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もはや青春とはいえないような青春の真似事やマクラーゲンに対する意地悪の皺寄せはすぐにやってきた。
「一級問題児な双子の先輩がいなくなったからと言って、あなたがその伝統を引き継ぐ必要は決してありません」
「そういうつもりでは……」
マクゴナガル先生は腕を組み仁王立ちをして私を冷たく見下ろす。固い廊下に正座したままごにょごにょ返答すると、先生の細長い眉がぐぐっと動いて眉間の皺が濃くなった。
「では教室を海水で満たし壁を取り払い、魚だけならまだしも大量のマックルド・マラクローも放流させ一つの大きな水槽にしてみせたのはあなた独自のアイデアということですか?」
ちらりと横を見る。ベビーベッド大の水槽の中で、私が用意した魚やマックルド・マラクローがすし詰めにされていた。その背後のあけっぴろげにされた扉からは、先程まで揺れていた海藻や椅子や机に生えていた珊瑚礁はすっかりなくなり、水気のない乾ききった教室が覗いている。「何をやっているのですか!」の杖一振りで瞬きの間に元通りにされてしまった教室に、あーあとがっかりしながら般若を背負うマクゴナガル先生を見上げた。
「海中トンネルって知ってますか? 水族館の」
「……水族館なら聞いたことはありますが」
「私はその海中トンネルみたいな、直接歩いて見て回れる海底みたいなものを教室で再現したかっただけなんです」
天井や床は透過して光の道を作ったが、壁は透明にせずあえて消し、それでもなお水が廊下には一滴も零れていかないように空間領域の調整をして。あと海中生物を用意しておしゃんな感じに配置したりするのはそこそこ大変だった。海底の準備は終わって、あとは全身に防水魔法かけるだけ! ってところで見つかってしまって、本当に残念でならない。
マクゴナガル先生は私の説明を最後まで聞くと、頭痛をこらえているような表情で「それで?」と続きを促した。
「そもそもなぜそんなことを?」
「幻想的で綺麗かなって」
「五十点減点です!」
五十! 全然使われてない空き教室だったから好き勝手してもいいと思ったのに、ここまで怒られるなんて。でもこのくらいなら想定内だ。これでちょうど点数ストックはなくなった。また稼がなきゃなと考えていると、先生は険しい顔のまま「それから罰則を与えます」と告げた。げ、そっちは想定外。
「明後日の朝九時、わたくしの部屋に来ること」
「えっでも明後日はホグズミード……」
「あなたに次のホグズミード休暇はありません」
「そんな!」
咄嗟に嘆くと寮監は「当たり前でしょう!」と鼻息荒く言い切った。怒りを全身に漲らせている先生に身を竦ませる。
「ワイアット、最近のあなたは目に余ります。この前マクラーゲンを唆したのもあなただと聞いていますよ」
「でも、だってそれは──」
「言い訳は結構」
ぴしゃりとした口調に口を噤む。しばらく懇願するように先生を見つめ上げると、彼女は厳しかった表情を少し緩め、やがて仕方なさそうに大きくため息を吐いた。
「……ですが、六年生になったばかりでアグアメンティを応用し空間制御までをも完璧に行ったという点は評価するに値します。よって十点与えましょう」
「マクゴナガル先生……」
「ですが罰則は取り消しません。明後日、忘れずに来るように」
先生はマックルド・マラクローに噛まれた私の手を見て、「医務室へお行きなさい」と言い残し背中を向けた。立ち上がって小さなギザギザの噛み痕を残す左手を見る。マックルド・マラクローはそう大きい生物ではないし、痛みはもうほとんどない。この噛み傷の難点といえば一週間ちょっと不運になることくらいだ。
「……得点より休暇のほうがよかったな」
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かといってこれ以上の減点はストックがないので困る。なので私はみんながホグズミードへと向かう中、泣く泣く寮監の部屋を訪れた。でも今日は前が見えなくなるほど雪がひどいし、喜んで外出するような天気でもない。こんないい罰則日和なのにみんな罰則できないなんて可哀想。代わってあげたい! いや負け惜しみじゃないです。全然違うので。
マクゴナガル先生はきっちり時間通り訪れた私たちに「よろしい」と満足げに頷く。いやちょっと待ってくださいよ〜そりゃ最近は少し素行不良だったかもしれないけど、この過去五年を思い出してほしい。あんなに優等生だったじゃないですか私。それなのになにこの信用のなさ。信頼の失墜一瞬じゃん、後学のためになるわあ。
「さて、あなたたちには今年新しく仕入れた蔵書のラベル張り作業をやっていただきます」
そう言って連れてこられたのは大量の本が壁のように高く積まれた小部屋だった。なんだ、罰則ってこの程度か。これならちょろあまだぜ! しかしそう杖で一斉に作業しようとしたら煙のように現れたマダム・ピンズにハリセンではたかれた。
「なんて雑な作業をするつもりなんですか? 空気が入ったらどうするんです?」
「ワイアット……」
え、なんで呆れられてるの? 確かに早計だったかもしんないよ。でもやる気を評価してくれたって……。悲しい気持ちになりながら用意されたラベルを一枚手に取った。見本用のラベルの一つが目の前をひらひら飛び、勝手に折れていく。これを手本にやれということらしい。
「私たちも業務があるのでしばらくここは任せますが、昼に進捗を確認しに来ます」
「見てないからって杖を使ったりしないように! 楽をしたら分かりますからね……それと、昼までにここの本の山まで終わらせておくこと」
「えっウォールローゼまで?!」
「……マルフォイ、彼女が暴走しないように見張っておいてください」
「はい」
疲れ顔のマクゴナガル先生に頼み込まれ、ドラコは今日初めて声を出した。『お前やばいな』といいたげな視線が突き刺さってるの本当になんで? 解せなすぎる。だってマダム・ピンズがあんな無茶言うから……。え、私が悪いの? 解せない。先生たちがいなくなり静かになった部屋で、ドラコが溜息を吐いた。解せない!
