにっこり顔の両側に黄色地のヘアバンドと、青色の細いアリスバンドが並んでいる。どちらにも淡い紫の花が飾られていた。パーバティはなんとか普通に返事をしたが、結局無理だった。言葉の通り『知らねえ』という表情で顔を引き攣らせている。彼ってロナルド・ウィーズリーですか? ですよね。本気か? ルームメイトがこんなバチバチになるってすっかり忘れてたな……。
「もう……じゃあエレナはどう思う?」
「エッ」
ラベンダーはぐるんと首を曲げ目をぱちぱちさせて私を見ていた。ま、巻き込まれた、飛び火した……。
「あー……どっちが好きとかは知らないけど、その花が映えるのはヘアバンドだと思う」
「ほんとう? ならこっちにしようかな……」
ラベンダーはヘアバンドを装着して「かわいい?」と私たちに向かって首を傾げた。かわいいかわいいと相槌を打てば、彼女は満足そうに頷いてヘアバンドを外す。ラベンダーが俯いたその一瞬、ハーマイオニーのほうから鋭い視線を感じた気がしてハッと彼女を見遣る。しかし彼女はこちらを一切見ていなかった。いやでも絶対今殺気……覇王色が……。
「この花綺麗でしょう、ミヤマヨメナよ。花言葉は『穏やか』──」
「ラベンダーが……おだやか……?」
「なによ! ほかにも『忘れ得ぬ人』とかだって──」
「あら、『別れ』や『短い恋』じゃなかった?」
冷ややかな声が会話に割って入ってきた。ハーマイオニーが友人相手にこんな気遣いを放り投げた言い方するなんてと思わずぎょっとして彼女を見たけど、相変わらず本に視線を向けたままだ。パーバティは緊張した顔で親友の様子を窺っている。
ラベンダーは一瞬ハーマイオニーをひっぱたくかと思うほど険しい目付きをした。しかし怖くなるほどの速さで顔に笑顔を戻す。
「それでもいいわ。たとえ短い恋だとしてもそれだけ深くて濃い愛が育めるってことだもの。まあもちろん短くないでしょうけど」
「そう都合良くいくかしらね」
「……えっと……ロンは知らないんじゃないかな、花言葉なんて──」
「誰もロンの話なんてしてないわ」
「あっそうですねすみません」
「ふふ、謝らないでいいのよエレナ! だって私の愛が深すぎて名前を出さずとも伝わっちゃうってことだもの」
あー、油、火に。「それってとっても嬉しいことだわ」と身をくねくねさせるラベンダーに狐のような鋭い目付きのハーマイオニー。自身の失言をすぐに悟ってつい遠い目になった。隣の彼女から「何余計なこと言ってんのよ!」と小声で叱られ腰をどつかれる。ちが、ごめん、仲裁のつもりで……だってこんな展開になるとは思わないじゃん……。
頬を染めつつも、うふうふ笑って嬉しそうにしているラベンダーに、ハーマイオニーはとうとう本を閉じて(最後の砦が消えた)、「あら」と口元を緩めた。その顔は美しく笑っていたが意地悪にも見える。
「エレナは勘が鋭いしよく気も回るから分かってくれただけじゃない? ロンは分からないと思うわ。これまでずっと一緒にいたから分かるけど、彼、かなり鈍いもの」
「そんなの、あなたの気持ちが足りないからでしょ。それをロンのせいにするなんて酷いわ」
「いやだわラベンダー、何の話をしてるの?」
「ああごめんなさい、なんでもないの」
ギス……ギス……。
空気の音なのか私たちの胃が痛む音なのか分からないね。疲れた顔のパーバティに内心でそう語りかける。同部屋の子たちが色恋沙汰でもめてる状況は精神的にきついけど……まあでも、これもあれだよ。
「アオハルだね!」
「なにそれ」
「今の状況とかコーラにメントスぶち込むこととか制汗剤のキャップ交換したりすることとかを日本ではそう呼ぶんだよ」
「変な国……」
解せぬい……。
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青春っぽいことをみんなとするのがマイブームだ。
パーバティと制汗剤のキャップを交換したり、ジニーと箒二ケツして校内を爆走したり、廊下凍らせてスケートしながらペンキぶちまけてナワバリバトルしたり、深夜の禁じられた森でキャンプファイヤーしたり、みんなで闇鍋したあと星を観ながら百物語をしたり。すごく楽しい。しかしそもそも私の中の青春ストックが足りないので迷走してきている感は否めない。あ、次はユニフォームを模したストラップを作ってみようかな。裁縫は得意じゃないけどこういうのは歪さがいいんだよね、知らんけど。
ちなみに最初の以外全部怒られてる。私にはこの約一か月ちょっとのDADAで稼いだ点がごっそりあるから減点は怖くない。けど私今年度ずっとモデルケースとして生贄にされるのかな……。それは嫌かも。
