9



 変身術の教室に入って一番に視界へ飛び込んできたのは、全身を糊付けされたかのように隙間なくくっつきべたべたするカップルだった。その光景につい唇をキュッと引き結ぶ。もう一か月近く経つのにべたべたべたべたべたべた……よく飽きないね。まあこういうのは飽きる飽きないの話じゃないか。愛じゃもんね〜。えっいまの私性格悪……。

 冷やかすような思考をしてしまった自分を諫める。ラベンダーだって私の友達だし、祝福しなきゃいけないとは思う。……でもずっと一途に追っていたもう一人の友達を知っていれば彼女の肩を持ちたくなるのはしょうがないよね、人間だもの。

「本当に入れてしまえばよかったのに」

 うんざりした顔のハリーの隣に腰掛け、周りに聞こえないようにちょっと詰る気持ちで呟く。それだけで私がこの前のクィディッチ試合の件をすべて承知していると察したハリーは、不貞腐れた顔で「僕が一番思ってる」と返した。まあ、でしょうね。顔を回してもハリーのもう一人の親友──ハーマイオニーの姿は見えない。ここ最近の彼女はロンとラベンダーを見たくないからか、授業が始まるギリギリに現れ、そして誰よりも早く教室を去っていた。


 クィディッチ試合が行われたのはちょうど一か月前だ。その試合でハリーはロンに幸運の液体を盛った──ふりをした。結果どうなったか? 単純なロンは自分を魔法界一幸運なのだと思い込み、プレッシャーを跳ね除けて見事なプレーを披露し、グリフィンドールを勝利に導いてくれた。で、なにがどうなったか、彼は試合終わりにはラベンダーと四六時中キスをする中になっていた。なんで? 本当に分からん。

 本当に盛ってたら──本当に幸運だったなら、ロンはハーマイオニーと付き合う……とまではさすがにいかなかったかもしれないが、それでもこんな険悪になることはなかったろうに。今夜のクリスマスパーティだって二人で行ってたんじゃない? でももう手遅れだ。ロンはもはやラベンダー専用のパックンフラワーと化してしまった。ハーマイオニーはハーマイオニーで、試合の翌日にはもうロンへの嫌がらせのためのペアを探すことにシフトしてたし。判断が早い! その決断力や、ヨシ!



 授業終わりのベルが鳴るや否や、ハーマイオニーは学用品をほとんど机の上に置きっぱなしにしたまま、すかすかの鞄を抱えて飛び出した。すぐにハリーが置いてけぼりにされた彼女の教科書類をかき集めてその後を追っていく。
 これまでハリーはなるべく公平であろうと努めていて、どちらに対しても肩入れはしていなかった。けれどこれではハーマイオニーがあまりに可哀想だと判断したのだろう。私もそう思う。もうこの際ぶっちゃけるけど私はハーマイオニー贔屓だし。

「ちょっとそこのロナルド・ウィーズリーさん」

 だから私はこの男を放ってはおけない。
 ハーマイオニーの後を追いたい気持ちを堪え、高い作り声で名前を呼ぶ。ロンはぎくりと固まったが、それでも「なんだよ」と言って顎を突き出した。

「さっきのバカ寒いダダ滑りしてたくそギャグはなーに?」
「だ、だってあいつが僕の口髭を笑うから!」
「髭を笑ったのはハーマイオニーだけじゃないけど?」

 今日の授業は人の変身についてだった。ロンの失敗したチョビ髭を笑ったハーマイオニーに対する報復として、彼はハーマイオニーが先生に質問するときの挙動の真似を大袈裟にして、彼女を笑いものにしたのだ。それ以降の授業の残り時間、ハーマイオニーは練習もせずにずっと俯いて肩を震わせていた。
 たしかに彼女はロンの髭を笑った。けど今日の授業は誰もが失敗して笑いあうのがお約束だ。ハーマイオニーの笑いに多少意地悪な気持ちが含まれていたとしても、ロンの仕打ちが同レベルと言い張れるものなわけがないだろう。なーんて御託を並べはしたが自分の主張が公平でない自覚はあります。でも私はハーマイオニー贔屓なのでそんなのは知ったこっちゃない、押し通す。