「なんでここに?」
「教室を水槽にしたら怒られた」
「疲れてるのか? スネイプのせいか?」
「半分くらいそうかも。そっちこそどうして罰則うけてるの?」
作業しながら背後の声に負けじと打ち返すと、僅かな沈黙の末「宿題、忘れたから」と小さな声で返された。
「……え、疲れてる?」
「うるさい。だいたいお前らの寮監がいちいち細かいんだよ。たった二回忘れただけで……」
「いや二回って。まだ十月半ばなんですけど」
「十月半ば時点で二百点近く減点されてるやつにいわれたくない」
「その分稼いでるからプラマイゼロだもーん」
ラベルに折り目をつけながら、案外話せてるなと思った。なんか──そう、“普通”。普通だ。うん。避けられてる気がしてたんだけど思い過ごしだったのかもしれない。
「(……最後の会話も、気にしすぎだったのかな)」
「手動かしてるか?」
「うん、もうウォールマリア半分まで壊したよ」
「おいちゃんとやってくれ、僕の罰則が増える」
「増えないよ?」
どういうこと? 何を危惧してるんだろう。私の形成した真新しいラベルに包まれた本の山をチラ見してドラコは心底安心したようにホッと肩を下ろした。ねえほんとなに、この信用のなさ……。
「どうして宿題忘れちゃったの?」
「は? よくあることだろ、このくらい」
「よく? ドラコがこの五年で宿題忘れて罰則食らったことって何回あるの?」
ロンは私のことをこそこそ優等生といったけれど、それはドラコにも当てはまると思う。ハリー達と喧嘩して──実際やってるのは呪いのかけあいだから喧嘩なんて可愛いレベルじゃないけど──マクゴナガル先生に減点されることは数多あれど、宿題をやり忘れて罰則だなんてそんな情けないことそもそも彼のプライドが許さないだろう。
「ずいぶん知ったような口を利くじゃないか」
「ヤな言い方するなあ……このくらい私じゃなくても分かるよ」
「……ふん」
謎に突っかかられてまじまじとドラコを見たが、彼は仏頂面をしていた。レベッカは勿論ハーマイオニーとかハリーとか……あと多分ネビルも。とにかく普段のドラコを知っている人ならきっと不自然に思うだろう。ロンは多分無理。
「なにか心配事とかあるんじゃないですか」
「……」
「……顔色悪いし」
「別にこんなのなんでもない──いつも通りだ。照明のせいだろ」
ドラコはこちらを見ずにそっけなく言った。そんなごりっごりに隈作って何を言ってるんだ。ドラコは自分の肌がどれだけ青白いのかもっと自覚した方がいい。クラッブとかゴイルは何も言わないのだろうか──いや、ドラコが跳ね除けてるんだろうな。現在進行形でドラコが纏っている頑なさからそう察する。
「ねえ、もしなにかあるなら言ってよ。きっと力に──」
「結構だ」
迷いつつ言葉を進めたのがいけなかったのか、最後まで紡ぐことはできなかった。
「言ったはずだろう」
パタンと音を立てて、ドラコの手の中の本が閉じられる。ランタンの中の火が不意に揺らぎ、ドラコの顔に一瞬深い陰を作った。雪を混じえた強い風が窓を忙しなく叩いている。
「きみの助けは必要ないと」
そう柔らかく拒絶する声は聞いたことがあるものだ。ついこの前、六月のフクロウ小屋──ドラコはあのときとそっくりの顔で微笑んでいる。でもあの日とは違って、その笑顔はひどく苦しそうに歪んでいた。そう見えるのは灯りが落とした影のせいではないはずだ。
ああ、これが“普通”だなんてよく言えたな。私は大間抜けな節穴馬鹿だ。
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