「エレナ、パンプキンタルトとってくれない?」
「はーい……あっそうだ。『ネビル! エレナを甲子園に連れてって!』」
「えっコウ……わ、わかった、いつ?」
ハロウィーン期間限定のパンプキンタルトを小皿に取り分けながら、唐突に思いついたので甲高い裏声でお願いする。ネビルは差し出した皿を受け取るのも忘れてぽかんと口を開いた。いきなりのことにちょっとびっくりしていたネビルだったけれど、彼はすぐにきりっとした顔を作ってくれる。連れてってくれるの? やさしい、その返答がもうラブ。突然吹っ掛けたのに否定も拒絶もしない優しい親友に表情筋が溶ける。でも悪徳商法にひっかからないか心配だ。
冗談だよと言うより前に「ワイアット!」とどこか偉そうで横柄な声がかかり椅子が揺れる。私の隣にどっかり腰かけたコーマック・マクラーゲンはテーブルに肘をついてにやにやした顔をしていた。
「今夜のスラッギーじいさんのパーティ、お前も来るだろ?」
「ネビルもね」
週一でのスラグ・クラブに私はまだ招待されていた。もうそろ私には棚に飾れるような才能がないってことに気が付いてもいい頃なのに。こうも一か月以上粘るなんて、夏に会った時叔父さんになにか言われたんじゃないだろうかと思う。正直スラグホーン先生からの期待は身に余りすぎてつらいけれど、パーティにはネビルのほかにもハーマイオニーだっているからそこまで苦じゃない。
コーマックは忘れてんじゃねえという私の細かい指摘を無視して、「そこで頼みがあるんだが」と声を落とした。
「グレンジャーと二人きりの時間を作ってくれないか?」
「……へえ」
よく私にそんなことを頼めるものだという感心が零れる。マクラーゲンが普段からロンやジニー、それから何といってもネビルの悪口を言っているのを私が知らないとでも思っているのだろうか。それに私自身、二年前の三大対抗試合のとき彼に馬鹿にされたのをしっかり覚えている。自分が馬鹿にしていた相手によく頼み事できるね。プライド高いのかないのかわかんないや。
厚顔さに驚いている私に気付かず、彼は肩に腕を回してきた。「なあ、頼むよ」耳元で吐息をたっぷり含ませたわざとらしい声がする。距離の近さが不快だったので身を捩ったら、なぜかクスリと笑われた。
「邪魔さえ入らなきゃ絶対に落とせるんだ」
「はあ……」
「コウシエン、俺なら完璧にエスコートしてやるぜ?」
まあいくら色仕掛けされたって言われてる内容は結局これなのであんまり響かないんだけど。甲子園のエスコートって何? 変な知ったかぶりはやめなよ。でも普段の尊大さを思うと少し可愛いかもしれない。こういう作戦なのか? だとしたら成功してるよ。
私はちょっと唸って悩み、マクラーゲンの体を押しながら「じゃあ」と口を開く。私の力の強さに驚いたのかマクラーゲンは目を丸くしていて、ちょっと気分が良かった。
「前払いして」
「なに?」
「スネイプ先生の目の前でバタビにペロペロ酸飴いれても減点されなかったらハーマイオニーと二人きりにしてあげてもいいよ」
「なんだ、そんなことでいいのか?」
マクラーゲンは片眉だけを器用に山なりにして、こちらをおちょくるような笑みを浮かべた。「見てな」マクラーゲンは自信満々に立ち上がって大広間から姿を消した。
「ハーマイオニーと二人きりにしてあげるのかい?」
「まさか。減点されないわけないもん」
「……じゃあコウシエンはマクラーゲンと行かない?」
「行かないよぉ!」
ちょっと心配そうなネビルの言葉をすぐに否定すれば、彼は「よかった」と言ってへにゃりと笑った。もうほんとラブ……。一緒に行こうねと指切りをする。野球のルール調べておこう。
そんな私たちの前を、バタービールの瓶を腕いっぱい抱えたマクラーゲンが通り過ぎていく。マクラーゲンは意気揚々と職員テーブルのほうへと向かって行っていた。魔法の力も加わった超絶化学反応でバタービールの花火が派手にぶち上がり、教師方の雷が大広間に響き渡るまで残り数十秒ってところだろう。私、なにも今やれなんて一言も言ってないのに。勘違いさせるつもりもなかったんだけどな……。
「お前のせいでマクゴナガルとスネイプからそれぞれ四十点ずつ減点された! 信じられるか? 八十点だぞ! 加えて二週間の罰則だ!」
「八十? まだちょっと余裕あるしもう二十点くらいされてきていいよ」
「ふざけるな!」
この後ガン切れしたマクラーゲンから決闘を申し込まれたが普通にドン勝つした。
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