「それに滑ってない、ラベンダーとパーバティは笑った!」
「あんなので笑うなんて沸点スリザリン以下だと思う」
「ええと、そうね……あ、ほら、似てない物真似ほど可笑しくなっちゃうことってあるじゃない? 私はそれよ」
「あら、私はそうは思わない。あの動き、そっくりだったもの。ロンはしっかり特徴をとらえてたわ」

 パーバティは気まずそうに取り繕ったが、ラベンダーは彼氏同様強気だった。私は、今度はラベンダーへと矛先を変える。ロンと付き合って以来、勝ち誇ったように毎晩寝室で惚気話をしている彼女にも言いたいことはあった。

「ラベンダー、もしハーマイオニーがロンと付き合ってたとしても、あの子はあなたにそんな意地悪しなかったはずだよ。最近は特にひどいし」
「う、それは、でも……、……っなによ!」

 厳しくそういえば、ラベンダーは自覚があったようで少し言い淀み、怯んだ様子を見せた。しかしすぐにキッと強く私を睨んだ。

「綺麗事ばっかり言って……! だってあなたは勉強もできて呪文も得意で、みんなと仲が良くて……何でもできるじゃない!」
「え? あ、ありがと……」
「褒めてないわよ!」

 ラベンダーは悔しそうに、少し瞳を潤ませながら突然私を褒めた。困惑しながらも反射的にお礼を言えば即座に否定される。いやどう聞いたって褒めてるんだけどな……え、なにが始まったの、これ。パーバティとロンも目を白黒させて取り乱す彼女を見つめていた。

「私、ロンが好きなの! 多少意地悪だろうと何だろうと、彼を誰にも渡したくない! それくらい愛してるの!」
「ちょ、ラベンダー、声がおおき……」

 おい彼氏止めろ、満更でもない顔してるんじゃない。悲痛な声が変身術のすぐ外の廊下に響き渡り、なんだなんだと人が集まってくる。

「こんな身を焦がすような激しい気持ち……ちゃんと自分を持ってるようなあなたには──いいえ、恋もしたことがないエレナには分からないわよ!」

 ラベンダーは喘ぐように叫んだけれど、私は『分からない』と断言され一気に感情が冷めていた。さっきまで『本当にロンが好きなんだなあ』と思っていたものが、今では『自分に酔ってるだけじゃないの?』という刺々しいものに変化している。そうやってシャットダウンされると、こっちも心持ち穏やかにはいられないよね。

「エレナに言われなくたって、ハーマイオニーを傷付けてることくらい知ってるわ!」
「……ふーん、知っててやってるんだ。恋してたら傷つけてもいいんだ?」

 ふーーーん。
 目を細めてそう繰り返すと、必死だったラベンダーの顔からさっと血の気が引いた。私は「そっかそっか」とひとりごちて口元に笑みをのせる。

「そうだよね。だって“恋と戦争ではすべてが許される”んだもんね、ロン?」
「ぅえっ、え、僕? い、いや、知らないけど……」

 一年先回りしてロンの台詞を引用する。初めて読んだときはなにその理論って思ったけど、この世界ではこれが当然にまかり通るのが普通らしい。私はポケットに手を入れて、ハンカチを取り出してラベンダーの足元に投げた。

「決闘だ、手袋を拾いたまえ!」

 じゃあ私もハーマイオニーに恋してるってことにすればなにしてもいいんだよね。彼らが言ってるのはつまりそういうこと。であればよろしい、ならばクリークだ。

「手袋なんてどこにも──」
「ええい、なんでもいいから拾えー! 伝統に従いお辞儀をしろー!」
「まずい、エレナがキレた!」
「抑えろ抑え、力つよっ」
「誰か先生……ネビル呼んできて!」

 幸運だったのは、周りに同級生がたくさんいて、私がとんでもないことをやらかす前にネビルを連れてきてくれたこと。
 そして不運だったのは、よりにもよって、ここが変身術の教室の真ん前だったということだ。

「学期最後の日くらい大人しくしていられないのですか?」

 青筋を浮かべたマクゴナガル先生は、罰則として私の休暇中の宿題を倍にすると沙汰を下した。
 

- 168 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME